053_転職会議
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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053_転職会議
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テーブルの上には、メロン、リンゴ、シャインマスカット、巨峰、ナシ、モモに似た果物がドーンッと籠に盛られている。この世界の名前があるけど、俺としてはこの名前のほうがしっくりくる。
これらの果実は、種を購入してローズに育ててもらったものだ。小麦やトウモロコシのような穀物から胡椒などの香辛料、そしてここにあるような果物まで植物ならなんでも育てられるのがローズだ。
その分、俺のMPが吸い取られるわけだが、大量に育てなければ大した消費量じゃない。
ローズのおかげで急速に食事事情が良くなっていく。種や苗などがあれば、いくらでも育てられるのがいいよね。
食事に大きな不満はなかったけどさ。俺、食べられないものないから。
ただ、食べられると美味しいは別なんだよね。決して不味くはないけど、この世界の料理って味気ないものが多いんだ。バーガンだって日本の醤油に比べれば、数段味が落ちるからね。
米が手に入ったら、カレーライスが食いたいな。ナンも悪くないけど、やっぱりカレーはライスだよね。この世界に米はあるのだろうか? あったらいいなー。
「こんな真冬にこれだけの果実を目にするとは……」
俺の後ろで佇むモンダルクの呟きが聞こえて来る。その横で果物を切り分けるモンダルクの妻のメルリスも瞳から光が消えている。
7階層のボスを倒してから帰ってきたんだが、今日は色々話し合うことがある。食事を全員で摂り、食後のデザートタイム。ここからが話し合いの時間だ。
俺がお誕生席、その側にアンネリーセ、ロザリナ、右側にガンダルバン、ジョジョク、リン、バース、ソリディア。
ローズは俺の周囲を楽しそうに飛んでいる。今は俺にしか見えないようだ。
モンダルクとメルリスが果物を取り分けて、全員に配り終わる。
8分の1にカットされ、さらに5つに切り分けられたメロンの1つにフォークを刺して口に持って行く。瑞々しくて甘くてとても美味しい。これは日本でも高級品の部類のメロンだ。
俺が食べたのを確認してから皆も食べ始める。美味しいだろ? 俺は果物全般が好きだけど、中でもメロンが大好きだ。この世界でメロンが食えるとは思っていなかったから、感動感激だよ。
「今日はご苦労様。皆に怪我がなくて良かった」
皆の顔がほころぶ。
「こうして話し合いの場を持った理由は分かっていると思う」
「魔導書のことですな」
ガンダルバンが真面目腐った顔になった。
「そう、魔導書だ。一般の探索者だと、リーダーか一番活躍した人が使うらしい。それで間違いないか?」
「はい。その通りです」
ガンダルバンが頷き、皆も頷いた。
モモを口に放り込む。これも瑞々しく甘い。モモは食べた後の甘い香りが鼻に抜けるのが好きだ。
「だけど、それでは戦力向上にならない。俺は全体の戦力向上を考えて、魔導書を使ってもらおうと思っている」
「我らはご当主様に仕えております。探索者のルールに当て嵌めるにしても、リーダーはご当主様であり、一番活躍しているのもご当主様です。我らは、ご当主様の決定に従います」
ガンダルバンは堅いね。そういうの嫌いじゃないけど、自己主張はしてほしい。
シャインマスカットも美味しい。スッキリとした甘さがいい。
「今回は命令するつもりはない。意見が聞けたらと思っている」
俺の案は固まっているけど、皆の考えも聞きたいんだ。
巨峰の濃厚な甘さもいい。毎日食べたら飽きるけど、毎日食べたい美味しさだ。
俺とアンネリーセはすでに魔導書を使っているから除外する。魔導書は2回使っても意味がないらしいからな。ロザリナもバトルマスターが気に入っているから除外。
ガンダルバンが魔導書を使ったら明らかに戦力低下になるし、タンクが居なくなるのは戦力ダウン以上にダメージが大きい。
ジョブがソードマスターと槍聖に進化したジョジョクとリンに魔導書を使わせるのか? そんなわけない。せっかく上位ジョブに進化している2人をわざわざ魔法使いにするのは戦力ダウンだ。彼らが望むなら考えるが、そうじゃなければ論外だ。
「ガンダルバン、ジョジョク、リンの3人は除外する」
名指しした3人が頷いた。
「せっかく上位ジョブに進化したのに、わざわざ魔法使いになる必要はないだろう」
上位ジョブに進化したのに、今までの戦い方を変えてまで魔法使いになりたいとは思ってないはずだ。
残るは剣士のバースと槍士のソリディアだ。この2人のどちらかに魔導書を使わせるのが最も戦力向上に繋がる。
では、どちらがより戦力向上になるか。それは2人の能力値を比較すれば答えが出る。
見るべき能力はINTとMINだ。この2つの能力が少しでも高いほうが魔法使いに向いている。
MPやMATK、MDEFはこの2つの能力に依存すると俺は考えている。実際、INTとMINが高いとこの3つの能力が高い傾向にある。
こういったことを踏まえて考えると、対象はソリディアになる。
リンゴの酸味が良い感じだ。甘さを引き出す酸味だね。
「残るは2人だが、俺の意見を言う前に皆の意見を聞きたい。もちろん、今除外した3人で魔法使いになりたいという人が居ても構わない。ジョジョクはどうだ?」
俺に意見を聞かれたジョジョクが目を見開く。なんで俺? とでも言いたいようだ。
ナシのサクサク感は食感が楽しめる。それにこれも甘い。ナシってちょっとマイナーな果物だけど、俺は好きだな。
「某はご当主様に従うのみ。バースとソリディアのどちらでも、不満はございません」
意見を言っているようで言ってない。誰かに仕えるということは、こういうことなのか?
一周回ったからメロンに返る。美味いよなー。ちょっといがいがする甘さがいいんだよ。
「リンはどうだ?」
俺に名指しされて肩を震わせる。俺そんなに怖くないよな? そういう反応は傷つくんだけど。
もう一口メロンを頬張る。この甘さは本当に癖になる。
「以前は魔法使いになりたかったけど、今はそんなことないです」
自分は要らないという意思表示かな? 2人のどちらがいいとか……言えないか。角が立ってしまうもんな。
今度スイカの種を探してみよう。ゴルテオさんに頼めば、手に入れてくれるかな。米と一緒に聞いておこう。
同列のジョジョクとリンに聞いたのがいけなかった。
「ガンダルバンは?」
「ご当主様の判断に従います」
うん、聞くまでもなかった。このような返答があると分かっていたじゃないか。
モモを食べる。皆も食べなよ。え、俺がいつ話を振るか分からないから食べられない? そんなことは気にしなくていいんだぞ。
「それでは、バースはどうだ?」
「ジョジョクとリンのジョブが進化し、俺のジョブは進化しなかった。この差は何かと考えていました」
「結論は出たのか?」
「いえ、今でも考えています」
……で、魔法使いになりたいの? これ突っ込んで聞いていいのかな? とりあえずソリディアの意見を聞こうか。
「ソリディアは?」
「正直に言いますと、魔法使いになりたいという気持ちはあります。ですが、それだと逃げたように思えてしまうのです」
「魔法使いになったらレベルは1になるんだ。逃げることにはならないと、俺は思うぞ」
「……ご当主様にそう言っていただけるのは、とてもありがたいことです」
ソリディアは魔法使いになりたい。そういうことでいいかな。
シャインマスカットを頬張る。シャインマスカットを潰してサ●ダーと一緒に飲んだら美味しいんだよな。この世界にサ●ダーはないだろうな……。
「魔導書はソリディアに使ってもらおうと思うけど、バースはそれでいいか?」
「はい。ご当主様に従います」
アイテムボックスから魔導書を取り出して、ガンダルバン経由でソリディアに。
ソリディアは魔導書受け取って目がうるうる。そんなに大事そうに抱きかかえていないで、使いなよ。
「ソリディア使ってくれ」
「は、はい。ありがとうございます」
俺に促されて魔導書を開いたソリディア。魔導文字が浮かび上がってソリディアの両の瞳に飛び込んでいった。
ソリディアを詳細鑑定する。よし、転職可能ジョブが増えた……が、なんだこのジョブは? 凄いな、格好いいじゃないか、羨ましいぜ。
「ソリディアとバースは、明日の朝一で神殿に行ってこい」
「俺もですか?」
実を言うと、魔導書をソリディア推しした理由は、魔法適性の他にもう1つある。それはバースの転職可能ジョブだ。
レベル28の時に見たけど、その時にそのジョブはなかった。でも今はある。俺は平凡な剣士よりもそっちのほうがいいと思うが、バースはどう思うだろうか?
「ああ。俺のユニークスキルのことは知っているな」
「はい。存じております」
兵士になるときに守秘義務の書類にサインしてもらったから、ユニークスキルのことを話している。
「バースも転職できるジョブがあるんだよ」
「それは……どのようなジョブですか?」
「知りたい?」
「教えていただけるのであれば、教えてほしいですね」
「明日の楽しみが薄れるぞ、いいのか?」
「……構いません」
つまんない奴だな。でもその気持ちは分かる。
「バースが転職可能なジョブは、冒険者だ」
冒険者は冒険する気持ちを持った者が転職可能になる。バースは冒険心を持っていたようだ。
顧みると、バースは分岐があると進む方向に時々意見を言っていた。そういったことが良かったのかな。
「その冒険者というジョブは、戦闘向きなのでしょうか?」
「戦闘に向かないジョブのように思えるが、全員が戦闘に向かなくてもいいと俺は思う。便利なジョブそうだから、縁の下の力持ちとして活躍できると思うぞ」
少なくとも転職直後には、戦闘スキルはない。成長したら分からんけど。
「ご当主様の探索者のようなジョブでしょうか?」
「ジョブ名が違う以上は、何かしらの違いはあるだろう。最初に覚えるスキルは移動ルート、モンスター図鑑、罠、危機感知だ」
スキル・移動ルートは目的地までの最短ルートを教えてくれるらしい。これだけでもそれなりに便利だけど、熟練度が上がったらもっと便利になるかもだ。
スキル・モンスター図鑑は種族名と自分のレベルに比べて強さの指標を知らせてくれるものだ。これは詳細鑑定がある俺が居ると下位互換もいいところだけど、鑑定系スキル持ちは少ないからいいスキルだと思う。
スキル・罠は暗殺者のスキルと同じだし、スキル・危機感知も探索者のスキルと同じだ。
総じて便利系スキルが増えていくジョブだと思う。そもそも冒険を前提としたジョブだから、便利なものが多いはずだ。
「………」
バースが考え込んだ。今のまま剣士を続ければ、多少は戦闘の役に立つ。だけど冒険者では戦闘の役に立つか分からない。そこら辺が引っかかっているのかな。
でもさ、これだけ錚々たるジョブの中で剣士はかなり見劣りするよ。剣士では一芸に秀でることはできそうにないけど、冒険者ならそれができる。そういう人材が居たほうが俺も嬉しいんだけどな。
それにしても意外だった。もっと飛びつくかと思ったんだけど。こういうのは、その人その人で価値観が違うから簡単に飛びつかないのかな。
「あの……私のジョブは……」
ソリディアがおずおずと聞いてきた。キツネ耳がピコピコ。それ触っていいかな?
「ご主人様?」
アンネリーセが半眼だ。怖いよ、それ止めて!
「ご、ゴホンッ。知りたいの?」
「できれば……お教えください」
「ソリディアは呪術士だよ。しかもネクロマンサーだ」
「ネクロ……マンサー……?」
ソリディアが呆然とする。そんなに嬉しいか。
ネクロマンサーは屍を使役する呪術士だ。スケルトンやグールなどの屍を操るんだ。格好いいと思わない? 俺、こういうのに憧れちゃうんだけど。エンチャンターもいいけど、ネクロマンサーのほうがもっといい。できるものなら交換してほしいくらいだ。
「ご主人様。ネクロマンサーというのは、どういったジョブなのでしょうか?」
「え、ネクロマンサーを知らない?」
「残念ながら、ネクロマンサーというジョブのことは、聞いたことがありません」
ガンダルバンたちの顔を見ても、首を横に振った。この世界ではネクロマンサーは知られていないようだ。
「ネクロマンサーというのは、屍を操る呪術士だな」
「「「屍っ!?」」」
皆が驚いている。
「そ、そんなジョブがあるのですか?」
「ソリディアが転職できるんだから、あるんじゃないのか? ガンダルバン」
「そ、そうですが……」
ゴモゴモと声が小さくなっていく。
「ご主人様のエンチャンターも珍しいですが、ソリディアさんのネクロマンサーはもっと珍しいのではないでしょうか?」
詳細鑑定にも100万人に1人の珍しいジョブとか書いてあったな。エンチャンターが1万人に1人でかなり珍しいジョブだったから、その100倍も珍しいジョブだ。
「ネクロマンサーは呪術士だから触媒があれば呪術を使えるけど、ネクロマンサーは普通の呪術士と違って属性の呪術は使えないらしい。屍を召喚して戦わせるようだぞ」
ソリディアは胸の前で手を結んで恍惚とした表情……ん、違う? もしかして不安の表情? いや、嬉しいんだろうな。嬉しいよな。俺が彼女の立場なら小躍りする自信があるもん。
「先ずは転職して、触媒を作ることから始めよう。触媒はネクロマンサーのスキルで作れるらしいから」
「……はい。ありがとうございます」
ソリディアは目を伏せた。転職できるのがネクロマンサーで嬉しさを噛みしめているんだろう。
対してバースはまだ腕を組んで考え込んでいる。男なら気合で転職だ! とは言えない。一生にかかわることだから、よく考えればいい。
さて、2人のことはこれでいいだろう。後は……。
「それからロザリナに提案なんだけど」
「はいなのです」
「うちの兵士にならないか?」
「兵士なのですか?」
首を傾げて可愛いじゃないか。
「ロザリナは支配奴隷じゃなく任意奴隷だから、すぐに解放できる」
支配奴隷だと貴族になった俺でも3級までしか解放できないけど、任意奴隷は所謂借金奴隷だから貴族でなくても解放は可能だ。
「ロザリナが兵士になってくれれば、兵士の数も揃うから助かるんだよ」
ロザリナを奴隷から解放しても、俺の元から離れないだろう。多分……。だから奴隷よりも兵士のほうが彼女の身分が回復するどころか向上するからいいと思ったんだ。
「よく分からないのです。ですからご主人様にお任せするのです」
ロザリナは相変わらずだな。
「それじゃあ、奴隷から解放するから兵士ということで」
「はいなのです」
分かってないと思うけど、良い笑顔だ。
「ガンダルバンはロザリナに兵士の心構えなどを教えてやってくれ」
「承知しました」
これで貴族の責任は果たせる。あとはアンネリーセが解放されたら、万事めでたしめでたしだ。
「ご当主様。1つよろしいですか?」
「ん、何?」
ガンダルバンが真面目腐った顔だ。いつもだけど。
「ジョジョクはともかく、リンのジョブについては公爵閣下に報告しておいたほうがいいでしょう」
「リンのジョブって槍聖のこと?」
「はい。聖職は特別な意味を持ちます。報告しておいたほうがよろしいかと思います」
「そうなんだ。分かった。落ちついたら報告しよう」
聖がつくジョブのことを聖職と言うらしい。神官のほうがよっぽど聖職と思うのは俺だけかな?
『ナシがマイナーな果物って日本人の感想とは思えないんだが』
という感想もありますが、作者は日本人ですよ。
個人のイメージに誤差があるのは当たり前ですので、今後こういった感想は受け付けませんのであしからず。
ご愛読ありがとうございます。
これからも本作品をよろしくお願いします。
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