続11話 ご招待です。<亀様紹介>
捕まえた子供たちをざっくり並ばせる。
「10才以上は腕立てしながら九九! 9才までは腹筋しながら九九! 始めっ!」
にいちがにー!ににんがしー!
と声が出たのを確認して侯爵家の元へ戻ると、「今日くらい猫被っときゃあいいのに」とニックさんが苦笑してた。
「今、皆が叫んでるのは何?」
多少私に免疫のあるアンディが聞いてきた。かけ算表を覚えてるんだよ。これを使えないと買い出し班に入れないからねー。買い物の計算は早く正確にしなきゃね。
「そんなことよりその板は何だ!?どういう造りだ!?」
侯爵はよく叫ぶな~。元気な人だ。うんうん。
説明してもいいけど分かるかな。とりあえず、基本材料が板、血、魔力です! 模様は細工師ですよー。
「・・・黒魔法!?」
あ、ご存知で。風魔法も使うと馬力がより出ます。板だけど。
「皆さんが使えるのですか?」
侍従の一人が質問してきた。はい、皆練習します。と言って、浮いた板に片足を乗せ、反対側で地面を蹴って進み、蛇行しながらスルッと戻る。魔法だから蛇行しなくても進むのだけど、体重移動が出来ると咄嗟の時に反応しやすい。
「うちは馬が二頭しかいなかったので、領地内を早く移動するためと、緊急の時の避難具として考えました」
後付け理由と言うことを知っている大人は横を向く。ただ私が乗りたかっただけって、バラさないでよ!
乗ってみますか?と聞くと、質問してきた従者が降りてきた。私では介助が出来ないのでニックさんと交代。横向きに進むというのは初体験の様で、ニックさんを掴んだまま、ふよふよと進むのにもビクビクしている。
「見た目より遥かに安定感がありますね。慣れるまでかかりそうですけど、魔法を使えない私が乗りこなせれば色々と楽ですね」
多少の怪我なら治せますから練習しますか?と聞くと考えさせて下さいと言われた。早馬より速くできますか?という質問には、できますし、緊急ということであれば高さも調整しますよと答えた。
あ、社交辞令じゃなくて本気で悩んでる。「浮く」というのが慣れるまで怖そうだよね~。「転ぶ」ってのも大人になると躊躇しちゃうよね~。
「僕は乗りたい」
おお、意外とアクティブだなお兄ちゃん!いいね~!
今日は領地案内を予定してたけど、アンディだけ特訓する?と聞いてみたら、ものすごく悩んで結局見学することになった。
お嬢の領地を知りたいから。だって。
・・・ふふ、ありがと。
畑を通る時に道の綺麗さに驚かれた。いつか発展した時の為に主要道路は道幅を広く取ってある。魔法を駆使して表面は滑らか仕上げ!雨が降っても滑らない、水捌けバッチリ仕様! そして貴族の大きな馬車が余裕ですれ違える!
問題は、こんな田舎にそんなデカイ馬車を持っている貴族をどうやって呼び込むかってこと。どんな企画が当たるか分からないから、侯爵が来た今回はいい機会だ。
長閑な道を延々と進み、墓地へ着いた。
侯爵夫妻の目的の一つ、お祖父様のお墓参りをする。
「ジャン。お前のおかげでクラウスは今も生きている・・・感謝する」
お祖父様、クラウス、侯爵夫妻の間にどんなことがあったのだろう。夫人は、一粒だけ涙をこぼした。
しんみりとした雰囲気で荷車に乗り込み、墓地を回り込んで、亀様の正面へ。
「以前、魔法は独学と言いましたが、こちらが私の魔法の教師です。亀様です!」
《お初にお目にかかる》
あまりの巨体に認識出来ず反応が遅れたようだったけど、皆さん、腰が抜けたそうです。
やっぱり?
「どういった紹介なら、普通に受けてもらえるかな~?」
「無理じゃあああああ!!」
流石、侯爵。声が通る。
***
亀様を紹介するのは、昨夜の会議まで迷っていた。
後任がいけ好かない人物だろうと亀様が屈する事は無いが、領民を盾にされてしまえば、優しい亀様のことだ、言いなりになってしまうだろう。まあ、そんなことも飛び越えて解決しそうな気もするけれど。
だけど、悪どい人間なんてそこらにいるし、そういう奴らは慎重に近づいてくる。危険が無いことは無い。
そんな事になるくらいなら内緒のままがいい。何だったら地中に戻ってもらったら、という案も出た。そうしたら亀様は眠りについてしまうので、私らが生きてるうちにはもう会えない。
それも寂しい。
騎馬の民から、亀様ごと騎馬の国に移住すれば良いという案も出た。・・・ありがたいな~。草原での生活も悪くないよね~。
皆でウンウン唸っていると、
「お嬢が残れれば何の問題も無いのに・・・」
マークが呟いた。
「俺、お嬢が従者として屋敷から連れ出してくれたから、騎士を目指せたんだ」
最初はスラムの仲間を手っ取り早く食わしていくのに丁度良かっただけだった。全員には足りないけど、いつまでも盗んでばかりじゃ駄目だとは思っていた。頭は悪いし、自信があるのは腕っぷしだけだ。でもどうやって騎士になれる?
そうしてると、丁稚を募集してる貴族がいて、働きが良ければ騎士団に入団するための試験を受ける推薦が貰えると聞きつけた。なけなしの持ち金で一番安い物が更に値引きされた剣を更に値引き交渉して買って、その足でドロードラング家に向かった。
結果は奴隷集めをしているだけだったが、丁度お嬢の領地行きが決まり、一番痩せぎすだった俺と別件で買われてきたルルーがお付きに選ばれた。
騎士には成れず、スラムからも離れる事になり、どこで逃げ出すかと考えていた。
ついでにルルーも連れて行こう。あのクソ貴族の所にいるより、俺と一緒に野垂れ死ぬことになっても構わないって言ったし。
騎士になりたいの? じゃあ私が推薦状を書くわ。でも確か一年は奉公しなきゃならないから、その間は自分なりに鍛えなさいね!
・・・あれ? 俺ら奴隷になるはずなんじゃ? ルルーと顔を見合わせた。
騎士になりたいんでしょ? やってみなよ!
ニカッと笑う5才児に、二人で呆気にとられた。
「領地に着いてみりゃあ、騎士どころじゃなかったけどさ。バタバタしてる内に飯が食えるようになって、ニックさんに稽古はつけてもらえるし、その内、いつかお嬢の助けになるためにって、騎士を目指すようにもなったんだ。今じゃ仲間も保護できたし。・・・特訓は無駄じゃあないけど、年上なのに何の助けにもなれないままになりそうで、正直やりきれない・・・」
おぉ、そんな風に思ってたんだ。何だかんだと「私」はマークとルルーとが一番付き合いが長いんだな~。
二人がそばにいてくれたから気持ちはだいぶ楽だった。基本、二人とも無礼だからね。従者ってよりも友だちに近い。
前世の兄と姉の様にも近い。・・・何だ、そっか~、そりゃ楽だわ~。
「ありがとう。あの時にマークとルルーが上手に買い出ししてくれたから今があるの。何の助けにもなってないなんて、ぶっ飛ばすわよ」
「感謝の仕方がおかしいよ!?」
「ヘタレた事言うからよ! いい?私がいようと誰が当主になろうと、あんたたち皆がいなきゃあドロードラング領は立ち行かないのよ。まあ、騎馬の民はいつか国に帰るけど、現在うちの産業の戦力に変わり無い。私の無茶に付き合ってもくれるし、当主としてこんな誇らしい事はないわ!」
「あ、無茶の自覚はあったんだ」
誰だ今言ったのは!
「お嬢はこっちに着いた途端に無茶したな~。まだちっこいのに鳥を狩ってくるわ、羽は毟るわ、豚を仕留めるわ、料理はそこそこ上手いわ、とにかくよく喋るわ、・・・ああ、今でもか」
ちょっとハンクさん、何の話が始まるの?
「無茶と言えば、やっぱり亀様に突っ込んだ時ほど、ああ終わったと思った事は無かったわ~」
ニックさんも乗っかった。
「え?亀様に突っ込んだって何だ?」
バジアルさんが不思議そうに聞き返す。
「あそっか、騎馬の民は誰も知らねぇか。亀様が地中から出てきた時に、モンスターと思ったお嬢が一撃かましたんだよ。いやあ、生きた心地がしないってああいうことだな」
そうそうと広間にいるほぼ半分が頷く。残りの半分は口が開いている。
「亀様を殴った!?」「世界が終わったと思った・・・」「国が沈むって」「大蜘蛛を飼うとかさ信じられない」「トレントの狩り方見たことあるか?」「じぇっとこーすたーは頭おかしい!」「芸を磨く当主ってどうよ?」「水路と道路の整備はすげえよ」「風呂は最高!」「とらんぽりんも恐いし」「服の造りが可愛い!」「食い意地が果てしない」「何か企んだ時は悪い顔で笑う」
「まあ、何だかんだ言うけど、一つだけ言えることは、」
「「「「「 絶対嫁の貰い手がない! 」」」」」
「落ち着くトコはソコかーーっ!?」
広間爆笑。
締めの一言、割と攻撃力高いんですけど!?