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アニマ4話 花ぞ散るらむ

作者: 文月宵兎

バトルばっかりでは飽きるでしょうし、出雲のへそ出しを書きたかった。

アニマ4話「花ぞ散るらむ」


「え?お花見?」

青天の霹靂だった。雨音が窓を叩く放課後の部室で、優雅にお茶をしていた僕らに矢田先輩がそう宣言したのだ。

武尊も出雲も、そして三宅先輩も茶菓子や湯呑みを途中で止めて聞き返す。何故唐突に、そしてこんな天気の時なのだろう。

「せやで!今回新たなアニマの戦士が加わった事やし、この大学の協力者達にも自分らを紹介したいねん! どやろか?今週の土日なら天気もええて、丁度ええんちゃうかと思うてな!」

 今日は木曜日、当然僕らの予定は埋まっていた。

「と、突然そんなこと言われても……僕、その土日バイトの面接が」

「自分は、友達に頼まれて課題の手伝いと、撮影の手伝いと、ご近所さんの広告づくりの手助けをしなきゃいけなくって……すんません!お花見も時間があれば行くんで、それじゃダメっすか!?」

「わ、わわわっ、私は、トランポリンの大会が近くて……朝から練習が……」

「私はアカペラ部の練習があるよー。 でも、楽しそうだからお花見も行けないかスケジュールを調整してみようか?」

「えええー!! みんな土日のどっちもアカンの!? そんなんあるんか!? なんやねん、ゴッツおもんないわ!!どうにか出来へんの!?」

口を尖らせて駄々を捏ねる矢田先輩に、みんな苦笑しながら宥める。予め言っておいてくれたら何とか出来たかもしれないが、明日明後日のスケジュールはもうどうしようもない。三宅先輩はむくれる矢田先輩の、膨らんだ頬を潰して揉みながら優しく諭す。

「那智くん、あのね、急にスケジュールは変えられないんだよ。まぁ、今回を教訓に来週とかに予定をずらしておこうよ」

「来週は月曜日から木曜日まで雨や。明日とかにでも見に行かへんと桜散ってまうやん」

寂しげに言う。確かに、今日の雨でも危ない位だ。今年は雨も多かったし、直ぐに散ってしまうかもと、朝の報道でもやっていた。

 でも……。

 「なら、他のお友達と行ってきたらいいじゃないですか? 矢田先輩、人気者ですし」

 僕が言うと、横から武尊に脇を突かれた。何? 何かまずいことでも言った?

 そんな顔をしていると、彼は深いため息を吐いて額に手を当てた。なんなんだ一体。

 矢田先輩はますます頬を膨らませてむくれる。

 「いけず! おめぇらのいけず、いけず!! みんなとやから意味あんねんもん! 他のやっちゃ、意味あらへんもん」

 「ちょっと、狭いんだから暴れないでよぉ」

 「うおっ! お茶倒れちゃいますよ先輩!」

 「ワシの心配せんと、茶ぁの心配してどないすんねん阿保!」

 さらにはお茶にまで八つ当たり。いつも飄々としてて、ムードメーカーで、でも冷静で視野が広く、指揮官的な役割を担っていた先輩が、ここまでプライドを捨てて「花見」に固執するとは、いったいどういう事だろう。何か、特別な意味合いがあるのだろうか。

 「ま、そんな感じやな」

 「「「え?」」」

 「おや?」

 突然、その駄々が止まった。いつもの、飄々とした掴みどころのない口調にもどり、だが、少し寂し気な笑顔で、ため息を吐いた。

 「言うてみただけや。何も、そない気にせんでもええこっちゃ。勇翔の言う通り、来週にピクニックでもしたらええねんな。んじゃ、ワシちょっと野暮用あんねん、先お暇するわ」

 長机に放られていたハンドバックを掴んで、矢田先輩はふらふらと出口に向かう。一度も、僕らとは視線を合わせず、そして「ほなな」とも言わず、さっさと出て行ってしまった。

 やっぱり、僕の一言が気に障ったかな?

 「やややややや、やっぱり、トランポリンの練習っていう断る理由はいい、いっいけなかったでしょうか、わ、わわわわ、私の所為ですか!?」

 「いや、出雲ちゃんじゃないでしょ。どっちかって言うと失言はこいつ」

 「やっぱり!? 謝りに行った方が良いよね、行ってくる」

 「ああ、追いかけなくても大丈夫だよ」

 駆け出した僕の肩に手を置いて優しく制止する三宅先輩。振り返ると、もう一方の手は震えて今にも泣き崩れそうな出雲の肩にあった。眼鏡を押し上げ、のんびりと彼は言う。

 「みんなが行けない事も、彼には分かっていたのさ。でも、聖徒会は他の人の花見とは違ってね、これから起こる戦への安全祈願の意味合いや、街の安寧を願う意味合いの方が強くてね。聖徒会の花見は代々伝わる伝統行事なのさ」

 「伝統、行事……」

 「そう、私達も先輩に連れられて神塚山の参道にある見事なサクラを見せてもらったよ。きっと、彼もモヤッキューとの戦いで張り詰めた緊張や不安を、大輪のサクラで励ましたかったんだろうね。まぁ、不器用な彼らしいが」

 ほほほ、と上品に笑う三宅先輩を横目に、僕らはああ、そう言う事だったのかと罪悪感に苛まれていた。ぽんぽんと肩を叩いて、三宅先輩は仏の様な笑顔で言う。

 「さあ、もう遅い。雨脚も強くなるだろう。早くお帰り」

 「そっすね……。んじゃ、先輩、お疲れ様っス」

 「お疲れ様です。お茶とお菓子、ご馳走様です」

 「おおおおおおちゅかれしゃまれふ! はわ、えっと、また明日です!」

 先輩に促されて、僕らはそれぞれ荷物を取って腰を上げた。三宅先輩はニコニコしながら、気を付けてねと手を振る。それを尻目に、足早に教室を後にした。

 矢田先輩は拗ねてしまって、ずっとこちらを向かないまま、雨の打ち付ける窓を眺めているだけだった。

 「うわ、めっちゃ雨降ってる。二人とも傘持ってるか?」

 「朝からの雨だぞ。流石に持ってるって」

 「流石に、私も今日は……」

 武尊はエナメルのショルダーバッグから取り出しかけた折りたたみ傘を「そっか」とほっとしたような、でも少し寂しそうな顔でそっと戻した。時刻はもう19時手前だ、腹も減ってきている。

 「出雲、今日も練習あるのか?」

 僕は隣で若草色の傘を広げようとしている、出雲に尋ねた。彼女はえっと言葉に詰まる。その間に、傘が音を立てて開いて、驚いて肩を竦めた。柄を肩に載せながら首を縦に振った。

 「はい、今日は家で自主練習です。春体も迫ってますし、うかうか出来ないです」

 「出雲ちゃんは偉いなぁ! 俺も筋トレとかした方が良いかなぁ」

 頬を掻きながらぼやく武尊に、思わず僕は顔を顰めてしまった。

 「これ以上ムキムキになって何するつもりだ? ワンパンで敵でも消し去るのか?」

 「マオ、出雲ちゃんにその漫画ネタ伝わらないから止めなよ。俺と二人だけとかならいいけどさ」

 そう言われて視線を変えると、きょとんした顔で愛想笑いをしている彼女と目が合った。途端に慌てて眼鏡を直しだす彼女に、武尊に咎められた意味が理解できた。

 「そっか……出雲は少年漫画とか、青年漫画とか読まないよね。しょ、少女漫画ならプリキュアとかセーラームーンとか、しゅごキャラなら僕も分かるぞ!」

 「年代古いってか、ターゲット層が違うだろ」

 額をペンッと手の甲で叩かれた。出雲も困った様に笑うだけだ。

 「そう言えば、俺らってこうして仲間になったはいいけど、あんまりお互いのこと知らないよな。マオと俺は幼馴染だし、ある程度は知ってたけど高校から離れたしその期間受験もあってあんまり喋らなかったじゃん? 何か、ちょっと話す機会あってもいいかもな」

 「そうだよな……先輩たちもそれを見越しての提案だったんだろうけど、日程がなぁ」

 「や、やっぱりそうですよね。ど、どうしましょう……大会の練習一日でも休んで、わたしだけでも行った方が良いでしょうか!?」

 「そんな、出雲の大会の練習も大事じゃん! 無理に休むとかしたら先輩も気を遣うだろ」

 僕が慌てて止めると、出雲は浮かない顔で「そうでしょうか」と食い下がる。それに、出雲ちゃんだけじゃ多分意味が無いと思う。かといって、僕が行くと言ってもこっちはアルバイトの面接だ。どうしても休むというのは無理だろう。

 そんな事をしていたら、駅前の大きな赤い鳥居の前まで来ていた。雨は一向に弱まらない。

 「あれ? 出雲は逆側じゃなかったか?」

 「今日は家での練習なので、本州側なんですよ。まぁ、この電車は環状線なので結果的には練習場にも着くには着くんですけどね」

 「そうなんだ、これ山手線的な奴なんだ」

 全然知らなかった。東京の感覚で居たし、切符も使わないからどんな経由の電車があるのか全く調べもしなかった。

 「そうそう、バスとかも基本的にはグルグル円を描くように走るのと大学から放射線上に走るその二つだけなんだよな。俺も島独特だなぁって思ったよ」

 「島が六角形に近い形ですからね」

 武尊の方が詳しいのが、何か腹立つ。けど、僕は適当に相槌を打ってその思いを何処かへ追いやった。

「お2人は、他県から何ですよね。でも幼馴染って……」

「ああ、コイツの親転勤族でさ、その中で幼稚園と小中一緒だったんだよ」

「そう、高校からは俺は静岡の辺りに引っ越して、俺だけ今はこっちにって感じ」

「出雲はずっと広島?」

「はい。でも、私関西弁ないでしょう?両親が関東から来たのでそれで、よく、余所もんがって弄られました」

照れくさそうに頭を搔く出雲に、なんて返したらいいか迷っていると電車が来るアナウンスが流れた。ホッと僕は人知れず胸をなで下ろした。

「そうだったんだ、大変だな。そういえば、明日は2人とも学校居る?」

「明日は三限からです」

「僕は一限から……はぁ、一年の間は当分一限始まりになりそうだよ」

そこからの武尊のファインプレーで話題は上手く逸れていていく。と、そこでタイミングよく電車が滑り込んで来た。

「んじゃ僕はこの電車だからまた明日」

「はい!」

「おー!気ぃつけろよなー」

「おめぇも出雲にてぇだすなよー」

「わかってらァ!」

軽口も程々に、僕は帰路に着いた。





「で、アタシに泣きつきに来たってこと?」

「せや……慰めたってやぁ、キラ〜」

「やぁよ、ここ、銀座のBARかなんかだと思ってないでしょうね?」

島の東側にある鳥居の正門を抜けた先の校舎に、2人の男がラボでだべっていた。一人は黒衣に派手なピアスや金のアクセサリーを着けた長身の男で、もう1人は屈強な筋肉には似つかわしくない、濃い化粧と長いブロンドの髪、服は男物だが足元はピンヒールというめちゃくちゃな格好をした男だった。

彼はつけまつげとマスカラでバサバサの瞼を上下させながら、手元の石を工具でひたすら削っている。その横で、黒衣の男……、矢田は不満そうに口を尖らせる。

「あんたのアニマストーン、もう少しで修復出来そうよ」

ゴーグルを上げて、彼は台座にその黒い石を載せた。特殊な接着剤と工具で粉々になったはずの矢田のアニマストーンは前と損傷が分からないほど復元されていた。

「おお、ホンマやな! ほんに、凄いやんなキラは」

「まぁね、アンタのとこの坊やが石を取り戻してなかったらこうも出来なかったから、その炎猫の子には感謝なさいよね」

金髪をかき上げ彼女は得意げに小鼻をふくらませた。矢田はその姿を金髪のヴィッグをかぶったゴリラみたいだと言いそうになるのを、口の中の肉を噛んで防いだ。

「でも、例えアタシが完璧な技術で石を修復したとして、アンタの神様が許してくれるとは限らないわよ?早めに神社に土下座でもしてきなさいよ」

「行ったわ。せやけど、弾かれたってん。カラスにも偉い睨まれた」

 そういうと、キラという女装した男は深いため息を吐いた。いつも飄々としていて、常に張り付けたような笑顔を浮かべていた矢田が珍しく一目で分かるほど落ち込んでいた。

 「そんなに、アタシ達を紹介できないのはショックなの?」

 「そこちゃうわ。……ま、綺麗になった石見たらちょったぁマシになったわ。ほな、勇翔んもよろしゅうな」

 ふらりと、陽炎のように立ち上がると伸びをして矢田は工房を後にした。雨音は絶えず、暗くなった夜空から降り注いでいる。それを見上げて、何故か、彼はにやりと笑うのだった。



 「え? 延期!?」

 翌日の廊下で、僕は思わず大きな声で電話口の言葉を復唱した。何人かがぎょっと目を剥いて振り返って来るが、日本人のいい所で我関せずとまた人の波に吞まれていく。

 電話主は家の近くの鉄板焼き屋の店主からだった。僕がアルバイトで第一希望にしている所だ。店主は申し訳なさそうに、咳を何度もしながら返す。

 「そう、なんじゃ……。昨日、突然体調が崩れてもーて、げに申し訳あらへん。面接はお詫びにある程度大目に見るけぇ、よろしゅうね。体調が戻り次第連絡するね」

 この土地独特の方言に戸惑いつつも、僕は分かりましたとしか言いようがなかった。確かに、朝店の前に行ったらシャッターが降りっぱなしだったなぁ。

 がっかりというより、心に小さな穴が開いたような空虚感とどことない安堵を噛みしめながら、一年生合同必修科目のある大教室の戸を開いた。すると、聞きなれた声が起き抜けの耳をパーンと貫いた。

 「はあ!? お前も!? 何なんだよ、お前らの為に俺予定調整してたのに」

 「御免て、武尊! この埋め合わせは絶対するからさ、駅前のスペアリブ専門店の大盛り骨付き肉驕るから」

 「俺の一日は骨付き肉じゃ埋まらねぇっての! 全く……、次の予定分かったら教えて。あと、肉は別にいいから……。お前に当たったって親御さんの体調不良なら仕方ないよな」

 「ほんっっと御免! また、連絡するから!」

 武尊と言い合っていた男が僕の脇を強引に通り抜けていった。武尊は疲れ切った顔でまたため息を吐いて、席に着く。その横に僕は歩いて行く。

 「どうしたん?」

 「土日の予定が全部キャンセルになったんだよ。なんで、みんな突然ドタキャンするんだ」

 「え? お前も? 僕もさ、さっきバイト先から連絡があって土日のバイトの面接延期になったんだよね」

 リュックを下ろしながら僕が言うと、武尊は驚いて目を丸くした。

 「マジかよ? マオも!? 何だこれもしかして俺達の神様がなんかしたのか?」

 「さあね? でも、偶然にしては出来過ぎてるよね」

 武尊がリストバンドに縫い付けた青い石を指先で叩いた。僕も首に下げたペンダント状に加工した石を見た。おもちゃの様な、高級な宝石の様な、深い赤の石は知らん顔で沈黙している。

 「はわ、お、おおぉおは、お早うございます。今戸くん、三峯くん」

 か細い声が聞こえて振り返ると、相変わらずおどおどした出雲がぺこぺこと頭を下げていた。僕と目が合うと恥ずかしそうに目を逸らす。

 「おはよ、出雲。真ん中どうぞ」

 「い、いえ、お気になさらず!」

 「いや、気にするっしょ。今日も鮫島ちゃんの取り巻ききてんじゃん? いいよ、隣据わって座って」

 武尊と僕は後方の席で、デカい声でしゃべっているグループを一瞥する。あれから目立った攻撃は無いものの、でも、相変わらず出雲と鮫島さんの確執はなかなか埋まらず、取り巻きからの冷たい視線はなくならない。

 でも、僕らと過ごすうちに、強張っていた出雲の顔が少しずつ解れているのも事実だ。

 出雲は遠慮がちに何度もすみませんと言いながら、真ん中の席にちょこんと腰かけた。

 「あ、あのっ、皆さん、土曜日日曜日って……予定、空いてますか?」

 不意を突いた出雲の質問に、僕らは目を合わせ思わず苦笑した。

 「もしかして出雲も、土日の予定無くなった感じ?」

 「ふぇ? も、って……? え、アルバイトとかお友達とのご予定、なくなっちゃったんです?」

 僕らは苦虫を噛み潰した様な微妙な顔で頷く。出雲は少し嬉しそうな、でもこちらを気を使った笑顔で「残念ですね」と呟いた。

 さて、こんな帳尻あわされる事があっていいのだろうか。なんだか、変な気分だ。でも、まぁ、あんな事件たちが起こるんだ、普通なんてきっとここじゃあり得ないんだろうな。

 「先輩のお花見、どこでやんだろうな?」

 武尊が徐に呟いた。昨日の雨で少しサクラは減ったが、まだ春風にそよぎ、枝先を揺らす余裕はあるようだ。その枝に鴉がとまり、一声こちらに向かって鳴いた。

まさか……いや、ないない。あのよく分からない先輩でも天気をどうこうは出来ないはずだ。

予鈴がなる中、僕は失笑しながらホワイトボードへ視線を移したのだった。


「え?花見行ける!?」

聖徒会室で今日ものんびり宝石を眺めていた矢田先輩は一報を聞いて嬉しそうに細い目を輝かせた。いつも、あんなに大人びていた彼がこんなに無邪気に喜ぶなんて驚きだ。

 そんなに、花見に行きたかったのか……。

 そう思ってくれてるのが嬉しくて、僕は頬を掻いた。ちょっとむず痒いような、照れくさいような気持ちがあったのも、嘘じゃない。

 「なぁ?」

 突然、後ろから武尊がちょん、と袖を摘まんで耳打ちしてきた。振り返った先に、三宅先輩が立っていた。武尊は怒られる直前の犬のように、太めの眉の端を下げた。僕も分かる。いつも通りの笑顔の奥から溢れる怒り。それは一心に矢田先輩に注がれていた。多分、三宅先輩はこの偶然の切っ掛けを知っているんだ。

 「そっか、良かったわぁ。みんなの神さんもえらい喜んでくれんで」

 「神?」

 出雲が眼鏡の奥の眉をハの字にして首をひねった。矢田先輩はうんうんと頷いて笑顔で応える。

 「今回の花見は、ただの花見や無い。みんなの神様に今後ともよろしゅうって挨拶につれてったろうと思ってたんよ」

 「つまり、お宮参りって事っすか?」

 「そ、火の神炎猫、海の神水狼、豊作の神草兎。風の神大烏、歌謡の神白鳩……。ここは神様の溜り場なんよ。バス停のあちこちにその神様の家、神社があんねんそれをな、一日かけてみーんなで回るんよ」

 それを聞いて僕は吐きかけた。なんだ、そのトライアスロン。インドア派インテリ男子にそんな事出来るわけない。この島の神社の一つに試しに行ってみたけど、階段が険しすぎて、鳥居で手を合わせて帰ってくるような、貧弱野郎に何をさせる気だ。

 「凄い……じ、神社のバスツアーって事ですか?」

 「面白そうですね! 俺、カメラ持っていきたいっす!」

 一方で、見た目よりも体育会系のアウトドア派陰キャ共はやる気を出していた。よくよく考えれば、武尊も小中高と野球部のエースをしていたし、トランポリンやチアで毎日自主練を欠かさない出雲はかなり体力に自信があるんだろう。普段は華奢な体躯に、いつもおどおどしてるし、教室の隅で難しそうな本を読んでるから忘れがちだけど、このメガネっ子は運動神経抜群のチアガールなのだ。

 「んで、その時にワシらのサポートメンバーも紹介したいねん。ほら、自分らのアニマストーンを加工した、デザイン工学部の奴とか、勇翔の同輩とか、ワシらの先輩らとかもな!」

 「先輩? どういうことです?」

 「そんなん、アニマの先輩や。神の力はもう返上してもうてるけどな、今後お世話になんで、ちゃんと挨拶せなあきまへんやろ」

 先輩、なんて居るんだ……。その時、ふと頭を過ったのはヒーロー戦隊のコラボ映画だ。歴代ヒーローたちが共闘とかいう熱い展開もあるのか!!

そ、その展開になれるならば、コレはキチンと挨拶をせねばなるまい。と、なれば……。

「僕、筋トレしてきます」

「なんでやねん。筋肉痛で死ぬで?」

武尊だけは何かを察したのか、何か言いたげな顔で頭をかいている。矢田先輩はそれはそれとしてと、手を叩いて話題を戻した。

「ほんなら、明日は神塚駅前で集合や!時間は9時くらいにしまひょか。 ほんで各自弁当と水筒とレジャーシートを持って来てな!ルートはワシが考えとくわ!」

「わかりました」

「了解っす!」

「分かりました」

矢田先輩は不意に背後に視線を移した。そこにはずっと押し黙り、笑顔のまま睨みをきかせていた三宅先輩がいた。ため息をついて、寄りかかっていたドアから背を離す。

「私も、行くよ。 でも、矢田くんにはあとで話があるからね」

「ほいほい、ほんなら、明日はよろしゅうな!ワシらはこの後部集会があんねん、先お暇させて貰いますわ」

「また明日ねー」

珍しく矢田先輩を腕を掴んで三宅先輩が先に教室を出た。あれから分かる、物凄く三宅先輩が怒ってる事が。何だろう、花見がそんなに行けないことなのだろうか? いや、でも部の伝統だって言ってたし、花見自体おかしい事は無いはずだけど。



 「やっくん、私の言わんとするのは分かるね?」

 「……なーんの事やろ」

 三宅は手に力を込め、笑顔のまま問いただす。

 「君、神の力無理に使っただろう? 駄目だよ、私達は不安定だからね」

 あくまでも優しく諭すように、彼は言うが、その目は一切笑っていなかった。けど、天使の様な笑みは絶対に崩さない。

 「怒る時くらいはアルカホリックスマイルやめぇや。ごっつ不気味や」

「そう、でも、どうでもいいだろう?神の力はアニマに戻れた時だけだ」

「分かっとる。せやけど、今年はちゃんと連れてってやりたかったんよ。ワシら、初めての先輩やし、ええ顔したいやんか」

「うん、そうだね」

やっと手が離れた。矢田は少し痛そうに掴まれててた腕をさする。三宅は溜息をついて腕を組んで言った。

「でもね、君が無理をして神から見放される方が、彼らも私も、嫌だよ?」

殺人級の笑顔が炸裂する。他人ならその眩さに目が眩んで、彼の言う事はなんでも聞いてしまうと言われている笑顔だ。本来ならそれを食らったものは立っているのもやっとな筈だが……?

矢田は鼻であしらった。

「せやけどもう後の祭りやんか。それに、うちのカミさんに言われたわ。もう金輪際この力は使えないとな。やから、もうせんし、出来ひんわ」

頭をかいて、ぶっきらぼうに答えた。三宅は笑顔の輝かしさを収めた。少し寂しげに目を伏せてポツリと溢す。

 「そっ……か。それじゃあ、無理はほどほどにね」

 「おん? おい勇翔? 何処いくん?」

 「ん? 明日のピクニックのために沢山和菓子と蜜豆を沢山買おうと思ってね」

 矢田とは真逆の方向へ軽い足取りで向かう相棒に、やれやれと息を吐いて自分は体育館の方へ向かった。



 



 燦々と降り注ぐは麗らかな春の日差し。舞い落ちる桜吹雪。ウグイスの囀りと人々の足音。電車のアナウンスを背に、僕は電車から降りた。ふと横を向いた時、別車両に乗っていた武尊と出雲を見つけた。

 「おはよ、二人とも」

 「おっす!マオ! なんか、この後学校がないなんて不思議だな!」

 青いシャツの前を全開にして、中のスポーツブランドのインナーを見せつける武尊。元々あった八重歯がより大きく鋭くなってるのは錯覚だろうか。普段は小学生みたいなTシャツとハーフパンツだけなのが相まって僕もなんだか知らない誰かに会ったみたいだ。

 電車が発車の合図を鳴らす、それにいち早く反応して、犬の様にグルグルと唸り始めた武尊を慌てて引っ張って、改札を出た。

 「うわわ、眩しいっ! で、でもよ、良かったですね、すごいお天気で」

 「な、先日の雨が嘘みたいだ。 出雲は今日は珍しく長ズボンだな」

 「た、沢山歩くと思って……へ、変ですよね……すみません……」

 出雲はいつもショートよりも短いズボンや短いスカートが殆どだったが、裾が広いジーンズと、今度はす胸までしかないピタッとしたトレーナーを着ていた。服の裾から引き締まって縦筋が入った白いお腹が見え隠れしている。目のやり場に困って僕は駅前の植え込みにある桜の木を見上げた。

 「スッゲェ、まだこんなに花が残ってたんだな」

 「なー、めっちゃ満開だしさ。なぁ、折角だし写真とらねぇ?」

 「僕は良いよ、出雲ならいい被写体になるんじゃないか?」

 僕は武尊の掲げたカメラの先から体を退かして、代わりに出雲を引っ張り出した。その時遠くの道路で救急車のサイレンが聞こえた。

 「やっ」

 「武尊、待て」

 武尊もやばいと思って抗おうと両手で口をしっかり塞いだ。だが、目がみるみる獣の目に変わってしまう。僕らの制止を他所に、鋭い牙が陽の光を反射して白く光った。

 「あぉおおおおおおーーん!」

 「ひゃあ!?」

 出雲が飛び退き、耳を塞いだ。僕も耳を塞いで後ずさる。武尊は目を瞑ってサイレンに呼応する様に遠吠えを続ける。駅から出てきた人や街をゆく人々が何事かとこちらを振り返る。犬達が真似をする様に吠えたり、遠吠えを始める。

 「うぅ、気持ち悪い……」

 「出雲!?」

 大きな音や肉食獣の声が駄目なのだろうか、青い顔をして出雲がその場にへたり込んだ。僕も気が飛びそうになるのを歯を食いしばって堪えながら出雲を支えて、人通りのない路地に二人を連れて行こうとするが、流石に漫画だけしか描いてない様な僕じゃ筋肉だるまとチアガチ勢二人を連れて行くのは難しく、中々思う様に動けなくなった。

と、その時、黒と白の羽が目の前を横切っていった。途端、犬達が突然黙り込む。

「なんや、えらい騒ぎやないの。なぁ?」

「おやおや、すっかり神様に振り回されている様だね。大丈夫、私に任せたまえ」

と思ったらマダム達が突然黄色い歓声を上げ始めた。僕でさえも耳が取れるほどの甲高い声に意識が瞬間遠のいた。

「おっとっと、大丈夫かい?今2人を助けるからね」

「おみゃーは、変装もちゃんとせえや。一応うちのブランドの看板モデルやっとるんやから」

やはり女性たちの熱い視線の先にはいつだってあの、高身長ハイレベルイケメンの矢田先輩と、三宅先輩が居る。矢田先輩はカラスが飛ぶ水墨画の扇子と揃いの羽織を、三宅先輩はパッと見お爺さんみたいな格好なのに、何故か様になってる白のベストに白のハンチングハットと色眼鏡をかけていた。

三宅先輩が武尊を、矢田先輩が出雲を抱き抱え、周りの女性達に愛想を振りまきながら人通りのない参道のはずれへ歩き去った。

「ケルくんも、普段は気丈に振舞ってるけどやっぱり神さんに当てられとんのやな! いやぁ遠吠え聞いてなんか安心したわ!かっかっか!」

「いっそ殺して……」

武尊は矢田先輩に軽々と担がれながら顔を覆って消え入りそうな声でボヤいている。武尊をあんな女の子みたいに担げるなんて、あの痩躯の中の筋肉はどうなってるんだろうか。

「いやぁ、遅くなってすまんな。勇翔が家の鍵無くしてもーてそれの捜索してたら遅うなってもうた」

「鍵をかけたかどうか忘れちゃってね。んで、どこにあるかも忘れちゃったのさ。ほほほ」

「なにわろてんねん。まぁ、この鳥頭のポッケの中やったから安心出来たんやけどな」

長く古い石造りの階段を降りながら、先輩達は漫才を続けている。そんなこんなで、三宅先輩に抱えられていた出雲の意識が戻った。彼女はぼんやりと目を開けて、美形を目の前にしてギョッと剥いた。

「ひょえ!? んなっ、へ!?ここ何処です!?」

「ここ? えーっと……何処だろうか、私も分からないのだよ。ほほほほ」

「何がおもろいねん」

驚き戸惑う出雲を優しく地面に下ろして、三宅先輩はニコニコ微笑んで空を見上げた。

「………なんか眠いなぁ」

「絶対寝んなよ」

「ここで寝ないでくださいよ」

「俺、先輩担ぐの嫌っすよ」

「ほほほ、こんな所で寝るわけないだろう?少し横になるだけさ」

そう言って本当に石畳の階段に横になろうとする。って本当にこの人は何をしてるんだろうか。

理解に時間が掛かる中、先輩は横向きに寝そべり、眼鏡をかけたまま目を閉じた。そこに雀やウグイス、ハクセキレイなんかの街中の鳥達が集まって来て先輩の上で目を閉じ始める。この光景はまるで……。

「いや、ブッタか!?!!」

耐えきれず矢田先輩の今日1番のツッコミが炸裂し、我々もハッと我に返る。そして自分も合掌してることに気付いた。その声に驚いて先輩も鳥も目を覚まして、大空に慌てて逃げ出す。

「なんなん、お前はバブちゃんなん?そげんなところで寝んなやアホか!?哺乳瓶口に叩き込んだろか、おお!?」

「先輩、怒りすぎっすよ」

「ここで怒らんでいつ怒んねん!!」

まぁ、怒るのもわかる。でも、この無垢なアルカホリックスマイルを見てここまでブチギレられるのはやはり付き合いの長さ故なんだろう。

古い商店街の裏側にもポツリポツリと店がある。でも、店先に人の姿は無く、暖簾は出てても商品は並んでない。異様な光景だ。

それに1回も人とすれ違わない。むしろ猫や烏、鳩や野良犬の方が多い。

「不思議やろ、ここ」

「はい、ここは本当に参道の裏路地なんですか?」

「せやで、せやけど世界の裏路地でもあんねんで」

世界の? どういう事だろ。平行世界とか言うのか?

「なんか、おばあちゃんに聞いたことあります。ここ、神の塚島は昔から神様やその使いの為の小道があるんだって。たまに人間が迷い込むと、二度と戻って来られないって」

「あ!その話知ってる!確か神塚七不思議ってやつだろ?裏神楽道って言って、年間何人も行方不明者が出てるってやつ!確か、神社にお参りに行った主婦とか、観光しに来た観光客とか……みんな、七不思議の1つ、罤魔神社っていう神社をめざしてんだとか!」

石畳の階段はどこまでも続く。話してる武尊や出雲の顔にも不安や恐怖が陰り始める。矢田先輩は一段先を歩きながら人差し指を立てた。

「せや。その話は半分嘘で半分ほんま。厳密に言うとワシらにはほんまの話で普通の人間にとっては嘘っちゅーわけや」

出雲が小さくえっと、声を零す。足音のテンポが落ちてきて、僕らは足を止めた。

「こ、このまま先輩達はちゃんと僕らを元の世界に戻してくれるんですか?」

「一応そのつもりやで。 せやけどそれも神様の思し召し次第やな」

「そんな!困りますよそんなん! どうしてそんな大事なこと伝えてくれなかったんですか」

「か、帰りたいですぅ、申し訳ないですけど、こんなの先に進めないですぅ!」

出雲は震えて涙を流し始めた。当然だ僕だって泣きたい。矢田先輩はどこか懐かしそうにうっそりと目を開けた。

「裏神楽道のもうひとつ知っとる?」

「え?」

「裏神楽道を途中で引き返そうとしたら、死後の世界に迷い込んで、それこそ本当に帰ってこられない。代わりに石畳の上から外れず、神社にたどり着けたものには武勇と幸運が訪れる」

後半は三宅先輩が綺麗なテナーの音程で告げた。2人が同時に振り返る。何処かで鴉が鳴いた。


「「だから、ここから帰るのはおすすめしない」」


空気が凍り付いた。こんなのただの脅迫だ。でも、と振り返ってずっと上まで続く家々の何処の路地から出てきたのか、僕は全く分からない。横を見て武尊も悔しそうに顔を顰めてる事から、きっと彼の嗅覚を持ってしても道が分からないんだろう。人の声も車の足音もしない。

元の駅前に戻れる気が全くしない。

「ま、ワシらも一年の時は大層脅えたもんや。せやから、気持ちわかんで」

「怖いよね。でも、私達が居るから大丈夫、ちゃんと迷わずゴールには着けるよ」

三人は顔を見合せた。二人を信じるしか道は無い。仕方なくとぼとぼ歩き始めた。


「んなぉ」

「ああ、どうも」

虎柄の猫に頭を下げ、階段を降り続けること数分。その様子を隣を歩いていた武尊が驚きの表情で見ていた。

「何?」

「なんで、猫に頭下げてんの?」

「そりゃ、挨拶されたから……んん?」

猫に、挨拶? 確かに口にしてみると変だ。でも、あれ? 確かに横切った猫も頭を下げていたような。

「わおっ」

「ああ、こんにちは」

「タケル?なんで犬に頭下げてんの?」

「だってこんにちはって……んん?」

武尊も首を捻る。なんだここ、なんかおかしいぞ。どうして、動物の言葉が分かるようになるんだ?

「へぇ、そうなんですねぇ。この辺りには美味しいキャベツが取れるんですねぇ」

出雲の朗らかな声がして見ると、いつの間に野ウサギを両腕に抱えて楽しそうにおしゃべりしていた。ものすごくメルヘンじみた光景に空いた口が塞がらない。

「びっくりするやろ、2人とも」

肩に鴉を載せた矢田先輩が横目で振り返った。先輩も、鴉と代わる代わる話をしている。いつもより砕けた感じでとてもリラックスしているようだ。

「これはな、神様の力が強まってる証拠や。ほんでここにおる子たちはみんな神様の信者。ワシらは動物の神様やからな。人間はついでに守っとんのや」

「……ってことは、もしもの事があれば僕は人間を見捨てる選択を迫られるんですか?」

腕に飛んできたキジトラの子を受け止めながら、尋ねた。先輩は遠い目をして「そやんなー。まぁ、でも、それは無いやろな」と答えた。

ゴロゴロなる喉を撫でながら僕はなぜと問う。

「そりゃみーんなワシらと繋がっとるからや。鴉も人が居らんと巣や餌が減るし、猫達も犬もうさぎも本当のところは人間が手助けしてる。ほんで、ワシらも彼らに助けられ生かされてる。この輪はな、絶対崩したらあかんのよ」

なるほど……。僕は妙に納得した。腕の中の子が「そうだで」というふうに見上げてくる。確かに今の光景は全部大きな輪の中をグルグル回っている様な感覚だ。脳裏にふと、森林伐採や海洋汚染、ゴミの増大なんかが過った。

 「僕らは、環境保全とかも訴えるべきでしょうか」

 そういうと、矢田先輩の鴉が大声でかぁー!! と鳴いた。

 「そんなん余計なお世話やって。まぁ、今更やったとて厄介ごとが増えるばかりやしな。いらないというなら消える、それが動物としてのプライドやと。あとから気付いてももう遅いねんて」

 カラカラ笑いながら矢田先輩は言った。もう遅い、余計なお世話、いらない。こちらは意図してなくても相手がそう受け取ったならそうなのだろう。そして、無言の彼らに糾弾されている様な気分になる。でも、今更騒いでも”もう遅い″んだ。あとは、時の流れに任せてなる様になるだけなんだろう。

 でも、どうしてか「なら、何やっても良いじゃん」とは思わなかった。それはきっとさっき聞いたすべてが繋がっているという、話を聞いたせいだろう。僕らの為にも僕らが守る為にも、出来る限りは抗うしかない。手遅れでも、やれる事はやらなくては。生きる為に。

 そう言った時、目の前に桜の木と鳥居が見えた。どこか、見覚えのある光景だ。

 「にゃーん」

 「わん!」

 猫やイヌが我先にと石段を駆け降りる。鴉や鳩が顔や足元ギリギリをすり抜けるので思わず足が止まった。

 「な、なんすか!?」

 暴れる腕の子を解き放って、武尊や出雲も目を丸くしてる。矢田先輩と三宅先輩も足を止めて、彼らを見送った。猫達は鳥居前に一本の道を作って待ち構えている。

 「ほないこか」

 「え!? あ、はい……」

 先輩達に連れられて、階段の一番下に辿り着き、鳥居をくぐった瞬間、猫も犬も、ウサギや鳩もみんな一斉に頭を低くしてこうべを垂れるように、その場に伏せた。

 その時、初めて自分が神になっていることを、実感した。動物達が作った道を堂々と歩き、本殿の前で立ち止まって、僕らも頭を下げた。

 神ゆえのあり方は、身体が全て知っていた。生まれる前から、遺伝子に刻まれている様に。

 拍手をする様に桜の木がザワザワ風に吹かれて、花びらを足元まで運んだ。それに合わせる様に猫達が鳴いて僕らを鼓舞する。犬も鳥も、猿や蛇、猪達も足踏みや鳴き声、囀りで僕らを歓迎する。それを聞いて何処となく緊張が解けて行く。

 「良かったね、真緒人くん」

 三宅先輩が肩に手を置いて目を細めた。もしかして、彼らが僕らの先輩やサポートしてくださる人達の本来の姿……?

 「さあ、ほんなら本殿から戻るか。民への挨拶とお披露目会は終わった事やし」

 途端に体勢を崩して、矢田先輩は頭の後ろで手を組んだ。見るともう動物達はそそくさと何処かへ帰っていってしまっている。そうだねぇと、三宅先輩が何処からか大きなものを包んだ風呂敷を出してうなづいた。

 「帰る? なら、あそこの階段が……」

 出雲は恐る恐る鳥居の先を指差した。だが、そこは夢の終わりの様に真っ白な光で包まれ見えなくなっていた。彼女もあれれ!?と飛び上がって驚く。三宅先輩は子供を見る様な温かい目で、矢田先輩は呆れた様に頭を振った。

 「せやから言ったやろ、この世は輪なんや。行きは良い良い、帰りは怖い。神さんの道は一本道なんよ」

 「大丈夫、ちゃんとみんなが知ってるところに着くから」

 「本当っすか? 俺ら話が全部違いすぎて信用出来ませんよ」

 武尊がカメラを撫でてそう呟いた。思えば折角持ってきたのに一回もそいつの出番は無かった。安心しろ、あの幻想的なところは僕が絵でちゃーんと残してやるからさ。

 先輩たちは迷うことなく、本殿前の階段を上がる。

 「みんな、今日はアニマストーンは持っとるか?」

 「はい。いつも肌身離さず持ってろって言われていますからね」

 そう言ってリストバンドに付けた青い石を掲げる武尊。僕も首元からペンダントにした赤いネコ型の石を取り出した。モヤッキュー達が来ていないか背後や辺りを警戒してしまう。それを見て、三宅先輩がふふふと笑った。

 「大丈夫、ここは神様だけの道。邪魂の者はここの道すら見つけられないから」

 「そうなんですか」

 「そうだから、私達と動物だけの島さ」

 目の前に現れた巨大な縄に手を伸ばし、思いっきり揺すると屋根の下で巨大な鈴がじゃらりじゃらりと音を立てる。柏手を二回、一礼をすると本殿の金格子の戸から、錠が外れる音がした。

 「ほないくで」

 促されて、賽銭箱の奥に足を踏み入れる。神域に手を掛けて中の扉を開け放った途端、囲炉裏の灰の匂いと藺草の香りが鼻を撫でた。

 其処は、嘗て防火扉の奥にあった、不思議な和室だった。

 「なん、です? ここは!?」

 「ど、どなたのお宅の和室なんですか?」

 そうか、二人はこの空間は初めてなんだ。戸惑う出雲と武尊の手を引いて外が見える縁側の縁に座らせた。

 「もうすぐ、OBの人たちも来れると思うよ」

 三宅先輩は風呂敷の結び目を解いた。中からは立派な漆塗りの重箱が現れる。その中の匂いを嗅いだら、口の中に涎が溜まっていく。出雲も思い出したように手提げの中を引っ張り出した。

 「わ、私も、お弁当、作ったんです! 気づいたら、野菜ばかりになりましたけど」

 そう言ってタッパーの蓋を開けると、ライスペーパーでくるまれた色とりどりの野菜たち。生春巻きだ。

 「おお~、シャレオツやな! 勇翔の三段目とは大違いやな」

 矢田先輩に言われて、三宅先輩がワクワクした顔で一番の下の箱を開けた。喉がひりつくほどの甘い匂いそして、埋め尽くす黒い粒。

 「す、全て黒豆……」

 「だ、ダークマターよりダークマター……」

 「三日かけて煮詰めたんだ♪」

 「よく気が狂いませんでしたね」

 正月時の和食料理店でもこんなことはしないだろう。先輩の豆好きは常軌を逸しているな。

 「さ、そろそろ着いたみたいやな。ほんなら、こっからが花見や! たーんと盛り上がろうぜ!」

 「はい!」

 和室の襖ががたりと音を立てる。差し込む白い光。人影を見て僕らはあっと声を上げる。桜の木は笑う様にまた揺れて、花びらを空へと送り渡す。


追記:花見の時興奮した武尊が囲炉裏の灰に飛び込んでしまったのは、また別の話。


桜吹雪、綺麗ですよね。幻想的だけど、生命力強くてちょっと不気味。そんな話と出雲のへそ出しを書きたかったんだよ。

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