イスカリオン急襲
「どうなっている! ムシェールの報告はまだなのか!?」
レマイオス帝国の帝都イスカリオン。玉座から立ったり座ったりと、皇帝ロンダイトは苛立ちを募らせていた。予定ではペルニクス王国の第二王女ロザリーと自国の元帥ムシェールが婚約発表を終えているはずが、成功したという一報が届かないからだ。
「此度の作戦はムシェールが立案したのだ、よもや奴まで失敗したというのか!」
「へ、陛下、少々お疲れでは御座いませんか? 少しお休みになられては……」
「バカ者! 吉報を聞かずしておちおち寝ていられるか!」
側近が宥めるも逆効果で、ロンダイトの怒りは増すばかり。いよいよもってどうする事もできないと側近や護衛たちが戦々恐々としている中、沈黙を破らんとする派手な衝撃が一同を襲う。
ドドドゴ~~~ン!
「な、何事だ!?」
「分かりません! 城に何かが直撃したような……」
「すぐに調べよ!」
「はいぃぃぃぃぃぃ!」
兵士たちが慌ただしく動く。これ以上陛下の機嫌は損ねたくない――が、そんな思いを呆気なく打ち砕くかのように、二度めの衝撃と共に床から何かが飛び出してきた。
「ななな、何なんだお前たちは!? どこから侵入した!」
床から飛び出した我々に驚き、仰け反りながらも唾を飛ばしてきた。ならば教えてやろう。
「上から侵入した。残念ながらゴトーが示した座標に誤差があったせいで、離れた場所に落ちてしまったがな。ゴトーよ、反省するがよい」
「申し訳御座いません。お許しいただけるのなら上空からやり直しますが」
「その意思やよし。今度はここの天井にドデカイ大穴を開けてやろうではないか」
「ええぃ、そんなことを聞いてるのではない! 貴様らは何者で、何が目的かを聞いておるのだ!」
私はゴトーと顔を見合わせる。結果、そんな事は一言も言われなかったという認識で一致。更年期障害というやつかもしれん。
「仕方ない、老害にも分かるように教えてやろう。私は魔王ルシフェル、いずれ世界進出してお気楽魔王生活をしてみたいと願うチャーミングな美少女だ」
「魔王……だと? どう見てもただの不審者ではないか」
痛いところをつく。確かに変◯仮面っぽいなとは思ったが、ズバリ指摘されるとは。
「ゴトー、この格好を提案したのはお前だぞ? お前のせいで不審者だと思われてるではないか」
「誤解です。俺はただ「敵の城に侵入するのにピッタリな格好を考えろ」と言われて銀行強盗などがよく使う覆面を提案したのです」
「それがアカンかったんだろうが!」
「だから言ったんだよルシフェル様、ゴトーの言うことを真に受けちゃダメだって」
「そうだゾ~、まるでストッキングを頭に被ってるみたいで、美少女にさせる格好じゃないゾ~」
フェイとレンも似たような覆面をしている。ああ、不名誉な変態集団の出来上がりだよ!(←最終決定したのはお前だが)
「……コホン。格好はどうでもいい。重要なのはロンダイト皇帝、貴様の意思だ」
「私の意志……だと?」
「そうだ。この顔を見て何を思い、何を願うか。それこそが重要なのだ」
バッ!
私は覆面を脱ぎ捨て素顔を晒した。
「どこにでもいる小娘ではないか。その顔が何だというのだ!?」
「んん? 覚えてないのか? それとも知らされていなかったのか? 3年前に散々探し回っていたではないか。ペルニクス王国へと亡命し、ザルキールの街に潜伏していたのだよ」
「3年前…………ハッ!? ま、まさか貴様がフランソワか!」
なんだ、やはり覚えているではないか。すまなかったな、更年期障害を疑って。
「さぁどうする? 探し求めていたフランソワが目の前に居るのだぞ?」
「決まっている! 貴様のせいで侵攻計画に狂いが生じたのだ。そのせいで姑息な手段を用いらねばならん状況に陥った。貴様はこの場で八つ裂きだ、者共かかれぃ!」
私は思わずほくそ笑む。私を殺すよう命じてくれたのだ、逆に殺されても文句は言えまい。
バシバシッ!
時間にして僅か1秒。近衛兵たちはゴトーによって無力化された。
「フン、たかが数人の近衛兵など、何の障害にもならん。次は貴様の番だ」
「クゥ……し、仕方ない、今回は私の負けだ。望みを叶えてやるからこの場は退け」
「ほぅ? この状況でも上から目線とはな。だが良いだろう、私の望みを叶えてもらおうか」
「では何でも申せ。金か? 地位か? それとも美少年か?」
「残念ながらどれも違う。私の望みは――」
スッ……
近衛が持っていた剣を拾い、一歩一歩ロンダイトへ近寄ると……
「な、何を……」
「フッ……」
ザシュ!
「ガハァ!?」
「――貴様の命を散らす事なのだからな」
私への殺意を口にした瞬間、コイツを殺すことが許されたのだ。つまりは正当防衛だな。
「お前たち、長居は無用だ。さっさと引き上げるぞ」
「でもルシフェル様~、コイツを殺しても攻めてくるんじゃないの~?」
「そうかもしれんが、しばらくの間は後継者争いが続くだろ」
仮に攻めてきたところで返り討ちだがな。その時は城ごと破壊してやるとしよう。
「とは言え、難民が押し寄せたり領主が暴走する可能性も否めない。ゴトーよ、もうしばらく休学し、ザルキールの街を強化するのだ」
「それは構いませんが、あまり休学を続けると成績に響くかと」
「卒業条件さえ整えば問題ない。リーリスから言質は取ってある。というかだな、お前が学園に行くとリーリスやらグレシーやらに言い寄られるだろうが」
「なるほど、つまり嫉妬してくださっていると」
「何故そうなる!?」
「照れなくともよいではありませんか。このゴトー、決してルシフェル様を裏切ったりはしません。生涯を尽くす事を約束致しましょう」
そうだった、コイツはドMな上に天然タラシなのを忘れていた……。
「お前と話していると魔力が枯渇しそうになる。今日はもう帰って寝る!」
「あ、お待ちくださいルシフェル様!」
「アンタが余計なこと言うからよ。後で謝っときなさいよね」
「もう帰るのか~? もっと暴れたかったゾ~。他に獲物が……んん?」
何かを感じ取ったのか、飛び立とうとしたレンがピタリと止まる。
「どうしたのよレン、オークキングの特上ステーキでも見つけた?」
「そうじゃないゾ~。メグミと似たような魔力を感じたような気が~」
フェイが戻って辺りを探る。しかし……
「何よ、誰も居ないじゃない。下に残ってるのは雑魚兵だけなんだから放って置きなさいよ」
「それもそうだナ~」
気のせいかと思い直し、フェイとレンも城を後にした。
★★★★★
メグミたちが去った後の謁見の間。無惨な死体がっている中、黒髪ショートカットの獣人少女がロンダイトの亡骸を静かに見下ろしていた。
「残念、間に合わなかったみたい」
残念とは言いつつも表情を崩さないため、とても残念そうには見えない。そんな少女に部下とおぼしき兵士の1人が彼女の元へと駆け寄る。
「フロウス様、城内をくまなく探しましたが、不審者と思われる者は見当たりませんでした」
「そう」
「今後は捜索範囲を城外に広げ、怪しい者は片っ端から尋問すべきかと。いかがでしょう?」
「…………」
眉1つ動かさない少女フロウス。端から見れば何を考えているのか分からないだろう。
「あ、あの……フロウス様?」
「…………」
部下が声をかけるも微動だにしないフロウス。すると……
「zzz……」
「ウェェ!?」
寝とるんかい……。
「起きてくださいフロウス様、帝国の一大事なのですぞ!? フロウス様ーーーッ!」ユッサユッサ!
「ハッ!? 美味しそうな鹿が喋ってる!」
「寝ぼけてる場合ではありませんぞ! ロンダイト様は暗殺されたのです、すぐにでも犯人を探しだし、仇を取らねばなりません!」
「……無駄だと思う」
「え? な、何故……ですか?」
「正面から入った形跡はなかったのに対し、ここの損壊は異常なまでに激しい。敵は恐らく空から侵入した」
フロウスが天井の大穴を指す。それはメグミが帰還する際に突き破って出来たものだ。
「空から……ですか。しかしそうなると犯人の検挙は……」
「うん、ほぼ不可能。だから兵士たちには捜索だけさせておいて。どうせ見付からないだろうけど、捜索しとかないとあたし達が怪しまれるから」
「承知しました」
部下が離れていくのを確認し、フロウスはボソリと呟く。
「レマイオスは他国を侵略し過ぎた。国土が広いのも侵略した結果。恨まれるのは当然」
いつかこうなる事は予想がついていた。それでも帝都の上空から急襲されるとは思わなかった。何故かというと、城の上空では竜騎士が目を光らせているからだ。
ちなみに竜騎士が仕留められていたとう情報は次の日に知る事となるが、それ以上の懸念材料がある事をフロウスは理解していた。
「こうなると問題は国内の方。後継者争いがあちこちで発生するのが目に見えている。どの勢力に加担するか、じっくり考えておかないと」
そう1人思案しつつ、フロウスは静かにその場を後にした。