46 わたし達の戦いが始まる!
オルセイン領からは1日早く帰ってこられた。
舞踏会の次の日、ヨシュア様がリリスのことを紹介したのだ。
こんな素晴らしい歌姫がいるのなら、カービング領の神官のわたしがいる必要はないでしょう。って。
アンドレア夫人の御夫君は領の高位官吏なので、アンドレアご夫妻と相談して準備してみては?と。
リリスは男爵家に嫁いだと言ったが、夫になる方はオルセイン卿の弟君の息子さん。
・・・また、腹黒いこと考えてるのわかっちゃった。このまま、領主の首を替えるつもりね。
統括地域の領主任命権は辺境伯にあるはず。
実際、オルセイン領に見に来て、交代後の人材を探しに来たのね。
育ってなければ、本来なら統括領であるカービングから出さないといけないけど、カービングなんて、きっとここより人材がいないものね。
土地の荒廃って、すぐに人心を荒らす。一旦、荒廃を許すと人が育たず、さらに生きにくい土地になる。
無責任のつけを押し付けられるのは、可哀想なことに次世代の子どもたちなのだ、とナーガやケビンを見てつくづく思う。
ヨシュア様には頑張ってもらいたい。
カービングの希望であってほしい。
カミラ様は今日は一緒に遠乗りに!と言っていたけど、では、領都の境界まで見送ってくださいって。
わたしの馬車に乗り込まないでください!
愛馬はどうしたのですか?と聞いたら、二日酔いなんだ、乗せてくれって。
そんな元気な顔色して、何言ってるの⁈
しかも、昨晩はあんなに早く舞踏会を退席してるくせに。
ほんと、懲りない方ね。
領界を越えてカービングに入ると、領宰の使いと騎士が整列して迎えた。
はあ〜。凛々しいわ。
この隣領との違い。
王族にでもなった待遇ね。
ヨシュア様が当主になってから、カービングは本当に変わった。
騎士たちの引き締まり方は国境を守る気概にあふれていて、領民たちも安心できるみたい。
領境いの宿で休憩を取るため馬車から降りる。
ヨシュア様がわたしに手を差し伸べて、降ろしてくれた。
旅をしている間はいつものことなのだけど、まるで奥方にでもなったみたいな錯覚に陥る。
ヨシュア様の向こうには、逞しく、鋭い眼光の騎士たちが、道の両側に姿勢良く立ち、わたしたちを守る。
アリシア様をお迎えする準備なんだろうけど。
オルセイン領でも、護衛兵たちは毎回、同じように出迎えをしていたので、領民たちは騎士の凛々しさに驚いていた。
領主の屋敷なんかはそれこそ下女まで出てきて窓から見物する始末。
でもね、それは不躾なのですよ。
いかに躾が行き届いてないか、よくわかりました。
カミラ様は、ヨシュア様と一緒にこのお見送りとお出迎えをしたかったのかしら。
自分のとこの騎士を育ててください。
「どう思う?アリエッティ。」
書類を見るわたしの手元を覗き込むように、ヨシュア様が頭を寄せてきた。腕が触れそうな場所にいるので、体温が伝わりそう。
近い!近い!
焦っていることを頑張って隠して、一生懸命に日程表を見ながら、日にちを計算した。
領宰からの急ぎの知らせは、巫女姫巡業の出発日の決定と、日程の情報。出発日決定は公式な発表だが、日程の情報は、カービングが独自に手に入れた。
出発日まで、1か月あるので、巡業場所に順に日程が正式に通知されるが、これは領の独自の動きで取りに行ける。
隠されているわけではないから。
正式発表を待っていては、迎え入れる準備が遅れるので、取りに行くように助言したのだ。
その後、度々迎え入れの相談をされ、今はすっかりメンバーに入っている。
わたしの存在もだいぶ受け入れられたものです。
定着した頃には出て行くんだけど。
紙に日程をわかりやすく、書いてみる。
通常、王都からギル=ガンゼナまで、馬車で15日。
人数が正式に発表されていないが、およそ60名という情報がある。ということは、歌姫は20名ほどになるだろうか。
60名の人数、しかも若い女性が半分近くなら倍の日数を考えなければいけない。
そして、ここまで辿り着く間に、いくつかの儀式を入れる。
「神殿祭礼は、7。日程は45日。・・・ちょっと多い。」
どこでどう泊まるかはわからないが、ちょっと多い。
しかも。
「こちらから王都へは、ご当主とご一緒したいとの、ご希望だそうです。」
巫女姫様が王都への戻りは、ヨシュア様に同行してもらいたいと希望を出されているそう。
それと、舞踏会も。
ちょうど議会が始まる時期になるので、ヨシュア様は上京する。
だが、巫女姫一行と同じように動くとかなり遅くなる。
となると。
滞在を5日と考えて、議会の始まりの日を書いて、まゆを寄せた。
「難しいか?」
「王都への戻りを巫女姫巡業の日程と合わせると、議会の開始に遅れます。途中まで同行し、卿だけ大急ぎで戻られれば、間に合いますが。」
それでも、前日に着くことになるだろう。
「お断りはできるものなのか?」
あら、断るつもりなの?薄情な人。
「わかりません。通常の神殿からお願いされることと、少し違いますので。」
ヨシュア様は無言のまま、腕を組んだ。
「まだ、日にちはありますし、実際、巡業が始まれば日程は刻々と変わります。その時にご判断なされば良いかと。」
うん、と頷いた。周りにいる官吏たちも同じように頷く。
「領内に、祭祀の日を知らせた方が良いか?」
日にちは決まっている。が、ここは最終地。いつ変わるかわからない。おそらくこのままだと、少なくとも2.3日は確実に遅れる。
だから、首を振った。
「巡業が実際始まってからの動きを見てからがよろしいかと。采配を取る神官たちの考えで、変わってまいりますので。だいたいの日にちは既に知らされているのものと、変わらず。度々の日程変更は混乱をきたします。」
その通りだ。とヨシュア様が呟いた。
「始まったな。」
顔を上げた私と目があった。
その目の光には信頼がある。わたしは頷いた。
「まるで戦のようだ。」
ヨシュア様がクスリと笑った。見回すと官吏も騎士も微笑んでいる。みんな、ヨシュア様を信頼の目で見ている。
そうかもしれない。
巫女姫様も歌姫も、カービングの民を救いに来る。
救国の歌姫を無事に帰すこと。それが迎え入れる側の使命だ。
出来るだけ心地よく過ごせるように、出来るだけたくさんの民が祝福を受けられるように、十分な準備がしたい。
「あと少しだ。みんな、頑張ってくれ。」
ヨシュア様の言葉に、官吏たちが、はい、と答えた。
領界の宿で、ヨシュア様と別れて、わたしは賛美歌を土地土地で広めながら、ゆっくり領都まで帰った。
「神官様。祝福を。」
わたしの手に生まれたばかりの赤ちゃんが、渡された。
小さすぎて、怖い。ふにゃふにゃして、わたしの腕一本で収まるくらいしかない。
大きな声で歌うのは忍びなく、細い声で祝福の歌を歌い、言祝ぎをした。
祝福の習慣はあっという間に広まった。今では神殿には途切れなく、民が祝福を受けにくる。
この習慣だけでも、間に合って良かった。
領都は涼しい風が吹くようになった。
巡業の頃は秋の真っただ中。
カービングの山々が一番、美しい紅葉に輝く季節。
今まで避けていたヨシュア様とアリシア様が並ぶ様を目の前で見なければいけない。
その瞬間も、わたしはこうやって、自分の力で立っていたい。
ヨシュア様の好意にも、アリシア様の蔑みにも、気にしないような顔をして鮮やかにこの地から去っていきたい。
わたしの戦いが、結果を見せる時が来る。