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孤独の魔女と独りの少女  作者: 徒然ナルモ
二章 友愛の魔女スピカ
26/781

24.孤独の魔女と始まるそれぞれの戦い


「ふ…ふざけんなよ、そんなわけねぇだろうが なんでアイツがレオナヒルドの脱獄手伝わなきゃなんねぇんだよ!、アイツは友愛の騎士だぞ!それに レオナヒルドには恨みもある!、そんなことする筈がねぇ!」


兵卒の言葉に 怒りを露わにするデイビッド、今までにないほどの気迫を込めて 怒号を響かせ 詰め寄るように怒鳴りつける


「そ それを私に言われても…」


「くだらねぇ疑いをナタリアにおっかぶせる暇があったらもっと正確性のある情報取ってこいってんだよ!」


「デイビッドさん、言い過ぎです!それはもう八つ当たりですよ!」


このままじゃ手をだしかねないと危惧したクレアにより引き離されるも、デイビッドは怒り心頭といった様子で ふぅふぅと息を荒げている


いや、ここまで荒れるもの無理はないか… 普段の彼なら『そんなわけねぇだろ?アイツを信じろよ』と軽く笑い済ませていただろう


ならなぜ、今回はここまで怒ったか…それはデイビッド自身がナタリアを信じきれていないからだ



ここ最近の彼女の不透明な態度、デイビッドをあからさまに避け 剰え敵対しているオルクスの元にまで転がり込み、肝心の廻癒祭にも顔を出さない始末


別にデイビッドは、それらの行いでナタリアを見限ったとか 失望したとか、そんなではない


ただ…ナタリアがレオナヒルドを脱獄させた、と聞いて 『ああ、だから最近コソコソしてたのか』と 心のどこかで思ってしまったのだ、こんな風に 一瞬でもナタリアを疑った自分に腹を立て 怒鳴った


そうだ、クレアの言う通り、八つ当たりだ


「…っ、ナタリアが 仮にも国を裏切ったりするような事、する筈がない…多分 間が悪かったとかじゃないのか、偶然通りかかったとか」


「しかし、地下牢を見張る看守 全てが殺害されていたと聞きます…、地下牢を守る者は騎士にまで及ばずとも皆実力者、それを全て殺せる者となると …」


「…………」


デイビッドは悲痛な面持ちで項垂れる、木っ端な雑魚には出来ずとも ああ ナタリアならそれが出来るだろう


ナタリアは治癒術師でありながら騎士だ、それも騎士団屈指の実力者 接近戦ではクレアさえ上回るような腕前だ、剣の一本でも持てば看守の十人二十人軽くぶっ殺せる


状況証拠が有り ナタリアにはそれを実行できる能力があり、そして目撃情報まであるときた…


デイビッド個人で考えるなら 何が何でも否定したいだろう、だが 今は廻癒祭…状況は一刻を争う


「団長…どうしますか」


「メイナード、…そうだな ここで喚いてても始まらないよな、分かった 疑いを晴らす為にも、まずはナタリアを捕まえる 話はそこからだ」


メイナードの言葉が 団長という呼び名が、デイビッドに突き刺さる


そうだ彼は団長だ、この場にいる騎士達を率い 皇都の無辜の民々を守る義務がある、例え 相手が相棒であれ、なんであれ 彼は義務に殉ずる必要がある


「ヴィオラ メイナード、お前ら二人に何隊かずつ預ける ヴィオラはレオナヒルドの捜索、メイナードは聞き込みとナタリアの捜索 頼めるか?」


「はい、お任せを 近衛騎士の名にかけて必ずや遂行を」


「必ずレオナヒルド先輩を見つけてみせます!」


敬礼を一つ 勇ましい返答と共に踵を返すメイナードとヴィオラ、二人とも迷いはない…いやこれ以上デイビッドに心配をかけまいと 不安な胸中を吐露しないだけだ


「ったく、俺 そんなに頼りないかな…」


本来ならば近衛の名を持つ彼らをこの場から離すべきではないのだろう…


本当なら 副団長や団長補佐のような立ち位置にいる人間が 別働隊の指揮をとるのが普通だが、ヴェルトが抜けてガタガタの騎士団には 今指揮を取れる人間自体が少ないのだ



こんなところに、水を差すのは本当に申し訳ないが…、実はもう一つ 問題が起きていることを私は知っている


「おい、デイビッド てんやわんやのところ悪いが、すまん エリスとデティの姿が見えん」


「はぁっ!?な ななぁっ!?マジかよ!?」


「む?、あ!ほんとだ!エリスちゃんもデティ様もいない!」


「っ…気がつけないなんて、不覚です」


あまりの事態に眩暈を覚えくらりと壁に手をつくデイビッド


そうだ、私も気がついたのだが どうやらエリスとデティの二人が、馬車から抜け出し 何処かへ行ってしまっているようだ、いつ消えたのか どうやって抜けたのかは分からない


しかし、思えばすぐに気がつくべきであったと悔やむ、今になって思い返すと なんだかデティがソワソワしているように思えた、他人の弟子のせいにはしたくないが多分デティが誘ったのだろう


そして、デティに行こうと言われればエリスも断れない、自分が守れば良いとか思ったのだろう…記憶力も要領もいいが エリスもまだまだ子供という事だ


「くそっ、こっちの捜索にも人員回さねぇと…外にはレオナヒルドがうろついてるかもしれないんだ、それと鉢合わせたら 最悪だ」


レオナヒルドは小物だ、その器は小さく自分の非を全て他人に擦りつけることを得意とする、自分の失墜のキッカケを作ったエリスに並々ならぬ怒りを覚えていても不思議ではないし


何よりエリス自身も レオナヒルドに対して恨みを抱いている可能性がある、エリスは一度経験した事柄は忘れない、つまり 恨み事は永遠に忘れない、顔を合わせたら間違いなく戦闘になる


戦闘になれば…どうなる?、以前戦った時 エリスは完敗した、魔力が無かったとかそういう問題じゃない、レオナヒルドは小物だが強い、魔力面経験面 双方でエリスを遥かに上回る相手だ…だが、エリスもあれから強くなった 10回に1回は勝てるだろうな


10回に9回は惨殺されるだろうが


「任せてくださいな!、私がチャチャっと見つけて来ますよう」


「おおクレア 助かる、警備を担当してる兵卒に連絡して人員を…」


「いりませんよ、子供を見つけるくらい私一人で出来ますからね んじゃ、ぱぱっと見つけて来ますね」


そう言って立候補するなり 瞬く間にいなくなる速攻ぶりは流石クレアと言える、確かに 子供達の足なら然程遠くには行くまい、行方不明のナタリアや脱獄囚たるレオナヒルドを捕まえるのと違って、さしたる労力もなく終えることが出来るだろう


「なら私も行こう、我が弟子の不始末だ 私も尻拭いに回ろう」


「レグルス様…いやレグルス様に動いてもらうのはいささか…いえ、そうですね 今は非常事態ですし、レグルス様ならすぐにエリスちゃん達を見つけられそうですしね」


クレアだけに任せ 私はここでソファに座ってました、なんて師としての威厳が保てないだろう

それに、如何なる理由があったとしても 弟子が不始末を為したなら、尻拭いは師である私がするべきこと


「お待ちなさい…」


そう思っていたのだから、クレアを追うため扉に手をかけた私に一つの声がかけられる、どうやら私の師弟感と彼女の師弟感は違うようだ


「今日という日は 魔女が勝手に出歩いていい日ではありませんし、…な 何より デティの事で貴方に貸しは作りたくありません、うぷっ」


そこにいたのは、青い顔をして壁に手をつくスピカであった


少し話せる程度にまで回復したか?、というか 弟子に関して貸し云々など言っている場合ではないだろうに


「そんなことを言ってる場合か?、スピカ…これはただの子供の迷子じゃない、呼び方を変えるならば『魔術導皇が行方不明になった』だぞ?、本来なら騎士団全員で事に当たるのが普通なほどの大事件なはずだ」


「ええ、騎士団全員で当たるべき事件です…、ですが貴方は騎士でもなんでもないでしょう、ここは クレアに任せて…ここにいてください、それとも 貴方の弟子は早々に見つけてやらねば死んでしまうようなか弱い子なのですか」


そう言われると、そんな事ない と叫びたくなるのだから スピカは私を煽る法をよく心得ていると言える


エリスは強くなった、強くなるよう鍛えた 皇都に来てからつけた修行はムルク村にいる時のただの基礎修行とはわけが違う、完全に実戦を想定しての訓練 …


確かにレオナヒルドは強いが、鉢合わせてもエリスならばなんとかすると信じよう、それにあの子のことだ 勝手に遠くに行くことはあるまい、案外 私が行かずとも早々に帰ってくるかもしれないしな、入れ違いになったらそれこそ面倒だ


「はぁ…分かった、ただ ここにいることを納得したわけではない、もし休憩時間が終わるまでに帰って来なければ、私が迎えに行く、それでいいな?」


「構いません…うぷっ、わ 私はちょっと 奥で休んでますね」


その言葉を置いて、再びスピカは胃液臭い部屋の奥へとフラフラ戻っていく


何故、スピカが私を側に置きたがっているのかは分からない、もしかしたら 意味などないのかもしれない、単に彼女も心細いとか…もしくは この場では言えない、何か別の理由があるとか


むず痒い、皆が皆 巧妙に腹の中を隠しながら自らの周りをチョロつく現状に些かのむず痒さ いや苛立ちを覚えながら、座椅子を手繰り寄せ 強引に座る


ふと、椅子に座って気がつく…元々館の護衛は必要最低限しか連れて来ていなかったが、さっきの一連の事件の連続のせいで さらに数が減った事に


メイナード率いる近衛組はみんなこの場から離れてしまったし、騎士も殆どヴィオラが連れて行ってしまった、今この館の周囲を囲んでいるのは三十人にも満たない一般兵卒と デイビッド メロウリースの騎士二人だけ


こんな手薄具合で果たして護衛と言えるのだろうか


「…くっ、また 先を越された、私もクレアについて行くべきだったか…いやあの状況では私がクレアの指揮下に入れられてもおかしくなかった、クレアの下につくのは絶対に嫌…でもこのままじゃまたクレアが功績を…」


ブツブツと そしてウロウロと館の中を回っているのは、メロウリースだ 今日あったばかりの騎士で、なんでもクレアとは士官学園で同期の中 そして同じ歳でもある秀才らしい


「どうした、落ち着かん様子だな」


「あ、いえ…すみません 私としたことが」


落ち着かない、一言で言うなら彼女の状態はまさにそれだ、内側が乱れに乱れている…迷っているとでも言おうか

恐らく 同期のクレアが 魔術導皇を迎えに行く と言う大仕事を任されたのに対して 最後まで何も言い出せずこの場に残ってしまった自分を情けなく見ているのだろう


同期と自分を比べ 焦り 迷い 慌て 惑っている、何にせよ若い証拠だ


「私でよければ 話を聞くぞ」


「い いえ!、魔女様にそんな事…」


「いいから話しなさい、私も ここで待機を命じられて退屈なんだ」


別に、退屈凌ぎで彼女の悩みを聞くわけではない、ただ 迷える若人に年長者として何かアドバイスが出来ないかと、魔が差したのだ


勿論力になれるわけではないが、多少 口に出して悩みを吐露するだけで答えというのは案外自分で見つかったりする


「……その、クレアが 仕事をしている中…私だけここに残されてしまっている事実が、情けなくて…クレアには 負けたくないと、あれだけ張り切っていたのに ここ大一番になると、いつもクレアに先手を取られる それが悔しくて」


やはり、クレアが率先して外へ出て行った事に対して 先んじて自分が動けなかった事に対して 敗北感を感じているのか、ううむ


メロウリースは悩む 迷う、どうするのが一番効率が良いか どうするのが正解かを、岐路に立たされた時熟考する


対してクレアは迷わない、自分の直感を信じ 分岐点に立たされた時瞬きも止まらず即座に選択する


どちらが良い、とは言わない どちらも正解と言える…だが、メロウリースが言ったように選択肢を迫られた時、選択の早いクレアが先に道を選ぶだろう 結果としてメロウリースは常にクレアの後塵を拝する事となる、悔しかろうな


だが……


「あまり、クレアを意識しすぎるのも 良くないのではないか?」


「…どういう意味ですか」


「いや何、別に クレアのように先手を取ることだけがいいとは限らん、お前が遅れるのは お前が他よりも考えて選択しているから、他の奴の出方を見てから動いても遅くはない、どんなタイミングでどんな風に選択しても 結果さえ出せれば万事オーケーだろう」


「……」


あ、納得してない まぁそりゃそうか、いきなり悩みを聞いて それに対して偉そうに一言言ったって、心になんぞ響かんか


「簡単に言うとだな、お前はお前の仕事 護衛の使命を果たして成果をあげればいいのさ、お前は置いていかれたんじゃない ここでお前なりの仕事をしているだけさ」


「護衛の仕事を…」


動いて仕事を見つけてくる事だけが活躍じゃない、ジッと待ち その場で黙々と使命を果たす事もまた活躍と言える、これも讃えられるべき立派な仕事なのだ


「分かりました、魔女様の護衛は 私が立派に果たします、メイナード近衛隊長やヴィオラ先輩 そしてクレアのみんな以上に、私が完璧に護衛の仕事を果たしてみせます」


「ああ、そうだ 頑張れよ」


ともあれ、やる気を出してくれたのなら それでいい…、さて 私もここで待とう


しかし、別に状況が好転したわけじゃない


エリスとデティは 悪く言えば行方不明だ


レオナヒルドは脱獄し どこに潜んでいるか分からない


ナタリアの狙いは分からず その行方も分からない


…ナタリアか、そこまで悪意に満ちた人間には思えなかったが、人間どこでどう道を踏み外すか分からないからな、彼女が悪人であるレオナヒルドに手を貸したとは考えたくないが…さて どうなるか


まぁ、なんでもいいが 、私としてはエリス…お前が無事でいてくれるならなんでもいい、五体満足で帰ってきてくれよ


…………………………………………




「っんぐーっ!んんんぐぐぐっー!」


「っちょっ!本当に暴れんなって!」


死にたくない 、死んでたまるか 捕まってたまるか 思い通りになってたまるか、何故ナタリアさんがエリスを捕まえているのか分からない、だが 今ここで諦められない


今ここでエリスが諦めれば、デティの身はどうなる!エリスが不用意に連れ出したばかりに あの時止めなかったばかりに、あの瞬間レオナヒルドに遅れをとったばかりに窮地に陥っているエリスの友の身はどうなる!


「ぐぐっー!」


「だから!、静かに!静かにしてくれりゃそれでいいから!見つかっちゃうから!」


「……?」


…ふと、様子がおかしいこと気がつく、気が動転していて気がつかなかったが ナタリアさんは確かにエリスのことを押さえつけているが、それ以上のことはしないし傷つける気配もない


ナタリアさん程の力があれば エリスを容易に気絶させる事も、ましてや首へし折って永遠に黙らせる事もできる、のにしない…


「……」


「よしよし、いいこいいこ …ちょいと静かにね」


そう言いながらエリスの頭を撫でるナタリアさんの手は優しく、ああ あれやこれは全てエリスの早合点だった事にようやく気がつく…


「ほら、見てみ 路地の外…」


そう言われ、ナタリアさんと一緒に先程までエリスが立っていた場所辺りを見ると


「おい、確かにこっちの方に走ってきてたんだよな」


「確かにこちらの方に、もしかしたらもうレオナヒルドが回収したのかもしれん 合流地点に急ぐぞ」


そこには全身鎧を纏い 剣で武装した導国兵が5~6人 屯して…、いや違う アジメクの導国兵の鎧とはデザインが微妙に違う、しかし 何処かで見たことがある


ああそうだ、あのオルクスという貴族が連れていた私兵!彼らが身につけていた鎧と全く同じデザインをしている!

つまり彼らはオルクスの部下?配下?に当たる人物のはず…何を探してるんだろう


「あいつら敵だよ、どうやらレオナヒルドと結託して騒ぎを起こそうとしてみたいでさ…、騒ぎを起こして何をしてるかは分かんないけど…、少なくとも いい事じゃないはず」


オルクスの私兵達が離れた瞬間、ゆっくりと手を離し 耳元で囁かれる


もし、あのオルクスの私兵がナタリアの言うように、レオナヒルドと結託している存在だとするならば あのままエリスが不用意にレオナヒルドを追っていたら挟み撃ちにされていた可能性がある、つまりエリスは助けられた?


「ぷはっ、あの…ナタリアさん、エリスには状況が飲み込めません、説明をお願いしてもいいですか?」


「ん?、まぁそっか 道端でばったりレオナヒルドとこんにちわして、呆気取られてる間に私に引きずり込まれたんだから、そりゃ混乱しますか…混乱してんのはアタシも同じだけど、いいよ エリスちゃん賢いし、知恵借りましょうじゃないの」


そう言いながら、ナタリアさんはここに至るまでの説明をしてくれた …


ナタリアさんは、今日レオナヒルドの様子を見に 地下牢に向かったそうだ、だがそこにあったのは看守の惨たらしい死体ばかりで牢屋は開け放たれ いるはずのレオナヒルドの姿も無く 、…どういうわけか混乱してる間に白亜の城の人間にレオナヒルド脱獄を手伝った犯人と間違えられ追われてしまった事


そして、冤罪を晴らすため 何より奴を野放しに出来ないとレオナヒルドを追っているうちに 、奴がオルクスの私兵の援護を受けながら、とある場所を目指していると気がついた事


それを止めるため オルクスの私兵と戦闘になった事、レオナヒルドとも戦闘になった事 連戦に次ぐ連戦で疲弊し 体を休めているところ、エリスを見つけたので 咄嗟に匿った事


何故、今までコソコソと暗躍みたいな真似をしていたのか

何故、廻癒祭を放り出してまでレオナヒルドの様子を見に行ったのか

何故、あの日オルクスの所へ向っておきながら今は敵対しているのか


その辺は語ってくれなかった、肝心なことを上手く隠されているようで 、どうしても不信感を抱いてしまうが、ナタリアさんの身体中についた傷…ボロボロの衣服から確かに先程まで戦っていたことが真実である事が分かる、嘘は ついてないと思いたい


少なくとも治癒術師である彼女が 自分の怪我を治す暇さえない程切迫詰まっているのだろう


「しかし、レオナヒルドが脱獄してたなんて…誰が逃したんですかね」


「分かんない、最初はオルクスの私兵が逃したのかと思ったけど、…如何にもこうにも違う臭いんだよなあ、もしかしたら 白亜の城の中にオルクスに通じてレオナヒルドを逃した、所謂裏切り者がいる可能性がある…んまぁー!その裏切り者最有力候補は現状アタシなんですけどもぉ?」


確かに、ナタリアさんの最近の行いと 惨劇の現場に居合わせた不幸、この二つが合わさればナタリアさんといえど容易に犯人にされてしまうだろう、というか多分今導国軍はナタリアさんを犯人として追っている可能性がある


今は一刻を争う…誤解を解くにも時間がかかるし、国軍に援護も求められないから致し方なしと孤軍奮闘していたんだろう……なら、彼女も助けが必要な筈だ


「…ナタリアさん、レオナヒルドはデティを攫って行きました」


「知ってる、見てたから 止められなかったけど」


「エリスはデティを助けたいです」


「生半可じゃないよん、レオナヒルドも馬鹿じゃない 多分デティ様を盾にこの国から逃亡するつもりだし、死んでも離さないでしょ」


「分かってます、だから追うのを手伝わせてください」


「…んぅーっ?」


治癒魔術を使いながら全身を癒すナタリアさんに、頼み込む もし敵がレオナヒルドだけじゃないのなら、エリスはきっとまたあの砦の二の舞になる…前哨戦で魔力使い切って 、またレオナヒルドにボコボコにされる


だから、一人じゃ無理だ この人の助けがいる、今 館に戻ってししょーの助けを乞う事が出来れば 味方は増えるが、レオナヒルドがその間何をするか分からない…アイツは子供でも容赦しないから



だから今すぐ手を貸してくれる仲間がいる、この人はあのクレアさんより強いらしい …味方であればこの上なく頼りになる


「んんぅ、今回ばっかりはアタシも本気で余裕がないんだよね、ピンチになっても助けられる自信ないし」


「大丈夫です!、エリス強くなりました!足は引っ張りません!」


「砦でのエリスちゃんの怪我治したのアタシだよ?、あの時のやられっぷりは一番理解してるつもり、…オマケに さっきだって手も足も出てなかったじゃん」


「くっ…」


あれは不意打ちだったから 目の前にいると分かってれば遅れは取らなかった!、そう叫びたい気持ちを抑え 冷静になる、確かに手も足も出なかった いきなりの不意打ちだとしても、戦闘など どんな状況でも始まり物は始まる


その点で言えば エリスは間抜けだった 弱かった


でも、だとしても エリスは…


「んふふ、なんてね?エリスちゃんが強くなってるのはよく分かってるよ、この数ヶ月修行に明け暮れてるのも風の噂で聞いている、もしあの時のままだってんならこのまま送り返したけど…強くなってるってんなら むしろこっちからお願いしたいよ、助けてエリスちゃんってね」


「な ナタリアさん」


乱暴にエリスの頭を撫でる手には、確かな信頼が籠っていた …


「よおぅっし!そうと決まりゃいっちょぶちかましますか!、頼もしい仲間も加わったし!、このまま突っ込みましょう!」


「はい!、ぶちかまします!…所でレオナヒルドの目的地が分かってるって言ってましたけど、レオナヒルドはどこへ向ってるんですか?」


「ん?、ああ 道中のオルクス兵ボコして口割らせたらさ ハルジオンって貴族の廃邸に向ってるらしいよ、…一年前に消えた 貴族の居宅だったらしいけど、そこでレオナヒルドは誰かと合流して この国を発つ予定らしい、それ以外のことは分からんけど行き先分かってんなら 向かうだけっしょ?」


「はい!ハルジオン邸ですね!…ハルジオン…」


はて、ハルジオンという言葉どこかで聞いた気がする…エリスとした事が思い出せない?、 いや違うな 、多分しっかり聞いていなかったのだ 何処かで流し聞いた名前なのだ、…まぁいい 今重要なのはレオナヒルドがどこへ向ったかだ


そうモヤモヤする頭を起こすためパシパシと頬を叩き、路地から飛び出る ナタリアさんを追うように路地に躍り出る


すると


「むっ!?貴様 ナタリアか!」


「やはり隠れていたか!」


「貴様が我々の仲間を倒して回っているとは聞いている、オルクスの邪魔をするなら死んでもらうぞ」


当然、路地に出れば先程のオルクスの私兵にかち合うことになる、鎧を身に纏い 顔はフルフェイスで覆われているため伺う事は出来ないが、その視線 その態度が敵意に満ちていることは容易に感じ取れる、問答無用ということか



「エリスちゃん、こいつらもどうせ後々になって邪魔になるし レオナヒルドと戦う時邪魔されても困るから、先に倒しとくよ!いけるよね?」


「はい、問題ありません!」


構えるエリスと 拳を握るナタリアさん、対する私兵は数にして六人 簡素ながら金属の鎧を着込み、その手にはよく磨かれた鉄の剣…エリスが以前相手にした盗賊達とは装備の質が雲泥の差だ


が…行ける、自信ではない この場にいる全員の構えから理解できるのだ、コイツらはメイナードさんやクレアさんのような隙のなさは感じない


「ナメた事を、…俺たちは子供だろうが女だろうが 金をもらっている以上、区別も容赦もしない!」


剣を構えた私兵のうちの一人が、先陣を切り 強く踏み込み襲い来る、初手で狙うはエリス…、その一連の動きは、やはり 山賊よりもより実戦的と言える、動きに無駄がない上に、何より速い 速いには速いがっ!


「ふっ!」


「んなっ!?このガキ 回避をっ!?」


咄嗟に身を屈め、エリスの首目掛け容赦なく振るわれる横薙ぎの一閃を避ければ、空を切る刃はエリスの髪にすら触れる事なく、あらぬ方向へと飛び 私兵の体を大きく振り回す、こんな子供に 攻撃が避けられると思っていなかった そんな心境がありありと伝わる


確かに、砦にいた頃のエリスなら ここまでスマートに避けられなかったろう、最悪命すら落としていた、だが 今は違う


「くそっ!、なんだこのガキ!?攻撃が当たらん!?こんな子供の話なんか聞いてないぞ!」


縦へ 横へ 袈裟へ また縦へ、連続して振るわれる剣は 一つとしてエリスの体をとらえる事なく、無情にも虚空を切り刻む


エリスには分かる、この数ヶ月間行ってきた 実戦を想定した訓練により、剣士が剣を縦に振るう時どんな動きをするのか 横に振るう時どんな前動作をするのか、その全てを記憶しているのだ


そして、その時 どう動けば当たらないかも ちゃんと記憶している…コイツの剣閃は鋭いが、記憶の中のクレアさんの方が数倍は速い、これなら避けられる!


「……大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を 『旋風圏跳』」


剣撃を身を翻し 避け続ける間、息を整え 詠唱を唄い 魔力を隆起させる、使うは旋風圏跳 エリスが現状最も使い慣れた 魔術にして 攻撃法


当然風を纏わせるのはエリスに対してでは無い、剣を振り回す私兵の足…そんなに力を入れて剣を振るっていては 軸足がバレバレだ、其方に手をかざし風で吹き飛ばす、魔術を用いた足払いだ


「ぬぉっ!?か 風が俺の足を…がふっ!?」


私兵の軸足は風に巻き取られ容易に後方へ吹き飛ばされる、ただし飛ばすのは足だけだ 足が後方へ吊り上げられれば当然下に行くのは彼の頭…宛らトンカチのように常軌を逸するスピードで私兵の兜で守られた頭は地面へ叩きつけられる


頭に血でも昇っていたか?それとも子供が反撃などすまいと高を括ったか?、受け身などカケラも取れず 叩きつけられるその兜は凹み、男の意識など容易に刈り取る


「まず一人…」


これがクレアさんなら、即座に軸足を切り替え 身を翻して受け身を取るだろう、というか 模擬戦で取ってきた そのまま返す刀でエリスは負けたことがある


だが、彼らにはそれが出来なかった…技量の問題か油断の問題かは分からないが


「チッ、油断するな!このガキ魔術を使う上 やけに実戦慣れしているぞ!」


「刃物見てビビらねぇとかどんな子供だ!」


仲間が瞬く間にやられたとあっては、彼らも黙ってはいられない今度は二人揃って剣を構え、連携を取りながら斬りかかるって来る


先程よりも濃密な攻撃の嵐、二人揃っての連携…だが これも模擬戦で経験したことがある、その時はヴェオラさんとメイナードさんの二人がかりだった


この国を代表する近衛士二人の連携と どこぞの馬の骨とも取れる私兵の連携、どちらが強力かなど 態々問うまでもない


「っ…!」


「なっ!?このガキ!?」


前へ飛ぶ、多人数を相手にする時 相手が最も気にするのは敵ではなく仲間の方だ、こういう時相方へ誤って攻撃しないよう気を使う場合が多い、なら このように二人の間に入ってやれば お互いがお互いを傷つけないよう一瞬だが動きが 攻撃が止まる


そして、一瞬あれば 撃破は可能だ


「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍・防壁展開』!」


風刻槍を薄く引き延ばし展開するする、所謂風による障壁を二人の間で一気に生み出したのだ、ただの風と侮るなかれ 大地を抉るほどの暴風を至近距離で浴びれば鎧をまとった男と言え容易に吹き飛ぶ


「っ!?また風 しまっ…ぎゃふっ!?」


「こ こいつまさか孤独の魔女の弟子か!?くそレオナヒルド!話がちがっ…ぐふっ!?」


吹き飛ばされた先に絹の束でも置かれていれば 彼らとて無傷だったろう、だがあるのは分厚く硬い石の壁 、しかもそれを突き破るほどの衝撃で突っ込むのだから、…その威力は推して知るべし


というか、普通に壁ぶっ壊しちゃった…あ 後で怒られるかも…


「へぇ!、やるもんだね!エリスちゃん!」


すると丁度ナタリアさんも私兵を三人打ち倒すところだった


剣も杖も なんの武器も持たないナタリアさんはどうやって鎧を着込んだ私兵を倒したのか?、と 一瞬疑問にも思ったが すぐに解決した


「おりゃおりゃあっ!」


「ぐべっ!?…んな…バカな…」


殴打だ、しかも素手による殴打


いや拳で殴ったというより掌による掌打か、その手は的確に鎧の上からこめかみを打ち据え 肺を打ち抜き、鎧を貫通する衝撃波だけで 私兵を昏倒させたのだ

そして鎧を殴り抜き傷ついた手は治癒魔術で治し元通り…なんて強引な戦い方だ


「強くなったねエリスちゃん、クレアんと戦った時より何倍も強くなってる 、ってか強くなりすぎじゃね、その年でもう実戦に通用するとか…末恐ろしいわ」


「ししょーの修行のおかげです」


あと、あの模擬戦のおかげ …あれのおかげでエリスの中で戦闘理論をかなり構築することが出来た、剣士の相手 魔術師の相手 どんな奴が相手でも 常に最適解を導いて戦えるし、戦闘回数が多ければ多いほど エリスはより完璧に戦うことが出来る


「ま まぁいいや!、エリスちゃん!この調子なら問題なさそうだね、…道中いる雑魚 全部倒しながら進むよ!」


そう言いながら気絶させた私兵を踏みつけながらレオナヒルドを追う、いける もしエリスが先ほどの六人を全員相手していたら 、負けはしなかったが消費魔力は三倍以上だったろう、体力もかなり余裕がある いける!


待っててデティ!、すぐに助けに行くから!






……………………………………………………………………


風向きが変わった…いや、別に風の吹く方向が変わったとか そんなんじゃない、流れというか 勢いというのだろうか、ともあれ 何か空気がピリつく何かに変わった


「レグルス様?どうされたのですか?」


私がそれに気がついたのはエリス達の帰りを待ってほんの数分後のことだ、いきなり表情を変え目を釣り上げた私を前に メロウリースが困惑の声を上げる


だが、そんなことを説明する暇はなかった、いや 必要がなかったと言おうか、この空気の正体は直ぐに 分かったのだから


「しゅ 襲撃です!、謎の武装集団が この館を取り囲んでいます!とんでもない数です!」


「なんだと…」


扉を蹴り開け 報告に来る兵卒の言葉を聞いて、真っ先に反応したのはデイビッドだ その顔は驚愕に満ち…てない、むしろ悪い予感が当たってしまったというような顔だ


「やっぱり、くそっ やられた レオナヒルド脱獄は囮か、こっちから指揮できる奴を引き離す為の…!」


確かに、木っ端な罪人が抜け出したなら その辺の兵卒に命じて探させるだけで済んだろう、だがレオナヒルドのような凶悪犯なら話は別


デイビッドか メイナードのどちらか、陣頭指揮を取れるものをここから出す必要がある、警備も薄くなる 、そこを突かれたのだろう


「どこの誰だ、狙いはなんだ…」


「所属は…その、オルクス卿の私兵と同じ鎧を着ており…」


オルクス卿 その名を聞くと、それ以上の説明は要らないとばかりに 剣に手をかけるデイビッド…いやメロウリースもだ


まぁ、そういうことだろう オルクス…、彼がいつかに語った理想を実現する為、実力行使に出た…つまりは 内戦か 反乱か…、簡単に言うなれば彼は今日この場で スピカを殺すつもりなのだろう


「やっぱりあの野郎…遂に本性現しやがったな、出るぞ メロウリース!」


「はい、団長!…この護衛の仕事 やり抜いてクレアを見返してやる!」


「で では直ぐに!、今は庭先で押しとどめていますが 数が多い上に実力者も多く 我々では対抗出来ません!」


分かった という言葉すら返さずデイビッドは大慌てで外へと駆けていく


状況 というか、戦況は最悪だろう 何せ主力となる騎士達は殆ど別の場所に行っているし、戦力は皇都中にばら撒かれている、異変を察知して外から助けに来るにしても些かながら時間がかかる


それに、オルクスはこの1日に賭ける為 かなり前から準備してきたに違いない、全ては憎き魔女を打倒する為に


「なんてな…」


レグルスは一人、ため息をつく…確かに この戦力では、容易く突破され スピカはオルクス率いる反乱軍の戦線に引きずり出されていただろう


だが今日は、私がいる…


この場には 、孤独の魔女レグルスがいる…ともすれば先程起こした外部での騒ぎは 私を引き剥がす為の物だったのかもしれん、事実 スピカがいなければ私はここから離れていた


が、まぁ 巡り合わせが悪かったな



気怠く椅子から体を起こし…肩を鳴らす、さて 魔女に牙を剥くという行為が どういうものなのか 奴らに分からせてやるとしようか


外からは既に怒声や剣戟の音が響いている、どうやら 本当にやる気らしい…、私とて 友に襲いかかられて温厚でいられるほど、優しくはないし甘くもない


オルクスの理想がどういうものか、今は関係ない 彼に対する義理も含めてな


今はただ、孤独の魔女レグルスとしての猛威を 奴らに示してやるだけだ

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 子ども2人誰も見てないのは無能の集まりすぎる…… 少なくとも1人は皇なのに……
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