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転生王女の兄弟。

 


「お兄様に、お願いがございます」


 私がそう切り出すと、第一王子クリストフは、アイスブルーの瞳を瞠った。

 無表情がデフォルトな兄様にしては珍しく、分かり易い驚きの表情を浮かべ、私をマジマジと見る。手元で開いていた分厚い本を閉じて本棚に戻した彼は、私に歩み寄り、2メートル程度の空間を空けて止まった。


「珍しいな。お前から私に近寄って来るのは」


 嫌味かとも取れるセリフだが、彼の表情を見れば他意は無い事は分かる。実際、私が自ら兄に近寄る事は、滅多に無い。

 でも一応弁解するならば、不可抗力というか。私自身が彼を嫌っていたから避けていた訳じゃ無い。


 この第一王子クリストフと、私と第二王子のヨハンは、半分しか血が繋がっていない。

 クリス兄様は、彼を生んですぐに亡くなった先妻の子で、私とヨハンは後妻の子だ。


 そして現在の正妃である私の母は、父を愛するが余り、先妻の忘れ形見である兄を毛嫌いしている。

 当然我が子も、絶対に兄には近寄らせないようにしていた。


 自分は勝手にすればいいと思うけれど、それを子供にまで押し付けるのは、正直どうかと思う。

 そもそも母は、私と弟にも無関心で、父しか目にいれない人なのに、そんな所にだけ口を出してくるのかと呆れたものだ。


「母様にまた、叱られるのではないか?」


「構いません」


「だが……」


「私ももう五歳。自分の行動の責任くらい、自分でとります」


「……ローゼ」


 兄は唖然としながら、私の愛称を呼んでくれた。

 本当に出来た人だと思う。自分を蔑ろにしている義母の娘だというのに、冷たくするどころか、気遣いを見せてくれるのだから。

 この人の爪の垢を煎じて、第二王子に飲ませてやりたい。


「そうか」


 沈黙し、私を見つめていた兄様は、暫しの間をあけてから、表情を緩めた。

 深くは語らなかったが、大きくなった孫を見つめる祖父のような優しい目をしている。齢8歳にして素晴らしい貫録ですね、兄様。


「それで、お願いとは何だ?」


 兄様はそれ以上詮索しようとはせず、話を本題に戻した。


「実は、ヨハンの事なのですが……」


「ヨハン?ヨハンがどうかしたか」


 どうかしたなんてモンじゃない。


「ヨハンに、厳しく聡明な教師を付けていただきたいのです」



 私の言葉に、兄は言葉を失った。


 ウラセカにおける攻略対象の一人、ヨハン・フォン・ヴェルファルトは、ネーベル王国の第二王子にして、真性のシスコンである。

 愛するのは姉であるローゼマリーだけ。心から信頼するのもローゼマリーだけ。彼女が、是といえば是、否といえば否。真っ黒な烏さえも彼女が白だと言うならば白だと、迷いなく断言する、かなりイッちゃっている御方だ。


 それは偏に、彼の家庭環境に起因している。

 父である国王は、国政にかかりきりで家族は顧みず、母は父の愛を得る事にしか興味のない人だった。

 そのくせ、先妻の忘れ形見である第一王子には近寄らせないようにする為、ヨハンは囲われた狭い世界の中だけで生きてきた。


 侍女らは腫物に触るような態度で、遠巻きに眺め、宛がわれた教師は皆、彼等の機嫌を損ねぬよう、甘やかすだけ。

 そんな中、彼に正面から向き合ってくれたのは、姉であるローゼマリーだけだった。


 そりゃあ、姉に依存するのも仕方ないよね。

 そう思えたのはあくまで、他人事だったからだ。己が身に降りかかって初めて、痛感した。何事にも限度ってものがある、と。


 今現在、弟は4歳と可愛い盛り。

 何処へ行くにも私の後を引っ付いてくる。ちょこちょことヒヨコの如く追いかけてくる弟が、可愛くない訳がない。


 が、最近少し様子が変だ。


 私が離れると泣き喚くのは、いつもの事だとして。私に近寄ってくる人間全てを嫌うのもまぁ、嫉妬だと思えば可愛いものだ。

 でも流石に、転びそうになった私を抱き留めた侍女に襲いかかるのは、行き過ぎだと思う。

 だって侍女だよ。女の人だよ。しかも助けてくれただけだって言うのに、襲いかかるとか怖すぎる。机の上にあったペーパーナイフを引っ掴んだ弟を見て、泣き叫びそうになった。

 勿論、侍女の前に両手を広げて立ちはだかり、事なきを得ましたけどね。

 ノー暴力。ノーモアヤンデレ。


 早々に異常を来たし始めた弟に、私は思った。コイツ早く何とかしないと、と。


「本来ならば、お兄様にお願いする事ではありません。ですが私が変えて欲しいと願っても、お父様は聞き入れて下さらないと思うのです」


「…………」


 国王は第二王子に期待していない。

 既に優秀過ぎる後継者がいる訳だから、第二王子に構っていられないと言うのも、分からなくもないが……もう少し、気に留めていて欲しかった。

 甘やかし放題で、ロクに授業もしない教師なんて職務怠慢もいいとこ。お母様ももう少し、マシな教師を選んでくれれば良かったのに。


「あの子に必要なのは、尊敬出来る身近な人。叱る人間も私だけでは、あの子の世界はどんどん狭くなるばかりです」


 正直、これ以上シスコンが加速されても困る。

 シスコンの上にヤンデレ拗らせ始めた弟とか重過ぎる。私の精神衛生上、宜しくない。


「もしお許し下さるのでしたら、将来、お兄様を支える一人として、弟を……ヨハンを厳しく育ててはいただけませんか」


 兄様が、後継者として父様に進言してくれるなら、もしかしたら教師の入れ替えも可能かもしれないと思い立っての事だった。

 それに、聡明で己に厳しい兄様の認めた教師ならば、さぞ素晴らしい人だろうし、一石二鳥。そしてあわよくば、兄様と弟の交流が深まり、兄様のような真人間にヨハンがなってくれれば一石三鳥にもなろうと言うもの。


「……お前は、それで良いのか」


「勿論です」


 兄様の言葉に、私は即答した。

 兄の目から見れば私と弟は、互いに依存し合っているように見えるのだろう。隔絶された世界から弟を旅立たせ、残された姉が一人で生きていけるのかと、彼は案じている。


 でも正直それは、無用な心配だ。

 兄が弟を独り立ちさせてくれれば、私も自分の目的の為に自由に動けて、とっても有難い。


「離れ離れになっても、私があの子の姉である事に、変わりはありません」


 弟よ。姉は草葉の陰……ではなく適当な場所で見守っているから。どうか真っ当に育てよ。


「そうか」


 ぽつりと呟くと、お兄様は珍しくも柔らかな微笑を浮かべた。

 初めて目にする兄様の、輝かんばかりの麗しい微笑に、私は咄嗟に目を瞑る。潰れる。清らかな笑顔に、私の淀んだ目が潰される。



 その後兄様が父様に進言して下さったのか、職務怠慢の教師たちは解雇され、代わりに優秀で厳しい教師が弟につけられた。

 兄様自身も弟の教育に関わり、厳しく……そりゃもう厳しく弟を育てている。




 弟よ……。頼むからグレずに真っ当に育ってくれよ。


 .



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