18:ウィンカァを追え
「みんなとは、ここでお別れ」
突然のウィンカァの言葉にアノールドとミュアは「はあ?」と声を上げた。
「な、何を突然……ウイ?」
アノールドはとりあえず真意を聞いてみることにする。
「ウイはこの子と一緒に行く」
「助けるってのか? モンスターを?」
「違う、助けるのはこの子の家族」
そう言うが、助ける相手はモンスターだ。アノールドたちも散々狩ってきたものたちだ。
無論スカイウルフはまだ手にかけていないが、モンスターという枠組みで分類すると、スカイウルフもまたモンスターで間違いない。
確かに同情すべき話ではあるが、何故ウィンカァが迷いも無く助けるという選択ができるのかに疑問を感じた。
「……何でウイは助けるんだ? きついことを言うが、義理なんてねえだろ?」
「ん……義理なんてない」
「だったら」
「そんなの関係無い……から」
「へ?」
「ウイが助けたいって思ったから助ける。それだけ……だよ?」
当然だよ、みたいな感じで言われて逆にアノールドの方が戸惑う。質問したのはこちらなのに、何だかこちらが何かを問われている気分になった。
彼女の行動理念は、端的に言えば困っている者がいるから助ける。
至極単純だが、まさにそれだった。何の迷いも淀みも無く、ただ自分がそう感じたからそれに従って行動する。
(あれ……それってコイツと一緒なんじゃ……)
そう思いアノールドがチラリと日色を見つめるが、日色は何かを考えているのか目を閉じている。
(自分がしたいからする。極端なことを言や、欲望に忠実ってこった。そういや、この二人、どことなく似てるもんな)
食や読書に貪欲なこともどうだが、掴みどころのない雰囲気がまさにそっくりである。
「それに……」
ウィンカァが少しだけ寂しそうな表情をして言う。
「家族は一緒がいい」
その言葉を吐くと、彼女はオオカミの背に跳び乗る。その背中は何だか酷く寂しげに思えた。
(そういや、ウイは父親を探してんだったな……)
だからこんなにも情が厚いのかもしれない。
「ヒイロたちは巻き込まない。これはウイの勝手」
「おいウイ、ちょっと待て――」
「少しの間だったけど楽しかった。ありがと……みんな」
普段は無表情のその顔に、笑顔が作られる。その顔は童顔なのに物凄く大人びていて、見る者の心をわし掴みにしそうなほど綺麗だった。
だがとても切なそうで、儚そうで、壊れそうな笑顔のようだと感じた。
それでもすぐに彼女はいつもの、いや、普段とは違いキリッと表情を引き締めスカイウルフの頭を撫でる。
「行こ」
「ワオゥッ!」
ウィンカァを乗せたスカイウルフは、瞬時にその場から離れて行った。
アノールドは制止の声を掛けられなかったことを後悔していた。それと同時に、本当にこのまま彼女だけに任せていいのかと自問自答する。
「ねえ、おじさん」
そんな時、ミュアが袖を引っ張って来た。
「どうした、ミュア?」
「……わたしは弱い」
「……ミュア?」
突然何を告白しだしたのかと思ってアノールドはキョトンとなる。
「わたしは弱い。だからその……危険な選択をしちゃダメなんだってわかってるつもり……」
「ミュア……」
「だけど……わたしは、ウイさんとオオカミさんを助けたい!」
自分は弱いという言葉。戦いになったところで、逃げ回るか、誰かに守られるかどっちかのミュア。そんな彼女が、わざわざ危険性の高い道を選ぶことは間違っている。
だがそれでも、知ってしまったら無視することなんてできない。
あんなふうに笑うウィンカァを、申し訳なさそうに鳴くスカイウルフを無視して旅を続けることなんてできない。
このまま旅を続けて、もし彼女たちに何かあったら絶対に後悔する。
そんなふうにミュアは思っているだろうと簡単に推測できた。彼女とは長い付き合いなのだ。
そしてその思いはアノールド自身も同じだった。彼女の真剣な訴えを聞いて、今まで悩んでいたものが吹き飛んだ。
(ミュアがここまで覚悟してんだ。それに何かあっても、必ず俺がミュアを守ってやる!)
そう決意すると、吹っ切れた表情で今まで黙っているもう一人の仲間に顔を向ける。
「なあヒイロ、その【ブスカドル】ってとこに行ってみねえか」
※
ほら来た、と日色は思った。ミュアの顔も賛成の色を宿していた。
お人好しの彼らならそういう選択をするだろうことは分かっていたが、まだ考えが纏まっていない以上、簡単に答えは出せなかった。
「おいオッサン、オレらは追われてるってことを自覚してるか?」
「ああ」
力強い返事だった。どうやら考えた上での答えらしい。
「ヒイロ、お前が対価が無けりゃ行動しねえってのも分かってる。だから無理強いはしねえ。お前は一度ミュアを助けてくれた。だから感謝してる。これ以上、俺らのワガママに付き合わせんのも悪い」
瞬間、ミュアは悲しそうな表情を作るが日色は気づいていない。
「だから、もし嫌だって言うんなら諦める。俺としてはまあ、お前との旅は面白えし、心強えのもホントだ。けど迷惑はかけられねえ。だから言ってくれ。どんな答えでも俺らは受け入れる」
ミュアも小さく自分を納得させるように頷くと、アノールドと同じようにこちらを見つめてくる。そんな二人の顔をジッと見返す。
「………………ま、ウシガニ料理は美味かったしな」
「は? ウ、ウシガニ?」
「それにアンテナ女がいたお蔭もあって大量のウシガニをゲットすることができた。これを借りとするなら、どうにも返しておかないと気持ちが悪いしな」
「ヒイロお前…………ツンデレってやつか?」
「どうやら耳と同様に尻尾もいらないようだな」
日色が刀に手をかけると……。
「わっ、わあーっと! じょ、冗談だってよハハハ!」
顔から冷や汗を流しながら、アノールドが両手を忙しなく振るう。
「ったく。そういうことだからさっさと事を終わらせるぞ」
そう言うと、スカイウルフが向かって行った方向に足を踏み出して行く。
そんな日色の様子をポカンと見つめていたアノールドだったが、クシャッと顔を崩して笑う。
「何だよホントまったくよぉ、素直じゃねえんだからなアイツは!」
本当に日色は借りを返したかっただけなのだが、アノールドはそれをツンデレと勘違いしているようだった。
ミュアも、アノールドと同じように思っているのか、日色のそんな態度が、
「何だかヒイロさん可愛い……」
これである。決してツンデレではないのだが、彼らにとって日色の好感度が上がったのは言うまでもない。
しかし彼らは知らない。日色の本当の狙いは、実験場にあるかもしれない貴重な書物や資料だった。
(一度そういう研究資料とかも読んでみたかったからちょうどいいな)
やはり日色はどこまでいっても欲望に忠実な人物だった。
※
白衣を身に着けた者たちが忙しく動き回る中で、一際体が大きい者が机に突っ伏して眠っていた。
「所長、起きて下さい!」
どうやら眠っているのは所長らしく、その部下である男が大声を張り上げて彼を起こそうとしている。
「……ぐが~」
だがイビキは大きくなるばかりだ。仕方無く部下の男は懐から何かを取り出す。それは甘い匂いを漂わせていた。
形はドーナツのような形状である。それを彼の鼻先へと持って行く。
――ヒクヒクヒクヒクヒクヒク。
物凄い速さで鼻が小刻みに動く。
そしてパチッと目を開けたかと思うと、口を大きく開けて目の前にあるドーナツ状のものを食べようとするが。
――カチン!
一瞬でそれはそこから消失し、口の中に残ったのは歯と歯がぶつかった衝撃だけだった。
「ぬぅっ! 酷いのねっ! こんな仕打ちあんまりなのねっ!」
部下の男を忌々しそうに睨みつけながら涙ながらに叫ぶ。
「おほん、おはようございます所長。幾つかご報告させて頂きたいことがあります」
「おのれぇ……ペビン、いつかお前をお菓子にして食ってやるのね!」
「それは怖い。ですが、お菓子はしっかり用意していますよ?」
「なにっ!? それはホントなのね!?」
「ええ、アチラをご覧下さい」
すると頑丈そうなケースに入れられてあるケーキが視界に入る。
「うっほぉ~っ! これはこれはケイキではありませんかですよぉ!」
まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせる。
「所長、ケイキではなくケーキです。言葉遣いがおかしいです。ちなみにこれはチョコレートケーキですが」
「おお~! これが今、獣人の国で流行ってるっていう《ちょこれいと》というやつなのね! おお~すっごく茶色いのねぇ~。食べてもいいのね?」
「お仕事をなさった後でしたらどうぞご自由に」
ペビンと呼ばれた男はクイッと眼鏡を上げて答える。
「よっしゃなのね! ならさっさと仕事するのね! ん? というか仕事って何するのね?」
言葉遣いに似合わず、所長の体はかなりの大柄である。というよりもデブなだけなのだが。オールバックの髪型に、何もかもがデカい体のパーツ。
その中で一番の特徴はというと、鼻がとてつもなく大きい豚っ鼻ということと、片眼鏡、つまりモノクルをしているということだろう。
「まずは少々問題が起きましたのでお聞き下さい」
「問題? 何なのね?」
「実験中のスカイウルフが一匹逃げ出しました」
「ふぅん、んで? 殺したのね?」
「いえ、手傷は負わせましたが逃げられました。まあ、あの傷ですし、その上モンスターです。助ける者などいないでしょう。その内のたれ死ぬかと」
「なら問題無いのね! けど最近検体が少なくなってきてない?」
「そう、それが本題です。ただいまストックがスカイウルフだけで、その数が七匹しかいません。早急に補充しなければ……そこで、今連絡員の方がお見えになられているので、交渉をして頂きたいのですが?」
所長は物凄く不愉快な顔を作る。
「ええ~めんどくさいのね~」
「これも研究のためですよ?」
「う~話は分かったけど奴らはあまり好きじゃないのね」
「好き嫌いでビジネスは成り立ちませんが?」
「う~しょうがないのね。そう言えばね、本体も近くまで来ているようなこと、先日報せを受けてたし、検体も持って来てるかもしれないのね」
「それは幸運」
「まあ、奴らは実験しがいのある検体を持ってくるから重宝はしてるけどね」
所長は鼻をほじりながら喋る。そしてアッと大きな口を開けて声を発した。
「どうされたのですか?」
「ん~そういやそろそろアレのお披露目もしなければならないのね」
「……ですが、アレはまだ制御ができていませんが?」
「何を言ってるのねペビン。実験に失敗は付き物なのね」
「承知しました。では彼らも来るということなので、残りのスカイウルフに、アレの相手をさせてみますか?」
「おお~、それは面白そうなのね!」
「では準備をします」
ペビンが頭を軽く下げてその場から去ろうとした時、
「あ、お菓子食べていいのね?」
「所長、まだ仕事が残っています」
「う~酷いのね! 生殺しなのね! 絶対ぜ~ったい、いつかお菓子にして食ってやるのねぇ~っ!」
バタバタと子供のように手足を動かす所長を尻目に、完全に無視してペビンは自分の仕事に戻って行った。
しかしその後、我慢できなくなった所長が、黙ってケースごとお菓子を食べてしまい、ペビンに説教をくらったのはまた別の話。
※
「ここ?」
日色たちと分かれたウィンカァが、スカイウルフの背に乗り到着したのは大きな建物だった。白を基調とした造りであり、周囲には金網が幾重にも施されてある。
周りは岩場で囲まれてある。いや、正確に言えば大岩をくり抜いてそこに建造したといった方がいいかもしれない。
唯一とも言える入口には、頑丈そうな鉄の扉で、おまけに鍵穴まで発見できた。
「オオカミは……ううん、名前付ける。ん…………羽があるから、ハネマル……でいい?」
スカイウルフも気に入ったのかコクンと頭を動かす。
「ハネマルは、どこから逃げてきたの?」
するとハネマルはそろそろっと動き、自分が逃げてきた場所へと案内する。
そうして岩場の陰に身を寄せると、ハネマルはどこかを示すように鼻を突き出す。
「ん……どこ?」
視線を巡らせると、一つの窓が割れていることに気がついた。そこには格子が付けられていたであろうことは、他の窓を見て判断できる。
恐らくハネマルは、怪我を覚悟して格子のついた窓に体当たりして破ったのだ。頭から血を流していたのは、その時の傷が原因のようだった。
「あそこから入る?」
ウィンカァには作戦を立てるなどという芸当はできない。というより考えていないのだ。
とにかく中に入って悪い者を倒せば、ハネマルの家族も無事に助け出すことができると思っている。
そしてウィンカァたちが施設に近づこうとした時、
――――ジリリリリリリリリリリリィィィッ!
けたたましいほどのサイレンが鳴り響いた。
その音を聞いてさすがのウィンカァも目を大きく見開き、自分たちの存在がバレたと確信した。
「このまま行こ、ハネマル!」
「ワオッ!」
こうなったら動くしかないと思い、ハネマルが出てきた窓へと跳んだ。
※
日色たちも、サイレンの音は微かに耳に届いていた。
「おいヒイロ、この音は?」
走りながらアノールドが質問してくる。
「恐らく、馬鹿が馬鹿な行動に出てるんだろ?」
「……?」
日色には、ウィンカァが自分のように作戦を立てる人物だと思っていなかった。
どちらかといえば、アノールドのように真っ直ぐ突っ込んで力付くで物事を解決しようとする者だと思っていたのだ。
そのため、サイレンらしい音を聞いて、恐らく施設が実験場だと判断していた日色は、その音は彼女の存在が実験場にいる者たちに知れ渡ったのだろうと確信していた。
何の考えも無く飛び込むとは馬鹿な奴だと思いながらも、そんな危険を犯してまで他人、いや、たかがモンスターのために動く彼女に呆れるような感心を抱いていたのも確かだ。
「とにかく、急いだ方が良さそうだな。ミュア、しっかり掴まってろ!」
「う、うん!」
そう言って、ミュアの身体を抱えたアノールドは更にスピードを速めた。日色も仕方無いなと呟きながらもそれに倣った。