63・ヴァイスと従属契約
私が名を呼んでやると、今まで撫でていた白いライオンの姿は消え、目の前に男性の長い足が現れた。と同時に、私の頭上からお礼の言葉が聞こえ、ビックリして視線を上に向けると、銀髪の青年が微笑んで私を見下ろしていた。
見た目は二十歳前後。ライオンの姿の時はもっと子供かと思ったけれど、やはり鬣があるくらいだから、あれで大人だったようだ。
ヴァイスの人型は、銀髪に目の色が私と同じ藍色。整った顔立ちだけれど、レヴィエントのような近寄りがたい美形ではなく、ちょっとくだけた雰囲気で、初めて会うのに、何故か何度もその顔を見た事があるような気がしてならない。多分前世の記憶の中に……。
「この姿はお気に召しませんでしたか?」
どこでこの顔を見たのか思い出そうと、彼の顔を見ながら考え込んでいると、ヴァイスは一歩下がって跪き、私の反応を待った。
「え、あ、いいえ。そんな事無いわ。ジロジロ見てしまってごめんなさい、ヴァイス」
「ラナ様に名を与えて頂けたので、人間界でもこうして人型になれる様になりました。これは、あなたが最も好む男性の姿を模したものです。しかしそれはどうも本物の人ではなく、動く絵のようなものでしたので、完全に同じにはなれませんでしたが」
え? 私が最も好む男性?
……ちょっと待って、今、絵と言ったわね? 動く絵って事は、もしかして、私が毎日プレイしていたあのゲームの?
「この姿をした男性は 驚くほどに強く、変わった形の大きな刃物を振り回し、恐ろしげな魔物を次々と倒す勇敢な戦士のようですね」
ああ、やっぱり。それはもしかしなくても、私の大好きなファンタジーRPGに出てくる、戦士のジークフリート様だわ。
本物は髪が赤銅色で、目は濃紺だから印象が随分違うけれど、きっとリアルに存在したら顔はこんな感じね。何度も見た事があるに決まってるわ。だって前世の私は、毎日そのゲームをプレイしていたんだもの。
「私の記憶から、その姿を……?」
「はい、どのような姿でも良かったのですが、あなたが最も心惹かれていたのはこの男性のようでしたので、参考にしました」
「まあ、そうだったの……」
なんだか恥ずかしいわ。私の記憶の中の男性といえば、そのほとんどが二次元のキャラクターだもの。まともに恋もしていない事がバレバレね。
喋り方は違うけれど、声優さんの声までコピーできるだなんて、凄いとしか言いようが無い。でも不思議なもので、前世ではあんなにキュンキュンしたはずのこの声に、今の私は何の反応もしなかった。
生まれ変わって、好みが変わってしまったのかもしれないわね。
「ラナ様との従属契約は完了しました。ご用の時は、わたしの名をお呼びください。どこに居てもすぐに駆けつけます」
「ええ、わかったわ。よろしくね、ヴァイス。人間の私なんかが聖獣を従えるだなんて恐れ多い気もするけれど……」
ヴァイスはまた元のライオンの姿に戻り、私の足元にちょこんと座った。レヴィエントもそうだけど、動物の姿のままでは会話できないのね。
とんでもない事ばかりが起きているのに、変な所でリアルだわ。漫画と現実は違うという事なのね。やっぱり骨格的にも、あのまま喋るのは無理という事かしら。
「気にする事はない。我々は、外見ではなくそなたの持つ魂を見ているのだ。他に質問が無ければ、ここにいる者達の事を話しても構わないだろうか。そなたに紹介してほしいとせがまれているのだが」
レヴィエントはベッドの上で整列した虎と熊と鹿を見て、困ったような顔をした。
「あ、そうそう、その子達の事も聞きたかったの。その妖精さん達は、市場で攫われた私を助けてくれた子達なのかしら? 多分、ヴァイスも一緒だったのだと思うけれど」
ヴァイスはコクンと頷いた。
そしてレヴィエントも軽く頷くと、彼らの活躍について話し始めた。
実は昨日の午後、ヴァイスは自分の意思で従属契約するために天界から降りてきて、私の様子を見ていたらしい。
しかし昨日はシンと一緒に行動していたので、なかなか私が一人になるタイミングが訪れず、戻って出直そうとしたところ、私が人攫いに遭う場面を目撃して、助けるために私の体を操って犯人を倒してくれたのだそうだ。まだ名前の無かった彼には、地上では実体が無く直接手を下す事が出来ずに、どうやら苦肉の策でそうしたらしい。
一応健康のために適度な運動をしているとはいっても、喧嘩などした事もないこの体を使い、犯人達を殴ったり、スカートを翻して蹴り倒したりしたのだと聞き、本当によく、どこも傷めずに済んだものだと思った。
「私でもきちんと訓練したら、男性を倒せるまでになれるという事かしら」
そんな私の呟きを、レヴィエントは呆れ顔で否定した。
「無理に強くなる必要はない。というよりも、そなたには体術のセンスは無いのだから、身の危険を感じた時には、心の中でヴァイスを呼べばよい。今後はあのような事態は回避できるだろう」
体術のセンスが無いとハッキリ言われてしまった。護身術くらいの事は出来た方が、今後役立つかと思ったのに。
そして私の予想通り、犯人を拘束していた蔓は、妖精たちが調達してきた物だった。レヴィエントの説明が終わった後の皆のドヤ顔が可愛くて、つい噴出してしまった。
「ふふっ、本当にありがとう、あなた達のお陰で、悪い事をしていた人達は捕まえる事ができたし、とっても助かったわ」
私がお礼を伝えると、誇らしげな顔をした妖精達は一斉に光の玉となって、どこかへ飛んで行ってしまった。どうやら彼らは人型になる事は出来ないようだ。というより、地上で人型になれる妖精は、レヴィエントだけだったらしい。
レヴィエントは普通の妖精とは違うのかしら。
「自分達の働きを認められて、満足したようだな」
「何だかたくさんの事を一度に聞いてしまって、頭の中が整理しきれないわ。思いがけず、聖獣と従属契約してしまったし。サンドラの事も知ることが出来た。これからどうするべきか、良く考えなくてはいけないわ」
レヴィエントは手を伸ばして私の頭をポン、と撫でると、神秘的な赤い目で私をジッと見つめた。
「そなたには何の義務も無い事なのに、我らの事に巻き込んで、すまない」
「まだ何ができるか分からないけど、出来る限りの事はしましょう。まずは、もう寝なくちゃ」
気付けば深夜になっていた。
私は豚の姿になったレヴィと布団に潜り、明日、シン達にどこまで話そうか考えながら眠りに落ちた。
そしてまた、あの男の子の夢をみた。
広い庭を駆け回り、無邪気に笑う、ミルクティー色の髪の男の子。やはりその顔にはノイズが入っていてよく見えない。
どうして顔が見えないの?