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83・半年突っ走ってきたツケ

 神父様達との話はまだまだ足りないと感じたけれど、私は急いで宿に戻った。

 裏から直接私室に戻り、着替えて化粧直しを済ませた後、すぐに食堂に向かい、カウンター越しに厨房を覗くと、シンとタキは始業時間より早く作業を始めていたようで、食材の下ごしらえは半分ほどが終了していた。


「シン、タキ、遅れてごめんなさい」


 シンは私の声に反応して、作業の手を止めて振り向き、私と目が合うと、フッと微笑んでまた作業を再開した。


「おう、お帰り。こっちは気にしなくて良いって言っといただろ。で、上手く話は聞き出せたのか?」

「あ、あのね。神父様と巫女様に、自分の素性を明かして、私の目的も説明してきたの。その上で、こちらの味方になってほしいとお願いしてきたわ」

「え? せっかく変装までしたのに、また随分思い切ったね」


 シンとタキは、ちょっと心配そうな顔をしたけれど、私はあのお二人を信じる事にした。具体的な理由は上手く説明できないけれど、纏う空気に濁りを感じなかったから。

 二人を信じても大丈夫だと直感が働いた。実はそれだけが理由だった。

 私にも少しタキのような能力があったのかと思うほど、今日は空気の違いが良く分かった。

 今思い返してみれば、パーティーなど貴族の集まる場では、目には見えない何かで空気が濁っているように感じていた。それもそのはず、貴族が集まれば、どこかで必ず誰かの悪口を言っているし、あちらこちらで腹の探りあいをしているのだから。

 あの場にタキがいたら、すぐに具合が悪くなってしまうでしょうね。

 

「巫女様の名前は、イリナ様と仰るのだけど、実は、タキと同じ能力を持っていたの。今朝私を見るなり、夢に出て来た女神と同じだと見破られたわ。おまけに、姿を消して控えていたヴァイスまで見られてしまったし。その能力の前では、変装なんてしても意味が無いでしょう? それから、タキに朗報があるの。そのイリナ様は、黒いモヤモヤを祓う事が出来るのですって。もしかしたら、タキにもできるようになるかもしれないわ。そうしたら、人ごみの中に入るのも怖くなくなるわね」


 それを聞いて、タキは少し嬉しそうな顔をした。同じ能力を持ち、尚且つその使い方を知っている人に出会ったのは初めてだったのだ。

 ただ見えるだけでは不完全だと本人も自覚していたのだろう。タキは休憩時間にでも教会に行って、イリナに会って話を聞きたいと言い出した。 


「その人に会って話を聞いてみたいな。もし可能なら、祓い方を教えてもらいたいし。今は僕に出来る事を、一つでも多く増やしたいんだ。ラナさんが信用すると決めたなら、僕もそうする。良いよね、兄さん」


 シンは少し考えた後、小さく頷いた。


「それ、お前には必要な能力だな。ちゃんと習得できたら、俺にも教えてくれよ」

「わかった。なんだか少し、希望が湧いてきたよ。ありがとう、ラナさん。凄く貴重な情報だね。相手が自分の能力を隠す必要の無い、巫女様だから聞ける話だ。きっと僕みたいな人は他にも居ると思うんだ。でも、誰もそれを他人に話さないから、情報源がほとんど無くてね」


 神殿内は未知の世界。だから、皆必要以上に警戒心を持ってしまうのね。多分、霊力があれば誰彼構わず神殿に連れて行かれてしまうというのは、ただの噂だと思うわ。

 神官になるかどうかは、本人の希望で決めているのだと思うけど。どうなのかしら。



 この日は午後からチヨが休みで、午後一でケビンが迎えにきてくれると、二人並んでカルヴァーニ伯爵の屋敷に行ってしまった。

 私は午後から厨房とフロント業務を兼任し、少し疲れたなと感じながらも、夜にはシンの個人レッスンを開始した。

 シンは私の教えた料理のレシピを全て覚えてしまうので、前から賢い人だとは思っていたけど、やはり彼はとても物覚えが早く、一度説明すればそれをすぐに理解してくれた。

 何だか、本当はちゃんと礼儀作法を覚えているのに、わざと粗野な振る舞いをしているように感じるのは、気のせいかしら? 

 明日からは、男性としての美しい立ち居振る舞いの仕方なども教えていこう。あんなに気さくに王子が宿を訪れるようでは、今の彼のままでは少し心もとない。その時だけでも、隙を見せない対応ができるようにしておいた方が後々彼の為にもなるでしょう。


「シン、少し休憩しましょうか。一度にたくさんの事を覚えさせられて、疲れたでしょう? 少し話をしない? 私、あなたに聞いてみたい事があるの。今、お茶を入れるわね」

「ちょっと待て、座れ。お前、昨日もまともに休んでないし、今日は朝からずっと動きっぱなしで、相当疲れてるだろ? ハァ、こんな時不便だな。お前は自分の料理を食っても、体力が回復しないもんな。それに、夕飯も少ししか食わなかったじゃねーか。顔色も良くないし、もしかして体調が悪いんじゃないのか?」


 術者が自分にかけても効果が出ない治癒魔法と同じで、女神の癒しも本人には効果が無いらしい。だから、皆が私の料理を食べて元気になるという感覚が、未だに理解できないでいた。

 結局のところ、昨日の半休は、フレッド様のイメチェンに時間を費やし、その後すぐ巫女様の浄化をして、翌朝のエヴァンとの対面に向けて、夜はシンの個人レッスンを遅くまでかけて行った。でもその成果は上々だったわ。

 これって、休日を無駄なく有意義に過ごしたというだけの事だと思うの。

 

 でも変ね、何だか少し体がだるい。風邪でも引いたかしら?


「平気よ。でも今日のレッスンはここまでにして、また明日にしましょう……か……」


 私はそこで意識を失った。少し疲れが溜まっているなという自覚は前からあったけれど、思えば、家を出てから半年、休日らしい休日も無く突っ走ってきたツケが、ここに来て回ってきてしまったようだ。


「ラナ! おい、しっかりしろ!」


 薄れ行く意識の中で、椅子から倒れ落ちそうになった私を、シンが慌てて抱きとめてくれたという感覚だけは伝わってきた。



 

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