93、終決
手にした剣は、その名に恥じることのない覇気を放っていた。
魔王に一撃入れる度、その手ごたえにかつてないほど気分が高揚していく。
先程まで使っていた剣がまるで玩具だったのかと思うほどに、『覇王の剣』がその手に馴染む。
まるで一体化したかの如く自在に振ることのできる剣は、面白いほどに狙ったところを刻んでいく。
そうでなくても、先ほどユキヒラとマックが使った範囲聖魔法のせいで弱体化していた魔王だ。面白いほどに魔王を追い詰めることが出来ることに、アルの口元は自然上がっていた。
魔王の身体に剣を突き刺し、瞬時に魔王を観察する。
既に覇気は乏しく、動きも緩慢になっている魔王は、自分たちが感じていたあの癒しの光でかなりの力を削がれているのが、その動きから見て取れる。
今が勝機。
これを逃すと、またこの闇の塊はこの地から力を得て復活してしまうだろう。
エミリがアルの横で魔法を纏わせた剣を振るい、サラが最上級の魔法を飛ばし、セイジが魔法陣魔法を駆使する。
奇しくもその戦いは、16年前の戦闘と全く同じスタイルだった。
違うのは、魔王が弱体化した時、自分たちは気力も体力も魔力も漲り、周りには頼もしい仲間たちがまだ多数、そして、この手にこの剣があるということ。
このでか物を滅ぼすことが出来る、そう思うだけで、剣を振るう手に力がこもった。
魔王の爪を躱し、胸に剣を突き立てる。
カキン、と今までとは違う手ごたえを感じたアルは、そのまま剣を横薙ぎにしようと力を込めた。
瞬間、魔王の口から黒い靄が吐き出された。
音のない咆哮が魔王の口から発せられる。
そこから漏れ出た靄が、辺り一帯にブワッと広がっていく。
じわじわと闇の気配が濃くなり、そこから幾筋もの棒状の物が現れた。
黒く細い、剣とも呼べないようなそれはしかし、鋭利な刃物となり、無造作に辺りを切りつけていく。
皆がその剣を自身の持つ得物で弾き、防御し、魔法で防いでいく。
背後で誰かの声が上がるが、アルはただ目の前の因縁の闇を凝視していた。
何があっても、心強い仲間たちが何とかしてくれるだろうと、アルはただ一人、目の前の塊だけを意識下に置いていた。
狙い定められて飛んでくるわけでもないその攻撃もまた、そこまでアルの脅威にはなり得ない。
セイジの魔法陣で防御を固めていたアルは、その拙い攻撃などものともせず、突き刺したままの剣を持つ手に力を入れた。
身体の周りでガキンガキンと守りを削いでいく音が聞こえる。パリンと防御魔法陣の効果が切れてその剣ともいえない黒い刃物が肩に刺さっても気にもせず、アルは剣を振り抜いた。
今確かに、何か硬い物を壊した手ごたえがした。
自由になった剣を構え、すでに今の一撃で身動きを止めた魔王に剣を振り下ろす。
剣筋の通りに、魔王は頭から真っ二つに引き裂かれた。
とてつもない濃度の魔素が切り裂かれた身体から溢れ出す。
「逃がさねえぜ!」
セイジは一瞬で魔法陣を描くと、宙に散って行こうとしたその黒い魔素を閉じ込める様に魔法陣で覆うと、カバンからクリアオーブを取り出した。
「お前はこっちに入るんだよ」
セイジが魔法陣を描く。
その魔法陣は、前に魔王をサラの中に閉じ込めた時に描いたものと同系統の物であり、しかしさらに改良された物だった。
魔法陣が魔素をいざなう様に宙に展開される。
クリアオーブが宙に浮き、まるであの時のサラの様に、光を纏いながら、魔法陣の間を縫うようにして闇を導いた。
それはまるで、幻想的な光のパレードのような美しさだった。
皆、その夢の様な光景に見入っていた。
七つのクリアオーブが、じわじわと色を変えていく。
踊る様に宙を舞うオーブは、完全に漆黒に染まると、発していた光を消しながら静かに地に降りていく。
七つすべてが地に降りると、もう辺りにはあの圧し掛かる様な重い空気はなくなっていた。
「なんか、夢みたいな終わり方……」
そう呟いたのは、誰だったか。
アルフォード、エミリ、サラ、セイジは、ただ静かにそこにあるクリアオーブを見下ろしていた。
セイジは一つを手に取ると、目を細めた。
最初から漆黒だったと錯覚を起こすほどに黒く染まったそのオーブは、長らくサラを、そして自分たちを苦しめていたあの闇の塊の今の姿。
こんなものは、処分するに限る。
セイジは宙に魔法陣を描くと、その中心に現れた亀裂に次々とオーブを投げ捨てていった。
亜空間へと通じるその亀裂は、漆黒のオーブを全てのみ込むと、何事もなかったかのように閉じ、何ごともなかったかのように元の空間に戻る。
全てを呑み込み消し去ってしまう空間へのその入り口は、獣人の村で仕入れた知識の中にあった物だ。
それを利用して獣人の村は違う次元に成り立っているというのを聞いたセイジは、それの応用で魔王を消し去ることに成功した。
前に魔王と対峙した時には知り得なかった知識。しかし前の時に知っていたとしても、きっと使えなかった。使ったとしたら、サラごと消し去ってしまうということだから。
何もかもが足りなかった16年前。今はどうだろう。皆五体満足で魔王は消滅。まるで前は前哨戦の様な、この時のためだけに自分たちは一度死闘を繰り広げたのではないかという苦い思いがこみ上げる。
サラが魔王と共にこの地に封印されなければ成し得なかった魔王消滅。サラがここにいたからこそセイジは魔王の力を封じ込めることが出来るアイテムを探し出し、アルフォードとエミリは信頼できる異邦人を育て上げることが出来た。
サラがこの地にとどまり意識だけになって様々なことをしなければ、そもそも異邦人がここに現れることはなく、アルフォードの手にある『覇王の剣』が手に入ることもなかった。
そして、全てがこの様に苦い思いをしながらも最良の結果になったのは、きっと、後ろにいる『幸運』と縁を持ったことが大きくて。
セイジは詰めていた息を吐きだした。
「終わったな……」
吐き出した息と共に、そんな言葉が洩れた。
「ええ。ようやく終わり」
サラが隣に立ち、セイジの手をそっと握った。
「長かったな、ここまでくるの」
精悍な顔つきを緩め、アルフォードが口元を緩める。
「今度こそ本当に終わりよね……」
様々な想いを抱えて、エミリが確かめる様にセイジの顔を見る。
「ああ。終わりだ」
先程まであった高濃度の闇の魔素は、綺麗さっぱりなくなっている。
皆、今だ半信半疑で宙を見ながら、しかしそこに何もないのを視認すると、ぐっと口を引き結んだ。
それ以上に発する言葉はなかった。ただ、事実をその身で確認し、色々と募る想いをただ胸の中で収めるのが精いっぱいだった。