歌う流民少女と働く村人たち
カンカンカン……
木を伐る音が響きわたる。
森では木が伐られ、それが荷馬に引かれて村まで運ばれてくる。
「さぁ、村人諸君、森を討伐するんだ!」
それらの作業の陣頭指揮を執っているのは迷宮伯嫡子、若君のオウドだ。
愛馬にまたがって鞭で次々に作業の指示をする。
流民の開拓村に食料を施した彼は、村人たちに肉体での奉仕を要求した。
ご奉仕の内容やその老若男女問わない姿勢に村人たちに誤解が生じたが、なんとか普通には働いてほしいのだと理解してもらうことができた。
説明し終わったときには若君は真っ赤になっていたが。
隣に徒歩でついてきている若い書記官のルークが若君に声をかける。
「よろしいのですか若君?この森は迷宮伯閣下から禁猟区に設定されていますよね?」
「はっはっは、ボクがいいと言ってるんだから良いんだ!さぁどんどん加工してしまおう!」
「禁猟区は狩りの獲物の保護や、太くて高く売れる木材などいざというときの貯蓄でもあるのはご存じですよね?」
「うん」
「勝手に非常時の貯蓄を使ってしまって迷宮伯閣下に怒られませんか?」
「えー、か、母さんが……いや、いい!お、怒られたらボクが全責任を取る!」
オウドは苛烈な母の性格を思い出して一瞬震えたが、すぐに抑え込んで宣言した。
「でしたらご家族のお話ですし、私からは何も申し上げません。母君にお手紙を」
「えー……分かった」
若君もいろいろ考えた。
しかし元の住民と流民たちを喧嘩させないためには、仕事を与えないといけない。
カネがない領主の判断で可能なのは禁猟区の開放ぐらいだ。
「で、若君。伐り終わったら仕事はなくなりますが」
「いや、そこも考えがあるんだ」
単純に木を伐って売るだけなら単発収入で終わってしまう。
加工をしないと。
村人たちの作業歌が聞こえてくる。
荷馬が運んできた丸太に綱をかけて村に引き入れている。
「えい、ヨーホー♪」
「えい、ヨーホー♪」
村人たちの先頭に立ち、綱を引いているのは流民の少女、イレーネだ。
あふれる笑顔で歌いながら皆を元気づけている。
「それもう一度、えい、ヨーホー♪
大きな木を倒したよ、強く引っ張れ、えいヨーホー♪
お日様までは遠い道、さらに引っ張れ、えいヨーホー♪
歌ってお仕事見てもらお、力いっぱい、えいヨーホー♪」
綺麗な歌声だ。しっかりと良くとおる声質が心に染みる。
元気が湧いてくるのか村人たちは元気いっぱいに作業している。
ふとルークが気づくと、若君が馬上からぼけっと少女を見つめていた。
「若君?」
「あ、いや、作業を見てただけだよ?」
ルークは「明らかに作業をしてる女の子を見てましたよね」と思ったが、そこを深堀りはしなかった。
しかし、若君はもともと同年代の女の子は苦手な方だった。一世代上か、妹より若くないと恥ずかしがって逃げていた記憶がある。
それなのに若君はあの少女と面識があったようだし、親しく声もかけていた。
ふむ。
「歌上手いですね」
「そうだね!」
若君はとてもいい表情で少女の歌声を聞いていた。
― ― ― ― ―
丸太が村の外に設けられた木挽穴に運ばれると、村人たちが大きなノコギリで板材におろしていく。
木挽穴とは木を挽くための大きな穴を掘り、丸太を転がして穴の上に置く。
そして穴の下と丸太の上に立った二人が大きなノコギリを上下に動かして切っていくものだ。
ノコギリを横にすると撓むのでまっすぐ切れない。上下にすれば重さで自然とまっすぐ伸びて切りやすい。
穴を掘らずに丸太を斜めに立て掛けてやる方法もある。
それは丸太を持ち上げたり固定するのが大変だし、斜めの丸太の上に立つのも危ないのだ。
木挽穴なら穴を掘るのが大変だが、そのあとは丸太を転がして、石でも挟んで止めておけばいいので固定が楽なのである。
板材を取ったあとの残りや細い部分、木の枝などは手ごろな大きさに切って炭焼き穴に放り込み、木炭に焼き上げて無駄なく加工していく。
そして加工はこれだけではない。
「これはこう削って、違うって」
「ううーん」
オウドが木挽き穴の隣に設置された作業場に向かうと、市参事会から派遣された職人が村人に加工を教えていた。
彼らは若君が市参事会に高級食器を売ったときに、派遣をお願いした職人たちだ。
引き出物の箱から選んだよさげなアクセサリーが職人に報酬として約束されている。
板材を椅子やテーブル、木の盾、木桶などに加工していく。
椅子やテーブルといっても、木の板に穴をあけて棒を差し込むだけの簡単なもの。
大きさもほとんど一緒で、使い分けもあまりされていない。
あとのものも実用一辺倒で簡単だけど役に立つものばかりだ。
「若君、高く売るなら彫刻をいれないといかんが、こいつらじゃ無理だ」
「うん、だから実用品だけってお願いしたんだ」
「せっかく教えてやっているのに、安物ばかり……」
職人がぶつくさ言う。
まったくこの間と言っていることが違うじゃないか。と若君は思った。
村人たちに木工品を作らせると言ったときに、市の商人や職人たちはとても嫌がった。
自分たちの競合になると思ったのだ。
そこで若君は職人たちに彫刻入りの立派な小箱や椅子などを発注した。
「君たちの才能はもっと立派な商品に向けてほしいんだ。流民たちはスキルもないし、安い実用品は彼らに任せよう」
職人たちは納得した。なお、カネはない。
しかも仕事を教えだしたらノってきたのか、もっと高級品を作らせたいとか言い出す。
やっぱり職人だから仕事が好きなのだ。
もう一つの作業場では矢作師や弓職人が村人に弓矢の作り方を教えている。
「ああ、違う違う。これはこうする」
「こうか?」
森から特によく育ったイチイの木を選んで丸木弓に加工していく。
イチイは年輪が詰まっていて粘り強くしなやかで強く、弓の素材に最適なのだ。
その隣では木の棒をまっすぐに削り出し、鳥の羽で矢羽根をつけ、矢じりをつけて矢に作り上げていく。
これらの武具や木工品は市の市場に運んで売却する。
もちろん出来は良くないし、高く売れたりしない。
だが安い実用品だからこそ不景気でも需要がある。
その代金で村人に食料を配り、皆少しずつ血色がよくなってきた。
血色が悪いのは書記官のルークだ。
「いったいどうするんですか、この馬車一杯の武具に木工品」
市の職人たちに発注した分と村人たちの作品で比較的出来がいいものを満載した馬車を指さす。
これらは領内で売却すらできない。市の商人や職人たちとはそういう約束になっている。さらに市の職人たちへの後払いをどうするのか。カネはない。
若君は胸を張った。
「大丈夫、話はついてる。結婚式で独立派の伯爵たちとお話したときに交易の許可をもらってある!」
「おお、さすがです。しかし交易を任せられる人材なんて居ましたっけ?」
「えー?」
「なんで私を見ているんですか?!」
ルークは叫んだ。