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52、満身創痍


 ドラゴンが身体を捻り、涎を撒き散らしながら爪を揮う。

 スキル使用後の硬直で動けなかった高橋は、その爪を眼前に捉えながら「俺終わった」と呟いた。と同時にユイの杖が膝裏にヒットし、高橋の身体がガクンとバランスを失う。そのおかげで、ドラゴンの爪を回避できた高橋は、ちらりとユイを見てサムズアップした。ユイも攻撃を回避した高橋にサムズアップすると、また魔法攻撃の呪文を唱え始めた。

 ガンツと月都も手を休めていたわけじゃない。ドラゴンが高橋に狙いを定めたのを好機として、猛攻を開始した。首が後ろを向き尻尾の潰れたドラゴンを側面からスキルを使って叩き始める。

 槍の攻撃で鱗が弾かれ、その場所の防御力が下がる。そこを月都が切りつけ、ユーリナとブレイブの矢が突き刺さる。


「高橋、そのままドラゴン引き付けとけ!」

「無茶言うなよ!」


 大剣でドラゴンの爪をいなし、交互に襲ってくる首を必死で撃退する。口を開いて高橋に襲ってくるドラゴンの口目がけてすぐ隣にいるユイが炎を飛ばす。口の中に炎の球が着弾したドラゴンの首は、今度はすぐ横にいるユイに狙いを定めたようだった。

 

『ゴォォォォ!』

「きゃっ!」


 一瞬だけ溜めて、ドラゴンがユイ目がけてブレスを吐く。それを正面から受けてしまったユイは、一気に残りのHPを削られてしまった。

 舌打ちと共に、ユイの所に魔法陣が飛んでくる。ユイに当たった瞬間光が弾けて、HPが少し回復した。


「俺ももう魔力あんまりねえんだよ……! クソ、これ以上魔法を繰り出したらお前らを連れて帰れなくなるだろうが……!」

 

 セイジもすでに手持ちのアイテムはなかった。ずっと放っていた魔法陣魔法は、致命傷にはならず、その上回復や身体能力上昇など次々放っていたら、潤沢にあるはずの魔力も底を尽きかけているのが、力の抜け具合でわかる。

 ユイも立ち上がり、残りのMPを駆使して魔法を放つが、やはり全くと言っていいほど効いていなかった。


「残りHPバー一本分もねえのに……!」


 呻くように呟きながら、ガンツが必死で攻撃を繰り出す。辛うじて巨体に到達するも、防御力の上がったドラゴンの鱗にはなかなか槍の攻撃が通じない。通じても、HPの減りは極小だった。


「弱えなあ、俺ら……!」

「んなわけねえだろ!」


 あまりに通らない攻撃に思わず零した月都の言葉に、ブレイブが叫んで否定する。

 既に手持ちの矢はなく、MPも大分減っているため、魔法の矢もあまり繰り出すことが出来ないブレイブは、どうにかできないかと必死で頭を回転させていた。

 目の前ではユイが必死で首の攻撃に耐えており、その前には大剣を構えてドラゴンの攻撃をいなす高橋がいる。


「くそ、海里! さっきのスキル出せるだけ出せ!」

「もうMPがないのよ!」

「俺のとっておきをやるから!」


 最後の命綱である一本のマジックハイポーションを、ためらいなく海里に渡したブレイブはそのまま「飛翔!」と海里を抱えて空に浮き上がった。

 ユーリナの援護の矢が飛ぶ中、ブレイブは宙で海里を手放した。

 マジックハイポーションを飲みほした海里は、宙に投げ出されたまま双剣を構え、ドラゴンの背中部分を狙ってスキルを繰り出した。


「ドラゴンスラッシュ!」


 攻撃は背中にヒットし、ドラゴンの雄叫びと共にHPがぐっと減る。しかしまだ半分ほどは残っている。ブレイブはもう一度海里を抱いて空に浮いた。

 途端に一本の首がブレイブと海里を狙ってブレスを吐いた。

 いきなりのブレス攻撃は咄嗟に避けたものの、バランスを崩して二人とも地面に墜落してしまった。


「海里! ブレイブ!」


 落ちていく二人が目に入り、後ろから背中を狙って月都とガンツが、前から横を向いたドラゴンの首を狙って高橋が、手持ちの武器を落ちた二人の仕返しとばかりに力いっぱい叩きつける。

 当たり所が良かったのか会心の攻撃が入ったのか、とうとう一本の首が地面に地響きを立てて落ちた。


「いけ! ユイ、燃やせ!」


 誰が叫んだのか、ユイはその声を聞くなり、残りのMPを全て使って落ちた首を燃やした。


「ごめん、私もう攻撃出来ないよ」


 へなへなと力尽きたようにしゃがみ込んだユイを庇う様に立った高橋は「上出来!」とちらりとユイを見てニヤリと口元を緩めた。

 首が一本になったドラゴンは、最後のあがきという様に今までで最大の咆哮を放ってきた。


 その咆哮で地面が揺れ、天井からは岩がぽろぽろと落ちて来る。

 しかし、『白金の獅子』と高橋とセイジは硬直することなく、耐えた。

 一瞬でも身動きが取れなくなると途端にドラゴンの攻撃によって光になってしまうのがわかっていたからだ。

 ドラゴンが咆哮を上げている間に、好機とばかりにドレインがユイを回収していく。後衛に収まったユイは、大人しく離れて座って、MPを自然回復するつもりのようだった。

 セイジも今までは腰に差しっぱなしで手に持ったことのない剣を抜いていた。

 そのまま前に走り寄り、硬直で動けなくなっている海里とブレイブを背に剣を構えた。


「こんな攻撃、エミリの足元にも及ばねえんだけどよ……! へなちょこ剣でもないよりゃマシだよな!」

 

 言うなり、小さく魔法陣を描いて足場を作る。それに足を乗せて宙に身を躍らせ、ドラゴンの背中に向かって剣を繰り出した。

 その動きはまるで、歴戦の戦士のようだった。へなちょこなどと、セイジの動きを見た者は誰一人思わないであろう身のこなしだった。

 背中を切られたドラゴンが爪を振り回し、後ろへ後ずさる。腹は大きく上下し、口からはダラダラと涎を垂らし、ドラゴン自身も満身創痍だというのが見て取れる。が、それはセイジたちも同じだった。ドラゴンが後ろに下がったことで、後ろにいたガンツと月都が逃げるように前に回り込み、武器を構え直す。


「うらああ!」


 最後となった首に渾身の一撃を入れるガンツに続き、月都と高橋もコンボを繋げるかのように攻撃を繰り出した。

 その攻撃に耐えられなかったドラゴンが、首を振り回し周りを牽制する。しかし高橋の大剣が首の鱗を弾き、皮膚の見えたところをセイジの剣が貫通した。

 やけに手の剣が重かった。

 鱗の隙間からドラゴンの首に剣を深々と挿し込んだセイジは、剣を取り落とさないよう腕に力を込めた。

 


『ゴアァアアアアオオオオォォォォ!!』


 咆哮と共にドラゴンが首を振り回す。その勢いで、セイジは剣を手放して自分の身体が宙に浮くのを感じた。

 叩きつけられる、と眉間に皴を寄せた瞬間、身体がガシッと受け止められる。

 急ぎセイジを助けに入ったガンツだった。

 ガンツによって岩に叩きつけられることなく無事だったセイジは、詰めていた息を小さく吐いて、自分の足で地面に立った。


「無茶をする」

「サンキュ。でも俺が死んだらお前らは自然にダンジョン外に排出されるからそこは安心しとけよ」


 軽口の様に事実をセイジが口に出した瞬間、一斉に仲間たちの間から殺気が吹き出した。


「死なせるかよ!」

「俺らは死んでもいいんだよ、生き返るから! だからセイジは諦めて俺らを盾にしとけ!」

「まだやり終えてないことがあるんだろ!」

「死んじゃだめだよ!」

「賢者は、死なないために知恵を使うんだろ!」


 次々にセイジに叱責の声がかかる中、最後に叫んだドレインの言葉に、セイジが目を見開いた。

 

「賢者……って」

「もう一回何かと戦うためにこんな怖いダンジョンに性懲りもなく潜ってるんだろ、セイジ! そのために俺たちは勇者のもとでレベル上げしてるんだろ! だったら!」


 ドレインが叫びながら少しだけ回復したMPでセイジに回復魔法を掛ける。

 少しだけ身体が軽くなったセイジは、「バカかよ……」とドラゴンの咆哮にかき消されるほどに小さく呟いた。

 

「MPちょっとだけ回復したよ! 休ませてくれてありがとう!」

 

 ユイが立ち上がり、セイジの横に駆けてくる。

 そして杖を構えると、「大空を翔る自由な風の精霊たち……」と呪文を唱え始めた。

 後ろで力尽きていた海里とブレイブも大分回復したのか、起き上がって武器を手に持つ。

 ユーリナとブレイブの手にある弓から、実体のない矢が放たれ、ドラゴンに刺さったままの剣にまっしぐらに飛んでいった。

 矢の光が剣を包み込み、そのままシュン、とドラゴンの後ろに矢が飛んでいく。

 またもドラゴンのHPがぐっと減った。剣を介してドラゴンの首を矢が貫通していったせいだった。


 首の剣を取ろうとドラゴンの爪が不規則に振り回される。

 それに掠り残り少ないHPを削り取られながらも、前衛組も復活した後衛組に負けないように健闘した。


 ガンツの槍の一撃が決め手となり、長い激戦はとうとう終わりを迎えた。

 セイジも満身創痍、勇者のもとで鍛えられているはずの『白金の獅子』も、『高橋と愉快な仲間たち』も、それぞれ既に手持ちのアイテムは使い果たし、残りのHP、MPもほぼ最低だった。


 ガンツの槍の刺さったところから、キラキラと光が宙に舞っていく。

 その景色を見て、全員が盛大に勝鬨を上げた。

 今までで一番と言っていいほどギリギリの戦闘だった。


 ドラゴンが消えてなくなると、セイジはそこに足を向ける。全員がセイジの行動を固唾を飲んで見守っていた。


「……っしゃああああ!」


 セイジが手にオーブを持って声をあげる。

 高く掲げられたそれは、色のない、透明なオーブだった。

 


 少しだけ休んだセイジは、何とか皆を連れて転移が出来るくらいに魔力が回復すると、皆に腕を掴ませて転移の魔法陣を描いた。

 行先は、アルの執務室。大抵副団長が頭を抱えて一人で書類とにらめっこしている、ある意味一番転移しても邪魔にならない場所だったからだ。

 

 目の前の景色が変わる。

 いつもの光景が目に入ると思っていると、意外なことに、アルはしっかりとその場に在席していた。

 そして、目の前には、トレに住んでいるはずの異邦人錬金術師マックと、クラッシュが座っていて、驚いたようにセイジたちを見ていた。




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