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85:日色無双

「まあしかし、これほど扱い易い王だと、拍子抜けもいいところでしたね」


 02号は変わり果てたルドルフを見て呟く。


(彼は気づいてないでしょうね。確かにこれは裏切り行為。あの《契約の紙》に書いたことで、裏切ったキリアは死ぬ。それは義務。ですが……)


 ちらりと隣にいる03号を見る。


(我々が一人死んだところで、また新たに作り直せば良いだけの話です)


 確かに今回、契約したキリアは、その裏切りによって死んでしまった。ただし、02号たちにとってはもう一人の自分が死んだだけ。痛くも痒くもなかった。


(愚王……あなたの敗因は、キリアがトップだと思ったこと。しかし残念ですね。我々もただの駒に過ぎないのですよ)


 02号は無感情にルドルフを見た後、03号に視線を送る。


「さあ、行きましょうか03号」

「ちょっと待て! どこに行くつもりか知らねえが、このまま行かせると思ってるのか!」


 当然ジュドムは全ての元凶であるキリアをここで逃すつもりなど無かった。


「そうは言われましても、こちらもこれ以上イレギュラーは勘弁ですので……03号」

「はい?」

「私はアグリィドールを連れて先に行きます。適当に相手をしたら戻って来て下さい」

「分かりました」

「アグリィドール! 腹ごしらえはそこまでです!」

「ウゥ……グ?」


 ルドルフは手に持っていた兵士の亡骸をポイッとゴミのように捨てると、ドシドシと足音を立てて02号の傍にやって来る。


「ルドルフ!」


 ルドルフの歩を止めようと思い彼の前に行こうとするが、その前に03号が立ち塞がる。


「行かせません」

「任せましたよ03号」

「はい」

「待てっ! ルドルフ! まだ意識があるんじゃねえのか! 目え覚ませ! 国はどうするつもりなんだ!」


 しかしルドルフはピクリとも反応せず、02号を肩に乗せてそのまま歩いて行った。



     ※



「くそがっ!」


 ジュドムは目だけを動かして周りを見る。

 そこには地獄絵図のような光景が広がっていた。

 血や、焼けた肉の鼻をつんざくようなニオイで顔をしかめる。まだ生きている兵士はいるが、その誰もが重軽傷を負っている。

 彼らの手当ては神官たちに任せて、自分はルドルフを止めようと思ったが、03号が邪魔をしているので内心で舌打ちをする。

 互いに視線を逸らさず警戒していると、03号が凄まじい速さで懐に入ってくる。


「ちぃっ!」


 イヴェアムやルドルフにしたように、貫手を突き出そうとするが、


「舐めるんじゃねえっ!」


 ――パァァァァァァンッ!


 突然ジュドムは両手を勢いよく合わせた。

 直後、ジュドムを中心にして爆風のような風が吹き荒れる。


「くっ……っ!?」


 真っ直ぐに向かっていた03号は、その暴風により身体を吹き飛ばされ、そのまま建物に衝突してしまう。


「《拍手衝(はくしゅしょう)》ってんだ。覚えとけ!」


 これでも魔人族最強とされるアクウィナスにも認められている男だ。虚を突いたような03号の攻撃を食らうことなく、逆に返り討ちを与えるくらいはわけない。仮にもギルドマスターを任されるだけはあるのだ。


「悪いが、取っ捕まえて情報を吐かさせてもらうぜ」


 ジュドムは03号を吹き飛ばした建物に向かう。しかしそこでハッと目を見開く光景が入ってくる。

 そこには破壊された瓦礫だけしか無かった。どうやら彼女はわざと吹き飛ばされて、その隙をついて逃げ出したようだ。


「ちっ……俺としたことが」


 こんなにも早く逃げ出そうとするとは思っていなかったので、その認識の甘さに自分を殴りたくなった。


「……仕方ねえ。今はとにかく【ヴィクトリアス】に戻るしかねえな。奴らの情報も収集しねえといけねえし」


 そう呟きながら国がある方向へ視線を彼方へと飛ばす。


(最悪の結果になっちまったが、やることはやらねえとな)



     ※

 


 【魔国・ハーオス】に戻って来た日色は、何故かある人物から物凄く睨みつけられていた。

 その人物は燃えるような赤い髪を靡かせ、腕を組みながらこちらに半目を突きつけていたのである。


「どういうことだコレは?」

「何だ赤ロリか、帰ってたんだな」


 今目の前にいるのは赤ロリこと、リリィン・リ・レイシス・レッドローズだった。何故こちらを怒りの表情で睨みつけている理由が分からない。

 するとそこに、だ。


「ご主じぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!」

「ぐふっ!」


 突然何かが腹に突撃をしてきて、不意を突かれた日色はそのまま後ろへと飛んで行く。


「ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主人ご主じぃぃぃぃぃぃん!」


 日色に跳びついた何者かは頭を胸の中で甘えるようにグリグリと動かしている。そしてピタッと止まったと思ったら、ペロッと舌を出す。


「お、おい……ちょっと待て……」


 ――ペロペロペロペロペロペロペロペロペロペロ! 


 周りが騒然とするのもおかしくはない。

 突然現れた赤ローブの男が、これまた突然現れた何者かに組み敷かれ顔を舐められているのだから。


「ええいっ! 鬱陶しい! 離れろよだれ鳥!」


 日色はその者の首根っこを掴み上げ、そのまま立ち上がるとポイッと投げ捨てた。


「クイッ! いったぁぁぁぁいっ! ご主人ひどいよぉぉぉっ!」

「黙れ! 顔を舐めるなといつも言ってるだろうが!」


 ベチャベチャに涎塗れなった顔を袖で拭き取りながら頬を引き攣らせている。


「うぅ~だってだってぇ、ひさしぶりだったんだも~ん……」


 その人物、いや見た目は完全に小学生の女の子だった。クリンクリンとした癖っ毛のあるショートカットの白髪を持っていて、両耳周辺の髪は翼のような形に生えているように見える。

 その表情からは活発さぶりがハッキリと分かり、人懐っこそうな大きな目と、可愛らしい鼻と口がちょこんと顔の中に収まっている。

 そしてこの子もニッキと同じように来ている服の背には『文』の文字が刻まれていた。

 またもう一つ、その子のチャームポイントとして、額にはうっすらと三日月型の痣が浮かんでいる。


「ああっ! ダメですぞミカヅキ! 師匠に抱きついていいのはボクだけなのですからぁっ!」

「ちがうもん! ご主人にだきついていいのはミカヅキだけだもん!」


 子供が二人口喧嘩を始めてしまった。


「むぅ……師匠はボクのものですぞ!」

「くぅ……ご主人はミカヅキのもんだもん!」


 互いに譲らず口を尖らせて睨み合わせているところに、


 ポカッ! ポカッ!


「のわっ!?」

「にゅっ!?」


 日色は二人の頭の上に拳骨を落とした。


「いいからお前らは黙ってろ」


 不機嫌そうに二人を睨みつけると、


「「……はい」」


 シュンとなって大人しくなる二人。

 ニッキもミカヅキも、この半年でずいぶんと人間らしくなったが、よくケンカもするので、毎度日色かリリィンに叱られるのである。


「おいヒイロ、質問にさっさと答えろ」


 リリィンが痺れを切らしたように怒気混じりの言葉を投げてくる。


「質問だと?」

「そうだ、何だこの状況は? ニッキは知っていたみたいだが、何故ワタシの耳に入っていない?」

「言ってないからな」

「だから何故言ってないと言っているんだ!」

「……はぁ、あのな、お前がこの国に来たいと言って来たんだろ? しかもこの国が本命じゃなく、国の近くに住んでいる人物に会いに行くって言ってたよな?」

「ああ」

「オレも予備知識無くここに来て、しばらく宿を取って待ってろと投げ出されたわけだ」

「……」

「戦争になるかもしれないと聞いたのも、つい最近だ。だから、その時にいなかったお前に教えられない」

「ええい、ふざけるな! 貴様の《文字魔法》を使えばあっという間だろうが!」


 彼女の物言いにムッと眉をひそめる。


「それこそふざけるなだ。何でわざわざオレが手に入れた情報を逐一お前に報告しなければならないんだ?」

「そんなの当然だろうが! 貴様はワタシのものだからだ!」


 小さな胸を張って言い張る彼女だが、それをジト目で睨む日色。


「オレはオレだけのものだ。誰のものにもなるつもりなどない」

「ちっ、この半年、相も変わらず頑固な奴だ」

「お前に言われたくはないな」

「ふん、まあいい。ところで、ここに来る途中見てきたが、どうやら種族間戦争が本格化しそうだな」


 その言葉でハッとなった日色は思い出したようにニッキの顔を見る。


「おいバカ弟子。ここに魔王たちが来ただろ?」

「あ、はいですぞ! 何かいきなり現れたと思ったら、わけの分からないことを叫んでいましたが、あれはなんですかな?」


 恐らく話の途中でここへ送還したので、その話、というか宣言をニッキは聞いたのだろう。


「指を差している方向に誰もいないことを知ると、すっごく顔をマッカにして師匠のことをバカとか信じられないなどと言っておりましたが……」


 その時の彼女の恥ずかしさなど日色が知るわけがない。


「そんなことはどうでもいい。奴らはどこに?」

「とにかくチンアツするとか言ってどこかへ参りましたですぞ」


 どうやら魔王たちは、ここに現れた獣人たちを追い払い、争いを鎮圧するために向かったようだ。


「あ、それとユウシャという者たちのことですが」

「ん? 勇者? …………ああ、そういやいたな」


 すっかり忘れていたが、周囲を見回して勇者たちの姿を探す。だが見当たらない。


「……いないな」

「師匠が向こうへ飛んで行った後、あのオオカミ殿がユウシャたちと何か話をしだしてですね、そしたら急に変な人が攻撃してきて、どこかへ飛んで行ってしまわれたですぞ」

「飛んで行った?」


 オオカミというのは、オーノウスのことだがニッキも名前を覚えておらず、特徴だけをとってオオカミと呼ぶことにしたようだ。

 ニッキの説明があやふやでよく分からないが、ここにいないのなら別にそれでいい。


「ホントに井の中の蛙……だな。恐らくそのオオカミの殺意に当てられて逃げ出したってところだろう。国王の捨て駒にもなれなかったようだな。全く、アイツらは今まで何して来たんだか」


 予想はできるが、これ以上興味の無い者たちのことを考えても生産的では無いと判断して、とりあえず魔王に会う必要があったので探すことにする。


『探索』


 その文字を発動させると青白い矢印が現れ、進むべき方向を指し示してくれた。


「おいヒイロ、まさか戦争に参加するつもりではなかろうな?」


 リリィンがいまだ崩していない不機嫌面を向けてくる。


「そのつもりだ」

「は? 貴様、まさか博愛主義に目覚めて、戦争を止めようとしているのではあるまいな?」


 かなりの嫌味を込めて言う彼女に対して肩を竦める。


「オレが参加する理由はバカ弟子にでも聞け。それにジイサンとドジメイドもそのうちここへ来るんだろ?」

「ん? ……ああ」

「なら来たら説明してやるんだな」


 するとリリィンはジッと日色の顔を見つめて、


「……手を貸すことはあるか?」


 この半年でリリィンの言動も変わったなと思い苦笑しながらも手を振って、


「いや、さっさと終わらせてくるから待ってればいい」


 そう言うと日色は大地を蹴って去った。



     ※



 日色を見送った後、また日色と離れるのが悲しいのか、ミカヅキが落ち込んでいると、隣にいるニッキが何やら思案顔をしているのに気付き尋ねる。


「どうしたのニッキ?」

「ん~何か師匠に伝えなければならない重要なことがあったのですが……」

「そうなの?」

「う~ん」

「おもいだせないならたいせつなことじゃないんじゃないの?」

「あ、それもそうですな!」

「きっとそうだよ!」

「うんうん」

「あはは!」


 笑い合っている二人を見て、リリィンは嘆息する。


(このバカ二人のお守りをするのは……ワタシなのか……?)


 誰でもいいから早く帰って来いと心の中で叫ぶリリィンだった。



     ※



「防壁を固めろっ! 第一陣と第二陣は水魔法を! さらにその後、すかさず第三陣と第四陣は雷魔法で相手の動きを奪えっ!」


 日色の手によって母国へと戻ってきた魔王イヴェアムは、アクウィナスとともに兵士たちを指揮し、目の前から迫ってくる獣人たちを食い止めようとしていた。

 前方に位置する兵士たちが水魔法を使って獣人たちを攻撃した後、その後ろに待機していた兵士たちが雷魔法を使って、雷魔法の効果を強めて相手の動きを奪っていた。


 獣人たちも魔法を警戒してそれ以上前に進めないでいた。そんな時、まるで黒いペンキを流したように、地面に黒が広がっていく。

 するとその中からぬぅっと様々な生物が姿を出現した。いや、生物と言えるものではない。

 その体躯は腐蝕しており、かなりの腐臭が周囲を漂う。だが地面から現れたそれらは、動きを止めずに自ら前に進んでいく。


「行くニャ、我らがゾンビ兵どもよ!」


 その時、獣人たちの中から黒豹を擬人化した存在が現れた。獣人たちもその人物が現れたことで、大いに士気が向上したように見える。余程その人物が頼りになるのだろう。


「はっ! 馬鹿め! たかがモンスターが我らの《雷網の陣》を破れるわけがないだろう!」


 そう言うのは『魔人族』の兵士の一人だ。

 その言葉の根拠も理解出来る。

 現実に獣人の兵士たちは水浸しの周囲に雷を流され、動きを止められていたのだから。中には足を踏み入れてしまい感電してしまっている者もいる。

 だがその言葉を聞いて黒豹の人物――名をクロウチと言うのだが、兵士を見下すようにほくそ笑むと、


「よく見てみるニャ。なら何でゾンビたちは動きを止めてニャいのかニャ?」


 クロウチの言う通り、モンスターたちは感電するはずの地面を、何事も無く歩を進めている。


「な、何故だっ!?」


 無論『魔人族』の兵士はそれぞれに驚きの声を上げる。しかしイヴェアムはその謎をもうすでに解明しているのか、口を動かしていく。


「そうか、見ろ兵士たちよ! あのモンスターたちはどれも雷に耐性のある種族だ!」


 出現したのは、レッドマッドゴーレムと呼ばれる体が泥で構成されているモンスターに、ストーンラプトルと呼ばれる岩石で体を覆っているモンスター、それにボルテスグリズリーと呼ばれる全身から雷を発するモンスターまでいる。

 しかも中にはランクSのモンスターやユニークモンスターまで様々だ。そのどれもがイヴェアムの言うように雷に耐性のあるモンスターたちである。


「どうするニャ魔王様? この軍勢を相手にドデカイ魔法でも放ってみるかニャ? そんニャことして街が壊れなきゃいいニャ?」


 周囲は多くのモンスターたち。

 それらを一匹一匹相手していると、時間もかかるし兵力もかなり減らされる可能性だってある。

 だが一度に殲滅するほどの魔法を使えば、クロウチの言うように、街を大いに巻き込み被害が甚大になる。


「ニャハ、それともそこにいるアクウィナス将軍に《魔眼》を使わせてみるかニャ?」


 しかしイヴェアムとアクウィナスは静かにクロウチの目を見返しているだけだ。


「ニャハハ、それができないことは知ってるニャ。あくまでも《魔眼》が通用するのは無生物のみ……ニャろ?」

「…………」

「けど、このモンスターたちは一度死んではいるけど……果たして無生物なのかニャ?」


 何もかも理解しているような笑みを浮かべるクロウチを見て、イヴェアムは内心で歯噛みをする。


(確かにアクウィナスの《魔眼》は今使えない。無生物にしか効かないというのも確かだ。しかしそれとは別に今、使えない理由がある)


 チラリと横に立つアクウィナスを見つめる。彼もその視線に気づいているが、前を見据えたままだ。そしてその彼がこちらを見ずに口を動かす。


「仕方無い。姫……いや陛下、街は後で作り直すしかないぞ?」


 それは言外に広域殲滅魔法を使ってここら一帯を攻撃すると言っている。しかしもちろんそんなことをした結果は言うまでもなく、街の外観は見事に吹き飛ぶだろう。

 イヴェアムも本当なら街にあまり被害を出したくはないが、このまま渋っていれば兵士や国民が傷を負う可能性が高くなる。


(……街ならまた作ればいい。だが人は……命は奪わせるわけにはいかない!)


 キッと顔を上げてアクウィナスを見つめる。彼も彼女の決意を感じたのか、今まで腕を組んで静観していたが、その腕を下ろし、一歩踏み出そうとした。だがその時、


「こんなところにいたのか」


 屋根を伝いながら向かって来たのは、ヒイロ・オカムラその人だった。


「ヒイロ!?」


 イヴェアムは日色の存在に目を見開いていたが、日色の存在に注目していたのは何も『魔人族』側だけでは無かった。


「……んん? あの赤ローブ、何か見たことあるような恰好ニャ……?」


 そう首を傾げるのはクロウチである。

 実は二人、まだアノールドたちと旅をしていた時、ある洞窟で出会い、強制的にタイマンさせられた経験があった。

 だがクロウチは赤ローブの雰囲気がその時の人物にそっくりだと考えたとしても、明らかに『インプ姿』の日色を見て、自身の考えを否定せざるを得ないのだろう。

 クロウチと会った時、日色は獣人の姿をしていたので、クロウチが不可思議な気持ちになるのも仕方の無いことなのだが。


「ヒイロ、どうしてここに!?」

「おい、契約を忘れたのか? いろいろ齟齬はあるが、とにかく契約した以上はそれに見合った働きはする」

「そ、そうか!」



     ※



 イヴェアムは嬉しそうに笑みを浮かべるが、アクウィナスは突然現れた日色を見る。


(……この戦が終わった時、いろいろ問い質さなければな)


 もちろん日色にではなく、イヴェアムになのだが。自分に内緒でこのような強者と勝手に契約を結ぶこともそうだが、日色の存在自体に興味を惹かれていたのだ。

 会談場所に瞬時にして現れた魔法もそうだが、重症のイヴェアムを一瞬で完治させたことに驚きを隠せなかった。

 何よりもその雰囲気から、あのジュドム・ランカースを初めて見た時のような感覚が全身を走った。


 まだほんの十数年しか生きていないように思える日色が、自分が立っている領域に存在しているということが信じられないが、それほどの強者がこちら側にいるということに少しだけ心強さを感じてしまっている自分に驚いていた。


(恐らく、契約というのは《契約の紙》を使ってのことだとは思うが、魔王を魔王とも思わずに接する態度といい…………なかなか興味深いな)


 ただふてぶてしく横暴なだけの日色なのだが、そんなアクウィナスの思いを知らず、日色は目の前に広がっている光景に視線を送っていた。



     ※



「何ともまあ、めんどくさい状況だな」


 数多くの獣人たちの前には、こちらに向かって強烈な腐臭を漂わせるモンスターが敵意を向けていた。

 その状況を見て、日色は少しだけ思案顔を作り、イヴェアムに質問する。


「この街ごと吹き飛ばすのが一番簡単だが……」


 日色にしてもその方が楽なのだが、一応雇われている以上、聞いてから戦うのが筋と思った。


「あ、ああ……それしか方法はなさそうだからな。アクウィナスもそれに賛成した。だから手を貸してくれ」


 悲痛そうに顔を歪める彼女を見て、軽く溜め息を吐く。


「お前な、契約内容を忘れたのか?」

「え?」

「契約内容には、国、即ち街の防衛、保護だろ? それなのに潰していいのか? しかもそれをオレにさせるとは」


 呆れたように言う日色だが、イヴェアムは目を伏せてそれに返答する。


「し、しかし、その方法をとらなければ被害が広がる一方で……」

「お前馬鹿だろ?」

「ば、ば、馬鹿!?」


 イヴェアムだけでなく、アクウィナスも日色の物言いに少し呆気に取られている。


「ど、どういうことよヒイロ! 私は馬鹿じゃないわ!」


 突然口調が変わったことに彼女は気づいていない。だがそんなことは無視して続ける。


「お前、オレの力がどういうものか知らないだろうが」

「そ、それはそうだけど……」

「ならまずはオレにできるかどうか聞くのが普通じゃないのか?」

「え……いえ、だって……で、できるの?」

「当然だ。オレを誰だと思ってる」

「…………」

「オレにできないことは無い!」


 背後にドーンッ! という文字が現れていそうなほど自慢気に胸を張る日色。


「ア、アクウィナス……?」


 イヴェアムはチラリとし彼を見ると、


「……できるのか?」


 同じように日色に尋ねてくる。


「言っただろ。契約に見合った働きはするとな」


 日色はモンスターの群れに目をやる。同時に日色の腕に書かれてある《設置文字》が光りを放つ。

 その文字は『飛翔』。


 日色はフワリと浮き上がり、上空へと昇って行く。無論翼を持たない『インプ族』である日色が飛んでいる姿に、誰もが呆然と口を開けていた。

 ある程度、上空へと上がり、国を一望できるところまできたところで、日色は眼下を確認する。


(モンスターどもは…………よし、確認した)


 どうやらここだけでなく、他の所でもモンスターが暴れているのが目に映る。そうしてどこにモンスターがいるか肉眼で確認した後、空中に文字を書き始めた。


(二番煎じになるが、これが最も効果的だからな)


『引力』と『魔物』。


 そしてその文字を指先から切り離し、空中に漂わせたまま、イヴェアムの元へと戻る。


「な、何をしてるんだヒイロ?」


 いつの間にか口調が戻っているイヴェアムが、皆の代表として聞いた。


「いいから黙って見てろ。……《文字魔法》発動」


 小さく呟くように唱えると、それがきっかけになり、空に置いてきた文字から眩い光が放出される。その光にも驚いたが、もっと皆が驚愕した光景が目の前に広がっている。

 何と、こちらへ向かっていたモンスターたちが、次々と空にある光へと吸い寄せられていくではないか。しかも他の者には全く影響は無いのにだ。


 まるで光がS極でモンスターがN極の磁石のように、国にいるモンスターたちがどんどん上空へと舞い上がっていく。

 そしてモンスターたちが集まり、次第に球体のような形状になっていく。


「ニャ、ニャにごとニャッ!?」


 クロウチも突然の異常事態に声を荒げている。


(そろそろだな……)


 もう空へと向かうモンスターがいないと判断した日色は、


「おい、耳を塞げ」

「へ?」


 イヴェアムは日色の言っている意味が分からなかったが、


「陛下、言う通りにしておこう。お前たちも今すぐ耳を塞いでおけ!」


 アクウィナスがそう言うので、イヴェアムと兵士たちは、首を傾けながらも耳を両手で塞ぐ。

 そして日色は指先に魔力を集中させて文字を書く。


『大爆発』


(爆発力は上空へと向けておくが、かなりの爆風と爆音は来るな)


 そう判断して、文字をモンスターたちへと向けた後、耳を塞いだ。文字がピタッとモンスターに触れた瞬間、発動させた。


 ――ズゥドォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオンッッッッッッ!


 凄まじい爆発音と光が空から迸る。

 そして突如激しい爆風が国へと注がれる。メキメキと木が倒れるが、建物はどうにか耐えているようで壊れてはいない。それでも爆風に備えていなかったほとんどの者は吹き飛ばされていく。


「うっ!」


 イヴェアムもよろめいたが、アクウィナスが彼女の背に手をやり支える。


「す、すまないアクウィナス」

「いや……」


 だが彼の視線は上空へと向けられている。イヴェアムも同様に視線を送ると、そこからは灰のように細かな物体となって、いろんなものが降り注いでくる。

 恐らくモンスターたちのなれの果てだろうことは予想できたが、それほどの爆熱力だったのかと驚愕している様子だ。

 皆が愕然としている中、日色だけは平然とこう言う。


「よし、殲滅完了だ」

 





 クロウチもまた言葉を失ったかのように固まっていた。というよりも、今起こったことが夢だと勘違いしているような表情をしつつ、降り注ぐモンスターたちの残骸を見つめながら呆然としていた。

 しかしそれは獣人の兵士たちも同様であり、自分たちが尊敬する《三獣士》の一人であるクロウチが呼び出したモンスターたちが、あんなにも呆気なく殺されるとは思ってもみなかった。

 そしてそれと同時に、それを平然と行った人物を皆がジッと見つめた。

 彼らの視線に気づいた日色は、


「後は獣人だけだな」


 まるでこれから軽作業でもするような感じで言葉を出す。

 同時に獣人たちが一様に怯えた様子を見せる。それもそうだ。モンスターの中にはユニークモンスター、ランクSのモンスターだっていたのだ。しかもその数は膨大。それが一瞬で消されたのだ。

 誰だって日色の行った所業に不気味さと恐怖を感じても無理は無い。獣人の兵士たちは皆が揃って、救いを求めるようにクロウチの方へ視線を向ける。


「ク、クロウチ様ぁっ!」

「ど、どうすればよろしいんですか!」

「し、指示をお願いしますっ!」


 まさに縋る思いで声を張り上げていたが、大きく息を吐くと、獰猛な目つきで日色を睨みつけた。


「ニャんてことしてくれたニャ? せっかく戦争のために補充した駒が、ほとんど無くなってしまったニャ」

「それは残念だったな。こっちも仕事で……ん?」


 そこで初めて日色は目の前にいるクロウチを見て、既視感を覚える。


(……あれ? コイツどこかで…………あ、思い出した。確か【パシオン】の近くにある洞窟に現れたニャンコ野郎!)


 そう思いメラッと怒りが湧き出た。


「おいニャンコ野郎、あの時はよくもヘビを持って行きやがったな」

「あの時? ヘビ? ニャに言ってるニャ?」

「惚けんな! 【グリー洞穴】でオレが仕留めたクレイバイパーを持って行きやがっただろうが!」


 正確に言えば、仕留めたのはアノールドであり、日色は指示しただけだった。


「【グリー洞穴】? ん~…………ニャ!? 確かそんニャこともあったニャ!」


 思い出したのか手をポンと叩く。


「討伐部位を剥がす前に持って行きやがって。お前のせいでオッサンに小言を言われたんだぞ!」


 別に隠していたわけでは無かったが、それを知ったアノールドに、そういうことはもっと早く言えと叱咤された。


「確かニィ、僕はクレイバイパーを持って行ったけどニャ……お前には関係ニャいニャ」

「はあ?」

「だってニャ、お前はタロウじゃニャいニャ」

「タロウ? お前何言って……あ」


 そこでハッとなって思い出す。あの時は面倒そうな奴には偽名を名乗っていたことを思い出した。そして確か、クロウチに部下にしてやると言われ、その時に名前まで聞かれたのだった。

 無論名乗ったのは偽名であり、確かタロウ・タナカという名前だった。


「さっきお前ヒイロとか呼ばれてたニャ。だからお前は似てるけど別人ニャ」


 日色は思わずこめかみに指を当てて溜め息を漏らす。

 そう言えば名前はともかく、今は『魔人族』の姿だったのを忘れていた。だがまた獣人の姿に戻るのも馬鹿らしいので、もうこのまま貫き通すことに決めた。


「とにかく、オレはお前をぶっ飛ばす。あの時の借りを返させてもらうぞニャンコ野郎!」

「ニャニャニャ? こっちもお前には怒ってるニャ!」

「ぬかせ。覚悟しろよ」


 日色は空を飛びながら、クロウチの傍までやって来る。


「おい魔王! 他の獣人どもはお前らが何とかしろ! オレはコイツに用がある!」


 日色の叫びを聞いて、イヴェアムが答える。


「わ、分かった! アクウィナス!」

「うむ、お前たち、奴らを捕らえろ!」


 アクウィナスの檄に兵士たちは士気を最大限に上げて向かって行った。

 日色の行動のせいで、士気が落ちた獣人には、これまた日色のお蔭で士気が上がった『魔人族』相手に明らかに不利だった。

 しかも爆風と爆音のせいで、耳が良い獣人たちはダメージを受け動きにも支障が出ていた。『魔人族』の猛攻撃に、獣人たちは次々と倒され捕縛されていく。


「これでいいんだな、陛下」

「ああ、殺すのはいつでもできる。捕縛できるなら捕縛が一番だ」


 その甘い対応に軽く溜め息を漏らしつつも、アクウィナスはこれから始まるであろう日色とクロウチの戦いに視線を飛ばした。






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