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転生王女の面接。(2)

 

「……まあ、いい」


 父様は、私の笑顔を眺めてから呟く。


「何か用があって来たのだろう。早く言え」


 不遜な態度で言い放つ父様に、早速顔が引き攣りそうになった。


 誰のせいだと言い返したい気持ちは勿論あったが、止めておく。

 せっかく、壊血病の知識についてのアレコレは言わずに済みそうなのに、わざわざ藪をつつくような真似はしたくない。

 さっさと話を終えて、さっさと退散してしまおう。


「ようやく準備が整いましたので、出国したいと思います。許可を頂けますか」


「何処へ行く気だ」


 ストレートに本題だけを告げた私に、父様は驚く様子も見せなかった。

 眉一つ動かさずに、端的に聞いたその問いも、たぶんただの答え合わせ。私が何処へ行こうとしているかなんて、とっくに知っているんだろう。

 なら、私も直接ぶち当たるしかない。


「フランメへ」


「アイゲル家の跡取り息子を追いかけるつもりか」


「はい」


 この一月弱の間に、ゲオルクから何度か手紙が来た。

 陸路を使った彼等は、もうとっくにフランメへ入国している。今もきっと、必死に薬の手がかりを探してくれているだろう。

 これ以上、任せっぱなしにするわけにはいかない。


「いいだろう」


「!?」


 決意も新たに睨みつける私を嘲笑うかのように、父様はあっさりと頷く。

 肩透かしを食らった私は、唖然とした。


「何を驚く。自由に動けるように取り計らえと言ったのは、お前だろう」


「そう、なんですけど」


 確かにそうだ。私が言った。

 でも、こんなに簡単に了承されるとは思わなかった。


「……」


 納得がいかなくて、疑惑の眼差しを向けてしまう。

 なにか企んでいるんじゃないかと考えてしまうのは、穿ち過ぎだろうか。


「船も自力で用意したようだしな。止める理由はあるまい」


「……」


「ただし」


「!」


 やっぱり来た!

 一体どんな無理難題をふっかけるつもりだ!?


 言葉を途中で区切った父様は、身構える私を真っ直ぐに見据え、口を開いた。


「レオンハルトは置いていけ」


「……え」


 目を見開く。消え入りそうな声が洩れた。自分のものとは認識出来ないほどに、か細い声が。

 さっきから何度も驚かされていたが、今までの比ではない。


 父様は今、なんて言った?


「近場を散歩している程度なら見逃すが、国外にまで連れ出す許可は出せん。アレはお前のお守役(もりやく)ではない。近衛騎士団を纏め上げる長だ」


「!」


「身を守る術が欲しいならば、お前の護衛を連れていけ」


 正論だ。

 正論すぎて、言い返す言葉も思い浮かばない。


 普通に考えれば、簡単に分かる事。近衛騎士団長であるレオンハルト様を、私個人の都合で国外にまで連れ出すなんて許される筈がなかった。


 それなのに、私はその可能性に気づかなかった。

 なんて間抜けなんだろう。


 ぱかり、と口を半開きにしたまま固まった私を見て、父様は何度目かになるため息を吐き出す。


「忘れていたか」


「……はい」


「お前の『お願い』に入っていなかった時点で、そんな気はしていた。甘やかされ過ぎたな」


「…………はい」


 『誰に』甘やかされ過ぎたのかは、言わなかった。

 でも言われずとも自覚はある。たぶん私は、レオンハルト様に甘え過ぎた。


 レオンハルト様が傍にいて、相談出来ることの安心感に慣れてしまっていた。

 彼が責任ある立場にあり、多忙な人であることは、決して忘れてはいけなかったのに。


 臆病風に吹かれた私は、都合の悪い事は見ないふりをしようとした。


 最低だ。最悪だ。

 理解した今でさえ、素直に『分かりました』と頷けないのだから、本当、どうしようもない。


「アレが、非常に優秀で、且つ有名な男であることは、分かるな?」


「え、……はい」


 長い沈黙を破ったのは、父様の方だった。

 唐突に話を振られ、顔を上げる。戸惑いながらも、頷いた。


 レオンハルト様は、近衛騎士団長という肩書がなかったとしても有名な人だ。黒獅子の名は周辺諸国にまで知れ渡り、他国の若い騎士にも憧れている者は多いらしい。


「そんな男を供にしたお前を、周囲がどう見るか考えてみろ」


「周りにどう見られるか……」


 父様の言葉を繰り返す。


「そうだ。お前が何かを成し遂げた時、周りの人間は、お前を褒め称えると思うか?」


 口元に手を当て、私は黙りこむ。

 言われた通りに考えてみた。


 もし私がレオンハルト様に同行を頼んだとして。

 全てが順調に進んで、薬を手に入れて、隣国ヴィントの病の蔓延を防ぐ事に成功したとしたら。周りの人達は、私を褒め称えるか?


「……思いません」


 答えは、否だ。

 誰だって、レオンハルト様の功績だと思うだろう。


 王女が名声を得る為に、彼を利用した。手柄を奪い取ったのだと、思う人もきっといる。


 普段だったら、それでも構わなかった。

 別に名声が欲しいわけじゃない。手柄泥棒だと邪推されたとしても、変に悪目立ちするよりはマシだ。

 私はあくまで、平和に暮らせればそれでいい。あとはレオンハルト様の元にお嫁に行ければ言うことなし。


 でも、今は状況が違う。

 私は、功績が欲しい。ちゃんと、周囲の目に見える形で、ソレを示さなければならない。


 隣国への輿入れを拒否するために、手柄が必要なんだ。


「まずは、お前の名をあげろ。レオンハルトの隣に並び立っても、遜色ない程度に磨かれてこい」


 国一番の剣の使い手で。優秀な指揮官で。その上、周辺諸国に名を轟かせる勇将の、隣に並び立って遜色ないって、どんなレベル?

 無理だ。無茶苦茶だ。人生をもう十回くらいリロードしたとしても、不可能に近い。

 十代前半の小娘に、なんて無茶を言うんだろう。


 そう思うのに。私の表情筋は、心の声を無視して口角を吊り上げる。


 たとえどんな険しい道であっても、それが彼の、レオンハルト様の隣へと続くのならば進んでみたい。


 乗せられている自覚はあるが、引き返す選択肢はなかった。


「精進、致しますわ」


 笑顔を浮かべて告げた私に、父様は無言で頷いてみせた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 父様はちゃんとマリーちゃんの普段の行動の情報を得ていて、レオン様のことが好きだととっくに知っていたんだなあと…しみじみ思いました。 レオン様と結婚という夢を叶えることについて、否定せず「隣…
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