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ローデリヒ視点 貴族院のとある一日

本編305話と306話の間くらいの時間軸のお話です。

ローゼマインがうきうき図書館通いを始めてからちょっと日数が経っています。

「では、皆様。いってらっしゃいませ」


 いつもローゼマイン様は講義へ向かう者達に声をかけて見送っている。私とフィリーネが玄関から出て行く上級生に交じっているのを発見すると、親しそうな微笑みを浮かべた。


「フィリーネとローデリヒは地理の日ですね。せっかくですから、先生方のお話を良く聞いてきてください」


 私とフィリーネは地理と歴史に辛うじて合格できたものの、先生方に合格にしてほしいと泣きついた結果だ。そのため、一年生の中で二人だけ地理と歴史の座学を受けに行っている。今日は地理だ。




 座学の講義は最初に試験を受けた時に比べると、人数が半分ほどになっている。他領の領主候補生や上級貴族が次々と合格していなくなるからだ。下級貴族と中級貴族が半分くらいになっていて、講堂は何となく疎らな印象になっている。


「……あれ?」


 講堂に入って私は目を瞬いた。今日は何だか前の方に学生が集められているせいか、たくさんの者がいるように思えた。


 ……もしかしたら科目を間違っただろうか?


 一瞬不安になった私の隣で、フィリーネも不安そうに「何があったのでしょう?」と周囲を見回す。フィリーネの呟きが聞こえたのか、隣を歩いていた水色のマントの女子生徒が足を止めて振り返った。


「領主候補生や上級貴族の多くが合格していなくなったので、席の整理が行われたのでしょう。わたくしはお姉様から近々このような変化があると聞いています」

「教えてくださってありがとう存じます。少し戸惑ってしまいましたから……」


 お礼を言うと、私とフィリーネは自分の席を探し始めた。椅子に領地の番号があるので、探すことは難しくない。けれど、今までは領地ごとに列が変わっていたのに空白がないように詰められている。


「十三番はここだな」


 一列の中に十二と十四の番号に挟まれて、十三の番号が付いた席が二つ準備されていた。今まではエーレンフェスト八人分の席に二人でポツンと座っていたが、これからは隣に他領の者が座るようだ。


「うぅ、隣に他領の方がいらっしゃるのは緊張しますね」


 フィリーネは自分の荷物を胸の前で抱きしめるようにして不安そうに小声でそう言った。私は十二番側の席に荷物を置いて首を竦める。


「同じ領地の上級生と並ぶほどではないよ」


 私は二年前の狩猟大会で父上に指示された通りにヴィルフリート様と遊んでいた結果、ヴィルフリート様を罪に誘導することになった。あれ以来、私や一緒に遊んでいた者は「旧ヴェローニカ派が次期アウブとして戴いていたヴィルフリート様を陥れた」と領主一族の周囲だけではなく、自派閥内でも疎外されて冷たい目で見られている。


 座学一発合格というローゼマイン様の厳しい課題には恐怖に震えたが、共に戦った一年生とは連帯感が生まれ、私を疎外することなく接してくれる。それに、他領の学生は私が領地でどのように扱われているのか知らない。だから、講義中は寮にいるよりずっと気が楽なのだ。


「……あの、ローデリヒ様はまるでローゼマイン様と行動を共にする側近のように図書館へ日参していますよね?……その、もしかしたら、のお話なのですけれど、去年の子供部屋のように寮の居心地が良くないのでしょうか? わたくし、ローゼマイン様にそれとなく相談いたしましょうか?」


 十四番側の席に着きながらフィリーネが小声でこっそりと尋ねてくる。肯定すれば旧ヴェローニカ派にどんな情報が流れるかわからないし、否定すれば今の状況は変わらない。どちらとも答えられるわけがない。私は少し考えて「いや、必要ない」と首を横に振った。


「私はなるべくローゼマイン様から離れた位置にあるキャレルを使うので、図書館へ向かうことを止めないでくれれば、それだけで良い。私は今ローゼマイン様のためにお話を書いているから……」


 それだけでフィリーネは状況を察したらしい。「きっとローゼマイン様は喜んでくださると思います」と呟いた。俯きがちの横顔が後ろめたそうに見えるのは、きっと子供部屋で同じようにお話を集めたり書いたりしていたのにフィリーネだけが側近に選ばれたからだろう。


「……一つ質問があるのですけれど、ローゼマイン様が奉納式で帰還された後、ローデリヒ様はどうされるのでしょう?」


 心臓を鷲掴みにされたような恐怖が背筋を伝う。ローゼマイン様と同じように図書館へ行けば何者にも脅かされずに安心していられた。だから、考えていなかった。奉納式でローゼマイン様が帰還された時のことを。


「さぁ? どうしようかな?」

「実は、わたくしも今探しています。ローゼマイン様のお側にいる限りは安全ですけれど、妬みや僻みを最も受ける立場ですから」


 その言葉にギクリとした。私も「下級貴族のくせに」と思ったことがある。口には出さなくても、フィリーネはそれを感じ取っているのだろう。人の悪意は腹立たしくなるほどによく届くものだ。それでもローゼマイン様の側近になったフィリーネへの妬みは消えない。


「心配しなくても私と違ってフィリーネのことはハルトムート様やブリュンヒルデ様が守ってくれるさ」


 言葉に不要な棘が籠ったことに自分で気付いて、私は唇を引き結ぶ。その時、フィリーネの隣の席に手が伸びてきた。濃い紫のマントが揺れている。


「失礼します。ベルシュマンのアンゼルムです。よろしくお願いします。」

「エーレンフェストのフィリーネです。こちらこそよろしくお願いいたします」


 挨拶をしてフィリーネの隣の席に座ったのは、十四位のベルシュマンの男子学生だ。私が実技の講義でも見たことがある顔なので中級貴族だろう。下級貴族のフィリーネが無理を言われないように、私も声をかける。


「エーレンフェストのローデリヒです。よろしくお願いします」


 アンゼルムの隣、そのまた隣の学生もこちらが気になるのか、ちらちらと視線を向けてくる。アンゼルムが軽く突かれているのを見れば、何か質問があるのか、情報を得てこいと言われているのかどちらかだろう。

 順位が上の領地に対しては決して失礼のないように、と上級生から口を酸っぱくして言われるのだ。慣れている上級生ならばともかく、社交も始まっていない一年生にとっては緊張する場面だ。私もこういう場面では失敗しても切り捨てやすいという意味で前に押し出される立場なので、何となくアンゼルムに同情して話ができるように切り出してやる。


「アンゼルム様とは実技でご一緒しているので、あまり初対面という気がしませんね」


 促されたアンゼルムと、どう対応すれば良いのか狼狽えていたフィリーネが揃ってホッとしたように表情を緩めた。


「そうですね。その、少し質問があるのですが、構いませんか? 皆が最初の試験で座学を終えたエーレンフェストの一年生は、普段の講義の時間には何をしているのですか?」

「何を……?」


 質問の意図がわからなくてフィリーネと顔を見合わせると、アンゼルムが急いで付け加える。


「他領はまだ講義を終えていないので、交流を持つことは難しいでしょう? それに、一年生なので調合や訓練などもできません。全員が合格したけれど、エーレンフェストの学生が自由時間をどのように時間を過ごしているのか予想できなくて気になっているのです。自由時間が増えると楽しいですか?」


 そう言われると、確かに寮内でできることは少ないように思える。だが、ここで何と答えればいいのだろうか。成績向上委員会の詳しい活動については他領へ出さないように言われている。


「……寮で行うのは、勉強、でしょうか。わたくし達は講義がなくてもローゼマイン様が出される課題をこなしています。社交をしようにも他領は講義中なので、よほどの理由がない限りは寮で待機と言われていますから」


 フィリーネが私の様子を見ながらそう答えた。それで間違いないだろう。私も頷く。


「エーレンフェストには一年生の領主候補生が二人もいるのに、上級生の側近はまだ講義を終えていません。そのため、私達は領主候補生のお伴以外で講義の時間帯に寮から出ないように、と言われています」


 今はローゼマイン様が図書館へ日参されていて、私も図書館へ行っているけれど、ヴィルフリート様の側近はまだ講義を終えていなくて自由に寮から出られないので嘘ではない。来年に向けて普段は寮の多目的ホールで二年生の参考書を読み込み、新しい参考書作りをしていたけれど、それは黙秘するように言われている。


「あぁ、それは……何というか、初日に合格してもあまり楽しくはなさそうですね」

「実は、ベルシュマンではエーレンフェストに負けぬように全員が成績を上げろと言われるようになったのです。エーレンフェストの一年生がどのように過ごしているのか知れば、少しはやる気になれるかと思ったのですが、我々にはあまり利がないように思えます」

「領主候補生の命令は皆を巻き込むので、下に付く者は大変ですね」


 一年生全員の一発合格を命じられた時は心臓が縮み上がったが、ローゼマイン様はそれだけの資料や勉強方法を準備してくれている。領主一族の専属楽師からフェシュピールの練習を見てもらえることがどれだけ自分の糧になっているか考えれば、とても同意はできない。


「ローゼマイン様は……」


 ベルシュマンの一年生が口々に言い合っているのを見て、フィリーネが少しだけムッとしたような顔になった。主を悪く言われることが許せないのはわかるけれど、相手は中級貴族だ。下級貴族のフィリーネは余計なことを言わない方が良い。私はフィリーネの腕を軽く叩いて止めさせる。


「下に付く者はもちろん大変ですが、勉強とはいっても紋章付きの課題なので全く利がないわけではありません。なぁ、フィリーネ?」

「え? えぇ。そうです。城の図書室にない本を写本すればローゼマイン様が買い取ってくださいます。他領の方でもエーレンフェストの紋章付きの課題に興味のある方は声をかけてくださいませ」


 紋章付きの課題とはお金が得られる仕事のことだ。今、講堂に残っている学生は領主候補生や上級貴族と違って勉強のためにお金をあまり使えない貴族が多い。紋章付きの課題には敏感な者達だ。特に一年生は調合もできないので回復薬を作って騎士見習い達に売ることもできないし、危険なので採集に行って文官見習い達に売ることもできない。書くだけでお金を稼げる仕事はとてもありがたいのだ。


「……いくつか講義を終えて自由時間を得たらお話を聞かせてください」


 ベルシュマンの学生達が紋章付きの課題に興味を持ったところで地理の講義が始まった。


 地理と歴史の講義はローゼマイン様が準備してくださった試験用の問題集や参考書と合わせながら先生の話を聞くと、とてもわかりやすい。自分で講義内容をまとめるより綺麗にまとまっていて重要な箇所が一目でわかるようになっている。


 ……ローゼマイン様の作った物が一番高価に売れる参考書だと思うな。


 ローゼマイン様の文章は私のお手本だ。一年目の子供部屋では必死にお話をしてトランプを借りた。二年目の子供部屋では自分の話した物語が載せられた本を借りて、全て木札に写した。とても買ってもらえるような本ではないから必死に写して、全て暗記したのである。


 それでも、話し言葉と書き言葉が違うことを私が理解したのは最近のことだ。自分でお話を書こうとして、ローゼマイン様の文章のような読みやすさがないことに気付いた。直していこうと思うけれど、自分ではどこがどう違うのか、どう直せばいいのか、よくわからない。


 ……こういう時にローゼマイン様と同派閥であれば、質問に行けるのだが。


 質問すればローゼマイン様は快く答えてくれるだろうと予想できるけれど、周囲の側近達やヴィルフリート様は私が近付くととても厳しい目になる。とても近付けない。




 四の鐘で座学は終わり、昼食のために寮へ戻る。午後からは実技だ。中級貴族は六位までと七位以下の領地で二つの教室に分かれている。大領地は人数が多いため、このような分かれ方になるのだが、そのせいで上位領地の中級貴族と講義で繋がりを持つことは難しい。


「今日は魔石に魔力を込める練習ですね。今日こそは上手く魔力を抜けるようになりたいものです」

「まだ魔力を放出する方は何とかなるが、一度出した魔力をもう一度抜くのが難しいな」


 カティンカ様がそう言えば、エリーアス様が同意して頷いた。二人はエーレンフェストの中立の立場を取っている派閥の中級貴族だ。ヴェローニカ様に忠実に従っているように見えたけれど、ローゼマイン様の洗礼式の後はライゼガング系の貴族と仲良くし、ローゼマイン様が長い眠りにつくと少しライゼガングから距離を置いていた貴族だ。父親が派閥の上層部の機嫌を取るために危険な橋を渡るような真似をして巻き込まれる私から見れば、中立の中級貴族としては完璧な振る舞いができていると言える。


 二人が本日の目標を話し合いながら歩いている二歩くらい後ろを私は歩き、「今日こそは込められるようになりたい」と自分の目標を定めた。私はどちらかというと下級貴族に近い中級貴族だ。二人に比べると、魔力量が少ないので魔石に魔力を込めることに苦労している。


 先生が持ってくる魔石は屑魔石だが、領主候補生や上級貴族も使っている教材を再利用する物だ。魔力を抜いたとはいっても微かに残滓は残っている。その微量は魔力を完全に自分の魔力で埋め尽くさなければならないのだが、相手は領主候補生や上級貴族の魔力だ。私の魔力でねじ伏せるのは非常に難しい。


 ……自分の意思で魔力を動かすことにも苦労するくらいだからな。


 生まれてすぐの頃から使っている魔術具は、勝手に余分な魔力を吸い取ってくれる物だ。自分で動かす必要がない。魔力が動く感覚や魔術具に向かって流れていく感覚はわかるので、同じように自分で魔力を動かさなければならないことはわかる。けれど、できるかどうかは別問題だ。領主候補生や上級貴族の教室では皆が一度でできるようなことだと聞いたけれど、とてもそんな簡単なことだとは思えない。


「うぐぐぐぐぐぐ……」


 今日も私は小さな魔石を握って魔力を込めていく。これでもシュタープを得てから少しは魔力を流しやすくなったのだけれど、上手く魔石に入っていかない。


「わっ!?」


 パン! と弾かれたような感覚がして、握り拳の中で自分の魔力が散った。失敗したせいで、どっと疲労感が押し寄せてくる。


「……また失敗か」

「もしかしたらその魔石は以前にとても魔力の強い学生が使っていたのかもしれません。ヒルシュール先生に頼んで魔石を交換してみたらどうです?」

「……交換?」


 エリーアス様の声を聞いて私は透明の魔石に視線を落とした。


「私の体感ですが、石によって魔力の入れやすさが違いますから」


 今まで同じ実技を三回しているけれど、私は一度も成功したことがないので魔力の入れやすさがわからない。魔石の問題ではなく、自分の技術の問題のような気がする。それでも、せっかくの助言だ。無用にはねのけるようなことはせず、私はヒルシュール先生のところへ向かった。


「ヒルシュール先生、魔石を交換しても良いですか?」

「……本当はこのくらいの大きさの魔石ならば、どれでも魔力を込められなければならないのですけれど、今は試験ではなく練習ですから構いませんよ。ようやく魔力の込めやすさに違いがあることを実感したのでしょう?」


 ヒルシュール先生はそう言って魔石が入った箱を私の前に押し出した。私は助言を受けただけで、実感したわけではない。少し後ろめたい気持ちになったけれど、魔石に差があることは間違いないとわかった。


 ……でも、どの魔石が込めやすいかなんて見てもわからないな。


 どれこれも同じ透明の魔石だ。ヒルシュール先生にお礼を言って適当に魔石を交換すると、私は自席に戻った。


「うぐぐぐぐぐぐ……ん?」


 さっきの魔石よりよほど入れやすい。じわじわだけれど、確実に魔石に入っていくのがわかる。この魔石にも抵抗を感じるが、さっきのように弾かれそうな強さではない。きつく握りしめて、更に魔力を送り込む。必死に魔力を注いでいると、拳の隙間から小さな光が漏れた。


「あら、ローデリヒ様。成功したのではありませんか?」


 カティンカ様の声を耳にして、私は信じられない思いで恐る恐る指を開いていく。透明だった魔石が、自分の魔力である黄色に近いオレンジ色になっていた。


「できた……。あ、いや、その、カティンカ様やエリーアス様と違って、中に細かいゴミのような他人の魔力の残滓が浮いているから完全に成功とも言えないのですが……」

「確かにもっと練習は必要でしょうが、成功は成功です」

「えぇ。次は魔力を抜く練習ですよ、ローデリヒ様」


 エリーアス様が労ってくれ、カティンカ様が次の課題を口にする。講義の時だけだが、こうして普通に会話できる時間があることを私はとても嬉しく思っている。派閥が違えば、本来はこんなふうに話などできないのだ。


 ……成績向上委員会を作ってくださったローゼマイン様に感謝を。




 勝手に吸い取られるという形だけれど、魔力の放出は感覚でわかる。けれど、魔石から魔力を抜いて自分に戻すことは全く経験がない。どうすれば良いのかわからず、魔石を手のひらで転がして首を傾げている間に講義終了の鐘が鳴った。取り出せなかった魔力は、先生が取り出しておいてくれるらしい。私は魔石を箱に帰して教室を出た。


 夕食を終えると、順番にお風呂を使うことになる。同室の者の中では私が一番下なので、最後と決まっている。お風呂までの時間は持ってきた木札を読もうか、それとも、お話を書こうか。そんなことを考えながら食堂を出ると、フィリーネが呼びかけてきた。


「ローデリヒ様、わたくし、明日の歴史はお休みすることになりました。どうしても他の方々の調整ができないようなのです」


 フィリーネによると、ローゼマイン様の図書館に同行できるように側近達は講義の調整も行っているらしい。地理と歴史の座学を一緒に受けに行っているフィリーネは時々講義を休むようになっている。フィリーネは申し訳なさそうな顔をしているのに、私の目には何だかローゼマイン様に同行することを誇っているようにも見えて少し苛立ってしまう。


「まぁ、仕方がないよ。側近の仕事の方が大事だし、ひとまずフィリーネは合格しているわけだから……」


 フィリーネの様子を見守るようにハルトムート様やコルネリウス様がこちらをじっと見ている。下級貴族のくせに側近仲間から大事にされているフィリーネが本当に羨ましいし、妬ましい。自分との違いを目の当たりにする度に悔しくて堪らない気持ちになる。


 ……ローゼマイン様と自分の派閥が同じならばこんな気持ちにはならなかったのかもしれない。


 フィリーネが悪いことをしているわけでもないのに、苛立つ自分にも腹が立つ。このぐちゃぐちゃとした気持ちは膨れ上がるばかりで、全然収まる気配がない。フィリーネに嫉妬しながら、同時に、妬みと僻みで黒くなった心を少しでも変えられればいいのに、と願うのだ。自分でもわけがわからない。


 ……お風呂で汚れと一緒に流れていけば良いのに……。


 湯船に体を預ければ、温かいお湯が少しだけ暗い気分を解してくれた。そして、頭を洗ってくれる側仕えのカシミールの指の動きに苛立ちが薄れていく。


「……カシミールは派閥の違う者が信用される手段を何か知らない?」


 前に逃げ場所が欲しいならば図書館へ行くのはどうか、と提案してくれたカシミールに尋ねてみる。母方の親戚のカシミールは、父上のなさりように思うところがあるのか、私に親切だ。


 カシミールはひどく困惑したように私を見つめる。突然そんなことを質問されても困るだろう。私は急いで自分の質問を取り消した。側仕えを無駄に困らせるものではない。


「ないならば良いのだ。その、あったら誰もが使っているはずだから……な」


 そう、私がローゼマイン様に信用されるような方法などあるわけがない。自分で出した回答に打ちのめされた気分になっていると、カシミールが躊躇いがちに口を開いた。


「全くないわけでは……」

「あるのか!?」

「泡を流すので動かないでください」


 思わず飛び起きた私は、もう一度体を横たえた。カシミールがフゥと息を吐きながらお湯を流して私の髪をゆすいでいく。


「疑い深かったヴェローニカ様に信用されるために、貴族達が求められた手段があったようです。残念ながら、私も詳しくは存じませんが……」


 尋ねられても詳しくは言えないため、カシミールは答えを躊躇したらしい。


「何か方法があるということがわかっただけで、気分が軽くなった。ありがとう、カシミール」

「礼には及びません。ローデリヒ様の貴族院が少しでも恙ないものであるように……」


 何の情報が手に入ったわけでもない。けれど、私は自分の身を案じてくれているカシミールの言葉でひどく救われた気分になった。


誕生日のお祝いをたくさんいただいたので、お礼代わりのSSです。

皆様、たくさんのお祝いありがとうございました。

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