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93・救いの手を差し伸べたのは

 庭に面したテラスへ繋がる扉は、いくつか開放されていた。

 私達は周りに居る人達の視線を受けながら、一番手前の扉をくぐり、心地よい夜風の吹き抜けるテラスに出た。

 すると既に、何組かのカップルは庭に出て噴水の周辺を散歩していたり、テラスの隅で、会場内から漏れ聞こえる音楽に合わせて踊ったりしていた。

 庭の中央にある、大きくて立派な噴水は、魔道具の照明器具で眩しいくらいにライトアップされていて、それはそれはとても綺麗で、前世ではライトアップされた噴水などありふれたものだったけれど、今、この世界に生きる私の目には新鮮に映り、その美しさに感動してしまった。


「なんて美しいのかしら……夜だというのに、こんなに眩しい光を見る事ができるなんて……」

「フフ……噴水が御気に召したなら、後ほどゆっくり案内しよう」

「ええ、是非お願いします」


 この世界の夜といえば、月明かりの無い日は特に暗く、一応、王都内は大抵の通りがガス灯で照らされているけれど、ここまでの明るさは無い。今はまだ電気の普及していないこの国では、希少な発光石を使った魔道具で無ければ、ありえない明るさだった。


 周囲を見渡し、広いテラスのまだ誰も居ない場所に移動して、私とフレッド様は一息ついた。


「フゥ、ここなら大丈夫だな。女将、寒くはないか? ダリアのドレスは最先端のデザインで、洗練されているのは分かっている。分かっているが、その……言おうかどうか迷ったが、正直なところ目のやり場に困る。いや、とても似合っている。それは間違いないのだが……」


 フレッド様はそう言って、ジャケットを脱いで私の肩にかけてくれた。彼は薄らと頬が染まっていて、照れているのが見て取れた。

 このジャケットを借りるのは、これで二度目だわ。返さなければと気にはなっていたのだけれど、家の誰かが殿下に返してくれたのね。


「あの……ありがとうございます」

「いや、これでまともに顔が見られる」


 最初に私のこの姿を見た時は見違えたとは言われたけれど、その表情は特に変わらず、何のリアクションも無かったので、この程度の露出、フレッド様は何も感じないのかと思ったけれど、それはあの場では上手く感情をコントロールしていただけだったようだ。

 羨ましいくらいポーカーフェイスが上手だわ。

 

「それにしても、女将はどこかでダンスを習った経験が? 本当に、あれほど踊りやすい相手に出会ったのは初めてだ。……いや、二度目か。子供の頃に、何度か一緒に練習をした少女がいたのだが、彼女と踊った時のように息が合い、そのせいか途中何度か、彼女と踊っているのかと錯覚してしまった。大人になった彼女とは、一度も踊る事なく別れてしまったが、きっとあんな感じだったのだろうな……」


 フレッド様は寂しそうに笑って、遠くを見つめた。

 ああ、だからダンスの途中でとろけるような笑顔を見せたのね……その少女を想って。危うく私に向けられたものだと勘違いしてしまうところだったわ。そういえば、私のようなプラチナブロンドの知り合いが居ると言っていた気がする。その少女がそうなのかもしれないわ。

 その方とは、フレッド様が殿下の影武者となるときに、別れてしまったという事なのかしら?

 でもこれ以上は聞かない方が良さそう。彼の表情を見る限り、悲しい別れだったように思うもの。


「ダンスは嗜み程度に習いました。でも、とても久しぶりだったので、ちょっと心配でしたけど。ふふふ」

「あれが嗜み程度、か……ダンスを嗜むという事は、リアムの予想通り、やはり元はそれなりの家の出なのだな。女将は不思議な女性だ。なぜだか気になり、もっと知りたくなってしまう。だが、あまり詮索するのも無粋というものだな」


 フレッド様に甘く微笑みかけられ、私はどうしていいか分からずに、俯いて目を逸らした。きっとフレッド様は、私に幼馴染の少女の面影を見ているのよ。

 これを自分に向けられたものだと勘違いする前に、その理由を知ることが出来てよかったわ。彼は本当に殿下と瓜二つで、目が合うだけでもいちいちドキッとさせられてしまうから。


「殿下、失礼します」


 私達が出て来た扉の方から、夜会服姿のヒューバート様が現れた。

 どうしたのか彼は、右目に革製の眼帯を着けていて、頬に傷が残っているのが見えた。

 まさかと思うけれど、彼はあの日、無抵抗のままウィルフレッド殿下に投げ飛ばされた時に負った怪我を、治癒魔法で治さなかったのだろうか。

 あの時は、頭を打った鈍い音が馬車に乗った私にまで聞こえてきて、立ち上がった彼はフラついていたし、脳震とうを起こしたのではと心配だった。それに酷く血が出ていたのを覚えているけれど、もしかして右目を失明してしまった?

 たとえ自分で自分を治せないにしても、彼の父親は筆頭魔道師なのだから、どうとでもなったでしょうに。


 フレッド様はヒューバート様から何やら耳打ちされ、何を聞いたのか、ウンザリした顔をした。


「すまない、ダリア。少しだけ待っていてくれ。ヒューバート、俺が戻るまで彼女を頼む」

「畏まりました」


 フレッド様が会場に戻ろうと歩き出したところで、ジャケットを借りていたのを思い出し、私は慌てて声をかけ、羽織っていたジャケットを脱ぎながら彼を追いかけた。


「お待ちください殿下、上着をお忘れです。公の場ですから、きちんと正装するべきですわ」

「ああ、忘れていた。……寒くなったら、中に入っているんだぞ」

「はい、お待ちしています」


 フレッド様はジャケットを着てボタンを嵌めながら、颯爽と会場内に戻ってしまった。

 代わりにヒューバート様を残して。

 

 ヒューバート様はどこまで事情を知っているのかしら? 私がダリアの代理だということくらいは知っているわよね。


 ヒューバート様の方を見ると、フレッド様を見送っていた彼は私の視線を感じたのか、にっこり笑って私に話しかけてきた。

 目線が、つい彼の右目の眼帯に引き寄せられてしまう。


「はじめまして、私はウィルフレッド殿下の側近で、ヒューバートと申します。これが気になりますか?」


 ヒューバートは右目の眼帯を指差し、小首を傾げた。


「はじめまして、ヒューバート様。あの……失礼いたしました。見過ぎてしまいましたね。お怪我をなさっているように見えたもので、どうされたのかと……」

「これは、自分への戒めです。私の浅はかな考えが、ある方の人生を大きく変えてしまったので、その時に負った怪我をそのまま消さずにいるのですよ」


 ああ……やはりあの時の傷なのですね。

 あなたは私を利用してでもウィルフレッド殿下を王太子になさりたかった。ただそれだけの事。

 あのままフレドリック殿下が国王として即位する未来など、無くなって良かったのです。あの方には無理でした。むしろそうしていただいて、こちらも幸せになれたのですから、気にしなくて良いと言って差し上げたいけれど……。


「そう……なのですか」


 どうにかして彼の目を治す事は出来ないかしら? こうして治さずにいる事は彼の気持ちの問題なのでしょうけど、不幸になった訳ではない私にしてみれば、その戒めはキツ過ぎるわ。


「ところで、あなたの事はエレイン・ノリス公爵令嬢のご親戚だと伺っていましたが、やはり似ていらっしゃいますね」


 え? ヒューバート様には、ダリア本人が来られなくなった事を伝えていないの? 確かに急な話だったかもしれないけれど、側近ならば別人と入れ替わった事くらい知っていて当然ではないの? まさかまだ殿下に許されていないのかしら?


「……そうでしょうか? 自分では良く分かりません」


 私が目を伏せてそう答えると、ヒューバート様はそれまでにこやかに話していたのに、急に真顔になって私の肩を掴んだ。


「……いや、違う。いまの反応……困った時によく見た事のあるエレイン様の癖と同じだ。それに、良く見れば、あなたはエレイン様ご本人……? ですよね? なぜこのような事をなさっているのですか? いつから殿下と……?」

「あの、放してくださいませ。私はダリア・ケンジットですわ」


 ヒューバート様に気付かれてしまい、顔を背けながら万事休すと思ったその時、彼の背後から良く知っている人の声が聞こえた。


「どうかしましたかな? ダリア様。お久しぶりですな」

「おじ……様! お久しぶりでございます。おじ様、お元気でしたか?」

「私も家族も変わりありません。ダリア様も、お元気そうで何よりです」


 声の主は私のおじい様。

 ヒューバート様はパッと私の肩を放し、知らぬ間に背後に迫っていたおじい様と私を交互に見た。

 まさか、おじい様もこの夜会に招かれていたと思わなかった私は、本当はかなり動揺していたけれど、それを顔に出さないように細心の注意を払い、この状況を利用させてもらう事にした。

 ヒューバート様は、おじい様が私をダリアと呼んだ事で、混乱したご様子。


「あ……これは……失礼を。ダリア様、勘違いをしてしまい、申し訳ございません。私は側に控えておりますので、何かありましたらお声掛けください」


 ヒューバート様は、そう言ってから私とおじい様に会釈をして、適度に離れた場所まで移動すると、まるで護衛でもするように後ろを向いてその場に待機した。

 おじい様はヒューバート様が離れたのを確認すると、ホッと息を吐き、ジロリと睨みつけてきた。


「何をしているのだ、お前は」

「あの……?」

「ハア……こんな所に顔を出して、今のような事になるとは思わなかったのか。確かにその厚化粧では気付かれにくいだろうが、お前を良く知る勘の鋭い者ならば気付くかもしれん。せっかく自由を手にしたというのに、またここに戻ってきたいのか? 筆頭魔道師バルモアの息子はともかく、あのフィンドレイの小僧とは、宿の方でも会っているのだろう。そう何度も似ているだけの他人とは誤魔化せないぞ。少なくとも、あの小僧は今、宿のお前が身代わりをしていると思って心中穏やかではないだろうな」


 おじい様は、私がエレインだと確信をもって話している。というか、え? おじい様、屋敷を出た後の私の行動を何故知っているのですか。


「おじい様はいつから……ご存知だったのですか? 私が……その……」

「お前には、いつも付いていた者の他に、子供の頃からずっと密かに付けている護衛がいる。だから、変装しておにぎりを買い食いした事も知っているし、それから商売を始めた事も知っている。言っておくが、監視していたわけではないぞ。お前に付けた護衛からの報告で知ったまでだ。今の幸せを手放す気が無いのなら、もう、今日を限りに王宮に近付くのはやめなさい」


 おじい様は、そう言って優しく微笑みかけてくれた。

 いつだって厳しい表情しか見せなかったおじい様。

 一体いつから笑わなくなったのかしら。私が小さかった頃を思い返せば、おじい様は良く笑っていたように記憶しているのに、ある時から眉間にしわを寄せた顔でいるのが普通になっていたわ。


「そうだ、お前にひとつ忠告するが、変装するなら、足元も気をつける事だな。最初の変装は中途半端に靴がそのままだったお陰で、護衛もお前だと気付けたと言っていた。しかし私の変装は完璧だっただろう、一度お前の宿に泊まったが、まったく気が付かなかったな」

「え!?」


 私は思い掛けない事を言われて、思わず大きな声を出してしまった。慌てて口を塞いだけれど、ヒューバート様は何かあったのかと振り返った。

 私は彼に向かってニッコリと微笑み、何でもありませんと態度で示して誤魔化した。


「それは一体いつの事ですか?」

「そんな事はどうでもいい。あまり長く話していては、人目に付く。これからも、お前はお前の好きに生きなさい。またそのうち変装して、お前の美味しい料理を食べに行くよ。ではな」


 去っていくおじい様のうしろ姿を見て、何かいつもと違うと感じた私は、おじい様が足を引きずっていない事に気が付いた。いつもの杖は持っているけれど、その足取りは軽く、とても片足が麻痺しているようには見えなかった。


「本当にうちの宿に泊まったのね……」


 私は、おじい様が本当はとても愛情深い人なのだと、この時はっきりと実感した。

 私はこんなにも愛されていた。

 目に涙が溜まり始め、泣いてしまいそうになった私は、星空を眺める振りをして上を向き、涙が乾くのを待った。


「ダリア様、中に入りませんか? お体が冷えてしまいます」

「ええ、そうですね」


 しばらく経ってから声をかけてきたヒューバートの提案を聞き、私はヒューバートのエスコートで会場内に戻る事にした。場内は少し蒸していて、それに空気も先ほどより悪くなったように感じた。

 会場に入るなり、何気なく向けた視線の先に、フレッド様が居た。

 そして先ほど彼が何のために会場に戻ったのか、私はすぐにその理由を知ることになった。

 

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