第87話 魔法協会の表彰式
王宮での表彰式も終わり、次は魔法協会へと移動する。
王宮の外に出た俺たちを呼び止めたのは、マールの両親のポアソン夫妻だった。今回のマールの表彰のために王都まで来ていて、先ほどの表彰式にも列席していたらしく、マールの晴れ姿に嬉し泣きをしていたそうだ。
そんなマールの両親やクロリーネとも合流して、俺たちは魔法協会に到着した。
魔法協会でも先程と同様に、魔法協会員の貴族たちが見守る中、俺とマールが並んで表彰を受ける。賞を授けるのは、会長であるジルバリンク侯爵だ。
「アゾート・メルクリウス男爵、マール・ポアソン騎士爵令嬢。この両名による古代魔法都市ジオエルビムの発見及び古代遺物の使用方法の発見は、近年稀に見る魔法考古学上の成果である。またフレイヤーと名付けられた古代遺物を使って、古代人を除き人類初飛行という偉業を成し遂げたのもこの両名である。あわせてここに表彰する」
俺とマールが侯爵から表彰状と目録を授かる。
侯爵とは何度も話したことがあるため俺はもう気安い感じで接することができるが、マールはどうやら違うらしい。先ほどの王様の時と同様に緊張で震えている。
「なお、この両名を魔法協会の非常勤特別研究員として我々の仲間に正式に迎えるとともに、古代魔法文明に関する功績を残した後続の研究者を称えるため、アゾート=マール賞の創設をここに宣言する」
アゾート=マール賞!・・・そんなものが創設されるなんて聞いてない。
さすがに恥ずかしいのでやめてほしい。
マールも自分の名前が使われた賞の創設に、耳を真っ赤にして恥ずかしがっている。
そんな俺たちにジルバリンク侯爵が指輪を渡す。
「アゾート君、マール君。これは魔法協会の会員となる証の指輪だ。ここで指輪をはめて協会員の皆に見せてやってくれ」
列席者を見ると、魔法協会の会員がみんな俺たちの指輪に注目している。早く指輪をはめろと催促しているようだ。これはシュトレイマン派閥の罠ではないのか。
俺が警戒していると、
「魔法協会にはアウレウス派も中立派もいる。それにキミは非常勤だからアウレウス伯爵も許可しておるよ。安心して指輪をはめてくれたまえ」
と、侯爵が小声で教えてくれた。
伯爵の許可が出ているのなら大丈夫か。
俺が指輪をはめて手を上に掲げると、列席者からの大きな拍手と歓声が上がった。
ふと隣のマールを見ると、緊張からか手がガタガタ震えて、うまく指輪をはめられないでいる。
「マール、指輪をつけてやるよ」
「うん、お願い」
俺は震えるマールの左手をとって、そっと指に指輪をつけてあげた。
その瞬間、列席者の大きな拍手が会場に鳴り響き、若手研究員たちは口笛を吹いたり、ヤジを飛ばしたりして俺らをからかっている。
え、なにが起こった?
列席者を見ると、マールの母親はハンカチを目元にあてて娘の晴れ姿を喜んでおり、父親はまるで娘が嫁いで行くかのような複雑な表情でこちらを見ている。
こ、これはまさか・・・
嫌な予感がした俺は、フリュとネオンの方を見る。
すると青と赤の魔力を目に漲らせた二人の美少女が、俺たちのことを睨み付けていた。
列席者の研究員たちの会話が聞こえてくる。
「俺、あの二人を知ってるよ。ちょうど1年ほど前にエッシャー洞窟の古代遺跡の調査を手伝ってもらったことがある」
「ああ、あの冒険者ギルドにクエストを依頼したやつか」
「そのクエストを受けたのがあの二人を含めた騎士学園の生徒たちだったんだが、まさかここまで凄い研究者になるとは思わなかったよ」
「で、どんなふうだったあの二人の研究スタイルは。やはりストイックな感じか」
「それが、ずっと二人でイチャついてるだけなんだよ。俺たちが必死で石室の壁面調査をしている間も、2人並んで座ってしゃべってるだけだし、祭壇の中に2人で入ったかと思えば、そこで何かを光らせてイチャイチャしてるだけ」
「なんだそれ?」
「秋にも一度エッシャー洞窟に来たことがあって、その時も祭壇の中に2人で入ってイチャついてたんだが、祭壇の中で急にデートの打ち合わせを始めたんだよ。この後何かおいしいものでも食べにいかないかとか。お前らは一体ここに何しに来たんだよと」
「すごいな・・・あいつら。ただイチャついてるだけで、これだけの成果を上げたのか」
「ほんと、そうなんだよ・・・くそっ、俺もあんなかわいい彼女がほしい。そしてイチャつくだけで成果を出したい。彼女いない歴29年の俺には目の毒だ。くーっ、うらやましい」
・・・これは完全に誤解されている。
マールにもこの会話が聞こえているようで、耳が真っ赤になっている。
とんだ羞恥プレイになった魔法協会での表彰式も終わり、俺は列席していたみんなと合流した。
「ねえアゾート、私も指輪がほしいの」
いきなり、ネオンが指輪を要求してくる。
マールが嬉しそうに、左指の魔法協会の会員指輪を見つめているのを見て、おそらく自分も欲しくなったのだろう。
「お前も魔法協会の研究員になれば、ジルバリンク侯爵から指輪をもらえるぞ」
「そういう意味じゃないよ、アゾートの鈍感」
「鈍感だと! ・・・いや、そういう意味か。俺は鈍感ではないから察したぞ。お前は俺から指輪が欲しいのだろう。だが既にお前には、俺手作りの超高速知覚解放の魔方陣付きの指輪をやっただろ」
「それ、ダンにも上げたじゃない。そういうのじゃなくて、もっと女の子が喜びそうなやつ」
「マールの指輪だって、ただの魔法協会会員証だし、別に女の子が喜びそうなやつではないと思うが」
「このマールの姿を見てから言ってよ。さっきから頬を赤くして、ずっと指輪を眺めてるよ。すごい喜んでるじゃない。それにさっきの表彰式も、まるで結婚式みたいでズルい。ねえマールがうらやましいの。私にもマールと同じことをして。ねえアゾートお願い。そして私にも新しい指輪がほしいの」
う、うざい・・・
「ネオンうるさい。少しはフリュを見習って、大人しくしてろ」
そのフリュを見ると、なぜか両手を固く握りしめて静かに震えている。
握り締められた右手の扇子が、その握力でいまにも折れそうになっている。
あれ?
フリュの両手をよく見ると、指には何も指輪がはめられていない・・・。
・・・しまった! 俺フリュには今まで何もあげたことがなかった。
ちなみにマールにはパルスレーザーの指輪を始め、レーザーライフルのようなマール専用の魔法の杖など自作魔術具を作るたびに、いろいろとプレゼントしてきている。
これは非常にまずい。
「す、す、すまんフリュ。フリュにも何か作ってやるから、少し待っていてくれ」
「ねえアゾート、私にも何か作ってよ。フリュオリーネにだけ何かあげるのはズルい。二人に差をつけるのはネオン=フリュオリーネ不可侵条約違反だよ」
うるさすぎるネオンにうんざりしてたところ、ジルバリンク侯爵が俺のもとに現れた。
「アゾート君。少し話があるので私の部屋まで来て欲しい」
魔法協会の会長室に入った俺は、侯爵にすすめられてソファーに腰かけた。どうやらプロメテウス城でのクロリーネの様子を知りたかったらしい。
「それでクロリーネの方は、アルゴ君と上手くやれているのだろうか」
「ええ。最初はギクシャクしていましたが、お互いが少しずつ歩み寄っていて、今はあまりトラブルも起きていないと聞いています」
「そうか、それはよかった。クロリーネも度重なる婚約破棄に色々と思うところがあったようで、自分を変えようと必死だったんだよ」
「俺も本人から聞きました。俺はクロリーネが頑張りすぎて彼女の心が折れてしまわないように、できるだけ裏からサポートしてるんですけどね」
「そうか。苦労をかけてすまないな」
「苦労というほど大したことはしてませんが、クロリーネには俺といるときぐらいは本当の自分の言葉で喋るようにと、アドバイスしたんですよ。ストレスを抱え込みすぎると、心の病気になってしまいますからね」
「君はそこまでやってくれているのか! いや、申し訳ない。だがクロリーネの素の言葉はかなりキツいと思うが、キミは大丈夫なのか」
「いえ、全然キツくないですよ。むしろかわいいと感じるくらいですから、俺の心配はしなくて結構です」
「あれが・・・かわいい・・・だと? ま、まさか、キミはクロリーネのかわいさを理解できるというのか!」
「そういえば侯爵は以前、誰もクロリーネのかわいさを理解できないとおっしゃってましたね。あの時はただの親バカの発言だと思って聞き流してましたが、今ならその言葉の意味がわかります。クロリーネは間違いなくかわいいです」
「おお! ついにクロリーネのかわいさに気づくものが、この世に現れた。神よ!」
「いやいや、そこまで大袈裟なものではないですよ。クロリーネのあれは「ツンデレ」といって、最強の萌え属性なんですよ」
「ツン何とかってなんだ?」
「つまりですね、普段はツンツンしていてキツい言葉を投げ掛けつつも、実のところは恥ずかしさやほのかな恋心を隠すための照れ隠しで、ついポロっとデレた表情や言葉が見え隠れする。そのギャップが大きければ大きいほど「萌える」とされています」
「まさにそれだ! 今の説明の通り、クロリーネはそういう女の子なんだ」
「おーっ、ツンデレが理解できる人を初めて発見した。侯爵、そうだったんですよ。クロリーネは性格がキツいのではなく、ただのツンデレだったんですよ。だからいずれ人気が出るはずです」
「そのツンデレという言葉はキミが考えたのか」
「いえ、その、まあ・・・そうなりますね。いつもは「ツンツン」しているけれど実は「デレデレ」なので二つあわせて「ツンデレ」です」
「天才・・・もはや悪魔的天才だ。キミは天才魔導士というだけでなく、天才言語学者でもあったようだな。うーむ、やはりキミをアウレウス派にしておくのはもったいない。どうだシュトレイマン派に入らないか」
「いいえ、結構です」
その後、魔法協会から一つ遺物を譲り受けるため、俺と侯爵は協会の地下宝物庫に来ていた。
「事前にリストを見てもらっていたと思うが、何が欲しいか決まったかな」
「ええ。ざっと見た範囲内で使い方がなんとなくわかるものがいくつかありました。その中でもこれが一番、興味があります」
「この小さな遺物がか」
俺が手にしたのは長方形の板だが、形状の特徴から通信機ではないかと考えている。以前、ジオエルビムの管理室にこもった時にも多少の情報も得ていたため可能性は高い。
「これと同じものがあれば、まとめていただきたいのですが、よろしいですか」
「全部で4つあるな。よかろう、持っていくがよい。魔導結晶は抜かれてしまっているが、それは自分で用意してくれ」
ジルバリンク侯爵とはそこで別れて、俺たちは王都を少し観光してから帰ることにした。
貴族街から出て街の大通りをブラブラ歩く。道の両サイドには大きな商店が立ち並び、富裕層がショッピングを楽しんでいる。
俺のとなりにクロリーネが近づき、話しかけてきた。
「アゾート先輩、先ほどはお父様と、どのような話をされたのですか」
「クロリーネのことを心配されていたので、俺がサポートするから大丈夫だと言っておいたよ」
「そうですのね。わたくしも昨日、アゾート先輩からとても良くしていただいてるとお父様に申し上げたら、大変喜んでおりましたの。これからも、よろしくお願いいたしますわ、先輩。それで、その板はなんですの?」
「これは魔法協会からもらった古代の遺物だよ。たぶん、遠く離れててもいつでも会話ができる魔術具だ」
「アゾート! それって無線通信機? どうやって動かすの?」
「まだこれからやってみないと・・・ネオン、興味があるならお前が研究するか? 一つ渡しておくよ。ついでにこの前モジリーニ子爵から鹵獲した魔導結晶を4つ、ダリウスからもらってきておいてくれ」
「わかった、私にまかせておいて」
そのあと俺たちは、店に適当に入って買い物をしたり、お茶を楽しんだりした後、アージェントギルドからプロメテウスギルドに転移した。
こうして、王都での春の表彰式は、無事終えることができたのだった。
その日の夜、俺は城をこっそり抜け出し、フェルーム城のセレーネのもとを訪れていた。そしてセレーネを連れ出して、城の庭園を二人で散歩する。
この庭園は確か、セレーネの火力演習場だったはず。それにしては、とてもきれいに整備されている。きっと職人の腕が確かなのだろう。
「おかえりなさいアゾート。王都はどうだったの?」
「王宮の表彰も魔法協会の方もうまくいったよ。パーティーメンバーのみんなにも表彰と報奨金が届くらしいよ」
「そうなんだ、楽しみね」
「それよりもセレーネに聞いてほしいことがある。王都に行って決心がついた。俺は伯爵を目指すことにしたよ」
「え、それってどういうこと?」
「メルクリウス家を伯爵家にして、フェルーム家を取り込む。そして俺が両方の当主になる」
「それは私のため・・・」
「ああ、セレーネのためだ。俺がセレーネの代わりに当主になれば、セレーネはもう当主にならなくていい。その時は俺と結婚してほしい」
「アゾート!」
セレーネが俺に抱きついた。
サラサラの長い髪が俺の頬に触れて少しくすぐったい。ほのかな石鹸の香りが鼻をくすぐる。
少しほてっているのか、セレーネの体温を感じる。
「ただ今の段階でダリウスに知られるといろいろまずいと思う。だからしばらくは秘密にしていてほしい。俺は伯爵になって、必ずセレーネを迎えに行く」
「うん、アゾート。私待ってるね。私にできることがあれば手伝うから、なんでも言って」
「セレーネの力も頼りにしているけど、俺は強くなる。ダリウスにも、誰にも文句を言わせないほどに」
「アゾート・・・私もうしばらく、あなたとここでこうしていたい。いいよね?」
「俺もだ」
俺はセレーネを抱きしめながら、旧ソルレート領を支配する革命軍への侵攻を決意した。