【探索生活10日目】
「皆、聖騎士って知ってるのか?」
朝飯を食べながら、古代の殺人事件の容疑者について聞いてみた。
「逆に知らなかったのか?」
ヘリーに質問された。
「俺はあんまりいい教育を受けてなかったもんでね」
「冒険者の仲間とかに話を聞いたりはしなかったですか?」
ジェニファーが聞いてきた。
「まず冒険者の仲間があんまりいなかったなぁ」
俺がそう言うとチェルが「一日、金貨2枚で友達になってあげてもいいヨ」と肩を叩いてきた。とりあえず、指でチェルの眼球を押し込むことに。
「なにをするんダ! やめロ! ボッチ冒険者!」
「すまん、体が勝手に。どうしよう、チェル、まるで罪悪感がないや」
「まぁ、誰でも初めて知ることくらいあるさ。聖騎士についてはシルビアが一番よく説明できるんじゃないか?」
ヘリーに振られ、それまで黙っていたシルビアは「わ、わ、私が!?」と驚いていた。
「確かに。聖騎士に救われた一族の末裔ですもんね」
「わ、わ、わかった。む、む、昔、私の一族、つまり吸血鬼の一族は人として扱われていなかった。ま、ま、まさに鬼として魔物扱いをされていたんだ」
「差別か?」
「そ、そ、そう。お、お、鬼狩りもあったし、反乱も多かった。そ、そ、そこに聖騎士が全種族の差別撤廃を訴えて、たった一人で反乱を鎮めた。せ、せ、聖なる力で、だ」
「聖なる力って本当にあるのか?」
「さあな。光魔法のことを指していた時代もあるが、大衆の感情をコントロールする力と言っていた学者もいる」
相変わらず、ヘリーはなんでも知っている。
「ん? 全種族の差別撤廃ってエルフや魔族への差別も撤廃するってことなのか?」
「基本的な人権は平等ということになったんですよ。もちろん、奴隷以外ですけどね」
「エルフの長たちもそれについては同意したのだ。ただ国として区別はするということになった」
ジェニファーとヘリーが説明してくれた。
「魔族もか?」
「アー、えーっとたぶん魔族とは歴史が違うヨ」
チェルは空を見上げながら、言いにくそうに答えた。
「どう違うんだ?」
「聖騎士の最後ってこっちではどうなってるノ?」
俺の質問を無視して、チェルがシルビアに聞いた。
「さ、さ、最後? わ、わ、わからない」
「エルフの歴史ではドウ?」
「詳しくは調べてみないとわからないが、伝えられてはいないな」
ヘリーはサンドイッチを食べ終わり、苦いお茶の淹れながら答えた。
「聖騎士って1000年くらい前の人なんだヨネ?」
「そう言われてますね」
「たぶん、聖騎士って言われてるやつは魔王がダンジョンで処刑しているネ」
チェルはなぜかサムズアップをしながら言った。相変わらず、魔族のジェスチャーはおかしい。
「そういう記録が残っているのか?」
「ソウ。海の向こうから『差別をなくせ』と奴が来たが、時の魔王がダンジョンで処刑したって本で読んだことあるヨ。でも、ダンジョンで処刑するって結構、敬意ある殺し方なんだ」
「そうか。人族が魔族の国に行くって勇気あるもんな」
「いや、人族だったカナ? 魔王がなにか受け取っててもおかしくないけどね」
「エルフの歴史書では聖騎士は混血と聞いたが……」
「教会では純血の貴族出身と伝わってますよ」
「い、い、偉人の出生はそれぞれの都合がいいように語られるよ」
結局のところ、いろんな歴史はあるようだが、聖騎士という差別をなくそうとしていた人物がいたことは事実なのだろう。
「で、そんな聖騎士が魔境で大量殺人をしていた可能性があるということだな」
「当時は魔境ではなく魔法国・ヤグドラシールだったはずだ」
ヘリーがお茶を飲みながら答えた。
「ああ、そうか。国の中であれだけの大量殺人があれば、さすがに誰か気がつくよな?」
「と、と、突然、なんの前触れもなく人が大量に消えることがあったと歴史書には書いてあったような」
「そういえばそんな記述があったな!」
「歴史家は聖騎士の犯罪に目をつぶるしかなかったのか。それとも、他に理由があったのか。ズズ……」
「とりあえず、遺跡があるということはその建物につながる道があったはずですよね? それから掘り進めてみては?」
そう言ってジェニファーは陶器のコップにお茶を淹れた。
「あれ? ちょっと待て。2人ともカップを焼いたのか?」
「ああ、皿もカップも焼いたんだ。勝手に使ってくれ」
ヘリーはいつの間にか窯を使っていたらしい。
「回復薬も納品できるがどうする?」
陶器の壺もできたので家賃代わりの回復薬もできたようだ。
「売りに行くのは小屋が出来てからでもいいよ。別に腐らないだろ?」
俺が聞くと、ヘリーは頷いた。
「そういえば、小屋建てるって言ってましたけど進んでるんですかね?」
「魔物に邪魔されてたら小屋どころじゃないヨ」
ジェニファーとチェルが食器を片付けながら話していた。
「こ、こ、小屋の周りにスイミン花の花壇があればいいのに」
「お、シルビアのナイスな案を採用しよう」
徐々にシルビアも打ち解けてきて、自分の意見を言うようになってきた。
「じゃ、シルビア。小屋については頼む」
「え!? わ、わ、私が?」
「だって発案者だから。適当に暇そうな奴を巻き込んで、小屋建設予定地の周囲にスイミン花を植えに行って。入り口付近だから、そんな落とし穴に気を付けてね」
「わ、わ、わかった」
「大丈夫です。私が手伝いますよ」
シルビアがジェニファーに声をかけられ、ちょっと嫌そうな顔をしている。ジェニファーは細かいところがあるから、一緒に作業するのはあれこれ言われて面倒なのかもしれない。
「チェル」
「ン? ああ、私も手伝うヨ」
俺がジェニファーたちを見ると、チェルは察したのか、仲裁役を買って出てくれた。
「チェルさん! スイミン花で眠らないようにお願いしますよ!」
「がんばってはみるヨ~」
チェルはそう言いながら、弁当のあまりものサンドイッチを作っていた。
「で、マキョーは今日も発掘か?」
「そうだな」
「じゃあ、私は休むか」
「ま、そう言わずに行こうよ」
「いや、家賃分は渡した。ちょっと! おい!」
あまったヘリーを抱えて発掘現場へと向かった。
埋まった人骨の上には大きいフキの葉を重ねて雨や風を防いでいる。
「遺跡に来ると、どうしても探索欲が疼くな」
口では「休みたい」と言っているが、ヘリーの遺跡発掘に対するモチベーションは高い。
「今日は遺体の副葬品を調査するか?」
「いや、それよりも南への道がないか調べたいんだ」
「南は砂漠しかないじゃないか」
「だからさ。巨大魔獣が1000年前から現れていたとしたら、砂漠に避難所があったんじゃないかと思って。逆に南への道がなければ、魔法国・ヤグドラシールが滅びた理由は巨大魔獣が関わってるかもしれないだろ?」
「なるほど、調べてみよう。でも、マキョー。あんまり先入観があると事実を捻じ曲げて幻を追うこともあるからな。それで私も随分時間を無駄にした」
エルフの学者は失敗したことがあるらしい。
「そういうこともあるか。いや、遺跡発掘も重要なんだけど、俺たちの避難所も先人に知恵を借りられないかと思ってさ」
「なんだ、それが目的か。マキョーらしい」
そう言って「あったかな」と言いながらローブの中から赤く細い花びらを取り出した。
「ああ、よかった」
「なにをする気だ?」
人骨が埋まっている墓に向かうヘリーに聞いた。
「案内人が必要だろ」
ヘリーは周囲に花びらを撒いて、なにか呪文をつぶやいた。
「なんの花?」
「リコリス・ラジアータ。小人族はヒガンバナと呼んでいる毒草だ」
「なにか意味があるのか?」
「誰かを埋葬するときに虫除けや、動物に掘り返されないように入れておく花さ。人はすっかり成仏してしまったが、飼われていた獣はそう簡単に成仏できるわけではない」
ヘリーが説明している間に、周囲の木々が妙な揺れ方をし始めた。
「ほぅら、おいでなすった。主人の匂いも嗅げなくなるのは困るのだろ?」
遺跡の南側に、犬の霊がこちらを向いて立っていた。目から赤い光があり、心臓があった胸には魔石が嵌められている。ゴーストドッグという魔物だ。
「おい、やめろよ。ゴースト系の魔物は苦手なんだって」
「埋葬もされていない骨が1000年も残っていると思うか? 少しくらい我慢しな」
俺は嫌悪感を押し殺しながら、向かってくるゴーストドッグを見た。
ヘリーがゴーストドッグに降霊術のまじないをかけたが、あっさりと防がれている。
「マキョー! なんか小さい魔物を投げてくれ!」
「え? なに?」
言われるがまま、俺は足元を走り去ろうとする子猫サイズのビッグラットという魔物を掴み、ゴーストドッグに投げた。
ゴーストドッグは飛んできたビッグラットを口に咥えると、振り返って走っていった。
「実体がなくても魔物を食うのか?」
「触れられるし、音も発するし、匂いもする。ゴースト系の魔物は実体がないだけだ。さ、追いかけよう!」
ヘリーはゴーストドッグを追いかけた。俺も後を追う。
実体がないゴーストドッグはスイミン花の群生地も通る。スイミン花を火魔法の杖で焼いて通り道を作ってくれた。
森からグリーンタイガーやゴールデンバットなどが襲ってきたが、実体がある魔物になら俺も対応できる。トレントや粘液を飛ばす植物も特に問題なく、殴って追い返した。
魔物の血が飛び、肉片が彼方に飛んでいく。襲い掛かってくる枝や蔦は焼かれ、幹はえぐられる。
「この生活も楽しくなってきた」
ヘリーは笑いながら、走っている。
「油断すると食われるぞ」
飛び越えようとした岩が大きな口を開けて、ヘリーを飲み込もうとした。ロッククロコダイルが岩に化けていたらしい。俺は横腹に魔力を込めた蹴りをいれて、吹き飛ばした。転がったロッククロコダイルの腹には穴が開いていた。
「これで、食べられても腹から出してやれるよ」
「もうちょっと早めに助けてくれ」
ヘリーは笑いながら、再び走り始めた。ゴーストドッグは森の木々に隠れてしまったが、ヘリーには位置がわかるらしく、迷いがない。
「どこにいるのかわかるのか?」
「あれだけ音を立てているのだから、わかるだろ?」
そう言われても俺には他の魔物の奇声や木々から実が落ちる音しか聞こえない。
「マキョーはすべての音を聞きすぎているのだ。違和感のある音に注意して聞くといい」
相変わらず変なことをよく知っている。
「そう言われても変な水の音が気になるくらいだぞ」
「水の音? そんなの聞こえないよ」
「いや、ずっと聞こえてるだろ? 地面から」
「マキョー、ちょっと待った!」
突然、ヘリーが立ち止まった。
「例のあれやってくれ。地面を持ち上げるオリジナル魔法」
「ここでか?」
「ああ、今すぐ」
そう言われて、俺は地面に手を当てて、地面が隆起する力に干渉しようとしたが地中のなかにそんな力はなかった。
「ダメだ。柔らかいなにかに邪魔されてる。なんだこれ?」
「私たちは妙なところに誘い込まれたみたいだね」
ヘリーはそう言って地面や周囲の植物を見まわした。
「植生が変わったか?」
俺も違和感に気がついた。
「ここは水草に覆われた水上だ。周りの木々も根が地表に出ている水生植物ばかりだろ」
「そう言われると、なんか揺れている気がしてくるな」
「やはり魔境だ。急ぐよりも慎重に進んだほうがいい。ゴーストドッグの位置はわかるからゆっくり行こう」
「そうだな」
会話をしている最中も細長い実が落ちてきて、地面の水草に突き刺さっている。
「ここは湖なのか? それとも川か?」
落ちてくる実を拳で弾きながら、ヘリーに聞いてみた。
「かなり大きい川だと思う。そうじゃないと、酸欠でこんなに木々が大きくならない。でもそれだけじゃ……」
「なんだ?」
「たぶん、何度も氾濫している。今、私たちが歩いている地面も一掃されるくらいの氾濫が定期的になるのかもしれない」
「ああ、巨大魔獣が来るからな。3ヵ月に一度は大嵐がくるはずだ」
「そうか。巨大魔獣は災害クラスなのだから、環境もそれに合わせて変化していくのは当然か」
しばらく進んでいくと、急に木々が途切れ、空が開けた。緑の水草が一面に広がっている。
「地面がかなり沈むようになったな」
一歩地面を踏むたびに、くるぶし辺りまで沈む。
「水草の層が薄くなっているのだろう。ほら、ゴーストドッグはあそこだ」
ヘリーが指さした方を見ると、ゴーストドッグが100メートルほど先の水草の地面を前足で掘ろうとしていた。
「獲物を隠そうとしているのだ。あそこが、古代人の飼っていた犬の住処だろう」
「それって、つまり水の中に村が埋まっているということか?」
「ああ、1000年の間に環境が変わってしまったのだろう。発掘するとなると、水をせき止めるか、流れを変えるか」
「どちらにせよ、避難所にはならなそうだ」
「確かに」
「あのゴーストドッグは……?」
「いずれ、消える。私の降霊術で起こしてしまっただけだからな」
俺たちはしばらく、水草を掘り続けるゴーストドッグを見つめていた。