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第六十四話 お嬢様対お嬢様

 コウ・エンから通訳を聞いて、目を見張るアニエス。

 シュ・エリーは反応を見て、意地悪そうな笑みを深めていた。


『了承したから、絶対に受けてもらうわ』

「……二言にごんは許さないと」


 アニエスは珍しく、眉を寄せて拒否感を露わにしていた。

 意外にも、ベルナールを振り返り、おろおろとする様子は見せない。

 毅然とした態度でいた。


 膝の上で拳を握り、意を決し通訳に話しかける。


「シュ・エリーさんに、その賭け事は出来ませんと伝えてくれますか?」


 コウ・エンは「承知いたしました」と言って、アニエスの言葉をそのまま伝える。

 すると、シュ・エリーは不快感を表情に出した。


『嘘吐き! あと一回、やってくれるって言ったじゃない!』

「……お嬢様は、何故? とおっしゃっております」

「誰であれ、人を賭けるということは、してはいけないことだと思います、とお伝えください」


 コウ・エンはアニエスの言葉を訳したが、残念なことにまだ年若く、世間知らずなシュ・エリーには理解出来ないことであった。


 アニエスは、少女が理解しやすいものの例えを考え、語りかける。


「もしも、わたくしが勝って、従者が居なくなれば、困りませんか? シュ・エリーさんは、突然この場に取り残されて、宿まで帰れますか?」


 それはシュ・エリーにもよく分かることであった。


『確かに、コウ・エンが居なかったら、困るわ……。ん、分かった、従者を賭けるのは辞める』

「お嬢様はあなたのお言葉に、納得されたようです」


 肩を撫で下ろすアニエス。

 背後から一連のやりとりを見ていたベルナールは、話が大きくならずに安堵していたが、その後に発せられた言葉にぎょっとすることになる。


『だったら、何を賭けるの?』

「お嬢様は、賭けカードを続けたいようです」


 先ほど一度勝負に応じると言った。なので、ここは受けなければならない。

 相手に賭ける物を決めさせれば、とんでもないものを言い出すと思い、どうしようかと悩むアニエス。


 彼女の私物は多くない。

 鞄に財布、眼鏡にハンカチ、化粧品、手鏡……そのすべてはベルナールより買い与えられた物か、働いた給金で買った物だった。どれも大切で、手放せない物である。


 アニエスは仕方がないと腹を括り、あるものを提案した。


「賭けるのはここに滞在する時のみ、お仕えする、というものでどうでしょうか?」


 彼女が賭けるのはその身であった。

 シュ・エリーは面白いと言い、彼女も同じものを賭けると宣言して勝負に応じる。


「アニエスお嬢様……」


 ベルナールの呆れを含んだような呟きを聞いて、アニエスは背後を振り返る。


「ごめんなさい、ベル……ではなくて、ミエル。勝手に決めてしまって――」

「勝っても負けても、話は宿でしましょう。ゆっくりと」

「そ、そうですね」


 会話の終了を見計らい、シュ・エリーはコウ・エンにカードを切るように命じる。美貌の青年従者がカードの束に手をかけようとしたその時、ベルナールは待ったをかけた。


「お前、さっきカードを切っていた時、妙な動きをしていたな」

「おや、素晴らしい動体視力で」


 ベルナールはコウ・エンのカードを切る手つきに違和感を覚えていたのだ。たった一度、シュ・エリーが勝った時のみであったが、目敏く見抜いていた。


「信用ならない。俺がカードを配る」

「そうですね。では、よろしくお願いいたします」


 あっさりと、コウ・エンは不正を認め、カードの束をベルナールへ手渡す。


『面倒だから、一回勝負にしましょう』


 コウ・エンはシュ・エリーの言葉を伝え、アニエスは頷いて応じる。


 女性陣が向かい合って座る机の前にベルナールは立つ。左右より異なる雰囲気を感じ取ることが出来た。


 アニエスは酷く緊張している様子だった。一方で、シュ・エリーは至極愉快だとばかりに、余裕の笑みを浮かべている。


 ベルナールはカードをよく切り、ゲームの開始を告げる。

 一枚ずつカードを配り、双方の手持ちを五枚にした。

 アニエスは伏せられたカードを開き、眉尻を下げる。シュ・エリーは目を細めていた。

 周囲には他の客が居らず、しんと静まり返っていた。

 店員には事前にチップを渡し、カードで遊ぶことを申し出ている。邪魔をする者は居なかった。


 シュ・エリーは細い指先でカードを三枚抜き取り、伏せた状態で机の上に置いた。


『――交換ビッド、三枚ね』

「お嬢様は手札を三枚交換したいそうです」


 ベルナールは三枚、机の上にカードを滑らせた。

 続けてアニエスも宣言する。


同枚数交換コールで、お願いします」


 同様に、新しいカードが三枚配られた。


 シュ・エリーは広げたカードを見て、嬉しそうにしている。

 アニエスはいまだ困った顔をしていた。


 今回のみの特別ルールの中に、手札の交換は二回までと決めていた。

 アニエスはもう一度、交換を申し出る。

 配られたカードを開き、妥協をするかのように頷いていた。


『そろそろいいかしら?』


 合図とともに、手札が机の上に公開される。


 シュ・エリーのカードは三枚揃いスリーカードだった。

 一方、アニエスは――


『え、嘘!』


 ジョーカーを含む、三枚・二枚揃いフルハウスが完成していた。


『ちょっと、何よそれ! ぜんぜん自信がないような顔をしていたじゃない!』

『お嬢様、それがポーカーというものですよ』

『!』


 通常は無表情を装い、相手に手札の強さを悟られないようにするものだが、アニエスのそれもある意味ポーカーフェイスだっただろうとコウ・エンは言う。


 アニエスは三枚のカードが揃い、もう一枚を合わせるか否かで迷っていただけだった。


『わ、分かったわ。私の負け。使い走りでも、なんでも命じればいいじゃない』

「お嬢様は、あなたの使用人をお勤めになるとはりきっておいでです」


 その言葉を聞いたアニエスは、ある提案をする。


「お願いがあるのですが――賭けの内容を変更して欲しいのです」


 使用人ではなく、友達になれないものかと、アニエスはシュ・エリーに尋ねた。


『――と、このようにあちらのご令嬢はおっしゃっていますが、いかがなさいますか?』

『と、友達ですって!?』


 シュ・エリーはアニエスの顔を見る。

 にっこりと美しい笑みを返され、ウッと言葉に詰まっていた。


『お断りすることも可能とのことですが――』


 再びアニエスの顔を見る。

 変わらず、柔和な笑みを浮かべていた。


『……ま、まあ、あの人、アニエスがどうしてもって言うのなら、お友達になってあげないこともない、けど!』

『分かりました。そのようにお伝えいたします』


 コウ・エンはシュ・エリーの言葉を分かりやすく通訳した。


「お嬢様も、是非ともお友達になりたいと」

「ありがとうございます、嬉しいです――と、お伝えください」


 異国間での友好が結ばれた瞬間であった。


 ◇◇◇


 偶然というのか、必然というのか、シュ・エリーは同じ宿に滞在していた。

 最上階に部屋を取っていたが、彼女は長い時間、アニエスの部屋で過ごすことになる。


 三日目となった本日は、猫のミエルの紹介をした。


「この子はミ……いえ、ベルナール様、です」


 笑顔でアニエスの抱く猫を覗き込んでいたシュ・エリーは、コウ・エンより名前を聞いて一瞬で真顔になる。


『なんで猫に様付けなのよ、わけが分からないわ……』


 でもまあいいかと呟き、小さな猫の体を抱き寄せる。

 昼間の微睡みの中にある猫・ミエルは少女の胸の中で大人しくしていた。


『か、可愛い……!』


 シュ・エリーは溜息を吐きながら、初めて抱く猫のふわふわな毛並みと温かさを堪能する。

 だが、ある違和感に気付くことになった。


『――んん?』


 猫の首に巻かれたリボンを見て、目を凝らすシュ・エリー。そこには『ミエル』という文字が糸で丁寧に刺されていた。


『ミエルって、確かアニエスの従者の名前よね。どうして猫のリボンに――ってまさか、従者のおさがりのリボンを猫に巻いているってこと!? 普段、二人きりの時は首にリボンを巻いているってことになるのよね!? あの従者の首にリボン!? まったく似合いそうに見えないんだけど! それよりも、アニエスと従者は一体どういう関係なの? まさか、人目を忍んでリボンを巻いて楽しむという、マニアックなプレイを――』


 猫を抱き、早口で捲し立てるシュ・エリーに圧倒されるアニエス。

 コウ・エンに何を言っているのかと、視線を送った。


「……従者様とお嬢様は、大変仲がよろしいですねと、おっしゃっております」


 その通訳に、ベルナールがツッコミを入れる。


「いや、今の言葉、そんなに短くなかっただろう」


 指摘に対し、コウ・エンは無言で朗らかな笑顔を浮かべるばかりであった。


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