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52・辻馬車に揺られて

 中央広場に到着した私達は、ケビンにここまで送ってくれたお礼を言って、すぐにお別れした。


「ケビン、どうもありがとう。お花は裏庭に置いてきてくれれば、後は帰ってから自分で部屋に運ぶわ。今日のお礼をしたいから、今度また、親方さんと夕食を食べに来てね。その時は、私のおごりよ」

「へへ、こっちも商売なんだし、気にしなくて良いのに。でも、ラナさんの飯は食いたいから、親方誘って必ず行くよ。じゃ、二人共、気をつけてな」


 ケビンに手を振って、私とシンは客待ちをしている辻馬車に向って歩き出した。


「なあ、ここいらの辻馬車は都の外まで行かないんじゃないのか?」

「大丈夫、西門を出てしまえば、お客様に聞いた園芸店は、歩いて行ける場所にあるんですって。買ったものは配達を頼むのだし、門までで十分でしょ?」


 王都内は住宅が密集しているため、広い土地は残っておらず、農民達は、王都を囲む壁の外側の広大な土地で、農業や酪農などを営んでいる。王都を囲む壁にはいくつかの門があり、その門の外側には街道に沿って様々な露店が出ている。

 そのほとんどが、周辺の農家などが出店した店で、私が今回行きたいのは、その中にある花や庭木を扱う園芸店だ。庭木や観葉植物などは王都内ではあまり直接取り扱う店が無く、せいぜい花屋に見本として一つ二つ置いてある程度。たくさんの種類の中から気に入った物を選びたい私には、直営店で買うという選択肢しか考えられなかった。

 私達は目に留まった辻馬車に乗り、西門までの移動を始めた。

 ここからは少し離れた目的地まで、しばらくはただ黙って馬車に揺られる事になる。私とシンは他愛ない会話をしながら、この時間を楽しむ事にした。


「で、オーナーはどれだけたくさんの植物を部屋に置くつもりなんだ? ケビンの所でもかなりの数を買ったのに、あれだけでは足りないのか?」

「私の部屋だけではなくて、食堂や宿の出入り口にも植物を置きたいの。あとは客室にも花を飾ろうと思っているわ。窓辺に一つでも花があると、とっても心が和むって事が、よーくわかったもの。ふふっ」

 

 シンに貰ったお花で毎日心が和んでいるわよ、という意味を含ませて言ってみたのだけど、彼にはキチンとそれが伝わったらしく、軽く睨まれ、痛くも何とも無いソフトなデコピンを食らってしまった。


「そうやってまた、俺をからかいやがって。てっきり、あの未だに何も無い部屋を、植物園にでもするつもりかと思ったぞ」

「まあ、それは当たらずと(いえど)も遠からずってところね。レヴィが言うには、あの宿の初代オーナーは、私の使っているあの部屋を植物だらけにして、妖せ……」


 妖精と言いかけて、私は手で口を押さえた。

 危うく他の人が居るところで、妖精の話をしてしまうところだった。

 改めて、私は声のボリュームを抑えるために、離れて隣に座るシンに寄り添う様に、ピッタリと体を寄せた。シンは私の行動にギョッとした様だけれど、私は戸惑う彼に構わず顔を見上げ、馬車の騒音でもギリギリ彼には聞こえる声で話を続けた。


「あのね、レヴィが言うには、妖精のご飯は花や植物から摂取するのですって。だから、部屋にたくさんの植物を置く事にしたの。今回たくさんの妖精さんを宿に招く事になったでしょ? あれでも足りないかもしれないから、裏庭に花壇も作る予定よ」

「わかった、わかったから、お前これは体を寄せ過ぎだ。もう少し離れてても声は聞こえるって」


 シンと私の会話を黙って聞いていた御者の男性は、肩を揺らしてクスクスと笑い出した。


「お客さん達、本当に仲が良いねぇ。二人は夫婦なのかい?」

「違う!」「違います!」


 二人の声は揃い、私とシンは一瞬目を合わせた。すると思いのほか顔が近くて、お互い驚いてサッと顔をそむけた。


「ハッハッハ、そんなに全力で否定しなくても良いだろう。今はまだ、夫婦ではないってだけだろう?」 

「本当に違うんです。私は、妖精の宿木亭という名の宿屋を営む女将です。そして彼は、そこの料理長。一緒に働いているのですから、仲が良いのは当たり前です」

「ああ! 知ってるよ、妖精の宿木亭。何だ、おにぎり屋の子達だったのか。仲間がよくそこに買いに行ってて、今度行ってみようと思ってたんだ」


 宿の事を御者の男性が知っていた事が嬉しくて、思わずシンを見上げると、彼もまた、私を見下ろしていた。

 そのタイミングで、馬車の車輪が石畳のくぼみに落ち、馬車はガタンと大きく揺れた。


「きゃ……」


 シンは咄嗟に体を捻って私に腕を伸ばし、揺れた拍子に大きく体がふらついた私を抱え込むように、ぎゅっと抱きしめた。大きな手は私の頭を包み込み、どこにもぶつけない様にしっかりガードしてくれていた。

 突発的な事故だったのに、彼は瞬時に反応し、私を守ってくれたのだ。


「すまないな、お客さん達、大丈夫だったかい? この辺はよくこうなるから、気をつけてって言うのを忘れてたよ。はっはっは」


 御者にとってはいつもの事なのだろう。まったく悪びれもせず、笑って何事も無かったかの様に、そのまま馬車を走らせている。


「笑い事じゃねーよ、危ねーな。ったく、そういう事は先に言っておけよな。オーナー、大丈夫だったか?」

「ええ、大丈夫よ。あなたこそ、どこかぶつけたりしていない?」


 シンはそっと体を離し、私の顔を心配そうに覗きこんだ。

 いつもの彼なら、こんな時、必ず耳が真っ赤になっているのに、今はまったくその気配が無い。逆に、私の顔は熱くて仕方が無いのだけれど。


「いいや、俺は何ともない。また同じ事があるかもしれないから、気をつけろよ。なんなら、目的地に着くまでの間、俺の腕にでも掴まっていればいい。……いや、この方が良いか」


 シンは私を抱きしめていた腕を解くと、今度は反対の腕で肩を抱くように背中に腕を回し、私の頭を手で押して、自分の肩に寄せさせた。私の頭はシンの手でやさしく押さえられてしまい、ただひたすらに寄り添って前を見ている事しか出来なくなってしまった。

 先ほどは自分から彼に寄り添ったけれど、今の状態は、先ほどとは比べ物にならないくらい体が密着している。というか、彼の逞しい腕に包み込まれている?

 どうしちゃったのよ、シン。照れ屋のあなたらしくないわ。

 私はこの時改めて、シンが異性である事を強烈に意識してしまった。彼は純粋に私の身を守ろうとしてくれているのに、私は何を変に意識しているのよ。こんなの彼に対して失礼だわ。未熟者。冷静になって、まずは落ち着くの。

 

 私は自らを律する事に集中していて、シンの心臓の方が、私以上にドキドキと早鐘を打っていた事に気付かなかった。

 西門に到着した頃には、私は雑念を取り払う事に成功し、変に意識せずにシンに声をかける事ができた。

 しかし、前半は楽しげに会話していた私達が、途中からどちらも何も話さずに黙って座っていたので、御者の男性は、自分の背後で若い二人が人目も憚らずイチャイチャしているとでも思っていたのか、到着後、彼が振り向くと、何とも言えない下卑た表情を浮かべていた。


「帰りも乗るかい?」

「いや、帰りは別の馬車を探す。何か俺達の事でおかしな事でも考えているなら、それはあんたの勘違いだ。彼女は揺れの酷い馬車に酔って、具合が悪かったんだ。だからその顔を今すぐやめろ」


 シンはニヤニヤ笑う御者の男性を静かに睨み付け、私を背後に隠した。


「悪かったよ。そう怒る事でもないだろ。じゃあ、御代も貰った事だし、オレはもう行くわ」


 私はシンの背後から顔を出し、この後味の悪い別れ方を取り消したくて、あえて笑顔で彼にお礼を言った。


「あ、あの、ここまで乗せて頂いて、ありがとうございました。気が向いたら、是非、食堂の方へお食事しに来てくださいね」

「お、おい」


 シンは呆れたように私を見たけれど、この人、根は悪い人ではないと思う。毎日色々なお客様と接してきて、若い男女の客の中には、実際にイチャイチャし始めた人が居たのでしょ。

 ほら、彼の表情が変わったわ。私達がそんな人達と同じではないと分かってくれればそれで良い。


「お嬢さん、本当に失礼な事を考えてすまなかった。あんたは、そこらの若者とは全然違うんだな。あいつらは礼なんて絶対言わないし、暴力で代金を踏み倒す輩もいる。許してくれるなら、飯を食いに行かせてもらうよ」

「ええ、お待ちしています。行きましょう、シン」

「ああ、さすがは……」

「なあに?」

「フフ、別に。街道の露店で、タキとチヨに土産でも買っていくか」


 シンは笑って誤魔化すだけで、私の問い掛けに答えてはくれなかった。

 あなたの言いたかったのは、さすがは女神? それとも、さすがはエレイン・ノリス公爵令嬢?




 

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