十音’s 003 「そうやって、命を粗末にするんじゃねえよ!」
「そうやって、命を粗末にするんじゃねえよ!」
遠のく意識が、その声だけで、一瞬にして戻ってきました。
気づけば、彼の腕に力はこもっていません。
どころか、少しの力も入っていません。
まるで、屍のような。
「ったく、あぶねえことするなー。さすが、王家の人は考えることが違う」
そこには、ヘッドホンをつけたまま、矢を放った彼女の姿がありました。
東十音。人体蘇生の能力を持つ少女。
「ど、どうして?」
「いや、どうしてって、勘だよ、勘」
勘で分かるような状況ではないと思いますけど。
「あと、別に音が壁になるわけじゃないしね」
「ど、どういうことですか?」
「いや、単純な話。音って、意外と自由に聞けるものでさ。意識して聞かないようにしたら、全然聞こえないものなんだよ」
「……そうなんですか」
彼女は、ふうっとため息をつきます。
「よかったよ、とりあえず生きててくれて」
「すみません」
「謝るこたない。この戦いに巻き込んでるのは、こっちなんだからさ」
もがく一倉を、彼女は簡単に踏みつけながら言います。
そして、着けていたヘッドホンを一倉に付け返します。
その衝撃で、一瞬ビクッと動き、その気持ち悪さから私達も震えました。
「気持ちわるいな」
「そういわないでください。私達の所為でこうなっているんですから」
「確かにな」
軽い風が、ふわりと私の髪の毛をなびかせます。
それは、まだ終わりを告げていないかのような、そんな雰囲気を醸していました。
「それで、どうする? こいつ、太ももに刺しただけだから、まだ死なないだろうけど?」
「……」
黙る私を、彼女は不思議そうに見つめます。
もしも、もしも。
もしも、さっきの鹿とやらが、ただの鹿ではないとすれば。
「あの、人間以外の足音って区別できますか?」
「犬猫の哺乳類から、虫の羽音まで。完璧に区別できるよ?」
「では、鹿の足音ってまだ聞こえますか?」
「うーん、そうだね。なんとなく聞こえるかな」
「その鹿を、今すぐ撃ってもらえますか?」
「え? そんなにもみじ鍋食べたいの?」
「いえ、そうではないです」
もしも、私の考えが正しければ。
昔、私がまだ王宮に閉じ込められていたころのことです。
3年前の生誕祭の前日です。
私がクマのぬいぐるみで修と遊んでいると、突然鬼のような形相で父親―国王―が、私の部屋のドアをこじ開けて、ぬいぐるみを持っていたことがありました。
『このぬいぐるみには、絶対に触れてはならない』
その時の形相と言葉の勢いは、永遠に忘れることは無いでしょう。
『なんで?』
当然、父親に訊けるはずもなく、私は修に尋ねました。
すると、修は、『ここだけの話なのですが』といって耳元に近づいてきたのです。
慌てて赤くなった顔を抑えようとしていると、彼はこうささやいたのです。
『あれは、武器なのです』
『武器?』
『監視装置とでも言いましょうか』
『どうして、そんなものが』
『これ以上は、例えお嬢様でも口を割るわけにはいきません』
『そう』
てなことがあったのです。
もしも、その時の技術が使われているのなら。
たった3年、されど3年。
生身の動物を使うことだって、容易くなるのではないでしょうか。
「おお、そういうことか。じゃあ」
素早い準備からの見事な一発。
彼女の狙いに狂いはなく、迷わず真っ直ぐとんだ矢は、鹿に命中しました。
鹿の悲鳴は、暗闇からもはっきり聞こえました。
「まさか、監視先はここだったのですね」
「まあ、自慢じゃないけど、うちが一番強いからね」
私達は、一応病院へと通報し、鹿の元へと足を運びました。
「それにしても、素晴らしいですね」
「そうだろう?急所にしか当てねえんだよ。で、これが監視装置の元ってわけか」
宝石のようなそれを手に取り、彼女は空へと向けます。
初めはすべてが驚きでしたが、嗅覚聴覚で見るという彼女の行動にだいぶ慣れてきました。
それでもやっぱり、凄いと言わざるを得ませんが。
「そうだと思います」
「ふーん」
星の光を反射する装置を、彼女はその握力で破壊しました。
「よし、鹿を持って帰るぞ!」
犯人とバレぬよう、私達は自己最速で帰宅しました。