表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/377

転生王女の懇願。(2)

 

 レオンハルト様の目を見つめ、私は想いを吐き出した。


 真っ直ぐに見つめる先、レオンハルト様の鋭い目が、大きく見開かれる。

 純粋な驚愕のみを浮かべる黒曜石の瞳に、私の姿が映り込んだ。肩で息をする私は、まるで熱に浮かされたような顔をしている。


「……!」


 冷や水を浴びせられたように、急速に頭が冷えた。

 一拍遅れで、達成感と同時に大きな後悔がやってくる。


 こんな顔で私は、レオンハルト様に向けて今の言葉を言ったのか。


 そんなの……好きだと叫んだも同然じゃないか!


「……ぅ、あ」


 呻きのような声が洩れた。


 零れ落ちた言葉は、もう取り返せない。いっそ気付かないでくれたらと悪足掻きのように願うが、愕然としたレオンハルト様の表情を見れば、その可能性も(つい)える。


 真っ直ぐに見つめてくる瞳から、視線を逸らせない。


 無意識に掌を押し当てた胸から、壊れそうに早鐘を打つ鼓動が伝わる。緊張に口の中がカラカラに乾く。喉を湿らせるために嚥下した音が、やけに大きく響いた気がした。


 レオンハルト様の瞳が、ゆっくりと眇められる(さま)を、絶望を抱きながら見守る。

 全身の血が引くような恐怖が、じわりじわりと迫って来る。怖い、逃げ出したいと、心から思った。


 昔から私は、彼に向ける好意を隠した事はなかった。

 おそらくバレバレだった思う。でもそれは、憧れだと判断されていた。幼い少女が大人の男性に向ける憧憬。時期が来れば思い出に変わる、恋とも呼べぬような淡い感情だと。


 だからこそレオンハルト様は、私の好意を今まで跳ね除けなかった。

 拒絶するまでもなく、いつか消えるものだと思っていたから。


 でも私は今、示してしまった。

 これは一時だけの熱病ではないと。自分の未来を賭けてもいいと、決断してしまえる位に、重くて厄介な感情だと、自ら暴露してしまった。


 結果、レオンハルト様がどういう行動に出るかなんて、火を見るより明らかだ。


 望みの薄い初恋のために、幼い王女が自分の未来を無謀な賭けに投じようとしていると、彼が知ったら。

 そしてその相手が自分自身なのだと、知ってしまったら。


 彼はきっと、私の恋を終わりにしてしまう。

 残酷なまでの優しさで、切り捨ててしまう。


 私には不要なものだと、勝手に判断して。


「……ローゼマリー様」


「っ……!」


 静かな声が、私を呼ぶ。

 初めて彼が私の名を呼んでくれた。でも、それを単純に喜べるほど、私はお気楽じゃないし察しも悪くない。


 いやだ。

 いやだ、止めて。お願い。


 駄々をこねる子供みたいに、いやいやと、何度も頭を振る。

 困ったように眉を下げるレオンハルト様に、申し訳ない気持ちが込み上げるが、引き下がる訳にはいかなかった。


 往生際が悪いと言われても、譲れないものがある。


「オレは、」


 形の良い唇が、ゆっくりと言葉を紡ぎ、私へ引導を渡そうとする。

 ひたひたと迫り来る絶望の足音を聞きながら、私は大きな声で叫んだ。


「だめっ!!」


 座席から転がり落ちるように立って、レオンハルト様にしがみ付く。咄嗟に支えようと屈んでくれた彼の唇を、両手で押さえた。

 私を抱き留めたレオンハルト様は、物理的に口を塞がれて、唖然としている。


 掌に感じる唇の感触に、照れる余裕さえない。

 ぐいぐいと指を押し付ける私を見て、彼はどうしたものかと途方に暮れていた。


 無理矢理引き剥がす事も出来ず、されるがままのレオンハルト様を見上げ、私はもう一度、声を絞り出す。


「言っては、だめ。いやです……っ!!」


 涙声で縋るなんて、我ながらなんて狡い。幼い少女である自分を、最大限生かした汚い手だ。

 優しいレオンハルト様が、泣き出しそうな子供の手を振り払えるはずもないのに。


 分かっていても、引き下がれない。


「まだ、振らないで」


 震える声で、呟く。

 物言いたげな漆黒の瞳を見つめて、懇願する。


「今の私に、答えを出してしまわないで下さい」


「…………」


 レオンハルト様は、無言で私をじっと見下ろしていた。

 彼の大きな手が、私の両手に触れる。緊張と恐怖に固まっていた指の強張りを解くように、ゆっくりと外される。


 唇から私の手が外されても、彼は何も言わない。

 無言で私の体を抱え上げ、そっと座席に下ろされた。

 馬車の床に躊躇いなく(ひざまず)いたレオンハルト様の手が、俯く私の頬に伸ばされた。

 目の下を撫でる指が、雫を掬い上げる。表面張力で辛うじて止まっていた涙は、いつの間にか零れ落ちていたらしい。


「泣かないで下さい」


 弱り切った声に、少しだけ顔を上げる。

 レオンハルト様の雄々しい美貌は、声と同じく困ったように顰められていた。


「貴方に泣かれると、どうしたら良いか分からなくなる」


 優しい仕草に、余計に涙が出た。

 涙腺は決壊し、ボロボロと大きな雫が頬を滑る。


「もう少し、待って……」


 肩を震わせ、しゃくり上げながら言葉を続ける。


「振るなら、成人してからにして下さい。年齢なんて、努力ではどうにもならない事を理由に振られたくないです」


 子供だからなんて理由で拒絶されても、私はたぶん、レオンハルト様を諦められない。


「もしくは、貴方に……」


「……姫君?」


 不自然に言葉を途切れさせた私を、レオンハルト様は気遣う表情で覗き込む。

 これから先を言う事には、勇気が必要だった。可能性に目を瞑り、我儘で一方的な約束に縛り付けてしまいたいと思った。


 でも、出来ない。


 逃げ道一つ残さずに、好きな人を縛り付けるなんて、出来っこない。

 正義とか倫理とか、そんなんじゃなくて。


 レオンハルト様に、軽蔑だけはされたくなかった。


「貴方に、…………好きな人が、出来るまで」


 言った瞬間、新たな涙が溢れ出した。

 想像しただけで、心臓を握り潰されたような痛みが襲う。洩れそうになる嗚咽を、唇を噛み締めて耐えた。


「……姫君」


 そっと目尻を撫でる指の感触。

 鋭い目が宿す、意外なほどに優しい光。

 顰められた眉の間、くっきりと刻まれたシワ。


 全部、好き。

 全部、誰にもあげたくない。

 私に向けてくれる表情も言葉も、全部私だけの宝物にしておきたい。


 でも、駄目なんだ。それじゃあ、駄目なんだよ、私。


 憐れみで傍に居て貰って、何になる。

 同情で縛り付けても、互いに苦しいだけ。


 同じ想いを返してもらえないなら、離してあげなきゃ。

 先延ばしにして貰った期間、足掻いて、足掻きまくって。それでも駄目なら、後は幸せを祈る位しか、出来ないでしょう?


「……その時は、ちゃんと、振られてあげますから」


 傲慢な口ぶりで言って、へにゃり、と顔を歪める。

 ちゃんと笑えていますように、と願いながら。


 .

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] この回のお話は何回読んでも胸が苦しくなるくらいキュンとして好きです。出来ればこの時のレオン様サイドの気持ちもがっつり読みたかったです。
[一言] (`;ω;´)ブワッ
[良い点] マリーちゃん。頑張ったね。 告白しちゃったけれど、レオン様を縛りたくはなかったんだね。 もう、大人の女のプライドだよ。 格好良いです。マリーちゃん。 [一言] もう、キュンキュン。 もう少…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ
OSZAR »