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70・趣味と実益を兼ねた人助け

 ランチタイムが終了し、後片付けも終わった私は、着替えを済ませてチヨとカウンターでお茶を飲みつつ、フレッド様が戻ってくるのを待っていた。


「ラナさん、わざわざ着替えて、これからどこかにお出かけですか? あ、もしかして、またシンと買い物とか?」

「シンと? 違うわよ。お客様からの依頼を受けたから、これからちょっと出てくるけど、多分すぐに帰ってくるわ」

「えっ? ラナさん、他にもお仕事始めるんですか?」

「んー、仕事とはちょっと違うかしら。趣味と実益を兼ねた人助け? みたいなものよ」


 まあ、実益といっても、こちらが勝手に楽しませてもらうというだけで、金品での報酬は頂かないのだけど。


 今日は本当なら私が当番のはずだった。

 でもチヨは明日出かけたいというので、今日の当番はチヨと代わる事になったのだ。

 どうやら、前回の花壇作りでケビンと意気投合して、今度はチヨがあの温室を見に行く事になったらしい。チヨにも良い友達ができたようで、それを聞いた時、私は何だかとても嬉しくなった。

 チヨの趣味はお金儲けだったけれど、今度からガーデニングも加わるのかしら? 

 

「趣味を活用して人助けですか、ラナさんの趣味と言えば、服作りですよね。あれ? フレッド様? リアム様かな? こんな時間に戻って来るなんて、珍しいですね」

 

 カランというドアベルの音に反応し、チヨが彼の部屋の鍵を渡しにフロントへ行こうとしたので、私は咄嗟にそれを止めた。


「待ってチヨ。鍵は必要ないわ。お帰りなさいませ、フレッド様。まずはお茶にしますか?」

「いや、すぐに出よう」

「では、どうぞこちらへ」


 チヨはポカンとして私達のやり取りを見ていた。本当はフレッド様が来たらそのまま正面から出ようと思っていたけど、案の定、彼はフードを深く被ったマント姿のままだったので、一旦私の部屋に連れていき、とりあえず応急処置を施す事にした。

 食堂とプライベートスペースを仕切るドアを開け、フレッド様を先に通すと、チヨは何か物言いたげに私を見ていた。そして私と目が合うと、声は出さずに、口の動きだけで私に何か訴えてきた。


 ウ・ワ・キ・デ・ス・カ


「なっ……」


 浮気ですか、って何が? 随分前に婚約は破棄されたし、今は恋人すらいないわよ。さっき言ったでしょ、お客様の依頼を受けたって。まったくもう、一体どこでどんな勘違いをしているの? 

 

「ふふ、チヨさん? 今夜、お話ししましょうね」


 私はチヨに微笑みを向けながらドアを閉め、フレッド様を廊下の先にある私の部屋に案内した。シンとタキ以外の男性をこの部屋に入れるの初めてだけど、不思議と嫌ではなかった。

 部屋に入ると、豚の姿のレヴィと子ライオン姿のヴァイスがそれぞれ好きな場所でくつろいでいて、他の妖精たちは元気に飛び回っていた。今朝、歌いながら水やりをしたせいか、植物達もとても元気で、気のせいか緑が濃くなったように感じた。


「凄い部屋だな。植物がたくさん置かれているせいか、空気が澄んでいる……」


 フレッド様は入ってすぐ、私の部屋の植物の多さに驚いていた。これだけ妖精が飛び交っているのに無反応という事は、どうやら彼は妖精が見える人ではなかったらしい。見える人と見えない人の差って何なのかしら? 


「あの、フレッド様」

「ん? 何だ?」

「もしかして、そのいつもの格好のままお出かけするのですか? できれば、目立つのでフードは無しでお願いしたいのですが」

「あ、ああ。一応この中は着替えてきたんだが」


 フレッド様はマントを脱ぎ、中に着ている物を見せてくれた。マントの下は、たまにチラッと見える騎士のような服ではなく、華美な物でもない、通りを歩く人達と同じ極々普通のシャツとズボンだった。これなら首から上をどうにかすれば、変装としては十分だ。


「よかった……。マント姿のままでは変に目立ってしまうので、それは無しで行きましょう。その代わり、ウィッグと眼鏡を付けていただきます」

「ウィッグ……? 女将はどこかの劇団にでも所属していたのか? そんな物を持っている一般人がいるとは思わなかった」

「確かに、普通は持ってませんね。これは私の趣味なんです。たまに違う自分に変身する事が、とってもストレス発散になるもので。この椅子に座ってくださいますか? ササッと済ませましょう」


 フレッド様を椅子に座らせて、ウィッグを被せるために彼の後ろに立った私は、そこでおかしな感覚に襲われた。

 この髪の色……夢の中の男の子と同じではない? ミルクティー色の髪は町でも見かけた事はあるけれど、なぜかしら、夢で見たのと同じだと思えて仕方が無いわ。

 私は知らずその髪に指を通し、手触りを確認していた。

 やっぱりこの髪を触った事があるのではない? 子供の頃だから、もう少し柔らかかったかもしれないけれど……。


「どうした? 髪に何か付いていたか?」

「あ、いえ。普段殿下として表に出るときは、この髪はどうしているのですか? 私の記憶では黒髪だったと思うのですが」

「ああ、今はこの色で過ごしているから、このままだ。半年前までは黒く染めていたのだが、今はその必要が無くなった」


 半年前……。ではあのパーティーの後から、殿下はご自分の髪をお母様のレイラ様と同じこの色に染めていらっしゃるという事なのね。今どき、髪を染めるくらい珍しくもないけれど、何か心境の変化でもあったのかしら? 


「髪型を変える事ができないのなら、やはりウィッグを使いましょう」


 大分前にアルフォードのおばあ様にリクエストして送っていただいた、各種ウィッグの中に間違って紛れていた男性用の物を被ってもらう事にした。

 暗めの銀髪で肩にかかるくらいの長さだったものを、私が少しカットしてアレンジしたものだ。爽やかな短髪のフレッド様にそれを被せてみると、かなり不良っぽくなった。


「あと、この眼鏡をかけてみてください」

「目も悪くないのに眼鏡をかけるとは、変な感じだな」


 私のとっておきのインテリ風眼鏡は、フレッド様にピッタリだった。

 これに関しては、自分で使う目的ではなく、ただの観賞用だったのだけど、まさかこんな形で活用されるとは思わなかった。


「もう、フレッド様に関してはこれで良いような気がしますね。あとは服装を少し、その見た目に合わせましょう」


 フレッド様は鏡で自分を見て、その変化に驚いたようだ。

 彼の端正な顔立ちのせいもあってか、元の好青年からは想像出来ないほど正反対の、ドSっぽい雰囲気に変える事ができた。私としては、できればこれに軍服を着てほしいのだけど。でも騎士の制服も似合いそう。


「へえ……たったこれだけで、随分変わるものだな。だが、これは借り物だ。これと同じような物を買いに行こう。リアムの分も必要だしな」

「はい、それに、その印象的な瞳の色を隠すためにも、眼鏡には色付きのガラスを入れる事をお勧めします。では、外に出てみましょうか」


 そのまま裏口から出て大通りに向かった私達は、ウィッグを扱う店や古着屋をまわり、最後に王都の中央に近い眼鏡店に到着した。そこでいくつかのフレームを選び、色ガラスを入れてもらった。

 色んな種類の眼鏡を買ったので、後はお二人で自由にコーディネートしてもらおう。


「凄いな、実は先ほどから何人も知り合いとすれ違っているのだが、まったく気付かれなかった」


 私が贔屓にしている眼鏡店は、庶民の立ち入りにくいエリアにあるのでこうなる事は予想していたけれど、休日という事もあってか、思った以上に知り合いが多くいて驚いた。

 ウィルフレッド殿下の顔を知る貴族がたくさんいるこのエリアでもバレなかったくらいだ、彼のイメチェンは大成功と言えるだろう。

 それに驚いた事はもう一つ。

 同じ学園で黒髪だったはずの令嬢達が、何故か皆ダークブロンドやストロベリーブロンドなどに髪を染めていたのだ。

 今は明るい髪色が流行っているのかしら? この通りを歩く人達の中に私が居ても、あまり浮いてないわ。

 黒髪至上主義だったはずの貴族社会に、たった半年の間に一体何があったのかしら?


「あの、フレッド様。今は貴族の令嬢の間で、髪を明るく染めるのが流行っているのですか?」

「ああ、これは、ある令嬢の事を差別した男達への、彼女達なりの抗議活動だ。女将の様に美しいプラチナブロンドの女性を外見だけで差別して、見下していた馬鹿なヤツらが何人もいてな。そいつらへの無言の抗議らしい。フッ、この国の女性は、なかなか思い切った事をする」


 え、それって、私の事? 私がフレドリック殿下や貴族男性に陰で侮辱されていたから? 


「まあ、始まりはそうだったのだろうが、今は気に入って続けている者が大半だろう。後は、あの女と同じは嫌だという者もいる」

「あの女?」


 フレッド様は私を見て笑うだけで、それが誰なのか最後まで教えてくれなかった。

 あの女……きっとサンドラの事、でしょうね。



 変装に必要なものを一通り揃え終わり、二人で宿に帰る途中、近くの小さな教会の前を通りかかると、そこには何故か珍しく人だかりが出来ていた。


「どうしたのかしら?」

「ああ、神殿から出された巫女がそこの教会に入ったと聞いたが、そのせいではないか?」

「まあ、巫女様がどうしてあのような小さな教会に?」

「神殿で何かトラブルがあったらしいが、神殿内部の情報は、なかなか外に出てこないから詳しくは分からない」


 神殿で巫女様がトラブル? 何だか嫌な予感がするわ。


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