After Days:アニスフィアの生誕祭 05
ラングとの休憩時間が終わって、私が部屋に戻ると精霊省の人達が顔を見合わせて議論を交わしているのが見えた。先程、私の講義を淡々と聞いていた彼等とは打って変わって熱く言葉を交わしている。
思わぬ光景に私が目を丸くしていると、先に入ったラングに気付いて皆も居住まいを正して席についていった。私が講義をしていた時のように淡々と感情を見せぬように静まってしまっている。
「……え、えーと。私の事は気にしなくてもいいよ……?」
「いえ、そのような訳には……」
「アニスフィア王姉殿下が仰っているのだ。そう固くする必要もあるまい。元よりこの方がそういう方だと言うのは理解しているだろう。今更、不敬だのと言うような事もあるまい」
ラングの言葉に精霊省の人達は複雑そうな顔を浮かべた。一体、どういう反応をすれば良いのか戸惑っているようだった。
私への態度をどうしたら良いのかわからないのは、今までの私の積み重ねのせいでもあるからなぁ。私自身もどうしたら良いのか決めかねてしまう所だし。
ユフィが女王に即位してくれたとは言っても、私が王族である事は変わらない。相応の振る舞いをしなければならないとは思うんだけど、うん。そうだな。
「じゃあ、こうして欲しい。魔学の話をしている時は一人の研究者として扱って欲しい。魔学が関わらない所、プライベートな所でなければ王姉として接して欲しい。これが私が示せる妥協点。身分を気にして意見も出せないようだったら、こうして話し合いの場に私がいる意味がないから。必要なら王族の言葉として従って欲しい」
王族として振る舞わないのも良くは無い。だけど、魔学の話をしている時は王族というよりは一人の研究者だ。だからこそ、この状況に応じて接し方を変えて欲しい。
私が明確な指針を示した事で、やっと精霊省の人達も態度を少しだけ和らげてくれたようだった。少しだけマシになった空気に私もそっと胸を撫で下ろす。
「それで、何か良い案が出たかな?」
「それなのですが……まず祭事における精霊石の役割を見直しまして、精霊石の消費を抑えるべく恒久的に使える魔道具とは何が求められるのか考えました。今になって思えば精霊石の消費はその権威を示すものであり、その消費量こそが重要と見られていました」
「私もその認識だったよね。でも、今の世情では精霊石の大量消費は反感を買いかねない」
「王姉殿下の仰る通りです。ならばどのような魔道具が良いのか。そもそも魔道具は既に存在している道具をより便利に、そこに限定的な魔法を発揮させるように作成していると考えました」
うん。私のセレスティアルも原型は剣で、そこに魔法の魔法剣を組み合わせて、それを使う為の道具だと言われればその通りだと思う。今ある道具を魔法でもっと便利にしようとする。それが魔道具が作られる理由の一つだ。
エアバイクとか前世の概念を実現化する為に作られるものもある事にはあるけど、それだって既存の道具と組み合わせた上で生み出されているものが多い。
「じゃあ、祭事で人の目を惹き、欠かせないもので、かつ精霊省が主導して使える魔道具が理想的なのかな?」
「はい。私達もそのように考えました。それで一つ案が浮かんだには、浮かんだのですが……」
「え? 浮かんだの?」
私は思わず目を瞬かせてしまった。私の休憩に付き合ってくれていたラングに思わず視線を向けてしまう。彼も少し驚いたように目を見開かせている。
「今回のような生誕祭であれば、特に欠かせないものは楽器です」
「楽器?」
「はい。会場の賑やかしから、ダンスを踊る際にも演奏者は欠かせません。精霊に捧げる賛美歌などもございます。そして歌や楽器は貴族の嗜みの一つ、使用の頻度が高い道具と言えます」
言われてみれば確かにそうだ。この世界には音楽を録音しておく、なんていう概念もない。ダンスをする時にも演奏者は必要だし、楽器というのは最も出番が多くて注目すれば目を惹く一品と言える。
「楽器の演奏は貴族の嗜みの一つではあります。そして演奏者として職に就いているのは貴族の次男坊や爵位を継げぬ者で、その者らが選ぶ職業の一つです。そういった者達にも日の目を見せる機会にもなると思うんですが……」
「うん。良いんじゃないかな! 楽器! 私も素敵だと思う!」
魔道具の技術で作成される楽器かぁ! それはとても良いんじゃないかな! なんというか夢と浪漫に溢れてるよね!
ただ、私が喜ぶ反応を見せると精霊省の人達が反応に困るような顔を浮かべ、私はおや? と首を傾げてしまう。
「どうしたの?」
「いえ、その……王姉殿下は本当にそう思ってるのですか? 楽器ですよ?」
「うん? 楽器だから素敵じゃない?」
「アニスフィア王姉殿下は、魔道具を生活の助けや実用的なものとして開発しています。ですから楽器を魔道具として仕立てても活用法がないのではないかと思いまして」
「え? 実用性なんて別に無くても良いんじゃないの?」
お互い、沈黙してしまう。互いに鳥が矢に射かけられたような表情を浮かべて顔を見合わせてしまう。なんだろう、このお互いの認識がズレてるような感覚は。
「えっ、もしかして実用性のある祭事の道具っていう条件が必要だった?」
「……王姉殿下は、魔道具に実用性はお求めになられていないのですか?」
「確かに便利なものとして魔道具は作ってるけど、今回は目的が違うよ? 今回の魔道具の意図は精霊石の消費を抑えながらも、祭事で使える物だから。それなら象徴的な意味も込められるから加工品として楽器を作っても別にいいと思うよ? 実用性は、実際に作ってみたら何かに使えるかもしれないけれど、大事なのはその道具に与えられた意図を正しく示す事だと思うんだけど……」
精霊石の加工技術で作られた楽器なんて、確かに何に使えるかもわからない。でも、その技術と象徴こそが大事なんだと私は思う。精霊から賜った精霊石を加工した技術で生み出された楽器で、精霊への賛美を捧げる曲を演奏する。
そして、それはこの国を築いてきた歴史に、王家が受け継いできた血に捧げるものでもある。実用性は無くても、これだけの意図を込めて作られるものなら精霊石をただ消費するよりは全然問題ない。それに一度作ってしまえば、手入れの為に手を加えないといけないだろうけど、消費量は減らせる筈。
「……王姉殿下、その、今更ながら聞いてもよろしいでしょうか?」
「ん?」
「貴方様は、本心の所では我々、精霊省の事をどう思っているのですか?」
一人の男性が代表するように私へとそう問いを投げかけてきた。思わずラングの顔を見るけれど、ラングは黙りこくって何も言うつもりはないようだった。
「どうしてそんな事を聞きたがるの?」
「それは……私には、貴方様の考えが、行動がわからないのです。だからこそ惑ってしまう。恐れていると言っても良い」
「……そうだねぇ。そうしてしまったのは私なんだろうね」
この国の今までの価値観を壊すような事をしてきたのは私だ。ユフィも巻き込んで成し遂げた改革は私が何よりも望んだものだけど、その変化を厭う人も惑う人もいるのも当然の事だと思う。
精霊省が大きく権力を削がれたのも、私が望んだ改革の為には必要な事だったから。それでも精霊省という組織を残すべきと主張したのも、私が望むものがあるから。
「私は、ただ精霊省の皆に頑張って欲しいだけだよ」
「頑張る、ですか?」
「そう。貴方達は私に出来ない事が出来る。私は貴方達には出来ない事が出来る。でもだからって啀み合いたい訳じゃない。今回の精霊石の需要を巡る問題だってそう。私は精霊石が魔道具にもっと利用されて、民の生活を助ける物がもっと広まって欲しい。でも、貴方達が大事にしてきた文化を壊すような事をしてしまった事に罪悪感がある。だから新しい形で、何か受け継ぐ形で示す事が出来ないかって思った」
胸に手を当てて、自分の気持ちを確かめるように私は言葉を探す。
「はっきり言って貴方達がやった訳じゃないにしろ、かつての魔法省が私を疎んだ事は許せないと思う。でも、許せないから消えて欲しいなんて思えない。貴方達は疎みながらもそうしなかった。だから私もしない、しちゃいけない。その上でお互いが少しずつでも歩み寄っていける道があるなら、そんな道を進みたい。精霊省に過去の記録の編纂を任せたのも、貴方達がこの国の歴史と文化を受け継いで行くのに最適な人材だと思ったから。どんなに国が変わっても、こんな文化があって、今も受け継がれてるんだって胸を張って未来に語り継いで欲しいって思ってる」
「……どうしてそのようにお考えになられるのですか?」
「私の夢が、誰かを笑顔にする“魔法使い”だから」
誰かが息を呑んだ音がした。私の夢、私の憧れ、私が望んだ姿。誰かを笑顔にする魔法使い、私は今でもそうなりたいと思ってる。その魔法使いは、ちょっとイメージとは違うし、この国では一般的ではないけれど。
「皆に笑って欲しい。私の知ってる人達が、私の知らない誰かが、皆が不幸にならない道を探したい。理想論だけど、そうありたいってずっと願ってる。だから貴方達にも協力する。それが私の本心だよ」
伝えるべき言葉は口にした。望んだもの、願ったもの、今の私を突き動かす理由。
精霊省の人達に抱く思いは複雑だけど、彼等が彼等の活躍出来る場所で頑張って、賞賛されて、褒め称えられるなら素晴らしい事だと思ってる。直接讃えられるかって言われたら、ちょっと難しいけどね。
……それで、すっかり静まり返ってしまった場だけど、これはどうしたらいいのかな?
「アニスフィア王姉殿下」
「ラング」
「今日の所は、もう十分かと。楽器というアイディアは大変興味深い。その線で検討してみようかと思いますので、精霊石の加工技術などに関しては魔学省に問い合わせればよろしいでしょうか?」
「え、うん。そうだね。私は楽器は触った事ないし、職人さんとも交えて話をしたらいいんじゃないかな……?」
「ありがとうございます。本日はお時間を頂き、ありがとうございました」
ラングが礼をして、私の手を取ってエスコートをするように退室を促す。あれ、これ丁寧にされてるけど、帰れって事かな?
確かに妙な空気になっちゃったし、このまま帰った方が良いのかもしれない。いや、ちょっと判断が出来ないから、一礼をしてラングのエスコートで退室する。
「やはり貴方は刺激が強すぎる」
部屋から退出して、少し歩いた所でラングが苦笑交じりにそう言った。私も否定出来なかったので、微妙な表情を浮かべてると思う。
「失礼かもしれないけど、やっぱり私、貴方達と仲良く出来る自信はないよ」
「構いませんよ。そもそも、えぇ、きっと貴方とは姿勢が違うのでしょう。私達は貴方に王族である事を、上に立つ者、導く者として求めてしまう。その血に、その地位に」
「……まぁ、王族って言われたらそうだよね。昔はどうでも良いって思ってたけど、今はもうちょっとそう振る舞えるようにした方が良いとは思ってるんだけど」
「えぇ、ですが魔法使いでありたいというのも良いでしょう。王としてユフィリア女王陛下が立ったのも、きっとその為なのだろうと思いました」
ラングがエスコートしていた手を離し、私から一歩距離を取った。
「私達が、言葉を交わし合うにはやはり時間が必要なのでしょう」
「そう思う?」
「様々な観点から、そのように思いました。なので、今後の問い合わせは魔学省を通じてにしようと思います」
「うん。ラングがそうした方が良いと思うなら。ただあっちも忙しいだろうから、無茶はさせないであげてね?」
「それを貴方が言ったとなれば、魔学省の者達も微妙な表情をするのではないですかね?」
「……忙しくさせたのは私だからね」
やっぱり仕事した方がいいのかなぁ。でも、変に私が動くと今日みたいに皆を吃驚させちゃうみたいだし。なんだかなぁ、ユフィに相談してみようかな。