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救世の騎士達

コミカライズ更新お祝いの番外編です!

またしてもTwitter(現X)でトレンドに入れていただきありがとうございます!めでたい!

 

 歴代最高の出来の「勇者の末裔」に、高い魔力を持った優秀な母体をかけあわせましょう。

 駒の感情は、誰も配慮しない。


 ウィリアルド。メインヒーロ―の金髪の王子様。「悪役令嬢レミリア」のようにあなたも「物語」の被害者だった。


 優秀であるべきだ、そうでなければならないと、実際その通りに歩んでいた。その身に流れる貴き血の、品種改良の期待値を上回るくらいには。

 周りの大人達がそう望んだように。

 かつて狂った女神を打ち倒し世界を救い。その血に神の威光を宿す勇者の末裔として、相応しくなければならないと呪いをかけた。


 優しくて穏やかで賢くて正義感の強い王子様である事を強いられ、周囲のその要求を満たせるくらいには優秀だった事が悲劇の始まりだったのだろうか。

 そうである事を求められ、強いられ、勇者の末裔自身も「そうでなければいけない」と自らを追い込んでいく。

 潔癖と言えるほどに正義感が強く、自分の下だと思った立場の者が自分より優秀である事が受け入れられないのは、常にそう追い詰められていた故に生まれたゆがみだったのだろう。


 

 この王子様の表層の下にあるコンプレックスも、本来であればなんの問題も起きなかった。常に正しくあれ、誰よりも優秀であれと自分を律する思想でもある。

 いや、多少の衝突はあったのか。この課題は「物語」の中で、ゲームのプレイヤーの写し身である「主人公」と一緒に乗り越えて昇華するはずの……「ストーリー」の養分だったのだから。


 「星の乙女の力は対象を増やすと極端に効率が落ちる」という設定で枠を決められた少数精鋭の冒険が始まって。

 瘴気によって世界中で発生した問題を解消するために旅に出た王子様達は、国からの支援は受けつつ城の大人たちの支配から逃れる。主人公を逆恨みしていまや人類の敵に回った「悪役令嬢」からの強い妨害を何度も受けながら、それでも各地で人を救っていく。様々な人たちとの出会い、未知の出来事を経験し、時には手痛い思いもしながらウィリアルドが「勇者」に成長するまでの道でもあった。


 それはストーリー上必ず仲間になる他の三人も同じ。それぞれ抱えていた問題を主人公と共に解決して一緒に成長する事でゲームプレイヤー達は彼らに愛着を抱くように作られているのだから。

 王子様は「星の乙女」と出会う事で真の意味での慈愛の心を知り、自らの理想に挫折し、それを乗り越え「勇者の後継者」ではなく一人の人としての不完全な自分を認める。そして、だからこそ民のために理想を忘れず、王として、より良き方向を目指さなければならないのだと気付いた。そして勇者の末裔としての責務にさいなまれていた時は疎遠だった異腹の兄が実は、正統な王位の後継者である自分に譲って自ら日陰の道を歩んでいた深い愛情を知る。悲劇を繰り返してはならないと、魔力と血統至上主義だった国の貴族の在り方をこれから変えていこうと二人で手を取り合い、家族として再出発を誓った。

 悪役令嬢の義弟は、自身も実の親から愛情を与えられず育ったと思っていた事で、やはり愛に飢えていた。「実の親すらも愛していなかった自分は」と思い悩み、彼は周囲から見れば十分に優秀だったにも関わらず、それ故に自己評価が異様に低かった。その「自分程度にすら出来る事」が出来ない存在に憤りを抱くほどには。彼も主人公との出会いで生き方が変わる。実は父親に愛されていた事を知り、自己否定を少しずつ克服し、他者への共感の気持ちも学ぶ。世界を救う旅が終わる頃には、傷付き悩んでいた自分の事も受け入れ、謙虚で思いやりの心に溢れた賢者へと成長していた。

 王子様の護衛の少年は、同年代の中では一番優秀だと褒めそやされつつも、剣聖と呼ばれる兄の過去と比較され続け、強い劣等感を抱いていた。その兄を超えられない自分の事が誰よりも許せずに、自分を虐待するかのような過酷な鍛錬を己に課していたのだ。しかし心から「守りたい」と思う存在が出来た、そんな経験が彼を真の意味で強く育てる。人と比べる事に意味はないのだと気付き、守りたい、幸せにしたい、笑顔でいて欲しい。「力」とは大いなる目的のために手に入れる只の手段にすぎないのだと知る事で兄の存在を乗り越え真の「騎士」となっていく。

 魔法が嫌いな魔法使いの少年も、「星の乙女」と出会う事で人生を救われた。品種改良の成果として優秀な魔法使いとして生まれ、しかし少年本人は何かを傷付ける事にしか使えない、人殺しの技術の才能に溢れた自分の身を内心呪っていた。だからこそ誰かを楽しませるために生まれた芸術、特に音楽に強く惹かれていた。自らの力を卑下する少年だったが、人を傷付けるためではなく、誰かの幸せを守るために人は魔法を使うようになったのだという言葉に感銘を受けて魔法に対する否定的な考え方が変わっていく。また背中を押された事で、音楽家になりたかったと言う自らの夢を肯定して生きていけるようになった。

 そうして生まれ変わった彼らは、ハッピーエンドを迎えた世界で幸せに暮らしていく、そう決まっていた。

 

 ゲームの中でウィリアルドは後悔を口にする。救えなかった命の事を。

 自分の想いが叶わない事を突き付けられ、諦められず、恋敵だと決めつけた星の乙女の命を何度も狙い。自分のものにならないならばとウィリアルドまでも殺そうと逆恨みをし、最終的に自らの身を焼き尽くした自業自得の哀れな女の事だ。

 幼い頃優しい王子様として周囲が望む通りに「仲良くしてね」と笑顔を向けて、その温かく小さな手の平を繋いで庭園を一周した、たったそれだけの事で言葉通り死ぬまで向けられた、首筋にじっとりとまとわりつくような重い執着を。

 それほど愛に飢えていた憐れみを綺麗な言葉に包んで。





「レミリア嬢、君を救うために僕は後何をすれば良かったのだろうか」


 正解が返ってこないと分かっている問いを口にして、ウィリアルドは手に持っていた花を墓石に手向けた。

 禁術を復活させ、魔族を呼び寄せ、王都に多くの死者を出した事件を引き起こしたレミリアの名は石に刻まれていない。そんな事をすれば、あの事件で家族や友人を失った者達が何をするか。

 決して許されない事をした。失われた命は戻って来ない。


「魔族にこの国を侵略させ、皆を、全てを、星の乙女の命も奪い――僕の魂を手に入れても……絶対に、幸せにはなれなかったよ」


 今なら分かるような気がする。

 本当は自分が何を欲しかったのか、自分でも分かっていなかったのだろう。

「わたくしだって、誰かに愛されたかった」

 最期の言葉が胸の奥に刺さってずっと鈍く痛んでいる。


「あなたのせいではありませんよ」


 無名の墓石を見つめて立ち尽くしていたウィリアルドに、見知った声が後ろから声をかけた。


「クロード」

「やり直す機会は何度もあったのですから」

「……いいや、それでも、僕の罪でもある。だから、僕は一生、より良い道がなかったのか考え続けるだろう」


 クロードはもう同じことを言わなかった。自分が仕える人が、それでも思い悩む優しい人だと知っているから。


 そうして先ほどのウィリアルドと同じように身をかがめると、そこにあった花束の横に一輪の花を供えた。


「もう一つの花束は、誰が?」

「ピナが。いつも身を飾っていたから、きっとこの花が好きだったのだろうと、赤いバラを」


 何度も命を狙われて殺されかかったというのに。誰よりも人を信じる心を持った少女が義姉を悼む気持ちに触れると、クロードは痛まし気に顔を伏せる。


「……僕も、ちゃんと家族になれたらどれ程良かったかと。そう思う事がまだあります」


 祈りを捧げるクロードの表情には深い悲しみが宿っていた。姉弟の仲は義理だったが、たしかに肉親ではあったのだから。


「クロード、自分の言葉でしょう。あなたのせいではない」

「ステファン……」


 目を開き俯けていた顔を上げると、クロードは後ろにやってきていた二人の人影を視界に入れた。自分と同じく、王子ウィリアルドを支える幼馴染達だった。


「……子供を救うのは、大人の役目だ。お前だって父親が亡くなって、突然あの家に放り込まれて、苦労しただろう」

「それでも……僕は、両親には愛されていたと知る事は出来たから」


 その言葉に、デイビッドはほんの少し居心地が悪そうに目を逸らした。自分には信頼と尊敬ができる大人が身近にいた。

 その空気を切り替えるように、意識して明るい声を上げる。


「俺も花を持ってくるべきだったな」


 手ぶらで墓を訪れた事を謝罪するデイビッドに、ステファンは眉を寄せた。しかし本当に悪気はないと言う事も知っているからこそ、ため息をついただけでそれ以上は何も言わない。


「……私からは、花の代わりにこの曲を」


 ステファンが手に持っていたケースを土の上に置き、中から弦楽器を取り出す。

 寂しげな空気の漂う周囲に、透き通った音色の鎮魂歌が響く。

 





「一つだけぽつんと存在する墓石は、誰にも愛されなかった少女の亡骸を抱いたまま静かにその場所に在った――」


 わたくしはエミの記憶の中、「悪役令嬢レミリア」の名前が出て来る最後のテキストの文章を読み上げると、鏡の中へ目を向けた。


「ねぇ、悪役令嬢レミリア。あなたはあの世界では誰にも愛されなかったけど、あなたを愛してくれた人はいたのよ」


 彼女はそれを知ることはないけれど。


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― 新着の感想 ―
ゲームとしてなら、ピナとの恋愛はガチャでキャラ集めて個別スト内で恋愛発展のイメージがあるので、本編ストではピナとは仲間認識で、ずっと事あることにウィリアルドはレミリア、レミリア言ってそう。で、ピナが相…
最後のエピソードはいらなかった。
こうして皆が幸せになれる可能性のあった未来は、一人の愚かな女のせいで全て消えましたとさ。 どっとはらい
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