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64、揃った対と狭間



『……チェ、ルー……』


 身体を揺さぶられて、ふと意識が浮上する。

 ゆっくりと目を開けると、そこには、澄んだ淡い水色の髪があった。

 

『ルーチェ、いつまで寝てるの』


 見慣れた長い髪。

 その髪が、窓から入ってくる風になびいて、サラサラと揺れている。


「……サラ?」

『おはよう、ルーチェ。もうお昼よ。お腹ペコペコ。早くご飯食べましょ』


 頭が上手く回らないまま、ルーチェは身を起こす。

 辺りを見回すと、そこは、見慣れたトレの街並みを一望できる、サラの館の一室だった。

 おかしい。どうして俺はここにいる。

 瞬時に、ルーチェの頭にそんな意識が持ち上がる。

 いつもの景色に、いつものサラ。

 サラは上質な衣類を身に付けていて、ふわりと揺れるスカートは、この間一緒に街に行ったときに買ったものだ。

 

 ……この間って、いつだ。

 俺は、何をしている。

 ここはどこだ。

 

 サラに手を引かれベッドを降りながら、ルーチェは不意に浮かんでくるその言葉に眉を顰めた。

 そして、前がはだけている自分の身体を見下ろした。

 ボロボロの上着に、ローブ。そして、シャツ。全て前がはだけられていて、ここにあったはずの何かが、なくなっている。

 この胸に何があったのか、どうして今はないのか、その何かは、どうやってこの胸に収まったのか。

 次々浮かんでくる意味の分からない疑問に、ルーチェは小さく唸った。


『どうしたの? 気分が悪いの? 大丈夫よ』

「サラ……どうしてお前は」

『ほんとルーチェは馬鹿なんだから。私の代わりにあんな物を取り込まなくていいのに。もっとうまいやり様があったでしょ』


 俺の手を引いて、身体を起こすのを手伝いながら、サラが口を尖らすが、すぐにくすくすと笑いだす。

 その笑顔に、胸がズキリと痛み、鼻の奥がツンとした。


『アルもエミリも待ってるわ。大丈夫。あなたの仲間たちが、あなたを待ってるから、早く行きましょ』

「行くって……どこへ」

『まだ寝ぼけてるの? エミリに電撃の一つでもお見舞いしてもらった方がいいかしら』

「それは俺に死ねと言ってるのと同意語だろ。……でも、電撃の一つくらい貰った方が、何かを思い出すかもしれねえな……」


 半分混乱しながら、ブーツのままベッドを降りる。

 どうして俺はこんなボロボロなんだ。

 この家にいるのに、なぜ。

 俺は、何をしていた。

 

『ねえルーチェ、知ってる? 私ね、ちょっと抜け出して、神殿に顔を出したの』

「神殿……?」

『そうよ。ごめんなさい。ちょっとだけ試練を邪魔しちゃったわ。でも、命には代えられないわよね。きっと許されるわよね』


 いたずらっぽく笑われて、ルーチェはますます首を傾げた。

 サラの話す言葉のどれもこれも胸に響く。

 サラは、何かを伝えたいのか。それとも。

 考えると、傷のない綺麗な胸がまたしても痛んだ。


「試練の邪魔って、一体何したんだよ」

『ふふ、本当は一人でクリアしないといけないのに、勝手に難易度上げちゃったの。だから、申し訳なくて、ちょっとだけ手伝っちゃった。内緒にしてね』

「お前、それ、ダメなやつじゃねえか」

『だって私、ルーチェの命の方が試練なんかより大事なんだもの。よかったわ。……と……がいて。そして、腕のいい素直な……師がいて。ちょっとだけ縋っちゃった。あとで倍返ししないとね。だからルーチェ。待ってるわ』


 ルーチェの手を引き、サラが部屋のドアを目指す。

 見慣れた、サラの部屋。ここで一冊の魔法陣を読み解いてしまったがゆえに、ゆえに、自分たちは何をしたか。どうなったのか。

 ちらりと、闇に包まれた世界の残像が脳裏によぎり、ルーチェは頭を振った。

 

『それと、……をルーチェに貸してあげるわ。でもちゃあんと対価は貰うわよ。幼馴染価格で。その方が商人の息子としては貸し借りなしでいいでしょ。待ってるから。そしたら改めて、おそろいで揃えましょ。ああ、いい考え!』


 楽しそうに笑いながら、一瞬だけルーチェの片方の耳を触った。そこには、サラが旅の間に入手した、魔力増幅のピアスが片方だけ着けられている。

 サラがルーチェの横に立ってドアを開けると、その先はなぜか真っ暗だった。それを見て動きを止めたルーチェの背を、サラが押す。


『早く行かないと、待ちくたびれてくたばっちゃうわよ。ほら早く』

「サラ」

『色々と言いたいことはあるけど、それは全てが丸く収まってからね。今は時間がないの。戻って・・・、あの場所へ』


 押されるままに一歩部屋から出た瞬間、足元の感覚がなくなる。

 窓の外はちゃんと幼少時に過ごしたトレの街並みだったのに、天も地もなく、闇の世界。どこへつながっているのかもわからなかったが、足を踏み出し、闇に包まれて、セイジはようやく思い出した。

 神殿で、試練を受けて、この胸に、あの黒い塊を呑み込んで、そして。

 精神が呑み込まれたはずだった。

 身体すら闇に包まれたはずだった。鼓動が、止まったはずだった。

 それでも、今の自分の身体は黒いものが何もなく、そして、鼓動を感じられた。

 盛大に開けられたドアからは、サラが笑顔で手を振っている。夢とも現実ともつかない不思議な空間で。

 すっかり慣れ親しんだサラの奔放な行動と無邪気な笑顔を見上げながら、ルーチェは「たとえ死の淵だろうと、逢えて嬉しかったぜ」と呟いて、闇の中へ落ちていった。






「セイジ……ルーチェ、ルーチェ!」


 頬を叩かれてもピクリとも動かないセイジの胸に、アルの手が置かれる。途端にアルの顔が今にも泣きそうに歪んだ。

 知らず、口から「クソっ」と悪態が洩れる。

 こんなところで散らしていい命じゃない。

 まだまだやり残したことがある。

 それは、多分一番セイジが実感していることのはずだった。

 止まった鼓動は、蘇生薬でしっかりと動き始めたのが、胸の動きでわかる。

 それでも、セイジの目は開かなかった。


 皆が息を呑んで状況を見守っていると、試練に挑んだ最後の一人、ヴィルが帰って来た。


「どうしたんだ?」


 ヴィルは、すぐに横になったセイジに気付いたらしい。

 ふと表情を改めて、近付いてきた。

 そして、セイジの横に膝を付くと、力の入っていないセイジの手に、何かを握らせた。


「俺は今、魔大陸まで行ってきた。俺の試練は、歴史をひも解くことでな、かなり時間がかかってしまった。遅くなってすまない。でもあの偉大な魔術師の姿を見て来た。とても綺麗だった」


 ぐ、とセイジの手を握り、語り掛ける。

 ヴィルの試練の内容に、皆が息を呑んだ。

 

「あの結晶の魔法陣は、賢者の描いたものなんだろう? あれのお陰で全然苦しくない、と偉大な魔術師は言っていた」


 アルとエミリの強い視線を受けてなお、ヴィルはセイジに語り掛けた。


「その彼女からの伝言だ。後継者にすべてを託したから、そんなところで寝てるなよ、と。君はゆっくりと無理せず迎えに来いと。結晶の中に閉じ込められている割には、なかなか自由にやっているみたいだったな、彼女は。そして、手ずからこれを預かってきた。君にあげたかった物らしい。これを身に付けて助けに来て欲しいそうだ。確かに渡したからな」


 ヴィルの言葉が終わるか終わらないかの状態で、力のなかったはずのセイジの手が、ぐ、とその渡された物を握りしめた。

 そして、ゆっくりと目が開けられる。


「ルーチェ!」

「セイジさん!」

「セイジ!」


 皆が口々にセイジの名を呼び、安堵の息を吐きだす。

 セイジがゆっくりと手を動かし、顔の前で、手の中の物を見た。

 そこには、見慣れた物があった。

 セイジはゆっくりともう片方の手を動かし、耳を触る。

 そこには同じデザインのピアスが着いていた。


「魔力増幅ピアスの……片割れ……」


 く、とセイジの口元が持ち上がり、目がスッと細められる。


「ルーチェ、それ」

「サラの……か?」

「ああ……サラがそれを身に付けて助けに来いって言ったってことは、借りてていいってことか。対価をまだ払ってないんだけどな。さっき言われたのは、このことか」


 セイジは躊躇いなくピアスを耳に取り付け、両耳のピアスが揃う。一瞬だけピアスに光が宿り、消えていった。

 



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