表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/377

転生王女の動揺。(3)

 


「さぁ、どう料理しようかしら?」


 マウントを取ったヴォルフさんは、ニヤリと口の端を吊り上げる。強面な彼がそういう顔をすると、中々に悪人顔だ。正直、どっちが悪役なのか分からない。

 対する侵入者は、抵抗もせずに大人しくしている。気怠げな表情に変わりはないが、少しだけ寄った眉に悔しさが滲んでいるような気がした。但し、ヴォルフさんへの感情というよりは、気を抜いた己に対する自嘲に見える。『なにしてんだ、オレ』。ゲーム内で聞いたセリフが脳内で再生された。


 そう、ゲーム内で聞いたのだ。


 改めて侵入者の顔を、じっくりと観察する。

 ウェーブのかかった柔らかそうな黒髪は、襟足が短いのに対し、前髪は長めだ。その間から覗く目尻の下がった瞳は、赤に一滴の墨を落としたような色をしている。伏せた長い睫毛が印象的な瞳に影を落とし、ゾクリとする程の色気を纏う。


「あー……最悪だ」


 力なく呟く声は、甘めのテノール。


 不明瞭だった記憶が、少しずつハッキリとしてくる。断片的な映像をつなぎ合わせ、目の前の人をもう一度見て、私は確信した。

 人違いではない。やっぱり、カラスだ。


 乙女ゲーム『裏側の世界へようこそ』に登場する主要キャラクターの一人にして、最後の攻略対象。暗殺者、カラス。

 年齢は不明とされていたけれど、ゲーム開始の時点での推定年齢は二十代半ばだった筈。退廃的な雰囲気を纏う、長身痩躯の美青年。ゲームの発売前は、お色気担当と呼ばれて人気も高かった。

 容姿が好みという、ごく単純な理由で。


 しかし、いざゲームが発売となり、情報が明らかになっていくにつれて、皆の反応は微妙なものとなっていった。

 理由は他の攻略対象と同じく、地雷ともいうべき裏の顔を知ってしまったからである。彼、カラスの場合はゲイ。所謂、同性愛者だ。


 他人の性的指向について、とやかく言う資格はないけれど、乙女ゲームの攻略対象としては、ちょっとブッコミ過ぎだと思う。

 性別という越えられない壁が存在するのに、どうやって恋愛しろって言うんだ。無茶振りにも程がある。いい加減にしろ。


「で、アンタは一体何者なの? 誰の差し金で私達を狙ったのかしら」


 胸ぐらを掴んで顔を近づけ、ナイフの切っ先を突きつけたヴォルフさんは、カラスを尋問した。私自身も知りたかった為、過去の記憶を掘り起こすのを一旦止めて、耳をそばだてる。


「一緒の船に乗っていたわよね。我侭お嬢様の侍女が倒れた時、部屋を明け渡してくれたのはアンタだったわ」


 ヴォルフさんの言葉を聞いて、私は漸く思い出した。

 そうだ。ミアさんのために部屋を移ってくれた人だ。外套のフードをずっと被っていたから、クーア族じゃないかと思った事もあった。


 暗殺者が、ごく身近にいたんだ……。怖っ。

 かなり気を抜いて生活していたけど、よく生きていられたなぁ、私。


「海賊に襲撃された時に共闘してくれたのは、単純に利害の一致だったの?」


 ヴォルフさんは、質問を投げかける。

 しかしカラスは口を開かない。不機嫌な顔付きで、むっつりとしている。


 自分の命よりも依頼を優先させるプロ根性……という格好良さげな感じではない。てゆうか、気のせいでなければ、なんか怒ってないか?

 年上の男性には似つかわしくない表現だとは理解しているが、端正な横顔が不貞腐れた子供のソレに見えた。


「だんまり?」


 ヴォルフさんは、呆れ混じりの溜息を吐き出す。

 彼が顔を上げるのと同時に、カラスは足を僅かに動かした。離れていた私だから気付けたのであって、ヴォルフさんの位置からは見えない。

 カラスはブーツの踵を床に押し付ける。すると爪先の方から、刃が出た。私は思わず息を呑む。


 映画で見たようなカラクリだとか、そんな感想を抱いている場合じゃない!


「避けて!!」


「……っ!?」


 カラスが足を振り上げる前に、私は叫んだ。

 ヴォルフさんは即座に反応して、カラスの上から飛び退く。カラスは俊敏な身のこなしで跳ね起き、ヴォルフさんから距離を取る。


 再び接近戦が始まるかと思いきや、カラスは私へと駆け寄って来た。

 ターゲットは私ですかい!!


 掻っ攫うように腹に腕を回され、抱え上げられる。

 この体勢、何度目かな!? 腹部にかかる負荷に慣れ始めてきた自分が嫌だ。


 扉を蹴破るように開けたカラスは、外へと飛び出す。雨粒が、容赦なく私の体を濡らした。


「マリーッ!!」


「ヴォルフさんっ!」


 焦った顔で私を呼ぶヴォルフさんに、手を伸ばす。

 もう誰が敵で、誰が味方なんだか。分からないけれど、カラスよりはヴォルフさんの方が信用出来る。


「離してっ!!」


 カラスの背を拳で殴るが、堪えた様子はない。細身に見えて、しっかりと筋肉のついた体は私如きの力では、痣一つつかないだろう。

 しかしカラスは私の行動に苛立ち、舌打ちをした。


「あーもー、本当アンタ面倒臭いな」


「……へ?」


「つうかアンタを攫ったのは、あの男だろ。何で、そっちに助けを求めるんだ? オレは助けに来ない方が良かったですかね、お姫様」


「……助け?」


「そう、助けに来たんですよ。お分かり?」


 飄々と言ってのけるカラスに、私は唖然とした。理解が追いつかない。

 確かに、初めに私を攫ったのはヴォルフさんだ。その彼に助けを求めるのは、おかしな話かもしれない。

 でも、だからといって、カラスが私の味方?


「それはない!」


「……あん?」


 思わず否定すると、カラスの声が一段階低くなった。このクソガキ、と罵られそうな凄み方だ。


「だ、だだだだって! 貴方が私を助ける理由がないでしょう!?」


「?」


 私が吃りながらも叫ぶと、カラスは黙り込んだ。


「……アンタ、オレの事を陛下から聞いていたんじゃないのか?」


「え? それは、どういう……」


 思いがけない質問をされ、咄嗟には反応出来なかった。


 陛下? 陛下って、どこの陛下?

 まさか、うちの父親のことじゃないよね……?


 私が答えられずにいると、後ろからヴォルフさんの声が聞こえてきた。マリー、と必死に呼ぶ声に顔を上げると、カラスは数秒の沈黙の後、口を開く。


「姫さん、オレの質問に簡潔に答えてくれ」


「は?」


「後ろから追ってくる男は、アンタにとって排除すべき敵か?」


「いいえ!」


 私は即座に、ノーと答えた。

 味方かと問われたら、即答は出来なかったと思う。ヴォルフさんが私を傷付けるとは思えないが、攫った目的は未だ不明なんだから。

 でも、排除すべき敵ではない。絶対に。私は彼に死んで欲しくなんかない。


「このまま国に逃げ帰るのと、薬師の男と話をするのと、どっちがいい?」


「こ、後者で!」


「分かった」


 カラスは頷いて、足を止めた。

 追いかけて来たヴォルフさんも、その事に気付いて戸惑っている。罠かと疑っているのか、距離をあけて立ち止まる。


「ヴォルフ・K・リュッカー」


「……なに?」


 フルネームを呼ばれ、ヴォルフさんは怪訝な面持ちで返事をする。


「アンタは、この姫さんの敵か?」


 ヴォルフさんは、虚を突かれたように目を見開く。

 しかし、すぐに表情を引き締めると頭を振った。


「いいえ。……マリーを攫った私が言っても説得力はないかもしれないけれど、この子を傷付ける事だけは絶対にしないわ」


 ふぅん、とカラスは、やる気なさげな相槌を打つ。


「で、姫さん。どうする? 信じる?」


 カラスは、私の目を見て問う。選択権を委ねられたのだろうが、どうにも、試されている心地がする。

 私は困惑しつつも、頷いた。するとカラスは、私を地面に下ろす。意外と重いな、とボソリと呟かれ、私は密かにショックを受けた。


 この鳥、失礼過ぎるんですけど!?


「……ん?」


 頭の中で叫んでから、ふと何かが引っかかった。

 鳥? そうだ、鳥って単語を思わせぶりに使っていた人がいたよね。


『鳥』、『陛下』、『助けに来た』。

 この三つの言葉を繋ぎ合わせて、私の中に浮かび上がった答えがあった。


「もしかして……父様の『鳥』?」


 呆然としている私の呟きを聞いて、カラスは呆れ顔になった。


「今更分かったのか?」


 頭の回転が遅いと、言外に貶された気がする。するが、今はそれどころではない。

 カラスが、父様の『鳥』? ゲームと設定が違うんですけど、どうなってるの?


 .

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ
OSZAR »