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15・彼の病の原因は

 タキに着替えを届けたシンは、冷めた豚汁と冷たくなったおにぎりを二人で食べた後、何とも言えない表情で厨房に戻って来た。嬉しい反面、戸惑いも大きく、160センチちょっとの可愛い弟だと思っていたものが、ほんの数時間後には170センチを軽く越えていたのだから、私以上に驚いただろう。

 ランチタイムが終了し、後片付けをシンと他の子達に任せた私は、これが済んだら今日は帰って良いと伝えて自室に向かった。


「タキ、体の調子はどう? さっきは大丈夫と言っていたけれど、急激な成長でどこかに無理がかかったのではない?」


 タキはもう寝るつもりはないのか、ベッドを元の状態に戻し、居間のテーブルセットのところで椅子に座り、そこに置いてあった本を読んでいた。

 私が唯一持ち出したアルフォードの本は女神の神話で、おばあ様ではなく、珍しくおじい様が贈って下さった物。

 それはとても古い本で、元の持ち主は曾祖母らしく、その内容は、暇を持て余し、悪戯に地上に天災を起こしていた女神の物語。

 神様がその女神を懲らしめようと、彼女の起こした天災真っ只中の地上に人間の女として降ろしてしまうというのが物語の始まりで、簡単に纏めると、自分のした事の重大さを思い知れと言われて受けた罰だったけれど、彼女は人間の男に助けられ、一緒に生活するうちに恋に落ち、その男との間に出来た子供を産んだ直後、神様によって天に帰される。という、何とも言えないお話だった。

 女神は確かに苦労はしたものの、想像以上に人間はタフで、天災に見舞われてもしっかりそれに立ち向かい、協力し合って再生していくという過程を見た。それに自分の産んだ子どものいる世界になら、もう悪戯はしないだろう、という神様の判断で、無事天界に戻る事が出来たのだ。物語上、天界はそれでハッピーエンドだった。

 だけど、地上に天災を巻き起こした事は神様にとっては悪戯で、妻が出産で命を落としてしまったと嘆く人間側の心情は無視なのかと、子供心に神様の理不尽さにモヤモヤが残る結末だった。


「全然、どこにも問題は無いよ」

「そう、良かったわ」

「兄さんに聞いたけど、あのおにぎりって言うのには、かなり回復効果があるみたいだね。兄さんも今日初めて実感したらしいよ。きっと普段からラナさんが作ったものを食べてるから今まで気がつかなかったんだろうね。家との往復で疲れた体には、分かりやすく効果が現れたんだよ、きっと。やっぱり君は女神様だ。こんな奇跡を起こしてしまったんだから」

「私は女神なんかじゃないわ。タキが夢で見た女神の姿が私に似ていたからといって、そんな風に結び付けられても困ってしまうのよ。確かに奇跡は起きたかもしれないけれど、それが私が起こしたものだって証拠はどこにもないのよ?」


 タキは本をパタンと閉じて、ジッと私の背後を見つめた。何を見ているのか想像は付く。

 彼は私のオーラを見ているのだ。そして彼が集中力を増すごとに、目は見開かれ、そこから急に眩しそうに目を細めた。


「何が見えているの?」

「今の僕を見ても変に思わない所を見ると、兄さんに聞いたんだね、僕の事」


 私はコクリと頷いて答える。


「僕は心の色って呼んでるんだけど、小さな頃から人の心の色が見えるんだ。表面は良い人そうに見えても、黒いモヤの掛かった人はたくさん居てね。兄さんには言ってないけど、実は僕の体調不良はそんな人達の心に触れてしまったせいなんだ」

「……!」

「一番酷かったのは、近所に住んでいた同じ年くらいの女の子だ。その子は他人を妬んで生きているような悲しい子でね。僕は怖くてその子を避けていたんだけど、狭い路地で呼び止められてしまって、彼女の漆黒のモヤに襲われてしまった」

「心に触れるって、どんな風に?」

 

 タキは当時の事を思い出したのか、一瞬嫌な顔を見せた。溜息を吐き、それから少しずつその時の事を語り始める。


「言葉だよ。妬む気持ちを込めた、黒い言葉を浴びせられたんだ」

「言葉……?」

「うん。本人は何も分かっていないだろうな。その子は僕にこう言ったんだ、あんたは綺麗で、守ってくれる素敵な兄さんと、優しい父さんと母さんが居て良いわね。うちは母さんが死んじゃったし、もう誰も可愛がってくれない。あんたが羨ましい、わたしと代わってよって」

「それで、どうなったの?」

「その子の口から出た黒い言葉は僕を覆って、それから僕は誰の心も見えなくなってしまったんだ。後は、君も知る僕の出来上がりだよ。体力が落ちて、あまり食べる事も出来なくなって、もう少しで死んでしまうところだった」


 ここへ運び込まれた時のタキを思い出す。

 身体は小さく異様にやせ細り、自分で立って歩く事もままならなかった。


「兄さんに無理やり担がれて、ここに連れて来られて本当に良かったと思うよ。それに君の心の輝きは、間違いなく僕の夢に出てきた女神様のものだよ。同じ色は一つとしてありえないからね。でも、無理にそれを隠そうとしているね、集中しないと見えないんだ。普通に見えている色も素晴らしいけど、本当の自分を解き放てば、もっと輝けるはずだよ」


 タキの話は、にわかには信じられないモノだった。



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