別視点30 様々な考察(ヴィンセント視点)
本編48と内容が一部重複しています。嫌な方は飛ばして下さい。
医務室に戻り、フォルと別れると器具の片付けを若手に任せて仕事部屋に入る。
そこにタイミング良くバクスが茶を淹れて差し出して来た。
礼を言って受け取り、一口飲む。
「お疲れ様です。やっぱりユーリちゃんは何処へ行ってもユーリちゃんですね。やらかしてくれたのに爽快感さえ感じるのはどうしてでしょう」
「バクス、お前はユーリの“おまじない”をどう見る?」
自身も茶を飲みつつ楽しそうな事この上ないバクスの言葉に、質問してみる。
間違いなく医療部隊一の医療魔術の使い手であるバクスに。
「魔大陸に伝わっている医療魔術には全く無い術ですよ。これでもシェリファス隊長のご協力で確認されている医療魔術の文献には全て目を通していますから、それは断言出来ます。
専門のシェリファス隊長はユーリちゃんの“おまじない”について何と?」
「シェリファスでさえ知らない、可能性でしか判断出来ていない術らしい。未知の物か、光属性か」
「未知な術ならばボクでも使える可能性がありますが、まさかの光属性ですか。それはそれで美味しいですけど、そうなると他の光属性の術の取得方法も考えてあげないと宝の持ち腐れになりますね」
特別驚く訳でも無く、ごく普通に受け入れるバクス。
…バクスも随分と良い性格に育ったものだ。
「医療部隊に居るからには相応の働きを求める。ボクも副隊長という肩書を持つ以上は全く同じ意見です。光属性ならば、治療自体を行える回復魔術が扱えるって事ですからね。あくまでも医療技術の補助である医療魔術とは一線を画します」
「まぁ、その辺りはシェリファスの確認待ちだ。我々が逸っても仕様の無い事だからな」
カップを机に置いて腰かけると、今日中に終わらせておかなければならない残務処理に取り掛かる。
同時にバクスと闘技場での事も含めた今ある仕事の状況を確認し、話すべき事をお互いに伝え、明日の進行も話もしておく。
「取り敢えず、ユーリちゃんの“おまじない”を受けた予約票の少年の診察は注目度高いですね。また明日も早出の隊員が続出しそうです」
「フォルの報告を先に聞いて、必要ならば私を待たずに対応をしてくれ。それと、半日出勤が必要なら魔鳥で知らせてくれれば出よう」
「かしこまりました。出勤が必要無くとも気になるでしょうから魔鳥で簡単に状況報告します。
今日の訓練では思ったよりも重傷者は少なかったので他に要観察の患者もいませんし、通常業務の滞りもみられませんし、特に何の問題も無いと思います。外部の薬品業者の来訪予定も今週はもうありませんし」
「今のバクスならば私が二、三日いなくとも問題あるまい」
「明日は隊長がいない以外は人数的にも万全のシフト体勢ですしね」
最終確認を終えて時計を見上げると、定時少し過ぎを指していた。
机を片付けて纏めておいた書類をバクスの手に渡すと、処理用の箱にそのまま入れる。
どうやら処理の前に一緒にユーリの様子を確認するつもりらしい。
「さて、ユーリは終わっているかな?」
呟きつつバクスと共に仕事部屋から出ると、指定しておいた医務室の隅の椅子に座り、妙に嬉しそうな表情のユーリと傍らに立つフォルの姿があった。
これにはバクスが小さく口笛を吹いた。
よく見れば、ユーリの見送りにか隊員達があちこちからそっと顔を覗かせている。
「終わったのか?」
「はい。片付け、点検共に無事完了しました」
「予定通りだな」
「ユーリちゃんは優秀ですから」
「ほう」
そこにいる以上仕事が終わっているのは分かっているが、出来を確認をするとフォルからユーリを褒める言葉が出た。
フォルに一日でそこまで言わせるとは、大したものだ。
褒め言葉を受けたユーリはというと、目を輝かせて傍らのフォルを見上げている。
「ふふっ。ユーリちゃんの目がキラキラしてるよ、フォル」
「仕事中はおっかない指導担当ですからね」
「フォルしゃん、怖くないの。ムチが上手なのよ。…褒められたのー」
バクスがユーリを見てフォルに声を掛けると、淡々と答えるフォル。
そんなフォルをユーリが否定し、それは嬉しそうにふにゃりと笑う。
格好も相俟って、実に可愛らしい。
これまでのアレコレを考えると、ここに変態がいたら鼻血は免れまい。良くて挙動不審、最悪自傷してまで悶えるアホが出そうだ。
そう思っていたら、小さく悶絶する姿がチラホラと見られた。医療部隊でも皆無では無いらしい。
バクスに至っては笑顔で心の衝動のままに手を動かしていた。
処置の為に器用に動く手が実に気持ち悪く動く。その手でユーリに何をするつもりだ。
それに冷静にツッコミを入れるフォルに、ユーリの指導担当はやはりバクスでは無くフォルで間違い無かったと思ってしまう。
恐らく、グレインはグレインで他の部隊と同じ様に可愛がってしまっただろうと思うが。
当のユーリは嬉しさにそんな外野に全く気付かずにニコニコしている。
そこへディルナンが出現すると、ユーリが一目散にディルナンに駆け寄って行った。
そんなユーリにディルナンが微笑み、その髪を撫でる。
この丁度夕飯が始まろうかという忙しい時間帯にも関わらず態々挨拶に来る辺り、この男も礼儀がしっかりしていると言うべきか、心配性と言うべきか。
「お疲れ。今日と明日はヴィンセントの家で世話になるから、ヴィンセントの言う事をきちんと聞くんだぞ」
「あい」
「良し。明後日、元気に帰って来い」
「あいっ」
それから今日のこの後の予定を言い聞かせるディルナンの姿に、バクスとフォルが目を見合わせて小さく笑う。
「ヴィンセント、着替えとかは本当にいいんだな?」
「あぁ。妻が喜々として色々用意して待ってる。ユーリの身一つあればいい」
「よろしく頼む」
「確かに預かった」
更に私にもしっかり頭を下げる。その姿は恐らく二人が思った様に、ユーリの母の様だ。
何よりもユーリ自身が完全にディルナンを母親扱いしている。
ディルナン自身もユーリから感じるモノが多々あるのだろう。
これまでは見逃していたが、流石に許容範囲を越えたのか一人何かを納得する様に頷くユーリのこめかみをしっかりと拳骨で挟み込む。
極々弱い力だが、急所には違いない。
痛みに悶絶する姿が少し間抜けで実に可愛らしい。
どちらかと言うと嗜虐属性であるフォルがそんなユーリの姿に「言わんこっちゃない」と小さく笑みを零すと、ユーリが視線で助けを求めようとして何故かフォルの瞳の声にしっかりと気付いて素直に同意していた。
「反省の色、皆無か」
「ごめんしゃい。隊長、ごめんなしゃいっ」
そんな反省からズレたユーリの反応にディルナンが仕置きのレベルを上げると、ユーリが心の底から反省する。
そんな姿に、特に患者の居ない医務室に自然と笑いが満ちた。
仕置きを終えると、さっさと食堂へと引き上げるディルナン。
ユーリは涙目でこめかみをさすって痛みを逃がそうとしていた。
ディルナンの挨拶も終わった事だし、これ以上医務室に残る必要性は無い。
朝と同じくユーリをカルテ室に連れて行き、着替えを促す。
ユーリ一人では下ろせないファスナーだけを下ろして退室すると、ディルナンとユーリの漫才に未だ笑っているバクスとフォルがいた。
「相変わらずユーリちゃんに掛かるとあのディルナン隊長も形無し…っ。
色々な女性と浮名流しまくり、冷静な出来る男の代表格がある日突然幼子拾って来たかと思えばあの状態ってっっ!」
「本当ですよね。今日の昼食の時、自分の目を疑いましたよ。でもユーリちゃんが居ないかその目が向いてないとディルナン隊長は前の印象のままです。ユーリちゃんの効果なんでしょうけど、外見とこれまでの言動とのギャップが酷い」
「オカンだな」
二人の会話に私も同意すると、二人が噴出す。
「でも何で父親じゃないんですかね?」
「『オカン』というのは凄く納得ですが」
「元々の素質だろうな。恐らくは並列思考能力だろうと思うが。
普通の男は並列思考能力を仕事以外で使う事は少ないし、母親や妻がいればアレコレに気を回す必要もない。独身の男の部屋はまぁ、一部例外を除いて推して知るべしだ。事実アレコレ同時に考えて行動するのは女の方が向いてるという研究もあるしな。
これまでのディルナンは他者に対してそこまでする必要性も無ければ、本人にも他者の私的部分の面倒を見る気が一切無かった。だがユーリの様な幼子は己の庇護が必要と認識したからこそ、潜在的な素質が開花したんだろう。無駄に並列思考能力値が高いから、仕事とユーリの面倒を見るのを何の違和感も困惑もなくこなしてる。その姿がオカンに見えているんだろう」
「「成程」」
ディルナンのオカン化を考察すれば、二人が笑って納得する。
最も、能力云々を横に置いてディルナンの内面が本当に全く変化していないかと問われれば首を傾げる所だが。
そんな事を話していると、カルテ室のドアが少し鈍い音でノックされる。
「届かないな、そういえば」
ユーリの身長とドアノブの高さを思い浮かべつつ扉を開き、ユーリに詫びる。
看護師服とサンダルを手にしたユーリの腹の虫がそれに答える様に鳴った。
午後の仕事を考えればそれも当然だろう。
相変わらずのユーリに、バクスとフォルが再び笑みを零す。
「服だけ片付けたら、家まで後少しだ」
「はーい!」
最後の片付けを言い渡し、ユーリと一緒に洗濯カゴに確認をしつつ隊服を放り込む。
そこまで終えた所でバクスとフォルを筆頭に後を任せ、挨拶をしてユーリと共に医務室を後にした。