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31番目の妃⑥

 庭園であったのなら、そこには花壇がある。花壇にはレンガがある。レンガがあれば簡単な窯を作れる。フェリアにとって、容易にできる窯作りを担当騎士三人が手伝ったのなら、さらに簡単に時短で出来上がった。


「美味しいパンを作れるわ」


 そこに、ビンズが現れた。肩には大きな袋を担いでいる。はぁとため息をつき、荷物を下ろした。


「食事の材料です。本当に食事は……」


 ……いいのですか? との問いは、目前の美味しそうな朝食を見た瞬間、不必要だと悟る。そして、また五人で食事を摂るのだ。


 そして、ビンズはフェリアを担当騎士に任せ、マクロンの元へと向かう。




***


 ダナン国のお妃様選び


 その会議真っ只中にビンズは合流した。


「まず、1番目のお妃様はまだ七歳。ダナンに姫を一時出した……つまりダナン国のお妃様選びに協力したとの事実の認定により、お妃様からの辞退になりましょう」


 マクロンがキレていたままごと姫である。


「次に、5番目と6番目のお妃様も同様のようです。協力の姿勢を示したとのこと、先方より内々に辞退の申請が出ております」


 長老の報告がマクロンに笑みをもたらした。


「では、1日、5日、6日は妃の相手をしなくていいな」


 マクロンがそう言うと、長老は眉を下げる。


「そういうわけには……」


 笑みが消えたマクロンに対し、長老はその後の言葉は続かない。それを補うように、ビンズが声をあげる。補うのはマクロンの方であるが。


「お妃様との朝の一時の交流は、崩せません。交流とは例えば、贈り物と添えた手紙でもいいでしょう。先ほど報告があった姫様には、ダナン国が貴国の協力を感謝するという記念品を贈れば、それを賜り任務を果たしたと胸をはって帰国できましょう。長老の皆様、この一案どうでしょうか?」


 長老たちは、それならばと頷く。マクロンの笑みが復活した。よほど、ままごとが嫌なのだろう。ビンズは苦笑いを王である友に返した。


 マクロンとビンズは友である。それも厄介な友である。マクロンが幼い頃、お忍びで城下町に来ていたときにビンズと出会った。ビンズはその頃から台頭するクソガキで、幾人かの子分を引き連れて町を闊歩していた。少年期独特のあの『○○団』みたいなグループを作り、騎士団の真似事をして遊んでいたのだ。そこにお忍びのマクロンが合流できたは、一種この騎士団もどきの行動ゆえだ。マクロンは迷子になった。それをビンズ率いる『烈火団』が拾い上げたことからはじまる。まだ、世間知らずのお坊っちゃまであったマクロンが、ビンズに染まるのも早くないわけがない。ビンズもマクロンを王子とは思っていなかったし、子分として『烈火団』に入れたのだ。


 そんな幼い頃からの付き合いが、まさかここまで来るとはと、ビンズは苦笑いの先のマクロンを感慨深げに見つめたのだった。




***


 フェリアは整備されていない荒れた邸の掃除に取りかかった。こじんまりした邸である。カロディア領の自室よりは流石に広いが、カロディア領の自宅よりは小さい邸である。それもそのはずだ。なぜなら、カロディア領の自宅は、自宅兼、店舗兼、薬草倉庫と増築に増築を重ねた巨大邸なのだから。毎日、その巨大邸を掃除していたフェリアには、このこじんまりした邸など、赤子の前かけぐらいの広さにしか感じない。


「侍女も食事もなくて、邸もみすぼらしい。お妃様って、案外不遇なのね」


 コロコロと笑いながら発する声は、夕刻に訪れたビンズの耳に槍を突き刺すが如く聞こえた。昨日と同じように。そう、昨日と同じなのは、その後の言葉だ。


「兄さんたちが言ってたのと大違い。お妃様だから何でも揃ってるはずだからって、三日分の服しか持ってこなかったのに、邸にはなーんにも無いんだもの。ビックリしちゃったわ」


 まさかそんなことはないはずだと、ビンズは慌てて邸を開ける。部屋を漁る。何もないという結果に、ビンズは昨日と同じように頭を下げた。担当騎士らもビックリだ。流石に男である騎士らが、邸に入れなかったのが仇となった。これは流石に酷い仕打ちである。ビンズは、ここの準備を女官長にキッチリ命じてある。それにも関わらず、邸の中は酷い有り様だった。いや、フェリアが掃除した後を見てそう思ったのなら、それ以上であったと、ビンズには容易に想像できた。


「あんの、あまあぁぁ!!」


 騎士隊長らしからぬその叫びに、フェリアはポカァンと口を開けた。


「ここの準備金をくすねやがったな!」


 地獄の底からの声とは、この声のようなものかもとフェリアは思う。目前の怒れる鬼のようなビンズは、ぐるんと体を回転させ駆け出した。それを追って騎士らが走り出す。


「隊長! 落ち着いてください」


 騎士の一人が大声で叫び、一人はビンズに体当たりし、一人は邸の門を閉める。怒れる鬼は三人の騎士によって何とか足を止められたが、ふぅふぅと鼻息荒く自身の抑制に必死だ。


「女相手に荒くれたら、騎士の名が廃るでしょ。女には女の戦いがあるわ。……いいえ、田舎娘には田舎娘の誇りがあるの。位の高いこの王城の女官や侍女らは、田舎娘の世話をしたくないものね。お前はその程度の存在だと認識させたいし、自分のプライドを保ちたいのよ。準備金はくすねたんじゃないわ。『あなたなんか、お妃様と認めないわ!』って、そういうことでしょ。泣いて助けてくれって頭を下げたら、ふんぞり返ってここに参上するはずよ」


 ビンズに向けて発するフェリアの声は、獲物を目視した獣のように鋭く、そして、愉しげだ。ビンズは熱くなった頭が急激に冷えていった。


「お妃様、何をお考えで?」


「昨日、売られた喧嘩は買うって言ったじゃない。忘れちゃったの?」


「手助けは不要だと?」


「ええ、この程度のこと屁でもないわ。田舎娘の誇りをなめないでほしいわ」


「……お心のままに」


 ビンズはフェリアの前で膝を折った。ビンズが今まで心底膝を折った存在は二人だけだ。前王とマクロン、そして、今日新たに一人加わった。フェリアはその三人めになった。


 三人の騎士らも従う。そう心が動いた。この田舎娘に感じる何かに膝を折ったのだった。

次話6/4(日)更新予定です。

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