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84・もしかして私、過労死した?

 何だか頭の中がフワフワしてる。なのに、全身がズッシリ重くて動かせないわ。私、どうしてしまったのかしら? まぶたも重くて目が開けられない……。


「ラナ様、あなたは頑張り過ぎたのです。魂が女神の一部であるとはいっても、そのお体は人間のものなのですから、無理をすればどうなるか位、ご自分でもわかっているでしょうに……。シンが真っ青になって心配していますよ」


 私が身じろぎすると、すぐ横からヴァイスの声が聞こえてきた。


「ヴァイス? 人間の姿になっているの? あなたの声が耳から聞こえるわ」

「目を開けてみてはどうです? 体は直に楽になりますよ」

「楽に?」


 私はヴァイスに言われるままに、ゆっくりと重いまぶたを上げ、目を開けてみた。


「え……どこなの? ここは……? 私、シンと一緒に自分の部屋に居たはずなのに……」


 そこで目に飛び込んで来たものは、ミントグリーンの木の葉が揺れる大きな木々。ぐるりと目の動きだけで見える範囲を確認してみれば、どうやらここは森の中のよう。

 そして森の中のぽっかりと開けた場所に、私はゴロンと寝転がっていた。

 見上げる空は水色で、そこに浮かぶのは綿菓子の様な白い雲。

 その空には、薄むらさき色のたてがみを持つ淡いピンク色のユニコーンが飛んでいて、まるでおとぎの国にでも迷い込んでしまったかのような光景だ。

 目に映るもの全てがパステルカラーで、とってもメルヘンでファンシーな世界だった。

 そして先ほどから私と言葉を交わしてるヴァイスは、いつもの白い子ライオンではなく、人の姿ですぐ隣に居た。


「まさか私、過労死……した?」


 嘘、直に体が楽になるって、そういう意味で?

 私はここが天国なのではないかと思い、ヴァイスに質問をしてみた。


「フッ、あなたは死んでいません。ここは妖精界です。レヴィエント様がラナ様の部屋から妖精界への扉を開いて、私がここへお連れしたのです」

「妖精界? どうしてそんな……?」

「そなたは、過労がたたり、高熱が出ていたのだ」


 まだあまり動けない私の頭の上の方から、不機嫌そうなレヴィエントの声が聞こえた。


「え、レヴィエント? どこに居るの?」


 私がキョロキョロと目だけを動かしてレヴィエントを探していると、ぬっと真上から美しい顔が覗き込んできた。

 相変わらず、ゾッとするほど美しいその顔は、私の事を心配してか、少し沈んだ表情を浮かべていた。サラリと流れ落ちてきた白くて綺麗な長い髪が、私の顔に降り注ぎ、頬を軽くくすぐった。


「人間の体は脆い。その脆い体に、微力とはいえ女神の力が備わっているのだ。気をつけなくては、そなた本当に命を落としてしまうぞ。今からここで妖精たちの力を借りて、癒しをかけてやる。その後は、ライナテミスから直接加護を受けよ」

「ライナテミス様にラナ様の不調をお知らせすると、ここまで会いにくると仰って。もうそろそろいらっしゃいますよ、ほら、私の父と一緒にお見えになりました」


 ヴァイスの言うとおり、空から白い聖獣の背中に乗った女性が舞い降りてきた。

 その方は神々しく光り輝き、かろうじてそのシルエットから女性である事が窺えた。タキやイリナ様の言う女神の輝きとは、きっとこれだと瞬時に理解した。これほど強くはないにしても、私もこんな風に光を放っているのであれば、すぐに判別出来るに決まっている。


「ライナテミス様……? まさかお会い出来る日が来るだなんて……」


 この方は間違いなく女神様だわ。身に纏うオーラが人のそれとは別次元で、畏怖すら感じてしまう。

 そう思っていると、たくさんの妖精が森から姿を現した。いつも見ている光の玉ではなく、全員白くて小さな丸い動物の姿で、中には見た事も無い動物も居たけれど、ハムスターやカワウソ、象まで居て、皆レヴィエントと同じ妖精の羽が生えていた。

 

「そなた達、ラナを全力で癒してあげなさい」


 レヴィエントの号令を受けて、その小さな妖精達は私を一斉に取り囲んでしまった。


「え? え? 何、このモフモフ天国。皆凄く可愛いわ、まあ、ウォンバットまで居るじゃない。癒すってこういう事? たしかにとても癒されるけれど……」


 妖精達は横たわる私の上を飛び回り、所謂(いわゆる)妖精の粉のような、キラキラ光る何かを私の体に振り撒き始めた。その光は私の体に落ちるとすぐに染み込むように消えてゆき、そのお陰なのか、体がどんどん軽くなっていくのがわかった。 

 

「体が軽い。本当に疲れが癒えてしまったわ。皆ありがとう。もう大丈夫よ」


 私は起き上がって皆にお礼を言い、褒めて褒めてと言わんばかりに擦り寄ってくる妖精達を順番に撫でてあげた。


『もう、良いか。そなた達、私のいとし子を解放しておくれ』


 女神様の言葉を聞いた妖精達は、一斉に私のもとから離れ、レヴィエントの横に綺麗に整列した。

 ライナテミス様のお声はとても心地よく、この方は私のお母様ではないのに、血の繋がりがあるからなのか、なんだかとても懐かしいような、どこかで聞いた事があるような、不思議な感覚にさせられた。

 私は座ったままでは失礼だと思い、立って女神様に向き合った。そして神様に祈りを捧げる時と同じく、跪いて礼をしようとしたところで、女神様に止められてしまった。


『そのような事、せずとも良い。そなたは私の産んだ子の生まれ変わり。私の一部を持つ、私の分身のようなもの。だがしかし、その肉体は長い年月をかけて繁殖を繰り返すうちに、本当にただの人間になってしまったのだな。そなたにも、私の産んだ子と同等の加護を授けよう。そなたの性質はあの子と良く似ておるな。神の力を己の為のみに使わずに、他者を助ける為にその力を惜しみなく使おうとする。人間の求める神の代わりでもしようというのか? 悪いが本物の神は、そのようなことはせぬぞ。だが、見ていて飽きぬ。これからも思うままに生きなさい』


 女神様はそう言って、私の体をその光で包み込んだ。その瞬間、私は温かな水の中に浸るような感覚に見舞われ、また意識が遠のいてしまった。そして薄れ行く意識の中で、最後に女神様の声が聞こえてきた。


『妖精王レヴィエントよ、私の代わりにこの子への癒しをかけてくれた事、感謝する』


 妖精王!? レヴィは妖精界の王様だったの?

 そして次に目を開けた時には、私は自分のベッドに横たわっていた。

 見慣れた天井が視界一杯に広がり、先ほどまで居たファンシーな妖精界の景色と比べると、とても殺風景なものに感じてしまう。

 頭を動かした拍子に、おでこに乗せられていた濡れタオルがずれ、枕の上に落ちてしまった。私はそれを直すために手を上げようとした。

 しかし、私の手は誰かがガッチリと握っていて、上に持ち上げる事は出来なかった。


「ラナ!? 意識が戻ったのか?」


 私の手を握り締め、祈るように頭を下げていたシンは、私が反応した事に気が付いて、バッと勢い良く顔を上げた。その顔は青ざめていて、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「シン……? あなた、こんな遅い時間まで私に付いていてくれたの? ごめんなさい、迷惑をかけてしまったわね」

「馬鹿! 何言ってんだ、当たり前だろう! ああ、クソ、本当にお前がこのまま死んじまうのかと思った……! お前、凄い熱が出ていたんだぞ。ずっと一緒に居たのに、すぐに体調が悪い事に気付いてやれなくてすまなかった」


 シンは今にも泣き出しそうな顔をして私を見つめ、大きくて逞しい体は小さくちぢこまり、その声は震えていた。

 そんなに私は危険な状態だったのだろうか。

 そうよね、危険な状態だったからこそ、突然妖精界に連れて行かれ、女神様が私に会いに来たのだわ。

 シンは私の手をずっと握り締めていたのかしら? だとしたら、妖精界に居たのは本当にほんの一瞬だったのかもしれない。それとも、女神様が元の時間に戻してくれたのかしら……。

 シンはとても不安だったみたい。私の意識が戻っても、彼は握っていた右手を離そうとはしなかった。

 その手も微かに震えていて、目の前にいるこの人は、こんなにも私の事を想ってくれるのかと、その手のぬくもりからも彼の想いが伝わり、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

 初めてわかった。

 これが、胸がキュンとする、という事なのね。

 時計を見れば、意識を失っていたのは三時間ほどだろうか。

 多分、熱が急激に上がった事で気を失ってしまったのだと思うから、シンがその事に気付くのは、無理だっただろう。

 しかし彼は自分を責めてしまっている。私は体を起こし、震えるシンを抱きしめた。


「あなたは悪くないわ。私の自己管理が不十分だったのがいけないの。ごめんなさい、自分の体力を過信し過ぎてしまったわ。もうこんな事にならないよう、しっかり自己管理するから、そんなに自分を責めないで。これは私が悪いのだから」


 シンは私をぎゅっと抱きかえし、私の首元に顔を埋めた。彼の熱い吐息が首筋にかかり、私はくすぐったくて身じろぎしてしまった。

 するとシンはゆっくりと体を離し、私の顔を覗きこんだ。

 そして私の熱が下がったのかを確認するために、おでこに手をやり、もう熱は無いと分かると、安堵の溜息をついた。


「よかった……もう、大丈夫だな」 


 シンはその手をそのまま下げて私の頬に触れ、愛おしい者を見るように、とても優しく微笑んだ。こんなシンを見たのは、これが初めての事だった。私の心臓はドキドキと早鐘を打ち、頬が上気していくのが分かったけれど、彼の目を見つめ返さずにはいられなかった。


 時計の針の音だけが響くこの静かな部屋の中で、私達はただ黙って互いを見つめ合っていた。

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