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51 天魔迷宮プライマルフォレスト

五十一



 ケット・シーの案内通りに飛び回ると、予想以上に早く頼まれた半数の種子を確保する事ができた。

 予定よりも早く終わりそうだと、ミラは気分良く、軽やかなステップで木々の間を抜けていく。


「危険ですにゃ。危険な気配が漂ってますにゃ……」


 六個目の始祖の種子を嗅ぎつけ、そこへ向かう途中。それらは上の方から降ってきた。

 警戒心を剥き出しにしたケット・シーは、鋭い目で牽制するように睨みつける。ミラの肩から首の裏に回りこみながら。


「現れおったか」


 ミラは、そう呟くと立ち塞がる魔物を一瞥する。

 大きな森には樹木人と呼ばれる種類の魔物が出現する。身体は全て木で作られており、人に近い姿をしている魔物だ。だが、ここは天魔迷宮と呼ばれる特殊な場所であり、そこに出現する魔物は全てが亜種という特徴を持っている。

 ミラの前に現れた魔物は、樹木人の亜種だ。表面は樹皮、骨格は木。そしてそれらを蠢く蔦が筋肉の代わりに繋ぎ合わせ、不恰好な人の形と成している。その名は、ニルドレント。通常の樹木人とは比べ物にならないほどに不気味な容姿をしている魔物である。

 関節部分から覗く蔦は絶え間なく蠢き、徐々に獲物との距離を詰めていく。軋む様な音を響かせ迫るその魔物は、槍の様に鋭く尖った手をミラへと向けた。


「少し大人しくしておれよ」


 そう言うとミラはケット・シーの首を抓み上げ、そのまま空いた手でワンピースの胸元を開くと、そこへ放り込む。


「了解ですにゃ!」


 ミラのワンピースの中で、もぞもぞと体勢を整えたケット・シーは襟元から顔だけを出すと、敬礼のポーズを取り尻尾をピンと立てる。


「ぬ……。返事は良いから尻尾を立てるでない。くすぐったいわい」


 そう言いながら、ミラはケット・シーの頭を抑える様にして身を捩じらす。ふさふさの尻尾が、ミラの柔肌を撫で回していたのだ。


「はいですにゃ」


 そう答えたケット・シーが、くるりと尻尾を丸めると、次の瞬間に状況が大きく動いた。敵対するニルドレントは三体。その内の一体が高く跳躍して、ミラへと襲い掛かったのだ。

 即座に相手の位置を確認すると、ミラは姿勢を整え切れていないケット・シーを身体に押し付ける様に抱き、背面へと跳躍する。直後、ただ敵を狩る事を目的としたニルドレントは的確な動作で、最短距離を穿つ。その槍の様な手が地面に突き刺さる。

 初撃を躱された魔物は、獲物を再認識しようと顔を上げるも、その手は二度と抜ける事は無かった。そのニルドレントの背後から蜃気楼の様に現れた黒い腕が、漆黒の剣を振り下ろしたからだ。

 衝撃により樹皮と木片と蔓が、どろりとした緑の液体と共に周辺に飛び散った。


(威力は、遜色無しのようじゃな)


 それは、正しくダークナイトの一撃。実戦で初の部分召喚は、見事にその有用性を示して見せた。

 しかし、ミラが考察していたのも束の間。仲間だったモノの残骸を蹴散らし、硬質な音をかき鳴らしながら、人とは似ても似つかない動きで二体のニルドレントが駆ける。不気味に歪む四肢をしならせ、一体が高く跳躍する。

 しかしそれは、最初の一体目と同じ轍を踏む事になった。上下からの同時攻撃を狙っての行動だったが、攻撃の姿勢に入る前に白く大きな盾に激突し、がくりと姿勢を崩す。


 【仙術・地:紅蓮一握】


 正面から突進していったニルドレントは、仲間の援護を受けられず絶望的な戦いを強いられた。狙い澄ました突きは虚空を抉るばかりか、白く小さな手に捕らわれ、そのまま灼熱の地獄へと連れ去られる。

 人に似た形をした何かが真っ黒な炭となり、ミラの前に横たわった。ホーリーナイトの盾に全身を打ち付けた最後のニルドレントは、ぎこちない動きで起き上がると脳天から二つに裂かれ、糸が切れたかのように地面に崩れ落ち、地面に大きな緑の染みを広げる。執行者の黒い腕は、それを見届ける前に姿を消していた。


(これは、便利じゃな……)


 出現はほんの一瞬ながら、汎用性の高さに研究心が疼きだすミラ。すぐに消える為、広さを必要としない。現状の様に足場が限られている場所での運用には、特に適しているだろうと思考する。


「流石は団長ですにゃー」


 敵意が無くなったのを確認すると、ケット・シーがミラの胸元から飛び出す。プラカードには [これも生きる為] と書かれている。


「さて、次はどっちだったかのぅ?」


 始祖の種子を探している途中での襲撃。周囲は規則性無く絡まる枝と蔓の森だ。ミラは案内役のケット・シーに六個目の在りかを問いかけると、当の団員一号はニルドレントの残骸を漁っていた。

 ミラは何をしているのかと、そう口にしようとした時、ケット・シーは残骸から器用にあるものを取り出した。


「ゲットだにゃー」


 そう言い掲げたケット・シーの両手には、蔦が複雑に絡まった塊があった。


「ほう、戦利品の回収もできるのか」


 ケット・シーが手にしているものは、ニルドレントから採取できる固有アイテム、ニルドの心核だ。それは、ニルドレントの心臓ともいえるもの。身体を動かすための魔力と、それを送る樹液が詰まっており、素材に分類されるアイテムである。

 ケット・シーは、ニルドの心核を捧げ物の様にミラへと献上すると、次の残骸へと走り寄る。

 結果、炭にしてしまったニルドレントからは採取できず、心核二個を回収した。思いの外、働き者なケット・シーを肩に乗せると、ミラは次の種子の場所へ向けて駆け出して行く。



 天魔迷宮プライマルフォレストに入って一時間と少し。ミラの小腹が空き始めた頃には、ソロモンに頼まれた始祖の種子を十個確保し終わっていた。何もかもケット・シーの大活躍のお陰だ。

 何十匹目になるか分からないニルドレントを蹴散らしたミラは、部分召喚の感覚を確認するように脳内で反芻する。その周囲には、黒い染みが無数にへばり付いていた。ニルドレントが投げてきた毒の実が潰れた痕だ。

 樹木人の亜種ニルドレントには、大きく分けて三種類存在している。手が槍の様に鋭いもの。毒の実などを投げつけるもの。毒を持つ針葉を撃ち出してくるもの等だ。

 ケット・シーがニルドレントの残骸から心核を取り出しミラに差し出す。既に手馴れた様子だ。

 現在、ミラが居る場所は、天魔迷宮プライマルフォレストの外縁である。中心部へ入れば入るほど、貴重なアイテムが眠っているが、その分魔物も強力になる。最深部では、九賢者の実力でも手こずる難易度だ。一人でなら、の話だが。とはいえ、そもそもの目的である始祖の種子は迷宮全域に落ちているので、わざわざ奥へ向かう必要は無い。


「用事も済んだ事じゃし、そろそろ帰るとするかのぅ」


「はいですにゃ」


 ミラの身体をよじ登り定位置に着いたケット・シーが返事をする。入り口と出口は別々の為、出口を探す必要があるが、周囲は秩序無く広がる枝の森。常人では、あっという間に方角を見失う、正に迷宮だ。

 だが、ミラは何度か訪れた事のある場所なので、出口を見つける方法を知っている。

 ミラは目を凝らし周辺を一望し、目印を探す。


「むぅ……、見当たらん。団員一号よ、青い花がどこかに見えぬか?」


「青い花ですにゃ? 探してみますにゃ」


 自分の目では確認できないと、ケット・シーに託したミラ。言葉を受けて、団員一号は瞳を丸く見開いて[検索中] と書かれたプラカードを手に、注意深く枝の先、葉の裏、蔓に隠れた奥の方へと視線を巡らせる。


「ありましたにゃ。向こうですにゃー」


 ミラの頭の上から、導きの光が放たれ方向を指し示す。「でかした」とケット・シーの喉を撫でながら、ミラは示された方角へと飛び出した。

 幾つかの足場の枝を越えた先に、その青い花はあった。掌ほどの青い四枚の花弁は一際太い蔓からその花を咲かせている。この花さえ見つけられれば、出口に着くのは時間の問題だ。独特な甘い香りを漂わせる青い花は等間隔で、まるで導く様に咲いていた。そう、この花を辿った先に出口があるのだ。

 目配せしたミラの目は、既に左右の同じ距離に青い花を確認する。鳥瞰から青い花の位置を印すと、水滴の様な形になる。頂点が出口であり、右と左どちらを辿っても出口には着けるが、どこを始点にするかで大きく距離が変わる構図だ。


(まあ、どちらでも良いか)


 どの道が早いか考えたところで、それを確認する術は無い。それよりも進んだ方が早い。ミラは特に考えず、いつも通りに左側の花を辿り始める。

 目に見える範囲に並ぶ青い花を幾つも辿り、途中で遭遇するニルドレントを部分召喚の実験体にしつつ進み続け、どれだけ経っただろうか。ミラが数十本目の枝に着地した時、枝先に古めかしい箱が置いてあった。


「団長、お宝ですにゃ!」


「うむ、宝箱じゃな」


 瞳を輝かせるケット・シーが振り回す手には、[秘境に隠された古い箱。果たしてそれは希望か絶望か] と煽り文句が書かれたプラカードが握られている。

 ミラは、宝箱を前に術士組合長レオニールの言葉を思い出した。天魔迷宮プライマルフォレスト。この場所が、なぜ禁域とされ封じられたかについてだ。

 その原因が目の前の箱である。中身を入手しても、再び出現する不可思議な宝箱。ゲームとしては、宝箱の再配置など当然の仕様ではあるが、現実となれば別だ。

 箱を前にして、ミラは徐に掌を正面に向ける。


 【仙術・天:衝波】


 仙術の発動と共に、ミラの手から咆哮にも似た風の唸りが撃ち出された。それは、瞬間も待たずに宝箱に直撃すると、表面に無数の傷痕を刻んで霧散する。


「大丈夫そうじゃな」


「団長は、荒っぽいにゃー」


 若干の緊張を解いたミラから、ケット・シーはぴょこんと飛び降りると、着地の衝撃で両足を痺れさせ、結局ぱたりと倒れる。


「宝箱の判別にゃらば、任せてくださいですにゃ……」


 ケット・シーは、かろうじて上半身を持ち上げ、目から赤い光を放ち宝箱を睨み付けた。杖の様に身体を支えるプラカードには [ここが正念場] の文字。


「問題にゃいですにゃ!」


「そうじゃな。先程、試したからのぅ」


 どうにか回復し自信満々に振り返り、ミラを見上げて宣言したケット・シーは、返された言葉に崩れ落ちる。プラカードには、そんな心境を表した効果線が描かれていた。


「そうでしたにゃ……」


「まあ、箱の見分けがつけられるという事じゃな。前には、そんな技能無かったと思うが、すごいのぅ」


「三十年に及ぶ修行の成果ですにゃ!」


 項垂れていたケット・シーだったが、ミラの言葉に勢いを取り戻すと [進化が止まらない] と書かれたプラカードを振り回しながら、宝箱へと駆け寄っていく。 

 天魔迷宮の宝箱には、二種類ある。宝か魔物かだ。見分ける方法は極めて単純。ミラがしたように攻撃を加えればいいだけだ。宝箱なら何も起きず、魔物ならば正体を現し襲い掛かってくる。今回は反応が無かったので、普通の宝箱だという事だ。


「ふむ、これは何の木片じゃろう」


 宝箱を開け中身を取り出すと次の瞬間、入れ物の方は砂となって跡形も無く消える。だがミラは、その事は特に気にせず、拳程度の大きさの木片を手の上に乗せて転がす。


「にゃにゃにゃにゃ……これは……。世界樹の欠片のようですにゃ」


 ミラの肩まで登り、その木片を覗き込んだケット・シーが、そう進言する。


「ほう、分かるのか」


「図鑑で見た事があるですにゃ」


 ケット・シーの言う通り、それはミラの記憶にも一致した。

 世界樹の欠片。強力な回復薬の原料となる他、装備品の作成に使う事で治癒力を高めたり、毒や麻痺、呪いといった害を退ける力を秘めた武具が出来上がる。それ故に、上級冒険者の間では高値で取引されている一品だ。


(世界樹……か。そういえば、ルミナリアが触媒として世界樹の炭を欲しがっておったな。これを燃やせば炭になるのじゃろうか……)


 ミラは前にスキルブックとの交換条件として、ルミナリアから魔術習得の触媒を見つけるという依頼を受けた。その一つが世界樹の炭というアイテムだ。その名の通りの品ではあるが、ミラは木片を燃やせば炭に成るかどうかは試した事が無いので判断がつかない。


(まあ、見せてみるとするかのぅ)


 本人に見せて判断しよう。そう結論すると、ミラは木片をアイテムボックスへ放り込んだ。不可能では無いかもしれないが、流石に何の情報も無く試してみる気にもならないので、今は保留する事にしたのだ。


 その後、宝箱は特に見つからずニルドレントと数戦交えて、ミラはようやく出口に辿り着いた。


「この様な場所に人が来るとは珍しい。探し物かな」


「しゃべったですにゃ!」


 青い花を辿り行き着いた場所は、岩の壁に開いた大きな穴。更にその奥に進むと、土壁に囲まれた空間に出る。光を放つ無数の蔓が天井を埋め尽くし、そこは昼の様に明るい。小さな湖が脇で揺らめいており、湖面には蓮に似た葉が浮かんでいた。迷宮に入ってからずっと視界に映っていた木の枝は見当たらず、代わりに草花が彩りを添えその隙間を埋めている。

 そんな空間の中心に、天魔迷宮プライマルフォレストを出る為のものが存在していた。


「ここを出たいんじゃ」


 ミラはそう答えると、目の前に聳える出口までの案内人を見上げる。ケット・シーはミラの肩の上で、ぽかりと口を開けたままそれを見つめていた。

 そこにあったのは、巨大な青い花だった。家ほどもある大輪は空よりも鮮やかで、空間はハーブのように透き通った香りに包まれている。蔓から落ちる光の筋に浮かび上がるその花は、美しくも雄雄しく存在を主張していた。


「そうかそうか。それならば私が役に立てそうだ。力の源を持って来れば、私が地上へ送ってやろう」


 ミラの数倍はある太い茎で支えられた青い花は、ゆらゆらと花弁を揺らしてそう言った。声は地の底から響いてくるようで、周囲全体に反響する。その言葉にあった力の源。これもまた天魔迷宮の共通点の一つだ。

 入り口と出口が違う他にも、出る為にはアイテムが必要となる。だが、それは決して難しい物ではない。天魔迷宮で戦えるだけの力を持っていれば、難なく入手できる物だ。


「これで良いのじゃろう」


 ミラは、ニルドの心核を取り出すと、それを掲げる。天魔迷宮の魔物の落とすアイテムが、脱出用アイテムも兼ねているのだ。


「結構。それを、そこの湖に沈めるのだ。さすれば、出口まで送ろう」


 ミラは、ケット・シーを再びワンピースの中に放り込むと、言われた通りに心核を湖に投げ入れる。波紋が広がり、ゆっくりと沈んでいく心核が淡く光りを放ち始めた。


「確かに受け取った。では行くぞ」


 その声と同時に、大きく茎をしならせた青い大花が、その花弁でミラを喰らう様に包み込む。


「にゃんですにゃーー!」


「心配せずとも良い。出口まで連れて行ってもらうだけじゃ」


 突然視界が真っ暗になり慌てた様子のケット・シーは、必死になって手近なもの、ブラジャーにしがみ付く。対してミラは、既に経験済みなので平然と身を任せながら、胸元のずれた感覚に、何か落ち着かない違和感を受ける。だが結局は直ぐに外す事になるから構わないかと、この先を思い出し放置する。

 部屋全体が音を立てて揺れる。水面が波立ち、差し込む光が振動に合わせて乱れると、ミラを咥え込んだ青い大花は、ずるりと地面に吸い込まれた。

 いや、正確には潜ったのだ。青い大花は、ミラを内包したまま地面の中を突き進んで行く。そして激しい振動と、急激な遠心力で大いに揺さぶった後、ようやく停止する。

 吐き出されるように飛び出たミラは、固い岩の地面に尻を打ち付けた。


「もう少し丁寧に扱わぬか」


 尻を擦りながら立ち上がると、早々に愚痴をぶつけるミラ。青い大花は、そ知らぬ素振りで、


「その川を抜ければ外だ。ではな、珍しき客人よ」


 そう告げて、地を響かせながら帰っていった。

 ミラが連れて来られた場所は、岩壁に囲まれた小さな空間だ。中央には川が流れており、そのすぐ先に光が覗いている。所々に光源となる苔が生えており、薄暗い空間を照らしていた。


「これで冒険も終わりですかにゃー。名残惜しいですにゃー」


 ミラの胸元から飛び降りたケット・シーが、川の先を窺いながら言う。その手に持ったプラカードには [帰るまでが冒険] と書かれていた。


「また今度があるじゃろう。その時は、頼むぞ」


「はいですにゃ!」


 ミラの言葉に、ケット・シーは飛び上がって喜ぶ。[冒険、それは理想郷へと続く道] と書かれたプラカードを振り回す姿は、心底嬉しそうであった。

 そんなケット・シーの可愛い姿に和みながら、ミラは服を脱ぎ始めた。

 コートを外し、続いてワンピース、下着も全て脱ぐと、まとめてアイテムボックスへ入れる。

 白い肌を一切隠す事無く晒し出したミラは、


「では、行くぞ。団員一号」


「どこまでもですにゃー」


 そう言って、一人と一匹は川に飛び込んだ。



「大変……ですにゃっ……! 泳げなかった……ですにゃー!」


 川の終着点から光の中へと飛び出ると、そこは入り口近くの湖の小さな滝だった。重力に引かれて直ぐ下の湖に着水すると、ケット・シーがプラカードにしがみ付きながら喚いていた。そのプラカードには [要救助者一名] と書かれている。

 湖自体はそれほど深くは無く、ミラの顔がどうにか出るくらいだ。


「ほれ、慌てるでない」


 ミラは、ケット・シーの首を抓むと頭に乗せて、よじ登る様に湖から這い出した。

 空は日が沈み始めており、僅かな闇が森に広がりつつある時間。湖の畔に佇む全裸の少女は、濡れた髪を絞る様にして水を切る。その姿はどこか蠱惑的であり、幻想的でもあった。

 ミラは、アイテムボックスから大きなカバンを取り出す。それは衣料関係が詰められたカバンだ。

 そして、そこからタオルを取り出そうとした時、僅かな物音に気付くと、ミラは生体感知により岩山の上に一つの反応を確認する。森には動物達であろう無数の反応はあるが、岩山の上にはその一つだけ。じっと身を潜める様に動きが無い。


「そこに居るのは何者じゃ?」


 ミラが岩山の上を睨み付け言うと、それは観念したのか姿を現し一足で飛び降りる。その者は、夜の闇に近い漆黒のマントを羽織った男だった。

 鍛えられた腕は引き締まり、手には黒い布が幾重にも巻かれている。横長の眼鏡を掛け、顔は下半分が覆面で覆われ、一見すると忍者に近い姿だ。その男は警戒して後ろ手に何かを握ったまま、見定める様な鋭い目付きでミラを睨むと、不意に脇に転がるカバンへと視線を向ける。


「……お前は……精霊じゃない……のか?」


「精霊じゃと? どこをどう見ればそうなるんじゃ」


「そうだにゃ。団長は団長だにゃ!」


 男は少し警戒を解くと、ミラの足元から顔だけを覗かせているケット・シーを睨む。


「そいつは、猫妖精か……?」


「うむ。わしは召喚術士じゃからな」


「そうだにゃ。団長は、とてもとても強い召喚術士なんだにゃ!」


 ミラの言葉に男は完全に構えを解くと、バツが悪そうに目を逸らした。


「そうか、失礼した。精霊の様に美しかったのでな、勘違いしてしまった」


「ほう、そうじゃったか。じゃが、精霊と勘違いしたのなら尚更。何ゆえ警戒した? あ奴らは害の無い存在じゃろう」


「そうだにゃ。団長と違い、精霊さん達は優しいにゃ!」


 精霊の様に美しいと褒められ、この身の魅力が分かるとは見る目のある奴だと、内心気を良くしながらも、男から胡散臭さを感じ取ったミラは、少しだけ踏み込んだ質問を投げかけた。

 男が気付かない程度に眉を上げる。だが、それは一瞬。即座に表情から感情を消すと、


「いや、それが前に少し気の立っていた精霊の縄張りに入ってしまった事があってな。それで追い回された事があるんだ」


 そう言い、あの時は大変だったとポーズを取る。ミラはその答えに頷きながらカバンを開けてタオルを取り出す。


「ふむ、そうじゃったか。ならば仕方が無いのぅ」


「そうだにゃ。お間抜けな奴ですにゃ!」


「お主は、少し静かにしておれ」


「はいですにゃ……」


 ミラは、タオルで身体を軽く拭った後、そのタオルをケット・シーに被せる。


(精霊は自由じゃ。縄張りなど無い。子供だと思うて適当な言い訳をしておるようじゃな。何を隠しておるのか)


「して、お主はこの様な場所で何をしておったのじゃ?」


「ちょっと薬草やら木の実の採取をな。そろそろ帰るところだったんだ」


 そう答える男は、何かが入った腰の袋を軽く叩いてみせた。


「ふむ、そうじゃったか。こんな奥まで入り込んだのならば、良い物が多く採れたじゃろう」


「ああ、そりゃあ色々とな。それとついでなんだが、この近くで精霊を見た事は無いか?」


「いや、無いのぅ。どうしてじゃ?」


「近くに居るならそこを避けないといけないからな」


 当然の様に男は言う。言動からして、精霊を気にしている様子が窺えた。


「さて、俺は近くの村に帰る事にする。じゃあな」


 言い終わるが早いか、男は踵を返し森の中へと走り去っていく。男の後ろ姿。背後の腰の位置に、不可思議な紋様の浮かんだ短刀が差してあった。

 男は、何もかもが怪しかった。姿もそうだが、精霊に対する警戒に嘘の言い訳。そしてなにより……


「ふむ、これは調べてみた方がいいかもしれんのぅ」


 生体感知で行動を追っていると、男は突如進路をまったく別の方へと変え、速度を上げていった。ミラはそれを確認すると、「では、またな」とケット・シーを送還する。タオルに包まれたままで、ケット・シーのやるせない声が響いた。


ニラの値段が100円に戻った!

これで勝てる!

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[気になる点] 作者はなぜニラと戦っているんだ…w
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