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17 アーノルドに会いたいし、お兄様もお父様も幸せにしたい

 ディアが初めて神殿に行ってから4日が経った。起き上がれないほどの筋肉痛は、1日も経てば痛みはひいたが、ディアは暗い顔でため息をついた。


(私が「5日に1度、神殿に行きたい」なんて言ったから、ベイルお兄様にまた怪しまれてしまった……)


 大人しく10日に1度にしておけば良かったのに、少し欲を出したせいでベイルに『そんなに神殿に行きたいなんて、やっぱり何かあるのでは?』と疑われてしまっている。


(明日は神殿に行く日だけど、「やっぱり行かない」ってお兄様に言う?)


 アーノルドのことがベイルにバレるくらいなら、神殿には行かないほうがいいのかもしれない。それに、アーノルドの周りには、あの危ない神様がいるので、何度も会いに行くのは危険なことだと分かっていた。


(でも……)


 そうは言いながらも、ディアはウキウキとした気分でアーノルドに返す本を可愛くラッピングしてしまったし、『アーノルドって甘いもの好きかな?』と言いながら、エイダに今、クッキーを焼いてもらっている。

 本当はディアもエイダと一緒にクッキーを作りたかったが、「危ないですから!」と絶対に厨房に入らせてもらえなかった。仕方がないので、ディアは一人部屋でクッキーが焼き上がるのを待っている。


(アーノルドに会いに行かない方が良いって分かってるんだけど……。でも、私がアーノルドに、すっごく会いたいんだもん!)


 あの自信なさげな黄色い瞳が、驚きに見開かれたり、痩せた白い頬が赤く染まったりするのが見たい。手入れされていない燃えるような赤い髪を、これでもかと櫛でとかしてサラサラにしてみたい。美味しいものをいっぱい食べさせたい、アーノルドが幸せそうに笑う顔が見たい。


(……ああ、これ、捨てられて傷ついた子猫を、デロデロに甘やかしたい気分に似てる……)


 そんなことを考えている内に、何も決断できないまま、次の日になってしまった。


 ベイルは早朝からディアの部屋を訪れた。背後にはなぜかエイダの姿がある。


「ディア、今日は俺は神殿に一緒に行けない」

「えっ!?」


 ディアは内心『やったー!』と喜びつつも、とても残念そうな表情を作った。


「お兄様が行けないなんて、ディアは悲しいです」


 とたんにベイルの瞳が鋭く、目元が赤くなる。


 --ぐっ、かわいい!


 ベイルに「なら、今日は神殿に行くのはやめるか?」と聞かれて、ディアは一瞬返事を躊躇ってしまった。それを見逃さなかったベイルの瞳が氷のように冷たくなる。


 --やはり、神殿に何かあるな。当初の予定通りディアを神殿に行かせてエイダに監視させよう。


 ベイルの心の声を聞きながら『はぁ、やってしまった』とディアは内心ため息をついた。ベイルはディアの前では妹を溺愛している過保護な兄にしか見えないが、小説『アルディフィア戦記』の中では、公爵という高い地位に加え、強い上に頭もキレる、そして顔もすこぶる良いという、ものすごく優秀なキャラだった。ベイルの後ろ盾がなければ、男主人公は狂王アーノルドを倒すことができなかった。


(優秀なお兄様を、これ以上騙すのは無理かもしれない)


 そこでふと、ディアは、小説内でどうしてベイルが男主人公に協力したかを思い出した。男主人公に「どうして助けてくれるんだ?」と聞かれ、「狂王は俺の最愛のものを奪った。殺すだけでは足りないほど奴を憎んでいる」と、めったに感情を表に出さないベイルが、この時だけは顔を歪め怒りに震えながら答えた。


 作中ではそれ以上語られず、読者は「恋人を殺された?」「家族を殺されたとか?」と予想することしかできなかった。


(ちょっと待って。もしかして、狂王に殺された最愛のものって……私?)


 過去の16歳のディアはアーノルドとの結婚式で死んだ。結婚式のその場にいた全員がアーノルドに殺されたので、結婚式に出席していた父の公爵も一緒に殺された可能性が高い。


(お兄様は、あの結婚式の場にいなかったの?)


 過去のディアは、父とも兄とも親しくなかったので、それすら分からない。


(もしそうだとしたら、過去のお兄様は、あの日一度に私とお父様を失って……。だから、小説内ではお兄様が公爵を継いでいたんだわ。お兄様は、『もう何も大切なものを失いたくない』と言っていたのに……。ごめんなさい。私のせいでごめんなさい)


 過去のベイルの胸の内を思うと、切り裂かれたようにディアの胸が痛む。


「お兄様……」


 そう呟くと、ディアの瞳に涙が浮かんだ。


 目の前にいる今のベイルの瞳が大きく見開かれた。しばらく時間を空けてから、ベイルの心の声が聞こえてくる。


 --ちょ、え? あれ? ディア? な、泣いてるのか? なぜだ!?


 ディアは涙を慌てて拭った。


「すみません。お兄様と一緒に神殿に行けないと思うと、悲しくなってしまって……」


 ベイルはディアの頭をくしゃくしゃと撫でた。激しい動揺からかベイルの心の中では言葉にならない、謎のうめき声が響いている。


「次は絶対に一緒に神殿に行く! だから泣くな!」

「はい」


 ディアは泣きたい気持ちをこらえて必死に笑みを浮かべながら、『時が巻き戻った今、アーノルドだけじゃなく、今度はお兄様もお父様も絶対に幸せにしてみせる』と固く誓った。


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