88、全てのピースが揃い
黒い鎧を身に着けた『幸運』は、確かにグランデで生まれ育った者のはずだった。セイジとて、異邦人がこの国に姿を現す前から彼はしっかりと存在していたことを知っている。
それなのに、なぜここに、という疑問が頭に渦巻く。
魔大陸は宙にある魔素がとても濃く穢れており、その魔素濃度に打ち勝てるほどの魔力の持ち主でなければ物の数分で発狂し、魔物化してしまう。
だからこそ、16年前にここに来たのがたった4人だったのだ。
異邦人は身体が魔素で出来ているという反則の様な身体の作りをしているため、魔大陸に来ても魔大陸の魔素の影響を受けないと言われているが、彼はその範疇ではない。
顔を顰めていると、アルフォードも眉を寄せ、ヴィデロに声をかけた。
「ヴィデロどうした! ここに来ても大丈夫なのか!? ここは壁の先よりもさらに濃い魔素なんだぞ!」
心配げなアルに、ヴィデロは口角を上げて目を細めた。
「もう大丈夫です。俺も、異邦人の仲間になりましたから」
ヴィデロの言葉に、異邦人たちが一斉に宙を睨む。何か異邦人かそうでないかの見分け方があるのだろう。
セイジは先程のサラの言葉を思い出していた。
異邦人であったとまことしやかに噂された彼女、『幸運』と呼ばれた女性の息子もまた、その世界に行ったと。
その息子がまさに目の前にいる。
ここにいるということは、言葉通りなのかもしれない。
次元の亀裂があり、ここと異なる次元にある獣人の村。異邦人のいるところに道が繋がっているというのも、確率的にはなくはない。
しかもサラが手伝ったというのなら、きっとそれは本当のことで……。
「ったく、おとなしく待ってるどころか、俺よりも精力的に動いてるじゃねえか……」
ユイと手を合わせて笑顔を見せているサラをちらりと見て、セイジは溢れそうになる笑いをぐっとこらえた。
「さてっと。あとは何のピースが必要なんだ」
サラの「まだ足りない」の言葉につなげる様に独り言ちたセイジは、増えた仲間を見回して魔王への攻撃を再開した。
相変わらず目の前に聳え立つ魔王はあまり手ごたえを感じず、しかし攻撃の手が増えたのか、ユキヒラもマックも聖魔法を撃つ余裕が格段に減ってしまった。
二人が詠唱を始めた瞬間に魔王の身体から魔球が無数に飛んでいく。さらに、手元から現れている剣の本数が増え、その半分はユキヒラに向かって行った。
その執拗さがおのずと弱点をさらけ出しているのだが、しかし防がれている状態では思う様に弱点を突くこともできない。
前衛が増えたことで手数を押さえられると思ったけれど、その分魔王の攻撃数すら増えている。あの咆哮で魔王はきっちりと強化されてしまったらしい。
ボス的魔物にはよくあることだったが、魔王まで強化されるのは正直痛いな、とセイジは息を吐きながら前衛の攻撃力を強化する魔法陣を次々飛ばした。
途中からブレイブが投入し始めた魔力増強アイテムによってサラとユイの魔法攻撃がえげつない物に変化すると、魔王にダメージを与えるのが楽になった。
二人の連携魔法が更に威力倍増になり、見た目にも近寄れる気がしないほどの恐ろしい魔法が魔王を包み込む。
その間は前衛も手を出しあぐねていたが、近くで月都が「うっわ今までで一番削れてる」と呟いたことで、とんでもない攻撃力を有した魔法と化したことに気付くと、皆二人が魔法を放った瞬間邪魔をしないようにと一歩後ろに引いていた。
目の前で青白い炎と凍えるような氷のつぶてがお互い反発することなくまじりあい魔王を包んでいく。
そこにブレイブがアイテムを弓で射ると、途端に炎が天に向かって伸び、その中で氷のつぶてが鋭い刃物の様に荒れ狂い、その時に発生したのか雷がバチバチと周りを覆っていく。
魔王の口から苦しそうな叫び声が上がり、轟音が辺りを包む。
魔法が消えた瞬間反撃の様に魔王の手が伸びるが、それはセイジの魔法陣で防がれたため、魔導士二人に届くことはなかった。
誰一人致命傷を負うことなく、魔王に攻撃を加えていく。
アルが殘魔剣で魔王に一撃を加えたところで、またしても魔王の黒くて細長い手が天に伸びた。
あの咆哮が来るらしい。
ある程度の威圧耐性のついているセイジやアルですら一瞬足を止めさせられるほど強力な咆哮は、それだけで一気に逆転される恐れがある。
ヘタすると前衛ですら威圧効果によって5秒ほど動けなくなってしまうのは先程の咆哮でわかっている。
前衛だけでもと威圧耐性を強化する魔法陣を必死で描いたセイジは、それを飛ばした瞬間キィィィィィィン! と何かが共鳴したような音を聞いた。
「『ドミネイトクラッシュ』!」
ヴィデロと共にここに現れた『デプスシーカー』であるヴィルが、一歩前に踏み出しスキルを繰り出した。
その手に持った剣と盾が振動し、共鳴している。
魔王は咆哮を上げるその恰好のまま、天に向かって開いていたはずの手で頭を押さえ、咆哮とは全く違う声を上げた。
『ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”……!』
苦しそうなその声は、セイジたちを威圧することもなく、不快感と共に辺りに響き渡る。
ヴィルは未だ共鳴音を出し続ける剣を繰って魔王に切りかかった。ざくり、と魔王の身体が切れる。
つられたように前衛も一斉に攻撃を開始した。
魔王が反撃を再開した時には、その見た目は大分ボロボロになっていた。
戻るはずの身体はなかなか戻らず、切られたまま地に落ちた剣は動くこともなく、繋がろうと蠢く黒い身体は思う様に行かないらしく、反撃の手も温い。
先程と全く違う様子の魔王に、セイジはチラリとヴィルの手にある剣に目を向けた。
「ねえ、その剣」
サラは魔法で攻撃することなく、驚いたようにヴィルに話しかけた。
ここにない、魔王を討伐するための最後の1ピース。
それは、昔魔王が人であり、この広大な大陸の覇者であったときに手にしていた『覇王の剣』。
それが今、ヴィルの手にしっかりと握られている。
「これは『覇王の剣』と言って、目の前のアレにとても因縁のある物です。縁があって俺の手元に舞い込んできたのですが、アレがまだ人だったころに嗜んでいた錬金術を扱うあなたは近寄ると危ないかもしれない」
サラの声にヴィルがそう答えるとともに、剣がキィンと鳴る。途端にヴィルが剣を握る手に力を込めて、冷たい視線を剣に向けた。
魔剣らしく意志があるらしい。危ない剣なら近寄らせるなよ、とセイジが一歩そっちに足を踏み出そうとしたところ、サラがコロコロと笑った。
「今はもう釜を所持してないわ。でも……」
サラの視線が『覇王の剣』に向かう。
「こんなことってあるのかしら。足りなかったピースが一気に集まったわ。この戦い、私達の勝ちね。あなたのお陰かしら」
「もちろん勝つ気できましたから。でも……」
弟をサポートしてくれたあなたのお陰でこうやってここに来ることが出来た。感謝します。
そのヴィルの言葉で、サラが歯車の空間の中で『幸運』に手を貸したことを『デプスシーカー』は把握しているんだということが分かった。
すべての物事を柔軟に、そして真相まで追求していくのが『デプスシーカー』という名でよばれる者の総称だというのは、セイジも最近手に入れた知識だった。それこそまさに『賢者』ではないか、と口角が上がる。
『勇者』『英雄』『大魔導士』『賢者』。かつて自分たちが国の者たちから呼ばれた名だった。
自身の名前を『賢者』と名乗り、己の失態を尻拭いするために奔走した自分とは似ても似つかないその男に、ただただ溜め息だけが零れる。
自身の行動を間違えたとは思わない。その行動があったからこそ、生命はまだこの世界にあり、ごく一部は疑似的な平和で保たれている。そして、失態としてずっと悔やみ続けてきた彼女の封印も無事解くことが出来て、目の前には共に笑い共に怒る彼女がいる。
遠回りはしたけれど、間違えたわけじゃない。けれど。
「『運命』ってのはホント、意地が悪い」
すべての駒が揃った今こそ、セイジは心の中で『運命』なんざクソくらえだ、と呟いた。