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34・一触即発

 シンとタキの二人は素早く私を背に庇い、シンは今にも殴りかかりそうな勢いでエヴァンを睨み付け、自分よりも少し目線の高い大柄な騎士見習い相手に、臆する事無く一歩前に進み出た。

 一触即発の空気が流れ、私はあのパーティーで断罪された時の緊張と不安を思い出して怖くなり、熱くなったシンが手を出してしまう前にそれを止めた。

 

「止めて! シン、駄目よ。貴族に暴力を振るえば、たとえこちらが悪くなくても、問答無用で罰せられてしまうのよ。私は大丈夫だから、落ち着いてちょうだい」

「ラナさんは黙って僕の後ろに隠れていて。こんなに怯えて、怖かったね、僕らがもう少し早く来ていれば、こんな思いはさせなかったのに……!」


 タキはいつもと変わらない優しい声なのに、その表情は眼前の敵を見据える戦士のような凛々しさで、私を守ろうと真剣にエヴァンと対峙していた。


「タキ、あなたも冷静になって、シンを止めてちょうだい。私、怒った男の人が怖い……お願いだから怒らないで」


 私の声を聞いたシンは無理矢理怒りを静め、エヴァンに厨房を出るよう言ってくれた。


「あんたがうちのオーナーに何をしようとしていたのか知らないが、ここは神聖な調理場だ。速やかに出てくれ」


 エヴァンは私の顔を見た後、酷く驚いた様子で、シンに促されるまま大人しく厨房を出てくれた。そして今度はカウンターの向こうから、顔に後悔の色を滲ませて私に話しかけてきた。


「本当にすまない。ラナさんが俺の知っている女性に見えて、本人なのではないかと……顔を確認したくて居ても立ってもいられなかったのだ。しかし、よく考えれば、彼女はここに居るはずも無いし、料理など出来る人ではない。冷静さを欠き、突然無礼な行動を取った事、許して欲しい。あなたを怖がらせるつもりは無かった。本当に申し訳ない事をしてしまった」


 エヴァンは深々と頭を下げ、平民だと思っている相手に本気で謝罪してみせた。

 私がそのエレイン本人だと知ったら、あなたはどんな反応をする? おじ様と一緒にうちに謝罪しに行ったようだけれど、それは私への謝罪ではなく、ノリス公爵家に対してでしょう? 

 これを機に、もう来ないでと言いたいところよ。シンとタキが驚いているじゃない。貴族が平民娘相手に、簡単に頭を下げるものではないわよ。


「フィンドレイ様、世の中には、自分に良く似た他人が3人は存在するそうです。どんなに似ていようとも、私はあなたの知る女性ではありません。私にその方を重ねて今まで話しかけていたのでしたら、もう止めて下さいませんか」

「違う! それは無い、勿論あなたの事は、宿屋のラナだと思って話しかけていた。頼むから誤解しないで欲しい。実は、俺はその人に謝らなければならない事があって、行方を捜している最中なのだ。初めてあなたを見た時は、雰囲気は違っても顔がよく似ているし、その髪の色で彼女かと疑ったが、話し方も、性格も、着る物の好みもまったく違う。あなたは確かに彼女とは別人だった」


 エヴァンは必死に説明するけれど、私に謝らなければならない事って何? 今更あれは冤罪だったとでも言うつもりなの? それならそれで構わないけれど、私の心に付けられた傷は、謝罪されても生涯消える事はないと思うわ。


「あんたはその人に何をしたんだ? 探し出してまで謝らなければならない事があるという割りに、こんな所で別の女を口説こうとしてたんじゃないのか?」

「シン! そんな口の利き方をして、フィンドレイ様を怒らせないで。貴族を甘く見ては駄目!」


 シンは怒りが収まらないのか、私の制止を聞かず言葉を続けた。


「違うのか? そこにある花束は、オーナーへのプレゼントだろ?」


 カウンターの上に置かれた白いブーケは、ちょっと庭の花を摘んできた、という気軽さではなく、あきらかに花に詳しい誰かに作らせた本気の贈り物だ。珍しい種類の白いバラと、ピンクの蕾に白い花びらのジャスミン、それにカスミソウを散りばめた、まるでウエディングブーケのような完成度。


 

「それは……感謝の気持ちのつもりで作らせた物だ。ラナさんの料理で、体力の落ちた友人が、無事回復したからな。わかった、彼も回復した事だし、もうここへ来るのは止めにする。気付かぬうちにラナさんに対して何か気に障る事をしていたのか、どうやら俺は、知らぬ間に嫌われてしまったようだしな……」


 何処かで聞いたような台詞だと思えば、私があなたに無視された時に同じ事を考えたわ。

 ただし、あなたと私では決定的な違いがある。

 私は本当に何かをした覚えも無くあなたに嫌われ、突然無視されたのよ。結局理由はわからないままだったわね。

 あなたは宿屋のラナには何もしていないかもしれないけれど、私には暴力を振るい、精神的な苦痛を与えたでしょう?

 

「あなたは……非力な女性に暴力を振るったわ」

「強く手首を掴んでしまった事は謝る。あれほど暴れるとは思わなかったのだ」

「……その事ではありません」

「では、いつの話をしている?」


 あの頃のあなたは私に何も言ってくれなかったけれど、私は、あなたを拒む理由を教えてあげる。


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