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第四十九話 明かされる謎

 拘禁刑となった罪人を収容する刑務所は、騎士隊駐屯地の隣にある。

 基本的に面会は許されておらず、家族でさえも一ヶ月前からの手続きが必要になる。

 ただ、差し入れに関しては中身を検査した後に、届けることは可能であった。


 だがそんな規則も、大貴族の一員であるエルネストには関係のないものだった。


 高い壁で囲まれた刑務所の外門を潜れば、話が先に通っていたのか、案内役が待ち構えていた。


 辺りには、刑務所内の巡回騎士が大勢うろついていた。

 今の彼にとって、騎士はもれなく全員警戒対象となっている。知り合いに見つからないように、ベルナールは外套の頭巾を深く被った。


 一階は薄暗く、二階は白い壁で比較的明るかった。ここが、貴族の罪人を収容している階層だと、案内人は説明する。

 廊下を歩いた突き当りの部屋が、アニエスの父親、シェラード・レーヴェルジュが拘禁されている場所であった。


「面会時間は十五分ほどです」

「分かった」


 案内人は部屋の鍵を開ける。

 ベルナールがエルネストの顔を見れば、「気を付けていくといい」と言って軽く手を振っていた。一緒に付いて来る気はないと分かり、心の中で感謝をする。


 扉の向こうは白い壁に、マホガニーの机、革張りの長椅子と、貴族の屋敷の客間のようになっていた。とても、罪人を拘束する空間には見えない。

 唯一、それらしいものと言えば、出入り口の扉と部屋の間に、頑丈な鉄格子があるくらいだった。


 アニエスの父、シェラード・レーヴェルジュは優雅に寛いでいたが、入って来たベルナールを見て、怪訝な視線を向けていた。


 不思議なことに、身なりは整っている。貴族の上品な紳士にしか見えなかった。

 金の髪には白髪が混じり、神経質そうな人物という印象をベルナールは受ける。欠片も、アニエスと似ているところはない。


 シェラード・レーヴェルジュはゆっくりと立ち上がり、鉄格子の前に置かれた一人がけの椅子に腰かけ、話しかけてくる。


「ここに来てから、悪い奴しか面会に来ない……お前もか?」

「……さあな」


 シェラード・レーヴェルジュを一目見て、下手したての態度に出ない方がいいと思ったベルナールは、わざと生意気な口を利く。


「若いな。まだ小僧か?」

「……」


 質問をすれば、場の空気がピリッとするほど警戒しているベルナールを見て、シェラード・レーヴェルジュは鼻先で笑う。

 そして、核心を突くようなことを言ってきた。


「――はっ。お前もどうせ、亡き妻の『とっておきの話』を、聞きに来たのだろう?」

「案外、口が軽いな」

「なあに、私にとっては詳細を知らない情報だ。言っても意味はない」


 それはかつて、社交界で噂になっていた話。

 今は亡き、アニエスの母は黄金姫と呼ばれていた。

 輝く金の髪を持ち、美しい容姿をしていたことからついた二つ名であった。が、もう一つ理由があった。

 彼女の実家が大量の金塊を隠し持っているという噂が出回っていたのだ。よって、黄金の財を持つ姫という意味でも呼ばれていた。

 そして、誰もが囁く――黄金姫と結婚出来た者は、世界一の幸せ者だと。


「その世界一の幸せ者が私なのだが、さて、どう見えるかね」

「世界一の不幸者に見える」


 ベルナールの正直すぎる感想を聞き、肩を震わせて笑うシェラード・レーヴェルジュ。


「まあ、否定はできん」


 結局、彼の妻が隠し財産について口にすることは、一度もなかったと言う。


「まあ、そういうことだ。いくら私を尋問しようとも、何も出てこんよ」

「……なるほどな」


 ベルナールはさらなる情報を引き出すため、一度、鎌をかけてみることにする。


「今回の事件は、私的な政治活動の資金に使うために、『妻のとっておき』――つまり、隠し財産である金塊を算段に入れていたが、見つからなかったから国の金を使った、という認識でいいのか?」

「まあ、そうだな」


 しようもないことをしたものだと呟けば、その通りだと自嘲していた。

 まず、一つ目の疑問が解決する。次に、二つ目の質問をしてみた。


「それから――」

「その前に、顔を見せて、名乗ってくれないか?」

「……」

「でないと、これ以上何も話さない。まあ、顔を確認して、話さない可能性もあるがな」


 顔を隠せば却って相手に不信感を抱かせることは分かっていた。これも、想定の内の一つである。彼は元宰相で、今まで様々な腹芸を行ってきたに違いない。対峙するには手ごわい狸だとベルナールは理解していた。


 一瞬のためらいのあとに、頭巾を取り去った。


「やはり、小僧ではないか」


 シェラード・レーヴェルジュは今まで来た中で、一番若いと感想を述べていた。


「名は?」

「ベルナール」

「家名は?」

「オルレリアン」

「ああ、西南部に領土を持つ、子爵家の人間だな」


 ベルナールの故郷は、誰も知らないような田舎街なので、知るわけもないと思高を括っていた。だがしかし、シェラード・レーヴェルジュは、田舎の領地を把握していた。

 家名を名乗ったのは早まったかと、額に汗を掻く。


「職業は騎士――当たりだな」

「さあ、どうだか」

「いや、騎士だな」

「どうしてそう思う?」


 表情の微かな機微で、正解だと確信したと言う。答えを聞いたベルナールは、隠し事が出来ない相手だと、恐ろしく思った。


「では、質問を聞こうか」

「――ああ」


 一番気になるのは、ここに誰が来たか。誰が一番、隠し財産に興味を示したか。

 その相手が、アニエスを攫ったと確信している。

 だが、なるべくアニエスについての情報は、父親でも漏らしたくなかった。どのようにして探るか考える。


「ここに、来た者についてだが――」

「それを聞いてどうする?」


 質問をしたのに逆に聞き返され、言葉に詰まる。

 何を言い訳にすればいいのか思考を張り巡らせるが、良い案はまったく浮かばない。

 面会時間は刻々と過ぎていた。こうして黙っている時間さえ、惜しい。

 焦りを覚え、額に汗を浮かべていると、シェラード・レーヴェルジュが話しかけてくる。


「ふむ。お前はアレだな」

「なんだ?」

「多分――いや、きっと、良い奴だ」

「は?」

「私は今までさまざまな猛者と、言葉で戦って来たので分かる。お前は悪い奴ではない。さらに、良い奴であると」


 そんな『良い奴』、ベルナールに、取引をしないかと持ちかけてくる。満足のいく結果を出せば、情報を提供すると提案した。


「犯罪には加担できない」

「ああ、分かっているとも。なあに、ささやかな願いよ」


 余裕ぶった笑みから、急に真面目な顔つきになる。

 願いとは、彼にとって極めて重要なもので、心残りなことであった。


「――私の娘を探し出して、保護して欲しい」

「え?」

「娘を、知っているか? アニエスという、綺麗で、心優しい子なのだが――」


 狡猾な政治家の顔から、一瞬にして娘の身を案じる父親の顔になる。

 これは演技なのではないかと、ベルナールは疑った。この場での判断は難しい。

 悩んでいたら、向こうが先に変化に気付いた。


「君は、何か知っているな? 娘はどこに居るのか? 無事なのか?」


 立ち上がり、鉄格子にしがみついて聞いてくる。

 激しく取り乱す様子を見て、これは演技ではないと気付いた。

 意を決し、本当のことを語る。


「彼女のことは、保護していた」

「!」

「だが、攫われてしまった」

「なんだと!?」


 シェラード・レーヴェルジュは鉄格子を拳で叩く。金属音が空しく響くだけであった。膝から力が抜けたからか、すとんと椅子に腰かける。


「……そうか、だから、ここにきた奴を知りたかったというわけか。誘拐したのはそいつに決まっている」

「……ああ」


 頭を抱え、深い溜息を吐いていた。

 そんなシェラード・レーヴェルジュに、ベルナールはアニエスを保護するに至った理由を、軽くかいつまんで話す。使用人として引き取ったことは伏せておいた。


「そうか、アニエスは、お前が――」

「信じるのか?」

「証拠はあるのか?」

「……」


 アニエスの母親の首飾りを持っていたが、まだ見せない方がいいと判断した。

 別の証拠――誰も知らないような、特別な情報を記憶の中から探り出す。

 ふと、あることを思い出し、口にする。


「彼女は、胸の上あたりに、ホクロがあった」

「は!?」

「父親なら知っているだろう?」

「娘のホクロの位置など知らんわ!!」

「そういうものなのか……」


 これは証拠にならないと分かり、肩を落とすベルナール。

 他に何かないかと絨毯の模様を眺めつつ考えていたら、シェラード・レーヴェルジュが突然立ち上がり、鉄格子を掴んできた。ガシャンと大きな金属音がして、びっくりして顔を上げる。


「お前、澄ました顔をしやがって! どうして娘の胸のホクロの位置を知っている?」

「――あ」


 指摘されて気付く。

 これは、父親に言ってもいい情報ではなかったと。


「どこで見た!? どうして見た!? 何故、そのような状況になった!?」


 激しく責められるも、ベルナールはなんと説明していいか分からなくなる。


「ま、まて、もうすぐ面会時間が終わる。怪しい奴の情報だけでも――」


 ジロリと睨まれる。

 あと三分だと言えば、忌々しいと叫び、ある人物の名前を出す。


「クソ、覚えてろ! ……一番怪しいのはブロンデルの狐野郎だ!」

「ブロンデル……!」


 それは、騎士団の副官――総隊長を支える男の名前だった。


 やはり、騎士団内部の人間の犯行だったと確信に至った。

 ヨハン・ブロンデル。

 伯爵家の次男で、長年国のために剣を捧げ続けた実直真面目な男だった。

 心酔している部下も多いという噂話はよく耳にしていた。


 思いがけない敵の存在に、さすがのベルナールも戦々恐々とする。


 だが、それよりも大変な敵が目の前に居た。


「さあて、残りの二分は私と話そうではないか……娘の胸のホクロについて詳しく、な」

「!」


 ――その後、ベルナールは、長い長い二分間を過ごすことになった。


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