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74 カービングの巫女姫!

王都での披露宴は、とても盛大だった。

カービングのタウンハウスで準備してたんだけど、国王一家も、現役の巫女姫もご臨席になるし、王族が多過ぎて警護が大変すぎる。

国の一角を担う辺境伯の結婚を祝うための宴として、国王主催の披露宴に趣が変わった。

聞いた時は流石に血の気が引いた。


ヨシュア様は王族に近いとは知っていたけど、そういうの聞いているのと現実では全く違う。


楽できて良かったな、とヨシュア様はにこにこ笑いながら言ってた。


あなた、恐れ多いとか、ないんですか⁈


たしかに、議会開会中に準備したから、同じ王宮で行われている議会に詰めているヨシュア様を捕まえるのも簡単で、しかも不慣れなわたしには負担のないようにヨシュア様が手配してくれるから、楽だったけど。


それに、セシリアとかオスカー殿下とか、リチャード様もしょっちゅう顔を出してくれて、相談に乗ってくれたからあんまり苦労せずに済んだ。


あんまりみんなが協力してくれるから、疑いの目で見たら、悪いと思ってるんだってセシリアが言った。


「アリーにずーっと許してね、頑張ってねって思ってたのよ。一年で帰ってくるって思ってたのに、準備もろくにできない連中だったから巡業は伸びるし。リチャード様が何度も十分だよって言っても、巡業を成功させますって返事が来るし」

セシリアが可愛らしく、口を尖らせた。

「でもね、天覧演技の後、あなたなんだか幸せそうで。なんとなく上手く行く気がしたから、大叔父様たちに協力することにしたの」


わたしは遠い目をして言い訳を聞いた。

セシリアがなんとなく、と言う時は大概その通りになる。


セシリアの言う大叔父様とは、ヨシュア様の育て親になる王軍将軍のこと。


リチャード様はザドキエル卿ととても仲良しで、ザドキエル卿は、ヨシュア様の育て親である王軍将軍ロードティア大公閣下と親戚関係。


この3人が、この国のほぼ頭脳に当たるんだって、やっとわかりました。


国王陛下の親世代の、経験も実力もある人達だから無視できないわよね。


ヨシュア様は未来の王、王太子殿下とは10以上も歳が離れているけど、同じ王宮で兄弟のように育てられて。もちろん王太子殿下とも懇意で、見てわかる感じでは、ヨシュア様の意外とキレやすい性格を温和な王太子殿下がお兄さんのように抑えてくれてる感じだった。


王族に可愛がられてたんだなって、よく分かった。

でも、セシリアとは本当に面識がなかったんだって。ちょっとびっくり。


セシリアはちょっとどころじゃなく変わった子だから、ユティア公爵領からほとんど出ることなく育って、歌姫になる時に王都に戻ってきた。

歌姫になるのも、国王陛下から随分反対されたんだって。

さもありなん。セシリアは本物の歌姫だから、祈りの力がありすぎると、わたしも思う。

本気で願ったら、地震を収めるどころか逆に地震でも起こせそう。


降嫁先も随分、陛下が頭を悩ませていたらしいけど、まさか自分から平民と結婚したいと言い出すなんて、とまた王族に衝撃が走ったらしい。

しかも15歳も上の、決して美中年とは言えない、一見すると頭髪薄めのどこにでもいるおっさん。

本当は、今世の中に知らない人はいない、劇団長なんだけど。


考えるとわたしには意外と王族に知り合いが多くて、王宮で行われた披露宴も、王族や辺境伯は知ってる顔触ればかり。あんまり緊張せずに済んだ。

いいきっかけになった、わたしのおかげとヨシュア様は笑った。


辺境伯が王都で結婚式を挙げるのはもう何十年かぶり。

大体は継嗣の段階で結婚してしまうので、王宮をお借りしてもどうしても爵位が低い、継嗣の若者。だけど、本来なら辺境伯は国王と同じ、国の統領の一人。

王族並の宴を開くことで、穏やかに辺境伯の威信を回復できた。と仰ってくれた。


披露宴の祝宴自体は決められた人数だけど、王宮なので、王宮に上がれる上位貴族は祝福のご挨拶に並んでくれた。

この時も、継嗣が披露宴をする人数とは桁違いに多い数が訪れたそう。

とっても疲れました。おかげで本番の祝宴の記憶があまりありません。



心配していたわたしの家族も、王宮で披露宴をすることになって、やっとわたしがどこに嫁ぐのかが自覚できたらしく。

一応、家族揃って出席してきたから、忘れ去られてなかったって事で。

でも、やっぱりギクシャクはしてた。もう仕方ない。だって、知らなかったんでしょう?巫女姫候補がどういうことか。


ヨシュア様は家族が改めて挨拶してきた時、わたしの手をしっかり絡み合わせてきた。

これから先、ご実家に戻すことは難しくなりますが、どうぞカービングの屋敷の方にお気軽にお越しください、とヨシュア様に言われ、ああ、そうなんだ、って改めて思った。


降嫁と反対で、王族に近いところに入るから、簡単に実家に帰ることはできない。帰るとしても、この前みたいにうちの実家には分不相応なほどの警護と侍従を連れて行くことになるんだって。うちではそれは迎え入れられない。

これが身分差なんだ、と思った。


カービングに行くまで、侍従がつく生活なんてしたことがなかった。ベルセマムやケビンがついてまわることにも、わたしはちょっと窮屈だと思っていた。


だけど、本当に一夜にして変わってしまった。

この現実に慣れることは、わたしはすぐにはできないんだろう。


わたしは勇気がなかったから。


一歩を踏み出して、2番手の自分の居場所から抜け出す勇気。1番と2番は全く違う。誰かの後ろから支えるのと、矢面に立って誰かを庇うのは全く違う。

どこかで判断を間違って、何かを傷つけることになっても、1番だったら全部飲み込まなきゃいけない。


本当はそれを受け入れる覚悟がなかった。


だけど、ヨシュア様は待っていてくれた。

わたしの巫女姫に固執する気持ちを踏みにじらないように、最後の最後まで巡業を一緒に成功させようとしてくれた。

結果的に成功した巡業とは言えなかったけど、その結果も一緒に受け止めようとしてくれた。


ありがとうございます、と宴中に見上げて言った。ヨシュア様が不思議そうにわたしを見た。


とても綺麗な瞳。

少し冷たい印象の美しいお顔。

だけど、お顔から想像できないくらい計算高くて、だけど、どこか不器用で。


わたしを選んでくれてありがとう。そう言いたかったけど、胸がいっぱいで言えなかった。

「愛してます。ヨシュア様。」

あなたが、認めてくれた。歌姫としてのわたしを。


とてもとても、辛かったけど、あなたがわたしを認めてくれたから。わたし以上に、わたしを愛してくれているって分かっているから。


わたしも愛している。

カービングの光のあなたを。

あなたと一緒にあの辺境の地に光りを届けたい。

わたしの持てる力の全てで。



カービングに戻ったのは、春の日の祭りの直前だった。

披露宴の後片付けは、タウンハウスの人達に全部お願いして、披露宴の次の日、船に乗り込んで帰ってきた。

なんだか、すみません。


カービングの港からギル=ガンゼナ城までは、ずっと領民が出てきて、祝福をしてくれた。

もう二度と帰ってこれないかもしれない、と思いながら出て行ったのに。

ギル=ガンゼナ城に着いたら、領中の盟主たちと騎士兵たちが勢ぞろいして跪いていた。


正直、引きました。これって、2回目。


「心配をかけた。無事、アリエッティを連れ帰った。わたしの妻だ」

わあああ!!

拍手と歓声が沸き起こった。


すみません、あんまり泣かさないでください。


カービングについて泣きすぎて顔の腫れが引かないんです。


ヨシュア様に留守を任されていたナーガがわたしに跪いた。


「お戻りくださいまして本当にありがとうございます。奥様。ご当主が不甲斐ながったために、悲しい思いをお掛けして申し訳ございません。城の者達を代表してお詫び申し上げます」

「!!お前!」

ヨシュア様が真っ赤になって後ずさった。

「ホントのことでしょ。奥様が戻られなかったら、せっかくあいつらを討ち取ってもカービングは崩壊だったんですからね」


あー。ナーガだいぶ、振り回されてたのね。

ヨシュア様には、わたしのあまりにもつれない態度に、言葉にする勇気がなかなか出なかった、と謝られた。いや、あれだけ迫られたら言葉なんかいりません。


そんなにつれない態度だったかしら?隠してるつもりではいたけど。


帰って次の日が春の日の祭り。

純白のドレスが用意されていた。

いいのかしら?わたしすっかり純潔は無くなってるのだけど。


総レースの、体に沿うドレス。


これって、ギル=ガンゼナ城の美術品が置いてある廊下に飾ってあるドレスとそっくり。


そういうと、ヨシュア様がにっこり笑った。

「そう。間にあって良かった。その昔、奪われた巫女姫をカービングが奪還した際に下賜されたものを模したんだ。ペヤン会頭にお願いしてたんだ」


え?ロメリア様の旦那様?

そこにも通じてるの!?

もしかして、天覧演技の時から?


「ああ、やっぱりよく似合う」

ヨシュア様がうっとりそう言って、手を取った。

「行こう。わたしの巫女姫。民が待っている」


巫女姫の祝福が頂けなかった舞台に、今度はわたしが立った。ヨシュア様と一緒に。


いつもの祈りの歌を歌う。


光あれ 光あれ 我がたつ杣に光あれ。

恵の風よ、吹け。女神の加護に感謝を。



歌い終わると会場から同じ歌が始まった。繰り返し繰り返し、歌は止まらない。


わたしが広めた賛美歌。

巫女姫と歌ってほしくて。

その夢は叶わなかったけど、それでも忘れないでいてくれた。


また涙が止まらない。


ちゃんと届いていた。わたしは巫女姫に拘っていたけど、カービングの人たちにはちゃんと女神の意思が届いていた。

わたしが広めた歌を忘れないでいてくれた。


ヨシュア様が、ひょい、とわたしを抱き上げた。

「アリエッティ、あなたが広めたんだ。歌を忘れた人々に歌う喜びを思い出させた。カービングの巫女姫はあなただ」


自分の頭より高くわたしを抱き上げて、ヨシュア様が言った。


この歌はわたしが選んだ。雄大で美しくて、だけど甘くはない自然に育まれたこの地の民に合う気がして。

単純で短い歌詞の賛美歌。


「祝福を授けてくれ、アリエッティ」


終わらない歌声の中、ヨシュア様が言った。


「ヨシュア=ヴァン=カービング」

わたしは巫女姫になれなかった。

ヨシュア様はカービングの巫女姫と言ってくれる。

だから、わたしもそうなりたい。

カービングだけの巫女姫になりたい。


「あなたの預かる女神の地に、安寧と光を届けよう。女神の民に幸福をもたらすなら、あなたは栄光の加護を受けるだろう」


特別な言祝ぎ。

ずっとあなたに言いたかった。


ヨシュア様が眩しそうにわたしを見て、美しく笑った。

その額にキスをしようと唇を寄せた時、急に頭を押さえられて、深く口づけた。


カービングの巫女姫!カービングの巫女姫!万歳!!


割れんばかりの歓声が急峻なカービングの山々にこだました。




最期までお読みいただきありがとうございます

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