67 2番手の女だから
で、わたしは、いつ、落ち着くのでしょうか⁈
ヨシュア様。これは軟禁と言います!!
あれから奥方様用の部屋から出してもらえず、さらに一晩、過ごした。
部屋から一歩も出してもらえず、会えるのはベルセマムとヨシュア様だけ。
いつも周りにいたマーガレットにもジャンにも会えないから、城の中で何が起こってるか、わからない。
奥方様用の部屋で二晩過ごした後、今から王都に向かうと馬車に乗せられた。
巫女姫一行はまだ城にいるのに⁈城主が見送らなくていいんですか?と抗議すると、巡業はここで終了、歌姫たちと一緒に急ぎ王都に送る。体面を保つために、歌姫たちと移動させるが、あれらは罪人だ、と言われた。
だけど、罪人なら余計、ヨシュア様が連れて帰らなければいけないのではなくて?一応、巫女姫ですし。
途中で逃げ出されたら、余計大変なのでは?
というと、船から出さないと。
船ぇ?
なんと、急峻なカービングの山の麓から船で王都まで行けるように、河川を整備していたそうで。
巫女姫一行が乗れるくらい、大きな客船も作ってあって、本格的な運用は来春としていたのだけど、いい機会だから、もう乗せていってしまおうと。
カービング領から王都まで、カービング辺境伯が統括する地域全域を貫く運河。
一定の距離に港を作り、客船や荷船の運営はカービング領。港と河川の管理はその地の領主。船ごとに港の使用料を払うことで、話が済んでいると。
カービング領は鉱山のある領。
もともと河川を使って運んでいるのを、もっと効率よく、安全に運ばせるために整備していたとのこと。
そのうち、粗雑な運営をしている港はカービングに権限を譲渡させ、逆に船が停泊するためには領からも金を取る、どう思う?って聞かれても、そんな難しい領地経営がわたしにわかるものですか!
巫女姫一行より一日早く、私たちが乗り込んだのは、カービング領主専用の船。
小ぶりながらも豪華な内装。
馬車の旅の半分で王都の近くまで行けるとのこと。
今はまだ、王都の管轄領まで話が済んでいなかったが、カービング辺境伯の船だけは王都の中まで特別に入れるから、と。
随分、楽に王都に行ける。
馬車は座りっぱなしだけど、船なら歩き回れるし、横にもなれる。
だけどそこでもわたしは軟禁状態。
領主専用の寝室の隣に作られた、夫人専用の寝室に閉じ込められた。
部屋から出るときは、絶対、ヨシュア様も一緒。どうして、出ちゃダメなの⁈
もうじっとしてるの、飽きたわ!外の風景が見たい!って言ったら、結局、ずーとヨシュア様がわたしの横にいて、片時も離れようとしなかった。
はあ。息がつまる。
一人でぼーっとしたかっただけなのに。
ここにきて漸く、カービングで起こったことを話してくれた。
キリアム様達が目論んでいた歌姫を寄付金という賞金と引き換えに外国に出す企み。ヨシュア様がそのことにはっきり気づいたのは巡業の人数がはっきりしてから。王都でも評判の悪かったキックナー卿が加わったことで、この巡業の歪さに気づいた。
ただその前から、国王陛下や他の辺境伯はカービングに何かをやらせる雰囲気があったのだが、それをヨシュア様にはっきり告げなかった。
なんて意地悪な。
カービングで巨悪を討ち取らせようとしているのに、それを当事者に知らせないなんて。
と呆れたら、あいつらはそういう奴らだ、とヨシュア様が苦々しく言った。
あー、思ったより苦労したんですね。わたしもそれらしいことをされているので、なんとなく分かります。
「あなたは何も罪に思うことはないんだ」
そして、わたしの手を取って、額に当てた。
「巻き込んで、すまない。あなたが歌姫を思う気持ちをこんなことに利用する形になるなんて」
とても苦い、悔しそうな言葉だった。
「だけど、カービングの巫女姫はあなただ。神殿が、他のものたちがなんと言おうと、あなたしかいない」
そう言われて、わたしは俯くしか出来なかった。
馬車で移動するより随分早くて、体も楽だけど、やっぱり揺れにはすぐには慣れなかった。
「うう、気持ち悪い」
ベルセマムの柔らかな腕にすがって、吐き気を抑えた。
大丈夫ですか?と優しい声をかけてくれながら、背中をさすってくれた。
すでに胃の中は空っぽなので、 吐き気だけがこみ上げる。
「具合はどうだ?アリエッティ。ダメそうだな」
ヨシュア様が薬湯を持ってきた。
飲みたくない。
飲んだら吐く。
あ、生姜の香り。これなら飲めそう。ちょっとホッとする。
「だから止めただろう?昨日、飲むからだ」
おかしいわ。二日酔いじゃないはずなのに。
船は夜には停泊する。
夜は港近くの宿に泊まった。寝る間だけとはいえ、地面が揺れないのはありがたかった。
夕食に出された名産のワインがことのほか美味しく、気づいたらけっこうなペースで飲んでいた。
でも、二日酔いじゃなかったのに。
気分が憂鬱だから体調が整わないのかしら。
カップ半分くらいの薬湯を飲み干すとかなり楽になった。体も温まってほぐれた感じがする。
もう少しもらってこよう、と、ヨシュア様が席を立った。
侍従か召使いを使えばいいのに、相変わらず、この部屋に入れるのはヨシュア様とベルセマムだけ。
「ごめんなさいね。ベル。あなたには迷惑ばかりかけて」
楽になったけど、ベルセマムの柔らかさから離れがたくて、やっぱり抱かれながら謝った。
ほんと、この子には出会ってから迷惑しかかけてない。この子の前で何回、嘔吐したことか。ごめんね。
だけど、ベルセマムはぎゅーとわたしを抱きしめてきた。
「・・・そんなこと、おっしゃらないでください。」
ベルセマムの声が震えていた。
驚いて顔を見るとボロボロと泣いている。
「アリエッティ様」
泣きながら、いつになく真剣な口調で話し始めた。
「もし、もし。そんなことはご当主様がお許しにならないと信じてますけど。もし、あなた様がエチュアの神官でなくなる時は、私たちも連れて行ってください」
突然の申し出に、座り直した。
「そんな、あなたにはケビンがいるじゃない。お父様も」
「主人とはずっと話していたのです。わたしは、わたしたちはずっとあなた様を見ていました。あなた様がどれだけカービングの民のことを思って尽くしてくれたか。どれだけ苦労して。わたしがどれだけ歯がゆかったか」
ああ、この子はいつも一緒だったわ。
髪を切ってお金を工面した日も。
毎年、カービングの夏に耐えきれずに倒れた日も。
ウィルヘルムに馬車から突き落とされた時も。
「あなた様を一人で、行かせることなどわたしにはできません。お願いします。おそばにいさせてください」
ポロポロと泣くベルセマムを抱きしめた。
「ありがとう。ベル」
約束はできない。
この先、王都でなにが起こるのか、わたしには想像もできない。
わたしの咎にはならないとヨシュア様は仰るが、神殿と国が認めた巫女姫に刃傷沙汰を起こさせた。わたしが短気を起こさなければ、事はもっと穏やかにわたしが、一番大事に思っていた巫女姫の権威に自分で傷を付けた。
だけど、彼女の気持ちが嬉しい。
ケビンもずっと守ってくれていた。なにも言わないけど、城にも色々とわたしを守るように進言していたのだと後からわかった。
「大好きよ。ずっと。あなたがいてくれて、本当に嬉しい」
そう言って額にキスをした。
かちゃ、とドアが開いて、ヨシュア様が無言で立ち止まった。
ノックもせずにいきなり開けるから、ベルセマムも驚いている。
ヨシュア様は無表情で盆を近くの棚に置くと、つかつかと寄ってきて、ぐい、私たちを引き離した。
あん。何をするのですか。乱暴な。
「アリエッティ」
わたしの肩を引き寄せて、感情を押し殺したような無機質な声で言い出した。
「ベルセマムには、ケビンがいる。私は、あなたが振り向いてくれるまでいつまでも待つつもりでいるけど、パートナーがいる相手にそういうことはやってはいけない。同性であっても、それは浮気だ」
は?
「いくらあなたとベルセマムが、主従の信頼が厚いからと言って、私は自分の部下にそういうことを黙認させることはできない」
「な、何を言ってるんですか!あなたは!」
本気で言ってる⁈
やだ、やだ!
「まさか、私たちのことを、ずっとそんなふうに思ってたんですか⁈」
「ずっとじゃない!今、そんな感じだったから!」
「やだ・・・いやらしい。そんなこと」
「あなたが、セシリア姫とそんな関係だというから!」
「そんなことは言ってません!本気にしてたんですか?あの冗談を⁈」
「じょ、冗談だったのか⁈」
「当たり前でしょう⁈なぜ、すぐに結びつくんですか?いやらしい!」
「そういうことを、匂わせたのはあなただ!」
やめてー!わたしの可愛いベルセマムが真っ赤になって!
信じられない。男の人って、すぐそういうことは本気にするのね!
ヨシュア様が頭を抱えて、深くため息をついた。
「男になびかないのは、それでかと思ったら・・・」
「もう!そんなわけないでしょう!そこまで本気にしてたなんて!えええ!?」
「アリエッティ!」
ヨシュア様まで赤くなってる。
なんだか可愛く思えて、思わず吹き出してしまった。
一度、笑い出すと止まらなくて涙が出るほど笑った。ベルセマムも笑ってる。
不機嫌だったヨシュア様も、釣られて笑ってしまった。
ひとしきり笑うと、ヨシュア様に抱きしめられた。
「・・・やっと、笑った」
ああ、心配させていたのね。
あの時から、もう十日近く。
そういえば、笑ってなかった。
ずっと、祝福をいただけなかったことを悔やんでいた。
もっとうまくやれば。わたしがいなければ。と。
だから、一人にさせてもらえなかったのね。
それにわたしが一番信頼してるベルセマム以外、近寄らせなかった。
「あなたの、悲しい顔は、堪える」
絞り出すように、ヨシュア様が言った。
強く抱きしめられる。
こうやって抱きしめられるのも、あの時以来。
ヨシュア様はずっと、気持ちを抑えてくれている。多分、わたしが思うより、ずっと強く。
不器用だけど優しい人。
こんな人に大事にされているなんて、まるで夢だ。
きっといつかは、覚めてしまう、夢。
夢は夢なの。
わたしが一番になりたかったのも、夢。
カービングで巫女姫巡業を成功させたかったのも、夢。
いつも、後少しで手が届かない。
わたしが、2番手の女だから