10.1・十四歳の少年が背負ったもの
シンの過去話を追加。
オーナーには原因がわかれば対処してる、なんて調子のいい事を言ったが、本当はそんな余裕なんて少しも無かった。
溜息を吐きながら地下食品庫への階段を下りる。
「あれから五年も経つんだな……」
―――今から五年前、平民学校中等科二年の教室。
俺は窓際の後ろの席で四時限目の授業を受けていた。
すると突然教室のドアが開き、狼狽した様子の校長が室内に入って来た。
「シンくん、ちょっとこちらへ」
「なんですか、校長先生?」
「初等科に弟が居ましたね。弟を連れてすぐ家に帰りなさい」
「え……? でもまだ授業が……」
「ご両親が事故に遭われたそうです」
この知らせを聞くまで、俺とタキは何不自由ない生活を送っていた。
その後どうやってタキを連れて家に帰ったのか覚えていない。
ただ、不安そうに俺を見上げるタキに向かい、「大丈夫。大丈夫だ、タキ」と、呪文のように繰り返し呟いていたのをおぼろげに記憶している。
家の前では近所の人達が泣いていて、俺達に同情の目を向けてきた。
校長先生の様子から、良くない事が起きているのは何となく察していた。それでもまだ、希望は捨てていなかった。
事故は事実だとしても、二人ともかすり傷程度で「あなた達、学校はどうしたの?」と言って笑う母を思い浮かべていたのだ。
だが、連れて行かれた教会の一室に横たえられた両親は、無言のまま白い布に包まれていた。所々血が滲んでいる。
早く起き上がって、いつもの悪戯だと笑ってほしい。
そう願ったが、大人達の話を聞いて状況を把握したタキが布をはぎ取り、俺に現実を突きつけた。
傷だらけの両親はピクリとも動かない。
「母さん!? 父さん!? 嘘だ! こんなの嘘だ!!」
タキは両親の遺体に縋りついて泣き叫び、傷口を手で覆いながら意識を失った。
「おい、タキ!!」
「シン君、タキ君を教会のベッドに寝かせよう。きっとショックが大きすぎたんだ。大丈夫だよ、周りの大人達がちゃんと助けるからね。困った事があれば教会に来なさい」
「……はい、ありがとうございます」
この国に俺達が頼れるような親戚は居ない。祖父母は早くに他界しているし、両親はどちらも一人っ子だ。
まだ義務教育を終えていないタキと二人、これからどうやって生きて行けばいいのか。不安と焦りで泣く事も出来ず、ただ途方に暮れる。
平民でありながら義務教育以上の教育を受けられるのはごく一部の恵まれた子ども達だけだ。
俺は来年高等科に進学し、卒業後は役所勤めの貴族の補佐官や従者など、安定した仕事に就けるはずだった。
将来親に楽をさせてやる為に、いい仕事に就こうと必死で勉強し、成績優秀者にまでなったのに、親孝行する前に親を亡くした。
もっと早く何かしてやれば良かったという後悔で頭の中がいっぱいになる。
十四歳の俺は親に甘えてばかりで、それが当たり前だと思っていた。ずっと続くと信じていた平凡な毎日は、本当はこんなに脆く儚いものだったのだ。
翌日近所の大人達が両親の葬儀を行ってくれたが、熱を出したタキは参列出来ず、俺は喪主として一人で参列者に挨拶をし、最後に両親への別れの挨拶として感謝の言葉を贈った。
周りの大人達はそんな俺を見てすすり泣く。
両親の棺がゆっくりと埋葬される様子を見て涙が出そうになったが、グッと堪えた。
最後までしっかり見届けなければならないと思ったからだ。
悲しみと不安と心細さで、目の前が暗くなる。
その夜俺は、熱を出して寝込むタキを横目に、声を殺して一人で泣いた。
両親の死から一週間が経ち、俺はタキを養う為に、学校を辞めて表通りのレストランで働き始めた。
遺産はあったが、俺は迷う事無くその金でタキを進学させる事に決め、学校に通わせ続けた。
生活費を稼ぐ為に朝から晩まで働き通しで、家に帰ってからは食事の支度。
そしてタキの勉強を見てやり、翌朝早く洗濯を済ませて仕事に出かける忙しい毎日だった。
食器洗いと洗濯物の取り込み、掃除はタキが担当し、近所の助けを借りつつ、俺達は二人で何とか生活をしていた。