31番目の妃⑰
「ミミリーよ!!」
盛大な声はマクロンとビンズにも届いている。少し前から、茶会に集う者らを離れた所から見ていた。そう、嘲笑いとヒソヒソ話のあたりから。
ビンズは肩で笑っている。マクロンは清々しいほどの笑顔で、一歩を踏み出した。
マクロンの登場で、妃らが道を開いていく。その道はフェリアに続く道である。王マクロンにこの惨事を見てもらおうとの下衆な思いがそうさせていた。幾人かの心ある妃らは、その反対にフェリアへの助け舟とも言える王マクロンを向かわせようと。
「フェリア嬢、素敵なワンピースだな」
颯爽と現れたマクロンの第一声はフェリアの名を呼ぶことであった。
フェリアの頬が熟れていく。その口が開いたと同時にマクロンの耳に不快な声が届く。
「王様、このような素敵な茶会に参加でき嬉しく思いますわ」
ミミリー令嬢である。マクロンは一番にフェリアの声が聞きたかった。それを邪魔され、一気に顔が険しくなった。妃選びにおいて、マクロンは感情のままに顔を変えることを自覚している。いや、あえてそうしようと試みている。
「私、このお茶会のために遠方より稀少な茶葉を用意いたしましたの」
ミミリー令嬢はそう続け、マクロンの体に自身を寄せようとした。しかし、それをマクロンは許さない。完全無視でフェリアに微笑む。マクロンの険しい顔にフェリアの眉が可愛らしく下がっていたからだ。
「フェリア嬢、さあ行こうか。今日の我の軽装に合う妃は、フェリア嬢しかいないようだしな」
ミミリー令嬢を完全無視し、マクロンはフェリアの腰にソッと手を回し促した。
「王様、お待ちに」
ブッチーニ侯爵がたまらずマクロンを呼び止める。
「何だ?」
マクロンは思いっきり不機嫌な顔をブッチーニ侯爵に向けた。そこに至ってやっとブッチーニ侯爵は王マクロンの意向を感じとる。できる男でなければ、国道管理などできないのだ。国の中枢には居れぬのだ。ただ、丁寧に頭を下げ一歩退いた。しかし、それとは反しミミリー令嬢は一歩踏み出す。
「王様、私は先日の件を恥ずかしく思い、対処いたしましたの。20番目のお妃の伯爵令嬢様と和解いたしましたわ」
ミミリー令嬢は、キョロキョロと周りを見渡し、その令嬢を見つけると『こちらにいらして』と猫なで声を出した。
マクロンはうんざりしている。その令嬢からは、先日妃辞退の連絡を受けている。ミミリー令嬢から権力をちらつかせた嫌がらせで、精神的に追いつめられたのだ。国道を通さぬとの脅しを受けて。その報告も届いていた。親の権力を我が物のようにする行いを。それのどこが和解というのか。マクロンは不安げな瞳の伯爵令嬢を、手で制する。そこにとどまれとの命である。
「だからなんだ?」
マクロンの声は冷たい。
「え?」
ミミリー令嬢はマクロンから思っていた言葉を聞けず、どう答えようかとあぐねている。
「だからなんだと訊いている。我が優しい言葉でもかけると思っていたのか? 侯爵の権力を我が物とするその思考を思い直せ。ブッチーニ、子に甘すぎると侯爵家を潰すことになるぞ」
マクロンは言い終わると、フェリアを促しティーテーブルへと移動していった。
***
フェリアは腰がむず痒い。マクロンの手はフェリアから離れない。そればかりに気が取られ、マクロンとミミリー令嬢とのやり取りを、ほとんど聞いていなかったフェリアである。いつの間にか、ティーテーブルの場に促されていた。
「あれ?」
フェリアは辺りを見渡す。先ほどのミミズー令嬢がフェリアを鬼のような形相で睨んでいた。その横のブッチーニ侯爵は、フェリアに小さく頭を下げた。フェリアはキョトンとしている。
「さて皆様、茶葉を持ち寄っておりますね」
ビンズが声を上げた。
「周知されておりますように、王様にお茶を選んでいただきます。皆様、あちらでお茶を淹れてください」
フェリアはソッとマクロンを見上げた。マクロンも同じようにフェリアに視線を落としている。
「淹れてきます」
「ああ、楽しみにしているよ」
フェリアはマクロンから離れ、ビンズが指示した場所に向かう。令嬢らとお連れたち、王城の侍女らがうじょうじょうじゃうじゃうにょうにょと集まるその場所へ。
「フェリア様、十分お気をつけてくださいませ。あの女官長も居りますゆえ」
ケイトはフェリアに小声で忠告した。
「ええ、わかっているわ。ケイトも気をつけて。この王城の侍女はあなたを敵視しているわ。唯一侍女のお連れで茶会に参加できるあなたを妬んでいるわ」
二人は目前の敵地に乗り込んで行った。
「まあ、これはこれは31番目のお妃様。並んでくださいましね。あなた様は31番目でございますゆえ、最後のお茶淹れとなりますので」
女官長の言葉である。マクロンらから遠く離れたお茶淹れ場で、いっさいの加護がないフェリアを手ぐすねひいて待っていたのだろう。そう、お湯が冷める31番目で茶を淹れさせる嫌がらせのために。
ケイトは悔しそうに顔を歪ませた。手はず通りに。フェリアは、『あらぁ、まぁ』と困ったように見せかけている。女官長や、フェリアを敵視する妃らは、正にざまあみろとの顔付きでフェリアを見てふんぞりかえった。その横に、ミミリー令嬢が現れる。
「邪魔よ。もうっ、31番ごときがなぜここに居るのかしら? 後にしてよ。全く気が利かない田舎娘ね」
「はい! ミミズー令嬢様」
フェリアは一際大きな声で返答した。満面の笑み付きである。ミミリー令嬢がグワッと目を見開いてフェリアを睨むも、フェリアはすでに後方に移動していた。
このフェリアを数人のお妃様が心の内で応援している。無理やり王城に召しあげられた令嬢や、ミミリー令嬢たちに虐げられた令嬢らである。また、異彩を放つのは2番目のお妃様で、マクロンからは疎んじられていたが、このお妃様はフェリアを羨望の眼差しで見つめている。彼女は、気位が高いように見せかけて他の妃らとの交流を避けてきたのだ。元々、人見知りが激しい姫の処世術である。
そんなことなど露と知らぬフェリアは、悲しげな表情をわざと作り、31番目に控えていた。
ほとんどの令嬢がお連れと共にお茶を持ち、会場に戻っていく。フェリアの番になり、女官長や王城の侍女らの監視のもと、フェリアはお茶を淹れた。本来なら、妃自身がお茶を淹れたりはしない。手伝わないのも女官長や王城の侍女らの嫌がらせである。しかし、フェリアにとってお茶淹れは至極当たり前のことで、その嫌がらせの意味はなかった。そして、その茶葉の色、お茶の色に周りがざわつく。フェリアの淹れたお茶は、爽やかな緑色である。そのようなお茶など見たことのない女官長や侍女らは、ゲテモノでも見るような目つきである。さらに口々に言った。
「田舎茶ね。田舎の青臭い娘の茶よ」
フェリアとケイトは気にもとめない。低温で淹れた緑茶を持って嬉しそうに戻っていった。そう、お茶は緑茶である。あの朝、マクロンに目覚めのお茶として出した薬草茶だ。高温の湯より、低温で淹れた方が美味しいお茶である。
所定のテーブルにフェリアはお茶を置いた。置くときに、ケイトが番号の札をソーサーの横に伏せて置いた。ここでもフェリアのお茶に皆が驚く。しかし、高位の姫らはそれを見て別の意味で目を丸くした。東方の稀少なお茶であると一見して見抜いたのだ。もちろん、フェリアは東方から取り寄せてはいない。自家製の緑茶である。
さて、そのテーブルから離れて長老たちと談話していたマクロンに、ビンズがお茶の準備ができたと伝えた。
***
マクロンは一見して、すぐにフェリアのお茶がわかった。目を閉じて香りだけでもわかる自信があるマクロンである。どこにも寄り道せず、まっすぐにフェリアのお茶を手に取った。
「フェリア、こちらへおいで」
極上の甘い声をマクロンは発する。妃らに見せつけるが如く。
「王様、札の確認がまだですので」
ビンズは苦笑いで発した。伏せた札を裏返し、皆に見せる。札には31と記されている。
「フェリア」
マクロンはもう一度フェリアを呼んだ。この茶会でマクロンが名を呼ぶのはフェリアだけである。
林檎のような頬をした、食べ頃の頬に唇を落としそうになるのを我慢して、マクロンはフェリアの腰に手を回すのだった。
次話6/23(金)更新予定です。