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第一話　幻のダンジョン

　〈嘆きの墓所〉での大規模依頼(レイドクエスト)から数日が経過した。

　あの大規模依頼(レイドクエスト)では、俺達が存在進化によって生まれたスカルロードを討伐したため、大きな事件には至らなかった。

　だが、冒険者の都ラコリナが何者かに狙われている……という事実には変わりない。

　〈夢の穴(ダンジョン)〉の異常……特に〈夢の主〉の存在進化は、〈哀哭するトラペゾヘドロン〉という、凶悪な誘発剤によって齎されたものだった。

　通常、長く存続した〈夢の穴(ダンジョン)〉には、魔物の骸から生じる魔石や、人の亡骸などが累積して行き、それらのマナの影響によって段々と異常が激しくなっていくものなのだ。

　そしてそれを防ぐために〈夢の主〉を討伐して〈夢の穴(ダンジョン)〉を終わらせることが冒険者の大きな目的でもある。

　〈哀哭するトラペゾヘドロン〉は、魔物の怨念によって高純度高密度に引き上げられた、闇のマナの結晶である。

　何者かが、〈夢の穴(ダンジョン)〉の異常を引き起こす目的で、わざわざ大枚を叩いて〈哀哭するトラペゾヘドロン〉を内部にばら撒いていたのだ。

　恐らくそれは〈嘆きの墓所〉だけではなく……俺とルーチェがデスアームドと衝突することになった、〈百足坑道〉でも行われていた。

　俺はＡ級冒険者であるカロスや、ハウルロッド侯爵家の分家でもある、ギルドマスターのハレインに連絡を取って情報交換を行ったりはしてみたのだが、あまり有益そうな情報は得られないでいた。

　俺やルーチェは、ただの一冒険者である。

　立場もそう強くはないし、頼まれもしていないのに都市のためにずっと調査を行っていられるほど余裕があるわけでもない。

　俺も貴族の端くれとして……そしてこの世界の裏側を知る者として、大きな事件が起きようとしているのならば、それを止めたいとは思う。

　ただ、そのためにも、俺がもっと強くならなければ話にならないのだ。

　そうしたわけで、何か美味しい〈夢の穴(ダンジョン)〉でもないかと、ルーチェと二人、冒険者ギルドを訪れていた。

「平和なものだな。一歩間違えたらこの都市で大災害が発生しかねない事態だったのに……」

　冒険者達の喧騒に、俺はそう溜め息を吐いた。

「大規模依頼(レイドクエスト)に参加していた冒険者も、スカルロードを直接目にしていない方には、あんまり危機感が伝わっていないみたいですからね……」

　ルーチェが苦笑しながらそう返す。

　冒険者ギルド内のスパイを使って〈夢の穴(ダンジョン)〉の地図を改竄させたりと……相手さんのやっていることは、随分と大雑把に思える。

　現状は水面下に隠れているが、自身らの存在が表に出ること自体は恐れていないようだ。

　どうにも敵の正体が具体的に見えてこない。ちぐはぐなものを感じる。

「まぁ、今日の目的は〈夢の穴(ダンジョン)〉の選定だ。例の事件のことはひとまず忘れようか」

「よう、エルマにルーチェじゃねぇか」

　弓を背負った、三十歳前後ほどの男が近づいてきた。

　狩人クラスの冒険者、ケルトである。

「ケルト……」

「面白い話を耳に挟んだんだ。いい冒険者は逃げ足と情報が早いってな。ここじゃなんだから、別の場所で話さねぇか？」

「いい冒険者は、逃げ足と情報が早い……。なるほど確かにお前はいい冒険者だ」

　俺の返した言葉に、ケルトは気まずげに咳払いをした。

「ア、アレは……まぁ、悪かったな」

　大規模依頼(レイドクエスト)で継ぎ接ぎの怪人パッチワークから逃げようとして、その数秒後に突然現れた二体目に殺されかけた一件を自虐的にネタにしたのかと思ったが、そういう意味ではなかったらしい。

　面白い話……か。

　ルーチェに目線で確認した後、ケルトを振り返って頷いた。

「わかった。ぜひ聞かせて欲しい」

「おいおいケルトの奴が、また新人騙して小銭稼ぎしようとしてやがるぜ。気を付けろよ、坊主」

　近くを通りかかった大男が、ニヤニヤと笑いながらそう口を挟んできた。

　……俺もルーチェもＢ級冒険者になったので、ちょっとは有名になって来たかと思ったんだがな。

　ケルトは顔を赤くして大男を睨み返した後、早歩きで冒険者ギルドの入り口へと向かう。

「チッ！　ほ、ほら、とっとと行くぞ、エルマ！」

「……さすがに俺達を引っ掛けるような真似はしないだろうが」

「なんというか……ケルトさんは、小悪党臭い行動が似合いますね……」

　ルーチェが呆れ気味にそう零す。

　その後、酒場でケルトから話を聞くことになった。

　まだ昼過ぎであり、食事時でもないため、他の客の姿はほとんどない。

　店員もわざわざ俺達の話に聞き耳を立てるほど野暮ではない。

「それで……その儲け話に、俺達はいくら出せばいいんだ？」

「……あんまりからかうのはよしちゃくれねぇか。別にお前らにタカろうなんざ思ってねぇよ」

　ケルトが気まずげに額を掻く。

「ハウルロッド侯爵家が、ちっと妙なことになってるらしい」

「ハウルロッド侯爵家が……？」

　俺の言葉にケルトが頷く。

「ウチの王国の貴族じゃよくあることだが……ハウルロッド侯爵家は、血の濃さよりも実力を優先する。さすがに赤の他人が加わることはねぇが、末子でも次期当主候補になるし……場合によっちゃ、親戚筋のガキだって有力候補になる。そんせいで次代の家督争いで派閥が分かれて、結構裏でドンパチやってるらしい。現当主も、それは家のために必要なことだと考えてて、ある程度死者が出ることも許容してるって噂だ」

「話には聞いたことがあったが、そこまで酷いのか……」

　俺も一応貴族であるため、その辺りの事情はある程度知っていた。

　しかし、死者が出ることを織り込んでいるとは物騒な話だ。

「スノウ・ハウルロッド……現当主の第一子にして、天才剣士。腹黒く、冷酷で、滅多に口を開かない、不気味な女だそうだが……コイツが最近、強引に実績作って現当主や領民にアピールしたり、他貴族にコネ作ったりと、熱心に動いてるそうだ。うかうかしてれば他の当主候補に潰されちまうから必死なのはわかるが……大きい声じゃ言えねぇが、ちょっと怪しいんじゃないかと思ってる」

「怪しい……確かにな」

　例の〈夢の穴(ダンジョン)〉の異常は、一個人に引き起こせるようなものではなかった。

　必然的に、都市ラコリナと冒険者ギルドを牛耳っている、ハウルロッド侯爵家に目が向く。

　だが、ハウルロッド侯爵家全体としては、そんな余計な事件を起こして領地を危険に晒す意味はないのだ。

「暴走した次期当主候補の派閥が、世情をコントロールするために〈夢の穴(ダンジョン)〉に異常を引き起こした……という可能性は有り得なくはないな」

　本当にそうだとすれば、馬鹿げたことを……としか言いようがないが。

　貴族の次期当主候補が、私欲で守るべき領民を危険に晒そうとしていたなどと。

「理解が早いな、エルマは。お前は例の件を気にしてるみてぇだったから、耳に入れておこうと思ってな。また、スノウは、レベル上げと実績作りのために周辺の〈夢の穴(ダンジョン)〉を派手に荒らしてるって話だ。鉢合わせしたら、ちょっと厄介かもしれねぇぜ」

「そうだな、頭に入れておこう。ありがとう、有益な情報だった」

　〈夢の穴(ダンジョン)〉の中で貴族とは下手に出会いたくないものだ。

　それが冷酷で、目的のために手段を選ばない人間だとすれば尚更だ。

　貴族はいざというときには、領地のために命を懸けるという覚悟を背負っている。