第15話:王女様のお宅訪問
スプラウト伯爵家はパレッティア王国の近衛騎士団長を輩出した、武芸に秀でた家系で知られている。
そんなスプラウト伯爵家の屋敷は城下町、貴族の邸宅が立ち並ぶ一角に存在している。
と言ってもこの屋敷は別荘なんだけどね。城下町にある貴族の邸宅の多くは登城の時に逗留する為、或いは貴族学院に通う生徒が住まう為に用意されているのが主な用途だったりする。
そんなスプラウト伯爵家の別荘で件のナヴルくんは謹慎しているらしい。私の訪問を渋りに渋ったスプラウト騎士団長をゴリ押しして、半ば無理矢理に私はスプラウト伯爵家の別荘へとお邪魔していた。
私はナヴルくんとはそんなに面識はない。せいぜい顔と名前を知っていて、挨拶をした事がある程度だったりする。スプラウト騎士団長とは仲が良いけれど、ナヴルくんとは接点がなかったからね。
彼もレイニ嬢に絆されてユフィを糾弾する立場に回っていたとは聞いてる。さて、うまく話を聞ければ良いのだけど。ここはフレンドリーに王族だと言う事を意識させずに挨拶をしましょうか!
「ナヴルの部屋はこちらです。アニスフィア王女」
「ありがとうございます、スプラウト騎士団長」
どこか不安そうな顔で部屋まで案内してくれた騎士団長に笑顔でお礼を告げる。
まずは部屋の扉のノックから。中からどこか尖ったような声で返事が来る。それを確認して、フッと笑みを浮かべる。
「突撃ッ! 隣のお宅訪問ッ!!」
「ちょっとぉおおお!?」
勢いのままに扉を思いっきり蹴り破ってこじ開ける。隣で騎士団長がギョッとしているけれど気にしない! こういうのは気分とノリが大事!
部屋の中にいたナヴルくんは、目をギョッとさせて身構えている。まるで賊が押し入って来たかのような反応だった。そうそう、こういう反応だよ! いいよ、このまま押し切る!
「動くな! 私はアニスフィア・ウィン・パレッティアです!」
「は?」
「久しぶりだね、ナヴル・スプラウトくん!」
「…………え? いや、あの……え?」
どう反応したら良いのか、というように視線を彷徨わせているナヴルくん。私の後ろでは騎士団長が頭を抱えているような気配がする。でも気にしない!
そのまま呆然としているナヴルくんと距離を詰めて、両手を握手をするように掴んで上下に振る。されるがままになっていたナヴルくんはようやく現実を認識したのか、目を見開かせて慌てだした。
「お、王女殿下!? えっ、えぇっ!?」
「うーん、良いリアクション。血を感じますね、騎士団長!」
「何してくれてるんですか!?」
「如何に王族らしくない挨拶が出来るか、奇を衒ってみました!」
「何がしたいんですか!?」
「緊張を解そうと思って……?」
「理解が出来ない……!」
頭を抱えだしたスプラウト騎士団長とナヴルくん。ふふん、掴みは十分だね!
「ささ、あとは若い者でどうにかしますので。ご案内ありがとうございました! アデュー!!」
「えっ、ちょっ」
再び壊さんばかりの勢いで扉を閉める。そうしてナヴルくんの部屋には彼と私が残される。
実の父親がいると話辛い事もあるでしょうしね。元より案内して貰う所までのつもりだった。
「という訳で、お久しぶり。ナヴルくん!」
「え、あ、はい……ご無沙汰しております……?」
まだ衝撃が抜けきってないのか、気が抜けたような返答をするナヴルくん。
ナヴルくんの容姿は騎士団長とよく似た色の深緑色の髪に淡い蜂蜜色の瞳。背は高め、線は細そうだけど頼りない感じはしない。まるで絵に描いたような美形の騎士様。普通の女子だったら放っておかない顔立ちだと思う。
「今日訪ねてきたのは君に聞きたい事があってね。謹慎中との事だったから強行突破……ごほん、連絡なしで訪ねさせて貰いました」
「……アニスフィア王女様が、私に何を?」
衝撃が抜けてきたのか、表情を引き締めてナヴルくんは問いかけてくる。警戒しているのが丸わかりだ。まぁ、仲良く出来るほど話した事もないから仕方ない。
「単刀直入に。君は何故ユフィリア・マゼンタを糾弾したのか、その心を尋ねたくてね」
「――ッ」
ナヴルくんの表情に苦々しいものが走るのがわかった。謹慎されてる理由に触れれば当然の反応かな。
「誤解しないで欲しいんだけど、私は君を責めるつもりでここに来た訳じゃない。私がユフィを助手として引き取った事はもう知ってるかな? 立場としてはユフィの味方である事は否定しないけれど、だからといって私が君をどうこうしようという気はないよ」
「……その言葉を信用しろと?」
「逆に聞くけれど、私の何が信用出来るって言うの!?」
「それ自分で言うんですか!?」
ちょっと逆ギレ気味に言ってみたら理解出来ないと言うように叫ばれた。懐かしい、まだもうちょっと若かった頃のスプラウト騎士団長を思い出させる反応だ。血は争えないと見た。
「いきなり話せって言うのも酷だとは思う。だけど、はっきり言って君の都合とかどうでも良いの」
「どうでも良いって……」
「私は君達の色恋沙汰に纏わる感情は理解出来ないし、国を傾けない程度には好きにすれば良いと思ってる。けどユフィに関しては別だ。あの子は私が貰った。あの子が気に病む事なら解決してあげたいし、それに今回の件はどうにもひっかかる。納得がしたいんだよ、私は。わかる?」
「納得って……」
「君だって納得出来ないんでしょ? ユフィへの不満だったら私が請け負ってあげても良い。どの道、暫くはユフィは表舞台には立てないだろうし、アルくんの婚約者としてまた召し上げられる事もない。少なくとも現時点では結婚は絶望的だし、彼女の未来は摘み取られたと言っても過言じゃない。それが君の望んだ事なんじゃないの?」
私の言葉を受けてナヴルくんの表情にどんどんと苦々しいものが広がっていく。少し傷口に塩を塗り込むのは許して欲しい。
手を煩わされた事に関しては私だって怒ってるし、王位継承権が復権したのだって不本意なんだから。
「正直、学院内部の事は外部から見ると解りづらい。君達が何を思って、何を考えたのか、何が欲しかったのか。国を運営する者としては頭が痛い話だと思うけど、私個人からすればそこまで思い詰めて起こした行動なら他人の迷惑にならない程度に好きにすれば? って思う。けれどこっちは迷惑をかけられてるんだから真意を聞く資格ぐらいはあると思うんだけど?」
「それは……」
「私から見ると君達が寄って集ってユフィを陥れたようにしか見えないし、そこにレイニ・シアン男爵令嬢が国家転覆を狙っての陰謀の絵面を描いてるんじゃないかとすら疑ってるんだよ」
「――レイニはそんな事を望んではいないッ!」
私が口にした推測を否定するようにナヴルくんが語気を強めた。けれど相手が私だと思えば、流石に不味いと思ったのか顔を歪めた。
「ナヴルくん。ここには私はアニスフィア個人として来てるつもりなんだよ。王族としての位なんて気にせず好きに発言していいよ? 言質取って後で使ったりしないし。なんならよっぽど酷かったら私が個人的な制裁で済ますし」
「安心させたいのか脅したいのかどっちなんです!?」
「まぁまぁ、落ち着いて。ともかく私がどんなに騒ごうと貴族社会に影響力なんてないし、不敬だからって何かしようとも思わないから。ただ君の本音を聞きたいんだ。そして出来れば私のレイニ嬢への疑いを晴らして欲しい。どうにも引っかかるんだよね、彼女」
「……レイニを疑ってるのですか?」
「少なくとも一番怪しいと思ってる。だって私が知る限りアルくんは馬鹿じゃないし、ナヴルくんの評判だって愚かだった訳じゃない。人は間違いは犯すけれど、前触れもなく愚かになるなんて、何があったのか気になるのが人だと思わない?」
アルくんは平凡だけど愚かではない。最低限弁えてるし、それに周りの臣下達が優秀な事もあって、本人の才能よりも周りを上手く引き留められるか。そこがどちらかと言えば重要視されていたと思う。
だからこそ父上は学院でのアルくんの人脈掌握を期待していたと思うし、ユフィと上手くいく事を願っていた。平凡とは言うけれど決してアルくんが無能だったとも思わない。ただ私と並べると良くも悪くもと評価されてしまうらしい。私からするととても迷惑なんだけど。
「私はユフィ側の意見しか聞いてないし、そもそもユフィに非があるならそれはそれで良い。私にとってユフィは素直で努力家の良い子だ。今後、貴族社会に戻れないぐらいの愚か者でも助手としてなら困らない。ただ君達の失敗で私の王位継承権が復権した事も考えると、この一件を放置してると余計に私が煩わされる可能性があるんだよね。だったらハッキリさせておきたいなって」
「……何故、私だったのですか?」
「そりゃ一番話が聞きやすそうだったし。それだけだよ」
「……貴方は理解に苦しむ御方ですね」
「よく言われるよ」
別に理解して欲しいとも思ってないけど。内心でそう呟いておく。
「……立って話すのもなんですから、座りましょうか」
「あら、ご親切にどうも」
「ご自分が王女だという事を自覚されたら如何でしょうか?」
「そんな自覚は欠伸と共に消えてしまったわ」
ナヴルくんに椅子を引かれたので大人しく椅子に座る。恐らくは来客用なのだろう。私が席についてからナヴルくんも対面の席に座ってくれた。
「……正直、あまりにも突拍子もない事を言われて頭が動いてないので術中に乗せられてる気がしますが」
「胸襟開いて話したいって思っただけだよ。おっぱい見る?」
「見ませんッ!! 突然何を言いだすんですか!? 痴女!? 痴女ですか!?」
「男に触られたくも見られたくも大きくなって欲しいとも思ってないわよッ!」
「どうしてそこで逆ギレするんですか!? 訳が分からない……!!」
「まぁまぁ。小粋な王女ジョークよ」
「世の王女が聞いたら怒り狂いそうですね……」
はぁ、と疲れたように溜息を吐かれた。ごめん、つい騎士団長の若かりし頃を思い出してしまってからかっちゃうんだ。こんな事してるからスプラウト騎士団長には雑なツッコミをされるようになったのかしら。
距離感が近づいていいですね! って言ったらもの凄く渋い顔を浮かべるスプラウト騎士団長を思い出したので止めてあげる事にした。
「じゃあ本題。ユフィを糾弾したのは貴方の意志だよね?」
「……そうです。私はレイニが不当な扱いを受けていると聞き、同じように耳にしていたアルガルド様を含めて相談し、アルガルド様の提案で糾弾を決めました」
「アルくんの希望ねぇ。大方悪女になんて付き合ってられん! みたいな? 元からユフィとは上手く行ってなかったんだっけ?」
「……アニスフィア王女がユフィリア嬢をどのように見ていたかは知りませんが、私から見れば彼女は完璧でした。それ故に、誰も寄せ付けない、冷たい人だと」
「ふーん? そんなにユフィって冷たかったの?」
「あくまで私から見れば、ですが」
ナヴルくんから窺うような視線を向けられる。ユフィが冷たいって言われてどう反応するのか窺っているんだろうな。それはそれで良いんじゃない? って思うけど。王族になるんだもの、必要以上の情は邪魔だと考えてたユフィがそう見られても不思議じゃない。
それが悪い事だとも私は思わないんだけどね。そこはいいや。彼もまだ若いんだし、ユフィが冷たい事に意味があるって言ってもわかって貰えるかわからないし、わかって欲しくてこの話をしてる訳でもない。
「話を戻そうか。ともかくアルくんが主導になって婚約破棄をして糾弾したかったと。で?」
「……で? とは……?」
「いや、それで君達はどんな利益を得るつもりだったのかなって」
「利益、利益って……間違いを正そうと、私達は!」
「あ、そういうのどうでも良いから。この話題で正しいとかそういう言葉を持ち出さないで。その言い分、感情論を肯定する感じで言われるの私嫌いなの」
先に釘を刺しておく。間違いを正し、正義を貫く。良い言葉だと思う。御伽話ならね。ただし政治の世界でやられるとちょっと困った事になる。
それが勝った人の言い分ならまだ飲み込める。ただ、勝ってもいない、負けてもいない人が語ればただの思想論でしかない。
「言い換えようか。私の言う君達の利益っていうのは、ユフィが過ちを起こしたことを表面化して、レイニ嬢への不当な扱いを謝罪させて彼女の立場を良くしたかった、というのが利益と言えるかな?」
「……」
「違うの?」
「それはっ! ……そう言えば、そうなのかもしれません」
「うーん、成る程。君達がそれほど思い込んで行動したって事は、君の知るユフィというのは随分と人の意見に耳を貸さない子なんだね? そりゃ確かに冷たい」
私の言葉にナヴルくんが戸惑ったような視線を向けてくる。いや、なに? 私は単純に事実の確認がしたいだけだよ。どんな発端があって、どういう経緯を辿ったのか追求したいだけなんだけど。
「アニスフィア王女は、ユフィリアの味方ですよね……?」
「保護してる立場から言えば味方だけど。だからってユフィに過ちがあるならそれを正した方が良いんじゃない? って思うよ。実際、ユフィは情を持ちすぎないようにしてる節はあったし、隙も情も足りなければ嫌がられても仕方ないよねぇって思うけど」
「……それでも、ユフィリアの味方をするんですか?」
「勘違いしないで欲しいんだけど、私がユフィを庇ってるのはアルくんが一方的にユフィを糾弾したからだよ。ちゃんとお互いが合意の上で話し合ってたら私なんて首も突っ込んでないよ。あ、ごめん、会場には突っ込んだね……」
あの偶然がなかったら私はあそこまでユフィを庇ってたかわからない。野に放たれた才能が惜しいって結局スカウトに行っていた可能性は無くもないけれど。ならなかった可能性は割とどうでも良い。
「なんで君達ユフィと話し合わなかったの? そんなにユフィが交渉を拒むぐらいに頑なだったの?」
「……そ、れは。聞く耳を持たないと、思って」
「持たなかったの?」
「……」
「もしかしていきなり糾弾したの? 警告も無しに?」
私の問いかけにナヴルくんが表情を強張らせて黙り込んでしまった。黙り込んでしまったナヴルくんを見て、私は呆れたように溜息を零すのを堪えられなかった。
「ねぇ、ナヴルくん。よく考えて欲しい。私から見ると君達がやった事って、これから戦争するぞ、って言うのに宣戦布告もしないで外交に来たユフィを罠に陥れたようにしか見えないんだよ」
「そんな大袈裟な!?」
「貴族の外聞をかけたんだからそりゃ戦争でしょ。ナヴルくんはいきなりナヴルくんの行いが非があるから、お前を糾弾するぞ! って言われたら黙ってるの?」
ナヴルくんの顔色がどんどん悪くなっていく。口元を押さえて、少し背を折り曲げている。違う、と小さく呟くような声が聞こえるけれど。
ナヴルくんが落ち着くのを待つ為に様子見で黙る。暫く何も言わずに俯いていたナヴルくんだけど、よろよろと顔を上げて私を見る。
「……落ち着いた? 私の話は続けても良い?」
「……はい。でも、一つだけ聞かせてください。どうしてこのような場を……?」
「追求したいだけ。何が起きて、何が問題だったのか。問題を起こしたのならば反省すれば良い。償わせなければならないのなら然るべき所に話を通す。叱る程度で笑い話に出来るなら笑い飛ばす。起きた事は戻らないし、無かった事には出来ない。なら、その次って考えてるだけ」
「……はい」
すっかり大人しくなったナヴルくんが顔色が悪いままに頷く。
「……気を落としてる所悪いんだけどさ、私も聞いて良い?」
「……はい」
「レイニ嬢に惚れてた?」
「……可憐な子だと思いました。儚くて、守ってあげないと。そう思える子でした。努力をしたら労ってくれて。辛い時は何も言わずに寄り添ってくれる。惚れてると言えば、確かに私は彼女に惹かれていたと思います」
ふんふん。確かに聞くだけなら薄幸の美少女って感じで、男心を擽るのかもしれない。
「そっか。地位も低くて、元々は貴族の子でもなかったんだっけ。それがいきなり貴族学院に入れられて、困ってたら手を貸したくなるよね。レイニ嬢が良い子だって言うなら尚更だ。だからこそ君達が選んだ手段は良くないんだよ」
「では、どうすれば……」
「今、君はそれが出来てるのになぁ」
「え?」
「“誰かに聞けば良い”んだよ、解決出来そうな人に。ユフィの場合はアルくんかな。立場が対等だからね。糾弾の前に、マゼンタ公爵家にご相談を申し入れても良かったかもしれない。父上だってユフィがそこまで横暴だったら諫めてくれる程度には情がない訳でもないよ? どうして自分達で力尽くで解決する事を選んだのかな。それが私にはわからないし、君達の失敗だと思う」
あと、ナヴルくんの話を聞いてちょっと気になった事があるんだよね。
「糾弾はアルくんが言い出したんだよね?」
「はい……」
「それ、レイニ嬢は喜んだの?」
「え?」
「レイニ嬢は喜んだのって聞いたの。レイニ嬢はそうして欲しいって言ったの? どうにも聞いて来た印象だと、そういう武力行使に出て解決して良かった! って諸手を挙げて喜ぶ子には思えないんだけど」
ナヴルくんが凍り付いたように動きを止めてしまった。まるで魔法が解けてしまったかのように震えだして、己の両腕を掴むように縮こまってしまった。
「……私は、……俺、は……」
「ナヴルくん」
「……俺は、ただ、良かれと、それが、彼女の為になると」
「うん」
「……俺は、何を、したんだ……?」
両手で顔を覆ってしまったナヴルくんの独り言には私は何も答えない。当事者でない私には、観測した事実しか言えない。
もしかしたら、私が知らない視点で見れば正しく正義で良い結果に収まるように見えたのかもしれない。でも私には上手く話が纏まるとはどうしても思えない。どう転ぼうとも失敗するしかない事を実行した時点で愚かだったのは彼等だ。
起こした時点で、結果が出来てしまった時点で観測の視点は定められてしまう。過程に目を向けるのは私のような変わり者や、物好きぐらいしかしないだろう。好んで労力を割いてまで真実や真理を求めるなんて。
人は教えられた事を守って生きる。守らなければならない事を。守らなければならない物を。それは人によって違うし、守り方だって異なる。それがどんなものだって個人の心の内にあるだけなら誰も文句なんて言わない。
けれど観測されてしまう形になれば、その目は向けられる。そう、向けられてしまうんだ。後になっても気付いても遅いし、もう変える事は出来ない。
「……恋の病は熱病によく似ているって言うよね。君のやった事は覆らないけれど、君は病に冒されていた。それは同情の余地があるのかもね。私から言えるのは、ご愁傷様ってくらいかな」
「…………アニスフィア様から見て、俺達は、間違っていましたか?」
「君達が起こした結果を君自身がよく考えて見る事だよ。恋の病の熱は血の気が引いて随分と冷めたんじゃないかな? 視点を変える事は物事の追求には必須の技能だよ」
「……厳しい人だ、王女様は」
「甘ったれだね、君は。大人に迷惑かけて尻を拭われてるウチはガキだよ、ガキ」
「……本当に厳しい」
「怒ってるからね。誰のせいで王位継承権が復権したと思ってるの。面倒くさいったらないよ」
すっかり肩を落として俯いてしまったナヴルくん。……これ以上いても、彼が苦しいだけかな。別にナヴルくんを追い詰めたい訳でもない。ここが引き時だ。
「最後に。レイニ嬢は、誰かを陥れたりするような子じゃないんだね?」
「……はい。俺は、そう思ってます」
「なら不幸な擦れ違いだったね。もしくは皆等しく愚かで、悪かったのかもしれない。失敗は誰でもするものだ。成功なんて一握り。簡単に掴めるなら皆、苦労はしないよ」
席を立って背を向ける。聞きたい事は十分聞けた。考察の材料が増えて私としては満足だ。後はナヴルくんがどうなろうと、正直頑張れぐらいにしか思えない。あと余計な事はしないで欲しい。切実に。
私が去っていこうとするのがわかったんだろう。顔を俯かせたまま、ナヴルくんが問いかけて来た。
「俺からも聞かせてください。……ユフィリア嬢は、どんな人ですか?」
「王妃にしかなれなかった子だったよ。王の支えとして、国を導く象徴になる為に個人という我を殺して、冷たくなってしまった優しい子。国の為には優しいけれど、人には冷たかったかもしれない子だね。優しすぎて優しくなくなってしまった子かな」
「……そう、ですか。ありがとうございます」
背にかけられた声に、私は振り向かずにこう告げた。
「ついでにお節介。……どんなに鬱陶しくて、馬鹿で、愚かで、どうしようもなくしばきたくなってもね。それでも子供に手を差し出してくれる親ってのは意外といるもんだよ。そう感じたら話し合う事をお勧めするよ」
ナヴルくんの返事は聞かない。扉を開けて、部屋を出る。所在なさげに部屋の外で立ち尽くしていた騎士団長と目が合った。なんとも言いがたい表情で私を見て、何も言わずに頭を下げた。
私はもう何も言わずに、スプラウト伯爵家を後にしていった。