40・あのパーティーの後の顛末
パーティーの後、どうなってサンドラが聖女だと認定されたのか、というお話です。
宿屋までの道すがら、父上の代理で出席するはずだったあのパーティーの日の事を思い出していた。
俺はラナと別れた後、弟の愚行を知らせる為に急いで王宮に戻り、執務室で山積みになった書類を片付けている父上の元へ向った。
ちょうど執務室から出て来た侍従に訳を話し、中へ通してもらうと、何故かそこには叔父上が居て、二人は聖女の事を話し合っていた。俺はすぐに話を始めたかったが、父上に待てと手で制され、黙って二人の話が終わるのを待っていた。
「陛下、あのサンドラという娘は聖女では無い。期限の16歳の誕生日は二日後ですよ。それなのに、奇跡など一つも起こしていないではありませんか。あれは、あの胡散臭い預言者の嘘だったのでは? 現にあの男は、金を受け取ってすぐに姿を消した。やはり最初から私が言っている通り、予言を利用した詐欺だったのですよ」
叔父上は、聖女という得体の知れない存在に対して否定的な考えを持ち、大昔の奇跡を記した書物の内容も、叔父上にはただの作り話としか思えないと疑問視している。
それは俺も同じ考えだ。
まあ、期待したくなる気持ちも分からなくはないが。
書物に記されている内容は、実に我々にとって都合のいい話ばかりで、それはもう人の能力の域を超えているだろう、と突っ込みたくなるような奇跡の数々。
その奇跡というのは、治癒魔法とは別の大きな力で、病や怪我に苦しむ民を癒したという内容のものが大半なのだが、その他に、明らかに作り話だと思われるものも残されている。
この大陸の複数の国では、嫉妬と羨望の悪魔、エンヴィという想像上の怪物が語り継がれているが、聖女はこれに取り憑かれた者に強い光を放ち、怪物を退治しただとか、干上がった大地に雨を降らし、一晩で麦を実らせて飢饉に苦しむ民を救った。という荒唐無稽な話まで記されているのだ。
この国でも、毎年どこかの地域で雨不足に苦しんでいる。
本当に聖女なんてものが存在するなら、是非とも奇跡を起こして欲しいものだ。
「だがな、他に聖女と思われる少女は現れてはいないのだぞ」
「そんなもの、初めから存在しないのですよ。サンドラが聖女であるかどうか、目の前で奇跡を起こさせてみれば良いのです。あの書物に記されていた聖女の奇跡のように、盲目の兵士の目を治させてみましょう。あの娘は魔力を持ちません、それでも目を治すことが出来れば、それは聖女である証しとなるでしょう」
叔父上はサンドラが本物の聖女かどうか、検証したいと言いに来たようだ。
ならば、良いタイミングだ。
「父上、叔父上、お話の途中、失礼します」
「何だ、急ぎの用件か? そう言えばお前に、今日のパーティーの代理を頼んだはずだが、何故まだここに居る?」
父上は眉をひそめた。
俺が今ここに居る事に少々驚いているようだ。
「会場までは行きました。しかし、俺が到着した時には……。父上、叔父上、フレドリックがパーティーの場で、エレイン・ノリス公爵令嬢に婚約破棄を言い渡しました」
「何!?」「何だと!?」
父上よりも、叔父上の方が驚きが大きかった。
叔父上はまったく予測もしていなかったのか、驚きと共に、怒りの表情が浮かび始めた。そして舌打ちして「あの小僧が邪魔しなければ……」と小声で呟いたかと思えば、俺に詳しく話すよう迫って来た。
俺はヴィレムから聞いた話をそのまま二人に話し、フレドリックに厳罰を与えるべきだと付け加えた。
「それは真か! 何という事を……」
「あいつ……! 一体何を考えている!! あれだけ苦労して手に入れた娘を、わざわざ傷つけ、挙句サンドラと結婚するだと!? 私の選んだエレインはそこらの令嬢とは訳が違うのだ。虐めなどという愚かな行動をとる訳がないだろう! 馬鹿者が……あの娘の見た目の美しさに目が眩んだか……。陛下、サンドラが聖女ではない事を証明します。医師の診断を受け、間違いなく光を失っていると診断された者をすぐに連れて参りますので、偽物だと分かった時には、即刻サンドラを処刑して頂きたい」
叔父上はサンドラが聖女ではないと確信を持っているかのようにそう言うと、父上の答えを待った。
「ウィルフレッド、今からやつらは王宮に来るのだな? ならば、謁見の間に人を集めよ。サンドラが聖女であるか、その場で検証する」
叔父上はその言葉を聞き、すぐに行動に出た。
俺も叔父上に続き、執務室を出て行こうとすると、父上に呼び止められてしまった。
「待てウィルフレッド」
「何か?」
「エレインの婚約が無くなるが、お前はどうするつもりだ?」
「……今は何も考えられません。彼女には、あの頃の俺との記憶が無いんですから」
父上は俺を哀れむような表情を浮かべて軽く頷き、侍従を呼んだ。
「大至急、謁見の間に重臣達を呼べ。それからもうすぐ、フレドリックとその側近達が来る事になっている。そいつらもそこに並べて待たせておけ。それから、一緒に来る聖女は、別室で待機させておくように」
「畏まりました。では、一度下がらせて頂きます」
侍従が執務室を出ると、父上は頭を抱えて盛大に溜息を吐き、俺にも退室を促した。
「行って良い。私は半端に手を付けた書類を片付けてから向う」
「では、後ほど」
俺は謁見の間に向かい、弟達の到着を待った。