73 社交は大事
披露宴は議会閉会直後にするということで、社交シーズンには王都にいることになった。
ほんとに、久しぶりに王都にいる。
けど、いろいろ落ち着かなくて、カービングの、あののんびりした空気が懐かしい。
シクシク。
茶会や、夜会の招待状は毎日山のように届けられるし、それにいちいち目を通して、お断りのお返事を書くだけで、午前中が終わる。
ヨシュア様は議会に出てるから、これはわたしの仕事だけど、社交界に疎いわたしにはどれにお返事したらいいのかわからない。
助けてくれたのはセシリアだった。
王姉殿下の娘に当たるセシリアは本人はポヤポヤして一人で歩くのも危なっかしいけど、それをちゃんとわかって支える人材で固められていて。
セシリアの声かけで、王族の妃様やザドキエル辺境伯夫人が名乗り出てくれて、社交界の指導を受けている。
それでもわたし一人では判断しきれないから、毎晩、遅くまでヨシュア様を待って、一応話し合って。
それでなくても、披露宴の準備やら、どうしても出席しなきゃいけないお茶会や夜会やら、屋敷のことやらで毎日てんてこ舞い。
領主夫人って、ほんと大変なのね。ちょっと舐めてました。
おかげで、ピアノにも触れず。
明日、絶対に外せないお茶会に出なきゃいけないので、久しぶりにピアノを弾いて、あまりのひどい有様にちょっと涙が出た。
ベルセマムがとても焦って、わたしの横に跪いた。
大丈夫。泣かされてないわよ。自分が情けなかっただけ。
ベルセマムはわたしが、カービングのタウンハウスにトラウマを持っていたことに最初から気づいていたから、今でもわたしを守ろうと必死だ。
マーガレットのように、気強く言い返すことはしないけど、絶対にわたしから目を離さない。
ごめんね、心配かけて。
そういうと、ベルセマムは優しく笑って
「あなた様をお守りできるのは、わたしだけだって、ずっと思ってました。あなた様がわたしを強くしてくださったんです」
って、手を取ってくれた。
これには本当に涙が出てしまった。
最初はあんなにおどおどして、カービングの風習なんか、全く無視のわたしにビクビクしながらついてきてくれてた可愛いお嬢さんが、こんなに頼りになる侍女に育つなんて思いもしなかった。
神殿のことも城のことも何も知らない、侍女教育もろくに受けてないベルセマムにとって、わたしのお守りは本当に大変だっただろうに。
ベルセマムはあまり言葉で語らない。その距離感は今でもわたしには癒しだ。
休憩されますか?とお茶に誘ってくれたのを断って、ピアノを練習した。
明日は、セシリアのお母様、ユティア大公の主催するお茶会。
セシリアのお茶会、王妃様主催のお茶会、王太子妃様、ザドキエル辺境伯夫人、と続いていて、明日。
社交シーズンが終わるまで、あと辺境伯夫人と王族主催のお茶会と夜会を外さずに行ったら、週に2.3回のペースで出席することになる。
ごめん、セシリア。
社交を舐めてました。
やっぱりわたしには向かないです。辞めてもいいですか?
お茶会のたびにピアノを披露しなきゃいけないのにどんどん腕が落ちて、これじゃ歌姫を誇れない。
だけど、本当に社交は大事。
ヨシュア様もあまりの忙しさに心配して、無理していかなくていいとおっしゃるけど、今シーズンばかりは多分、それは無理だと思う。
ロメリア様はガイネ港に、ローズはバストマ皇国に嫁いでいることを正式に発表されて、王妃様や王太子妃様から、出産のお祝いを渡されていると聞いた。
王都の社交界に受け入れられたことで、彼女たちの名誉は回復された。
そして、アリシア巫女姫やキックナー子爵たち。
巫女姫の責務を全うしなかったことは神殿内のことなので巫女姫の廃位。キリアム様のたちに加担したこと、辺境伯に狼藉を働いたことでアリシア様のご実家ごと取り潰し。爵位返上の上、一族国外に追放となった。
命があるだけマシだと思え、と高位の方たちは口々に言った。
キックナー子爵とその父親の宰相は神殿を巻き込んだ不遜な企みを反省せず、辺境伯に暴言を吐いたということで、こちらは命を持って償いをさせられた。
キリアム様のご実家も同様。
神殿の権威を弄び、あまつさえ大事な歌姫を金銭で売った。キリアム様とお父様の元神官長様はその命を持って償った。
これに怯えたのは、今まで辺境伯を軽く見ていた王宮文官の有爵家たち。
わたしはあまり知らなかったが、王宮官吏の有爵家の人たちは、辺境伯統括地域を一段下に見ていたらしい。
それはもう何十年も前から。少しずつ少しずつ。
議会が王都で開催されるために、王都は人が集まる。
またその議会の日程や、議会に関わる諸事に関わることで彼らは自分達こそ権力があると錯覚したのだろう。
それに加え、カービングやハイデル地域の度重なる厄災で、王都の巫女姫を差し向けると、その天災が収まるという奇跡が、巫女姫を保護している立場の王都を上に押し上げたのだろうと、夫人方は教えてくれた。
こういうことは社交に出ないとわからない。
わたしは王都の一文官の家の娘で、継嗣でもなかったから、社交界に出るのはお婿さんを見つけるためしかなかった。
しかも歌姫。
社交になどでなくても、そのうち声がかかるという先輩たちの言葉を盾にとって、苦手な夜会や茶会は逃げまくっていた。
本音を言えば、茶会に出られるほどの服装や誂えが用意できなかったから。
下手に名前だけ格式が高いと、自分から男爵家や騎士爵位のお茶会に出させてくれなんて言えない。
それに、わたしはデビューもしてなかった。
社交界へのデビューは、王宮で開かれるデビュタントに出ること。
歌姫は基本、15歳になれば、新年舞踏会に歌姫として出席し、そこがデビュタントの代わりになる。
だが、普通、子爵位以上となれば、自分の家からデビュタントに改めて出席させ、家名を背負って社交界に出させる。
そうすることで社交界に年頃の子女がいることを知らしめるのだ。
わたしの家でデビュタントに出されていないのは、わたしだけだった。歌姫として王宮舞踏会に出たので、それでよし、とされたようだった。
だけど、せめてドレスくらいは用意してよね⁈
ドレスも神殿からの貸し出し。
この前の誓いの儀式と同じように、神殿に寄付されたドレスの中から体に合うものを貸してもらえるんだけど、小柄なわたしには合うものはあまりなく、仕立てが上手な神殿の召使いさんが直してくれていた。
そんなこんなで、わたしは神殿にいる頃から、伯爵令嬢としての扱いをされていなかったし、自分でも自覚がない。
ヨシュア様に伯爵家だろう、と何度も叱られたが、だってほんとにそんな扱いじゃなかったんだもん。
ヨシュア様が、私にそんなことを言わなくなったのは、実家に挨拶に行って、本当にわたしが実家でないものだった分かった時。
ヨシュア様と実家に挨拶に行った帰りの馬車で、ヨシュア様は何も言わず私を抱きしめていた。
だけど、すごく同情されているのは分かって、ちょっとだけ涙が出た。
まあね、せめて妹が婚約したことぐらい教えてほしかったわ。
いくら辺境っていっても、手紙で知らせてくれたら良かったのに。
婚約も何もなく、いきなり結婚の報告に行ったわたしたちも相当だけど。
お父様もそうだけど、スミス家は家柄は古いけど、古いだけで才覚がない。
処罰された王宮文官たちの一味ではなかっただけマシだけど、時流を読むのは苦手で、わたしが巫女姫の候補になったこともよくわかってなかった。
もし、万が一、私が巫女姫になっていたらどうするつもりだったんだろう。
カービング辺境伯とはかなりの身分差にはなるんだけど、披露宴に呼ばないわけにはいかない。
ああ、なんか、貴族ってほんと、めんどくさい。
ケビンとか、ナーガの結婚をお祝いしたお茶会みたいに気楽にやりたい。
あの茶会は楽しかったなぁ。