まだ、1日目
目標が出来たのは良いけど、取り敢えず、今の状況と、これからの身の振り方が重要。
「異なる世界より御降臨された聖女様の、今後の予定としましては、先ずは我が国の文化、風習に慣れて頂き、魔法の訓練も同時に行って頂きます。国民へのお披露目は、ある程度の技量を身に付けて頂いてからとなります。尚、文化、風習に慣れて頂くための試みとして、国立魔法学園に通って頂く事も検討しております。高位貴族の皆様には、お披露目が済むまでの間、聖女様の存在は秘匿し、辺境国からの姫君として、聖女様を歓待して頂きますよう、これは、魔法に慣れていない聖女様をお守りするためでもあります。呉々も他に漏れる事のないようご注意下さい、もし万が一、どなたかが漏らした情報で、聖女様の身に危険が及んだ場合、厳しい沙汰が下される事をご承知ください。
今回、異例の事ではありますが、聖女様に巻き込まれて、異なる世界より幼児も一人、一緒に降臨致しました。この幼児には、女神様のお力は発現しておりませんが、非常に珍しいことに、高魔力の判定が出ております。よって、この幼児も聖女様と共に魔法の訓練に参加する事になります。聖女様とあわせて、秘匿の対象となりますので、ご承知ください」
頭の良さそうなおじさんが、淡々と、でも言い聞かせるように話す。
凄い眼光で、一人一人睨み付けるように 見ながら話すので、とても怖い。
まあ、取り敢えず、魔法を習えるようにしてくれたので、安心した。
頭の良さそうなおじさんが、話し終わり、王様に一礼して一歩下がると、
「聖女殿、名を」
王様が、厳かな声で問いかける。
「はい!高梨莉奈って言います!リナって呼んで下さい!私!頑張りますぅ!」
両側に奥さんのいる王様に、顔の前で拳を握り、内股で上目遣い、って何アピールだ。
王様丸無視だけど。
「第二王子キャベンディッシュ、そなたを聖女殿の世話人に任命する!」
「は、慎んで拝命致します!」
王様の言葉に、それはそれは嬉しそうに、跪いて拝命するキャベンディッシュ、王族ってのは、もうちょい感情を抑えるとかしないんですかね?
隣でキャッキャと手を叩き飛び跳ねる聖女、王様丸無視。
「あー、聖女殿と共に来られた幼児、名を」
「あい、いちゅきけーたれしゅ」
噛んだ、暫く話して無いからとかではなく、理解出来るのに、発音しようとすると、途端に難しくなるこの国の言葉が悪いと思うの、呂律が全然回らない!
王様に、
「んん?」
とか聞かれるし、
「いーちゅーきー、けーたでつ!」
ゆっくり言ってもダメだった。
周りが微笑ましく見てくるのが、更に居たたまれない。
「あーうん、ではケータ殿、ケータ殿の世話人を、第三王子アールスハインに任命する」
「は、慎んで拝命致します」
王様は、全部を理解するのを諦め、聞こえたとこだけで呼ぶようだ。
地味に凹んでいるけど、男前が、アールスハインと言う名前で、王子だった事はちゃんと聞いてた、別に驚いたりはしない、態度とか周りの反応とかで予想してたし。
男前改め、アールスハインは俺を膝に座らせ、跪いて拝命した。
アールスハインが、立ち上がったタイミングで、頭の良さそうなおじさんが、
「今後の情勢を見て、緊急の会議等を随時開催致します、諸兄らは、備えを万全に心しておくように、以上解散」
と締めくくった。
後ろの方から、ザワザワしながら皆が帰って行く。
たぶん、高位貴族の中でも地位の低い方から帰っているのだろう、ボンヤリと眺めていると、
「お前も大変だな、そんな赤ん坊を任されて、私の聖女様とは大違いだ!だが出来損ないのお前には、とても良く似合っているぞ!ハハッ、アハッ、アーハッハッハッ」
だいぶ減ったとはいえ、まだ結構な数の高位貴族が残っているのに、王族の不仲を大笑いで暴露してる。
それがいずれ、弱味になったり政略の道具になったりって事を、まるで考えてない。
さっきこの世界に来たばかりの俺でも想像出来るとこを、理解していないこいつは、バカ確定だな。
言われて、笑われてるアールスハインは、無表情を貫いてるのに。
何の反応もしないアールスハインに、苛立ったのか、
「出来損ないは、言い返す言葉も思いつかないと見える!相手にするだけ時間の無駄だな!!魔法だけでなく言葉も不自由とは、心底同情するよ!ハハッ」
馬鹿に仕切った嫌みな顔で、アールスハインを嘲笑うキャベンディッシュ、誰が見ても、キャベンディッシュの方が馬鹿丸出しなのだが、
「魔法って?」
聖女が質問すると、それは嬉しそうに、
「こやつは魔法を使えないのだ!幼い頃より父上や側妃殿が手を尽くしたが、一向に原因が分からぬ、魔力量だけは王族で一番の量が有るのに、正に宝の持ち腐れだな!!ハッハッハッ」
「キャベンディッシュ!我が妻リィトリアを側妃などとゲスな言葉で呼ぶ許可を出した覚えは無いが?」
大分人の減ったホールに、王様のひっっっくい声が響く。
怒りの多分に含まれた声だ。
流石に空気の読めないバカ王子でも、肩をビクッと震わせる。
恐る恐る王様を見るバカ王子、顔は無表情だが、射殺しそうな眼光の王様。
「ちちちち、父上!これは、いえ、申し訳ありません!」
「誰に対して謝っている、お前が侮蔑したのは私か?」
「いいいいえ!いえ、その様な気持ちは微塵もありません!……リィトリア母上、申し訳ありませんでした」
大慌てで謝罪するが、美人王妃様に謝る時に、悔しそうな顔をするのはなぜか、答えは簡単、ギランギランの方の王妃様も、キャベンディッシュと同じ顔をしていたからだ。
ギランギラン王妃様の息子がキャベンディッシュって事で、ギランギラン王妃様は、もう一人の王妃様の存在が気に入らないのだろう。
とても分かりやすい母子である。
「それと、先程アールスハインの事を申しておったが、魔法を使えるはずのお前も、大した技は持っておらぬと聞いているが?」
王様がメガネさんの方を向いて尋ねると、メガネさんは、メガネをクイッとしてから、
「キャベンディッシュ王子におかれましては、初級魔法を修め、中級の魔法を幾つか使えるといった実力ですね」
と答えた。
「魔法学園に通い1年が経つ、それで中級が幾つか、とは精進が足らんのではないか?比べて、アールスハインは、魔法は使えずとも、剣の腕は新入団の騎士レベルに達しているとか、人の不幸を笑っている場合ではあるまい」
王様の言葉に何も返せないキャベンディッシュ、その顔は、屈辱で歪み真っ赤になって震えている。
ギランギラン王妃様は、流石に顔には出ていないが、握り締めた扇子が今にも折れそうにしなっている。
微妙な空気の中、我関せずと退屈そうに明後日の方を向く二股聖女。
俺は?俺は、気になっていたことを確かめている。
魔力測定してから、何となく魔力の流れのような物が、見えるようになっていたのだが、他の人はグルグルと身体中を回っているのが、アールスハインの魔力は途中で滞っているように見える。
不思議に思い、アールスハインを凝視していると、心臓の横辺り、半透明の黒い虫のようなウニョウニョを発見。
3センチ位のウニョウニョ虫は、どうも服を突き抜け体から生えているように見える。
指先でつついてみると、イヤイヤをするみたいに動く。
どうにも善くない物のように感じるので、試しに引っ張ってみた。
ズリュリューンと思った以上の長さがあったが全部が引っこ抜けた。
引っこ抜けた瞬間、アールスハインが、ビクビクッと震えて俺を見たので、引っこ抜いた瞬間から何故か実体化した、手の中でビチビチしている不思議生物?のウニョウニョ虫を差し出す。
「ん!」
「………」
「………」
暫し無言で見つめ合う。
手の中ではウニョウニョ虫がビチビチしている。
「そ、それは何ですか?!」
食い付いて来たのはメガネさんだった。
俺の手ごと引き寄せ、今にも顔がくっつきそうなくらい、ウニョウニョ虫に近付いてガン見するメガネさん。
「ちーららい?」
「これは、どちらで拾ったものですか?」
「んう?」
「?ケータ様はこれをどうやって見付けたのですか?」
「はえてた」
ここにと、アールスハインの心臓の横辺りを指差す。
「生えてた……………ケータ様は、生えていたのが見えたのですか?」
うんうん肯定すると、メガネさんは俺の手を離して考え込んでしまった。
手を離された拍子に力が抜けたのか、俺の手からウニョウニョ虫は飛び出して、ビタンと床に落ち、さらにビクビクビチビチし始めた。
とても気持ち悪い。
二股聖女がキャーと叫んでキャベンディッシュに抱き付いた。
皆がウニョウニョ虫を凝視していると、突然、ウニョウニョ虫は動きを止めて、細長いその半身だけ持ち上げて、何かを探すようにキョロキョロしたかと思ったら、シュンと目にも止まらぬ速さで居なくなった。
ビターーン
「ぎゃーっっっ!!!」
何が起こったのか、誰も理解出来ないでいたが、柔らかい物を叩きつけたような音と、叫び声に振り向くと、ギランギランの王妃様が、顔を押さえて悶絶していた。
驚きで誰もが固まる中、強そうなおじさんが、剣を抜いて叫ぶ、
「敵襲!」
その声で、どこにいたのか数人の騎士が、抜き身の剣を持ってホールに入って来た。
ハッと気を取り戻したキャベンディッシュが、
「母上!」
と叫んで、ギランギラン王妃様を抱え起こす。
顔を覆ったままのギランギラン王妃様、
「誰か、早く医者を!!」
キャベンディッシュが、叫ぶと同時にバタバタと駆け寄って来た白髭のおじいちゃんが、キャベンディッシュを引き剥がし、ギランギラン王妃様の様子を確認する。
「こ、これは……」
「なんだ!母上は誰にやられた!私が今すぐ切り捨ててくれる!!」
「お待ち下さい、これは……長官殿、長官殿は居られるか」
興奮し、いきり立つキャベンディッシュを他所に、長官なる人を呼ぶおじいちゃん医師、呼ばれて近寄るメガネさん。
メガネさん長官なのね。
おじいちゃん医師とメガネ長官、二人で話しあい頷き合うと、メガネ長官が、
「これは敵襲ではありません!剣を納めて下さい!敵はおりません!」
と周りを落ち着かせるように声を張る。
「敵襲で無いのなら、何があった?」
王様の冷静な問いかけに、周りも一旦落ち着いた。騎士達が剣を納めて、メガネ長官に視線をやる。
「……これは、呪いです」
「何?!呪いだと!いったい誰が!!王妃である母上を呪うなど極刑でも済まさぬぞ!!」
「いえ、そうではなく、」
言い辛いのか言葉を濁すメガネ長官。
「構わぬ、ハッキリと申せ」
王様の言葉に、覚悟を決めたのか、大きく一つ息を吐いて、
「クシュリア王妃様が、アールスハイン王子に呪いをかけておられたのを、先程ケータ殿がアールスハイン王子の呪いを取り除いた事で、呪いの術がクシュリア王妃様に返されました」
「そやつの仕業か!!」
キャベンディッシュが叫び、近くにいた騎士の剣を奪い俺に斬りかかって来る。
が、俺に届くまでもなく、強そうなおじさんが、あっさりと素手でキャベンディッシュを取り押さえた。
「離せ!幼児だろうと母上を害した者を許しはせぬ!!」
「貴方は何を聞いておられた!原因はクシュリア王妃殿下であるとハッキリと長官殿が申しておりました!幼子に責任を擦り付けるおつもりか?」
キャベンディッシュは、押さえ付けられ、怒鳴られて、信じられない!と言った驚愕の表情をしている。
「キャベンディッシュ落ち着け、将軍の言う通りだ。アールスハインを呪っていた犯人はクシュリア、間違いない」
「そんな!濡れ衣です!私はその様な恐ろしい事はしておりません!!」
髪を振り乱し、金切り声をあげる王妃様、痛みに耐えて、自分の潔白を訴える。
だが、王様に向けるその顔を見れば、誰もが王妃様を犯人であると疑わない。
王妃様のその顔には、その厚化粧を突き破る勢いで、先程まで俺の小さな手に握りしめられていた、黒いウニョウニョとした呪いの術が、痣になって更に蠢いていた。
それを見たキャベンディッシュも流石に母を庇う事は出来ず、絶句している。
「そなたのその顔に、そなたの罪が刻まれた。最早そなたの潔白を信じる者はおるまい…………残念だクシュリア、たとえ王妃であろうと、正統な継承権を持つ王子を、呪いに掛けた罪を許す事は出来ぬ、連れて行け、罰が決まるまで牢に入れておけ」
「イヤ!イヤ!イヤーーーッ!!」
耳に突き刺さるような声を残し、王妃様は騎士に引き摺られてホールを出ていった。
キャベンディッシュは、放心している。
誰もが声を出せない中、タタタと軽い足音の後の軽い衝撃、アールスハインごと美人王妃様に抱き締められた。
何事!と驚いていると、美人王妃様は号泣しながら、
「アールスハイン、アールスハイン…」
と呟いている。
そんな美人王妃様を支えるように王様登場!俺、アールスハイン、美人王妃様を纏めて抱き締める。
何やら感動の抱擁場面だが、俺、邪魔じゃね?何とかアールスハインの腕から降りようとしたが、かなりガッチリホールドされてて無理でした。
ウゴウゴして終わった。
周りは、涙ぐんでる人もいたりして、感動の場面!て感じだし、キャベンディッシュはorzの体勢で放心してるし、二股聖女は知らん顔、どうすれば良いの俺、気まずいんですけどー!