089_執事エンリケ
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
■■■■■■■■■■
089_執事エンリケ
■■■■■■■■■■
兵士希望の38人の奴隷の中に、剣士が7人、槍士が6人いた。元探索者ばかりで、資金管理ができずに借金を増やした人たちだな。
この世界では簡単な算数さえできない人が多い。貴族ならそういった教育を受けているが、平民でちゃんと教育を受けた人は少ないからなんだとか。
この13人はそのままレベルを上げてもらうが、それ以前に最低限の読み書きと算数ができるように教育だな。俺のところの奴隷でいるうちに、それらの教養を身につけてもらうつもりだ。
他の25人は弓士系5人、騎士5人、探索者5人、運搬人5人、神官系4人、モンスターテイマー1人、に分けてジョブを取得させることにした。
ジョブ・弓士は的に矢を1000本命中させるか、弓矢でモンスターを30体連続で一撃必殺することで上位のジョブ・弓王が取得できる。
いい装備を与えて、全員にジョブ・弓王を取得してもらおうと思っている。
ジョブ・騎士は盾で攻撃を1000回受けるのが取得条件だ。上位ジョブはジョブが騎士でないと転職条件がクリアできないらしいから、まずはジョブ・騎士の取得を目指す。
ジョブ・探索者の取得条件はダンジョン10層のボスを討伐するか、ダンジョン探索初日に単独でモンスターを20体倒すことだ。
装備さえ揃っていれば後者のほうが簡単にクリアできるから、それを目指す。
ジョブ・運搬人の取得条件は商売として荷物の運搬を100回行うことだが、10個以内のアイテムを運搬してその売却金額が合計で100万グリル以上でも取得できる。
兵士枠でも非戦闘系ジョブのジョブ・運搬人を取得してもらうのは、ダンジョン探索にアイテムボックスが必須だからと俺が考えているからだ。
本当はジョブ・冒険者に転職できればと思っているのだが、ジョブ・冒険者の取得条件は勘に頼るものだから、絶対取得できるというものではないんだよ。
ジョブ・神官は500日間祈り続けることか、モンスターを素手で100体倒すことか、ジョブ・村人で自分よりもレベルの高いモンスターを10体倒すことで取得できる。
実をいうと、ロザリナはモンスターを素手で100体以上倒しているから、神官に転職できる。といってもロザリナが神官に転職することはないだろう。
回復役がいるだけでパーティーはかなり安定するはずだから、気合を入れて神官を取得してもらいたい。
またジョブ・聖赦官はジョブ・村人で誰の手も借りず、素手だけで自分よりもレベルが高いモンスターを3時間以内に10体倒すことが条件だから取得はまずできない。絶対できないわけではないから、俺の奴隷じゃない人が自己責任でチャレンジするのは止めない。
もっともこの条件を教える気にはなれないけどね。あの神官長のように聖赦官を取得した後に盗賊になられても困るからね。
ジョブ・モンスターテイマーの取得条件は、モンスターと1対1で戦い100回勝つことだが、これも2つめの取得条件がある、一度に5体のモンスターと戦って勝利することで取得できるんだ。
どちらの条件も装備次第で取得可能だから、それほど時間はかからないだろう。
あとリンの槍聖など【聖】がつく聖職者ジョブは、取得条件に不確定要素が入っている。俺が取得した両手剣の英雄や、バースの冒険者もそうだ。
明確に数で示されるものではないから、取得は目指していない。下位ジョブを取得する際に、または下位ジョブを取得してレベルを上げていたら取得できたらいいな程度のものだ。
「お前たちは悪魔殺しのフットシックル男爵に買われた奴隷だ! フットシックル男爵は他の貴族と違い、身分で人を判断しない。実力のあるものを重用し、奴隷であっても決して蔑まない。お前たちの働き次第では、年季が明けなくても奴隷から解放されるだろう。だから励め! 自らのため、フットシックル男爵のために励むのだ!」
「「「おおおっ!」」」
兵士には女性も混ざっているが、ほとんど剣士か槍士だ。そういった戦闘系ジョブを持った女性が、兵士に志願したとも言えるだろう。
ただ1人、13歳の少女だけは転職可能戦闘系ジョブを持っていなかった。その少女の名前はパトリシア。
彼女はドラゴニュートという珍しい種族で、種族特性が戦闘狂らしい。え、そんな種族特性はない? ははは。それほど戦闘狂な考え方をしているってことだよ。
リザードマンのジョジョグに似た鱗があるんだけど、決定的に違うのは背中の羽だろう。この羽があることで、55人の中で一番高額の800万グリルだった。
基本能力もかなり高く、村人Lv4なのにSTRなどの物理戦闘系の能力が剣士Lv10よりも高いんだよ。種族が違うとここまで違うのかと思ってしまったよ。
パトリシアには弓王を目指してもらおうと、最初は思った。航空戦力で弓王とくれば鬼に金棒だろと安易に思っていたんだ。
だけどパトリシアのDEXはかなり低い。要は不器用なのだ。そんなパトリシアに弓は無理だと俺とガンダルバンは判断し、騎士を目指してもらうことにした。
せっかくの航空戦力なのに、接近戦ですよ……。
さて、たった1人の支配奴隷のエンリケだが、彼のジョブは執事だ。だけど転職可能ジョブに、あの復讐者があった。
前の職場でかなり酷い目にあっていて、最後は冤罪を被せられて奴隷落ちか。俺も復讐者を持っているが、奴隷にされることはなかった。エンリケの心の闇は深いと考えるべきだろう。
エンリケは42歳のオオカミ獣人。容姿は執事というよりも、ヤクザのボスといった感じでなかなか迫力のある顔をしている。
「エンリケは冤罪を晴らしたいか?」
「……どうでもいいです」
「本当にどうでもいいと思っているか?」
「………」
目に光がない。無駄だと思っているんだろうか? それとも酷い扱いをされて心が壊れたか?
「無言は肯定と受け取るからな」
「私が冤罪だとなぜ知っているのですか? あいつらに私を買って口封じをしろとでも言われているのですか?」
「俺に命令できるのは、俺だけだ。誰も俺に命令できない」
今「ふんっ」と鼻を鳴らしたな。
「たとえ相手がツクマンデス侯爵でも俺に命令はできない」
「っ!?」
俺がなんでツクマンデス侯爵を知っているのか、目を剥いて驚いているな。ふふふ。他言できないように魔法契約書で縛られていても、ユニークスキル・詳細鑑定の前では丸裸なのだよ。アケ~チ君。
「なぜ俺がツクマンデス侯爵を知っているのか、そんな顔をしているぞ?」
「そのようなことは……」
「隠しても無駄だ。エンリケがツクマンデス侯爵家にいたことは知っている。ずいぶんと嫌な思いをしたらしいな」
「な、なぜそれを……」
「俺に隠し事はできない。そういうことだ」
ミステリアスを醸し出す。なんてね。俺じゃ、ミステリアスじゃなくてギャグのほうが合っているよ。
「全部ご存じなのですね」
「ツクマンデス侯爵には会ったことないが、クズなのは知っている」
エンリケを通してね。
「ふー……。私はどうすればいいのですか?」
「いや、どうするも何も、エンリケがどうしたいかを確認しているんだ。復讐したいか?」
エンリケはジッと俺を見つめてくる。俺に惚れるなよ。
「復讐は必要ございません」
急に口調が変わったな。しかも目に力がこもった。
「では、何がしたいんだ?」
「できることなら、フットシックル男爵家で執事をさせていただければと」
それだけでいいの? 復讐しないの? ざまあしてもいいんだよ?
「分かった。それじゃあこの屋敷はエンリケが管理しろ。使用人たちを使って構わん」
「……本当によろしいのですか?」
お前が望んだことだぞ。
「別に構わない」
「わたくしは表向きには犯罪奴隷です」
「お前が冤罪だと知っている俺が、なんで躊躇する必要があるんだ?」
「それはそうですが、外聞が悪うございますよ」
「外聞なんてクソ食らえだ。俺は俺のやりたいようにやる。そういうことだ」
口をポカーンと開けて、そして笑みを浮かべたエンリケは深々と頭を下げた。
「誠心誠意務めさせていただきます」
「ああ、よろしくな。ところで、冤罪についてはお前が晴らしたいと言うなら、晴らす手伝いをするぞ。そのままでいいと言うなら、そのままだ」
「そのままで構いません。復讐したいというより、新しい旦那様に仕える喜びのほうが勝っております」
いいこと言うじゃんか。エンリケが執事として真摯に仕事するなら、俺は何も言うことはない。
「そうか。それじゃあ、早速仕事をしてくれ。使用人たちに仕事をさせて、この屋敷をしっかり回してくれ」
「畏まりましてございます」
なかなか洗練された所作だ。
使用人は予定より多い16人になってしまったが、少ないよりはいいだろう。エンリケならしっかり使用人たちをまとめてくれる。そう思って任せよう。
翌日から、ゴミ拾いの受付は屋敷の裏庭になった。
裏庭に大きな木箱を置いて、そこにゴミを回収したら肉がたくさん入ったスープとパンを与える。朝、昼、晩と三食用意して、子供たちに食事を与えている。
これはリリスとコロン、カロン姉妹と使用人たちに任せている。木箱は複数用意しているから、いっぱいになったら俺かバースが回収だ。
この屋敷で働きたいという子供は、そのまま雇う。住み込みがいいと言うなら、宿の部屋を与える。
将来の主力になるように育てていくつもりだが、今のところそういった子供はいない。まあ地道にやればいい。
使用人と兵士たちの宿舎の建築が始まった。職人たちが出入りするが、これはエンリケと使用人たちに任せておけばいいだろう。
兵士たちはガンダルバンたちが気合入れて鍛えている。
ダンジョンに入る前に、武器の扱いに慣れさせるためだ。
それから勉強もしてもらっている。文字の読み書きと簡単な算数だ。
こちらはイツクシマさんが引き受けてくれたから、ソリディアと共に担当してもらっている。
ヤマトには兵士たちが使う装備の強化を頼んだ。
「武器と防具を強化する素材を買うお金をもらえるかな」
「ヤマトはお金を持ってないのか?」
「少しなら持っているけど、38人の武器と防具を強化する素材を買えるほどは持ってないよ」
数が多いだけに、納得だ。10万黒金貨を50枚渡した。
「お~。太っ腹~」
「武器のせいで兵士が死ぬのは嫌だからな。できる限りの強化を頼むぞ」
ヤマトが強化した装備は、俺がエンチャントを施しても耐久値が減らないし、強化してないものよりも多くのエンチャントができるようになる。
無駄飯喰らいかと思っていたが、役に立ってしまった。少しだけ見直してやろう。
「任せておいて!」
「あと買い物するなら運搬人を連れていってくれ」
ついでにゴルテオ商会に10個のアイテムを運搬して、それを売ってもらおう。合計金額がジョブ取得ができる100万グリルに満たないなら売らなくていい。
「うん、了解。5人全員を連れていっていい?」
「いや、さすがにそれだけのアイテムが用意できないから1人でいいぞ」
「うーん。38人分の素材だからかなり重いと思うんだ」
「それならバースを連れていくといい」
そんな話をしていると、イツクシマさんがリビングに入ってきた。
「買い物行くの? 私も一緒にいいかな?」
「いいよ~。でも僕と運搬人候補の1人とバースさんしか行かないから、トーイ君は来ないよ?」
「そ、そんなの分かってます!」
すぐに支度してくると、イツクシマさんはリビングを出ていった。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
また、『ブックマーク』と『いいね』をよろしくです。
気に入った! もっと読みたい! と思いましたら評価してください。
下の ☆☆☆☆☆ ⇒ ★★★★★ で評価できます。最小★1から最大★5です。
『★★★★★』ならやる気が出ます!