58 許しませーん!
あっという間に、晩餐会の時間はやってきた。
お城の中は、たくさんのお客様と、華やかな雰囲気に浮足立っている。
懐かしいわね、とベルセマムに言った。
「また侍女になって、忍び込もうかしら?」
ふふふ、とベルセマムは笑った。
「今では見つかってしまいますよ。アリエッティ様のお顔を知らないものなどおりませんから。」
どうだか。
意外といけるかもよ?
広間と厨房の間だけなら、いつもの侍女や騎士も来ないし。必死に皿を運ぶだけだもの。
「またご冗談ばかり。そんなにお嫌ですか?舞踏会は。」
嫌なことを目の前にして、冗談で誤魔化そうとしているのが、ベルセマムにはとっくにバレている。
城に移ってすぐの頃、呼ばれてもいない舞踏会に忍び込んだ。戯曲の雰囲気を知るために。ベルセマムの侍女服を借りて、クタクタになるまで皿運びをした。
あの頃はヨシュア様がわたしに謝ってばかりだったのに、いつの間に逆になったのかしら?
「本当に、祭祀の服で出られるのですか?」
ベルセマムはドレスを手に持ったまま、困った顔をしている。
断ったのに。
ヨシュア様の使いが部屋に持ってきたドレス。流麗な字で、今夜の夜会でダンスを、と。
あんなに断ったのに。しないったら、しない!
苦手なの、知ってるでしょ!
怒られるのは分かってるけど、今日は神官として出ます!
「あー、これが噂の。・・・。ぷ。」
なによう。
だから、エスコートなんていらないって言ったのに。
結局、わたしについたエスコートはレイモンド様。
お互い、祭祀服だから夜会に違和感はあるが、今夜は巫女姫一行の歓迎会なので、浮いたりはしない。ニヤニヤとわたしを見ている。
「全く。じゃじゃ馬め」
ヨシュア様が苦味ばしった顔で呟いた。
ヤダ、その顔、かっこいい。
初めて好みだと思っちゃった。
晩餐の前の控え室。
祭祀服で入った時のヨシュア様の顔。本気で睨まれた。
ふーんだ。あなたの睨んだ顔には耐性があるんです。怖くありません。目を合わせなければ。
ナーガとレオポルドは肩を震わせて笑ってるし、キリアム様や他の歌姫たちは、ポカンとした顔で見ていた。
「よろしいでしょう?わたしは神官なのですもの。」
すました顔でレイモンド様に言うと、呆れ返された。
「単なる誘い避けだろ。お前はダンスが苦手だから。」
う、バレてる。
「ご存知なのですか?彼女がダンスが苦手なこと。」
ヨシュア様がさらり、と入ってきた。
また、変なこと聞き出そうとしてる雰囲気。懲りない人ね。また、返り討ちにあいたいの?
「あれだけ足を踏まれたらな。何回練習しても、全然上手くならない。気をつけてください。カービング卿。この様子なら、ダンスに出ることもないでしょうけど」
「大丈夫です。すでに踏まれましたから」
あれは、わたしのせいじゃないし。
「へえ、珍しい。お前が踊ったのか。夜会を逃げまくっていたのに」
そんなに驚かないでください。一応、習ったんだから、踊れます。
「そうらしいですね。初めて夜会に出る、と言われて驚きました。歌姫は何人も夜会でお見かけしますから。」
「卿がエスコートを?それはご迷惑を」
「どういう意味ですか⁈」
とうとう、口を挟んでしまった。黙ってようと思ってたのに!
「驚いたでしょう?頑固で手綱が難しくて」
「ひっど・・お兄様⁈」
お兄様?とヨシュア様が 不機嫌に眉を寄せた。
微妙な不機嫌。わかる人にはわかる。
ナーガが、面白がってそうな、ちょっと心配そうな気配。
「ああ、神殿の習わしなのですよ。年若のものは兄、妹と、呼び合うのです。わたしはアリエッティとは付き合いが長いので。」
へえ、とヨシュア様は上から睥睨するようにわたしを見て、に、と笑い直した。
あー。
ターゲットを見つけた、鷹の目。
やだわ、また、公開処刑にする気なのね。
「迷惑などとんでもない。彼女といると、楽しい。」
「そう言っていただけるくらいなら安心です。ということは。」
レイモンド様が残念な子を見るようにわたしを見た。
「お転婆アリーは健在ってとこだな。」
誰がお転婆ですか!わたしは淑女です!
「やっぱり、お転婆だったんですか?神官様は。」
ナーガ!食いつかない!
「お転婆はしていません!わたしは困らせたことなんかないはずです。変な噂を流さないでください!レイモンド様!」
夜会に出て夜遅くまで寮に戻らなかったり、街に出て変な男に絡まれたりして、神官様たちの手を煩わせたことはないわよ!
「たしかにそういうことを困らせたことはないが。お前はやることが目立つんだ。アスリーズの実を皮ごと食べたのは伝説だぞ」
「だ、だってあれは、みんなが食べられるって言うから」
アスリーズの実はそのままでは食べられない。
皮はとても苦いので、櫛形にして皮を剥いて食べるのが普通。だけど12歳の子はそんなこと、知らなかったのよ!
アスリーズの実はけっこう、高価で人気の果物。
神殿に生っていて、初めて切ってないものを見て、食べてもいいか?とちゃんと聞いたのだ。
みんなが快くいいって言うから、自分でとってかじりついた。
泣くほど苦かった。
意外だなぁとナーガが笑った。歌姫をエスコートするはずの城の騎士たちも。
やめて。
この騎士たちはわたしに気安すぎるのよ!
注意して!レオポルド!
「そんな、12歳の女の子の失敗を言いふらすなんて」
「オルセイン領でお会いした元歌姫の方は淑女の鏡のようだとおっしゃってましたよ」
ヨシュア様がさりげなく庇ってくれた。
そうよ。可愛い妹たちの前で、変なこと言わないで下さい!
「歌姫たちからの信頼は厚いですからね、酒が絡まなければ」
ナーガが肩を震わせて笑いだした。
ナーガ、あなたの愛しい奥様がドン引きしてるわよ!ヨシュア様も苦笑している。
許さなーい!
「もう!やめてください!レイ兄様!悪評を流さないでください。シシー姉様に言いつけてやる!」
「残念ながら、シュゼリナはお前が飲み過ぎてないか心配してた。そうでもなさそうで、安心した。」
「驚くほど酒に強いですものね、彼女」
「止めてください。カービング卿。こいつは二日酔いもしたことないからって、高をくくってるんです。」
「二日酔いなら、経験しました。ねえ、アリエッティ」
ヨシュア様がこれ以上なく、美しく笑ってわたしを見た。
くやしい。
飲み過ぎてなーい!
王都にいた時より、飲む機会も減ってるんだから。
「わたしは怒りました。レイ兄様。ジェンに連絡します。飲みに誘わせますから。」
ウヘェ、とレイモンドが呻いた。
にや、と笑った。
ふーんだ。レイモンド様とは付き合いが長いから、苦手なものもよく知ってるんです。
奥方のシュゼリナは元歌姫だしね。
「やめろ、あいつの触り方、最近えぐいんだぞ。」
「知りません。淑女に恥をかかせた罰です。襲われてしまいなさい。」
ヨシュア様がジェンとは?と聞いてきた。
「卿はお会いしたことがあります。王都の楽器店の。」
あー。とヨシュア様とわたしの護衛のジャンが、気の毒そうにレイモンド様を見た。
明日、早速手紙を書こう。
晩餐の準備ができて、晩餐会場の扉が開いた。