くるりと回って、さあ大変 2
彼女達は私を他国の人間だと除け者にしつつ、遠回しに帝国の貴族女性なら知っていて当然のことを知らないなんてと、馬鹿にしているのだ。
(まるで子どもの虐めじゃない、可愛らしいわ)
とは言え、彼女達よりは精神年齢も上で、今世では人生の大半を虐げられ、前世では様々な修羅場をくぐってきた私からすれば可愛いものだった。
私は笑みを浮かべると、一番敵意の含む眼差しを向けてきていた令嬢の手をきゅっと握る。
「いえ、皆さんのお話を聞くのが楽しくて、ついつい黙ってしまいました。ごめんなさい」
「は? そ、そうですか……」
「それで、茶葉の話でしたよね? 皆さんとてもお詳しいのね。前皇妃様がお好きだった──……」
「えっ?」
「それに、魔水晶についてはアリアネ商会が──……」
流行は二十年単位で繰り返されると言うし、彼女達の話を聞いていた限り、私がよく知ることも多かった。
そうして全くの無知ではないことを伝えれば、彼女達は驚いた様子で目を瞬く。
「よ、よくご存じですのね……」
「いいえ、まだまだです。ですから、これからも色々と教えてくださいね」
別に敵を作りたいわけではないし、舐められさえしなければいい。そう思いながら再び笑顔を向ければ、彼女達は少しだけばつの悪い顔をして、頷いてくれた。
「ティアナ? どうかしましたか」
「……あら、陛下。お話は終わったんですか?」
「はい」
やがてフェリクスがやって来ると、彼女達は気まずそうな表情で、蜘蛛の子を散らすように散っていく。
「こういう場に慣れているんですね」
「いいえ、皆さんがお優しいからですよ」
記憶を取り戻していなければ、この場で泣き出しでもして、舞踏会は最悪な空気になっていただろう。
「ティアナ様、こんばんは」
「ルフィノ!」
背中越しに声を掛けられ、振り返る。そこには、真っ白な正装に身を包んだルフィノの姿があった。
(う、うわあ……こっちも恐ろしく美しいわ……)
フェリクスの美しさも群を抜いているけれど、ルフィノは神々しさすら感じる美しさがある。辺りの女性達の視線もかっさらっているようだった。
彼は私の側に来ると、耳元に口を寄せる。
「──例の件ですが、あの魔物に関する文献は全て燃やされていたそうです」
「えっ?」
驚いて顔を上げる私に、ルフィノは静かに頷く。
(一体誰が、どうしてそんなことを……)
「また何か分かり次第、お伝えしますね」
「ええ。ありがとう」
「どういたしまして。また後で」
ふわりと微笑んだルフィノはやはり立場もあり忙しいのか、すぐに去っていった。
(なんだか、妙なことばかりだわ……ん?)
色々と考え込んでいると、じっとフェリクスがこちらを見つめていることに気が付く。
「……ルフィノ様と、仲が良いんですね」
「はい。とても良くしてくださっています」
「行きましょうか」
急に手を引かれ、歩き出す。その様子から急ぎの用事でもあるのかと思ったけれど、そうでもないらしい。
(……フェリクスの手、あんなに小さかったのに)
私の手をしっかり包むその手は、昔とは全く違う。柔らかくて小さな手は、大きな男の人の手になっていた。
温かくて、どこか落ち着く気持ちになる。
「陛下と聖女様は本当に仲がよろしいんですね。いやあお熱くて、羨ましい限りです」
その後も、繋がれたままの手に温かい視線を向けられてばかりいた。どれほど仲の良いアピールをすれば、フェリクスの気は済むのだろうか。
(そろそろ手汗もかいてきたし……流石に……)
もう十分だろうと思い、そっと手を離そうとする。けれど一瞬離れかけた手のひらは、再びきつく掴まれた。
(えっ、なんで?)
きっと驚きにより、心臓が大きく跳ねる。
驚いて隣に立つフェリクスを見上げたけれど、彼はこちらを見てもおらず、変わらない様子のまま目の前の貴族男性と話し続けていた。
(な、何なの……演技派にもほどがあるわ)
やはり落ち着かなくなり、早くこの集いが終わることを祈りながら笑みを浮かべていると、前方から一組の男女がやってくるのが見えた。
(あら、懐かしい顔だこと)
二人はフェリクスに挨拶をし、次に私に向き直る。
「初めまして、聖女様。ロブ・シューリスと申します」
「ええ。侯爵様にお会いできて嬉しいですわ」
「おや、私をご存知でしたか。流石ですね」
彼のことは、前世でもよく知っていた。
帝国でシューリス侯爵家と言えば、かなり力のある家門だ。挨拶や話をしたことだって、何度もあった。
(ただ、何を考えているか全く読めないのよね)
「こちらが娘のザラです」
「聖女様、お初にお目にかかります」
侯爵に紹介され、綺麗なカーテシーをしてみせた彼女は顔を上げる。その顔を見た途端、私は息を呑んだ。
(まあ、すごい美人。顔なんて拳くらいしかないわ)
全てのパーツが整っており、小さな顔の中で正しい位置に並んでいた。精巧な人形のような彼女の、ゆるくウェーブがかった栗色の髪がふわりと揺れる。
「ええ、初めまして。ティアナ・エヴァレットです」
「それにしても、聖女様がこんなに美しい方だとは思いませんでした。陛下が大切にされるのも納得ですな」
そう言って笑った侯爵は、フェリクスに少し込み入った話があるという。
お蔭でようやく手が離され、ほっとしながら移動する二人を見送っていると、ザラ様に名前を呼ばれた。
「よろしければ、私とお話をしませんか?」
「もちろん。嬉しいです」
美人は声まで美しいのかと感心しつつ、給仕が運んできたシャンパングラスを受け取る。
軽く乾杯し当たり障りのない会話をしながら、ふと彼女の名を以前どこかで聞いたことを思い出していた。
『フェリクス様の過去の婚約者候補ですか? 以前、シューリス侯爵家のザラ様とのお話があったような……』
(そうだわ、フェリクスの婚約者候補!)
家柄や容姿はもちろん、少し話すだけでも教養があるのが伝わってくるし、振る舞いの全てが美しい。
婚約者候補になるのも当然だと思いつつ、そんな彼女は私のことをどう思っているのだろうと気になった。
「私の周りも皆、聖女様が帝国へ来てくださって安心だと喜んでおりますよ」
「それなら良かったです」
ザラ様は少し垂れ目のアメジストのような瞳を柔らかく細め、まるで妖精のようだと思ってしまう。
(同性でもドキドキしちゃうくらいだわ。フェリクスは彼女に対しても、心が動くことはなかったのかしら)
そんなことを考える私に、ザラ様は続けた。
「けれど私、知っているんです」
「何をかしら?」
彼女はにっこりと微笑むと、私の耳元に口を寄せる。
「──ティアナ様が『空っぽ聖女』だということを」