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26、本来の力


 辺境の街の外側にある城壁の上に立ち、セイジは海を見ていた。

 正しくは、海の向こうの方にかすかに見える、霞んだ地。

 雲が常にかかり、陽の光の届かない暗い地。

 常人が足を踏み入れると、襲い来る魔素の波に、精神が壊されてしまう彼の地には、セイジの求めて止まないものが眠っている。


「まだまだ、先は遠いな……」


 クリアオーブはまだ4つしか手に入っていない。あと3つは必要だった。オーブの存在を知り、それを見つけ出す能力を手に入れてオーブを探し始めてから15年。最初はオーブを手に入れるどころか、ダンジョンを進むことすら難しかった。何とか死者を出さずに帰還して、また次のダンジョンを探し出しても、一緒に潜れるほどの者がなかなか現れなかった。5年前、この世界に異邦人が現れるようになって、ようやくオーブまで手が届くようになった。最近では目当てのクリアオーブまで手の届く者たちも現れた。ただ、まだまだ、先は長かった。


「もう、アルもおっさんになっちまったよ。エミリは全然変わりねえけど。あの豆粒みたいにちっこかったクラッシュはもう成人だ。俺は、俺は……永遠の20歳ってとこか。羨ましいだろ。年取らねえんだぜ」


 遠く霞みがかった空に向かってグラスを上げ、ひとりごちる。

 急く心を押さえつけ、酒をあおる。この地に来るとどうしても彼の地に思いを馳せてしまう。今行ってもまだ何もできない絶望を抱えて戻ってくるだけだというのに。

 

 セイジは空になった瓶を持つと、その場に背を向けた。見張りはセイジをちらりと見ながらも声を掛けようとはしない。

 邪魔したな、と声を掛け、セイジは城壁を降りていった。



 酒瓶を手に、衛兵たちの歩く砦の中を進んでいく。

 団長の知り合いということもあり、セイジが砦を歩いていても、騎士たちは何も言わず、自分の仕事を黙々としていた。


 セイジは武器庫と備品庫にそっと入り、奥にしまわれている薬類を手に取って眺めた。

 とても騎士団に配給された物とは思えない、ランクの低いポーションを手に取り、溜め息を吐く。

 そして、とてもとても騎士団の備品とは思えない、耐久値の落ちた武器類を目にして、セイジは立ち上がった。


 ここは魔物がこの大陸に入ってくる場所だと言われているほどに、魔物が跋扈する地だ。

 剣ひとつ、薬ひとつとっても、最高の物を揃えないと、次々と騎士たちが減っていくのは目に見えている。

 アルはこれを見て見ぬふりをしているのか。

 セイジはポーションをひと瓶カバンに入れると、アルの元へ向かった。


「アル、ちょっといいか」


 闘技場で『白金の獅子』を相手取って遊んでいたアルに声を掛けると、アルはすぐさま手を止めて、セイジの元にやってきた。


「セルシオン、ガードナ、ルイ、お前らが相手しててくれ」

 

 すぐさま修練中の騎士たちに声を掛けると、「で、なんだ」とセイジの背を押した。

 アルが前に立ち、執務室に向かう。

 長い廊下を進み、ようやく着いた執務室では、副団長と庶務を担当する騎士がせわしなく手と目と口を動かしていた。


「団長! とうとう仕事をする気に」

「来客だ。奥を使うから、口を出すな」


 副団長の叫びを遮るように、アルは威圧を出して黙らせ、セイジを奥のソファに導いた。


 ドカッとソファに座り、腕を組んで、貫禄たっぷりに、アルは口を開いた。


「で、用事ってなんだ」


 セイジは応える前に、魔法陣を描いた。防音の魔法陣だった。

 向こうにいる騎士たちに聴かれていい話かどうか迷ったからだ。

 向こうの声も聞こえなくなったことを確認してから、セイジはさっき持ち出したポーションを取り出し、アルの前に置いた。


「前に来たときは、ちゃんとしたものを支給されていたはずだ。なんでいきなりこんなカスみたいなもんになってるんだ。武器もだ」

「横流しでもしてるんじゃねえか?」


 セイジの質問に、アルはケロッと一番ヤバい答えを返してきた。


「あのクソ王は、俺たちが崩れたらなし崩し的に魔物が攻めてくるのをわかってるから、武器と薬類はけちらないはずなんだけどな。王都を出るときはちゃんとしたモノでも、ここに届いたときにはああなる。現物をもって一度王の所に行ったんだが、俺達に支給したモノの一覧はしっかりしたものだったから、王は鼻で嗤って歯牙にもかけなかったよ。じゃああれか、王都を出た薬と武器は勝手に錆びついて腐ってくとでもいう気かねあの王様」

「で、このままはヤバいだろ」

「ヤバいな。最近は怪我人を治すのも一苦労だ」


 ケッと唾を吐くアルはしかし、そのままで満足しているような目はしていなかった。


「でもまあ、セィからこっちの奴らを調べりゃいいんだし、長引かせる気はないぜ」

「そうとも言い切れねえよ。何せクラッシュが狙われたからな」


 頬杖をついてニヤリと笑ったセイジの反論の言葉に、アルは眉を顰めた。

 

「どこかと手を組んで何かをしでかそうとしてるってことか? つうかギルドを攻撃してどうするってんだよそいつら」

「あれだろ。エミリが手を出せないのをいいことに、利権を手に入れようというか取り戻そうとしてるんじゃねえか?」

「エミリが手を出せない?」


 セイジが憶測を話していると、さらにアルが眉を顰めた。


「待て、なんだそりゃ。誰かにそんな約束させられたのか? エミリは」

「アルは一緒にいたんだろ、その場に。あのクソ王との報酬の話の時によ」

「いたなあ、でも、そんなだったっけ約束」

「おいおいアル……」


 考え込むアルは、その時の状況を必死で思い出しているようだった。


「あの時は確か、契約の魔石を持ってきて、「いついかなる時も、『本来の力』を使ってはならない。使うと契約違反となり、その身をこの契約の石の呪縛が蝕んでいく」って大臣か誰かが言ってたんだ、多分」

「だからそれのことだろ。魔法とか剣とか力任せに使ったら呪縛が身体を蝕むって、エミリは必死で魔法を自戒してるぜ」

「ちょっと待てよ。別にエミリが魔法を使っても剣を使っても、契約の石は反応しないぜ。あんな魔法はエミリの本来の力じゃねえから。そこらへんは、サラと仲の良かったルーチェの方が知ってるんじゃないのか?」

「は?」


 セイジは、アルの言葉に怪訝な声を出した。

 契約の石は反応しない。

 本来の力。


「何だそりゃ」


 初めて聞くことだった。

 セイジの反応を見て、アルも怪訝な顔をする。

 

「もしかして、ルーチェは知らないのか? エミリの種族のこと。サラはすごく興味を惹かれてエミリの生まれ故郷まで足を延ばしたらしいぞ」

「え、いつ」

「昔のことだからあんまり覚えてねえけど、セッテの辺りの魔物を掃討してた頃だ。ここから近いところに生まれ故郷があるってエミリが言ってたのを聞いたサラが、即向かってたぞ。……ああ、あれだ。ルーチェが街の奴に捕まってなんか押し付けられてて一旦王都まで戻らないといけなくなった時だ」

「……ああ」


 俺のいない間にそんなことがあったのか、とセイジは笑った。

 それにしても、サラがエミリの故郷に向かってたなんて。

 あのお転婆、とサラリと長い髪を思い出す。


「エルフの力ってのは、この世界の命の源を守る、守り人の力のことなんだってよ。それを守るために、世界の中心である里から動かず。常にその気脈を管理してるんだとさ。で、その能力は気を操り精霊を使役し大地を癒すってもんだって。でもな、その力は俺たちにとっちゃやべえもんだろ。だって天変地異だって起こせるんだから。で、エルフの血によって、守り人であることをやめたエルフからは、その守り人の力は消えるんだそうだ」

「守り人をやめるってのは?」

「エミリの場合、ライアスとエロいことしたってことだ」

「……身も蓋もねえ言い方するなよ」

「いいじゃねえかほんとのことだし。俺がこの話を聞いたのは、ライアスからなんだよ。本人も結構悩んでた。エミリに過酷な選択させたってよ。当の本人はケロッとライアスを選ぶに決まってるって笑ってたけどな」

「エミリらしいな。……でも、そうか。知らなかったな」


 エルフの里。顔を出してみてもいいかもしれねえな、とセイジはひとりごち、ソファから立ち上がった。

 そして、カバンからありったけの薬を取り出す。


「ほんとはクラッシュにやろうと思って適当に作ってたんだけど、アルにやるよ。あと、さっさとあの備品は何とかしねえとヤバいぞ」

「わかった」

「『白金の獅子』よろしくな。潰さねえように」

「大丈夫だろ。毎日が楽しそうだ。異邦人ってのはあれだな、強いよな。色々と」

「だな」


 薬類をテーブルに山積みにして、セイジは防音の魔法を解いた。

 じゃあな、と手を振り執務室を後にする。

 まずはエミリの所へ飛ぶために、人気のない場所に移動し始めた。



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